30歳タカ丸×17歳久々知♀ネタ
 最近は転生タカくくが熱いんですが、妄想がこじれすぎてわたしはどこへ行こうとしているのか、って感じです。
 ちなみに、30歳開業美容師タカ丸(独身)と、18歳ミッション系中高一貫女子校の女子高生久々知です。肉食系久々知です。誰得www
 タカ丸は記憶無しで、久々知は記憶有り。タカ丸は覚えてないし一回り上だしで久々知はかなり不利なんですが、「タカ丸さんなら何でもいける」とのことでガンガンに押していきます。お嬢さま学校の制服を着ながら、タカ丸さんに肉食系発言をする久々知美味しいです。しかし前世が男子ですので、全ての発言が男目線です。その代わりに、タカ丸さんから女の子扱いされると途端に真っ赤になって大人しくなります。このギャップが堪りません(わたしが)。攻めていると思ったら攻められている襲い受け最高です。
 因みに、このネタだと久々知の学校の生物の先生が竹谷で、久々知の同級生に潮江、ひとつ下の後輩に孫兵がいます。孫兵と竹谷は記憶があるのですが、年齢だけでなく立場も障害になってます。彼女の口癖は「早く卒業したいです。むしろ、先輩のためなら辞めても別に……」「それは駄目だろー!」。17歳には条例的な意味でも手を出せない竹谷先生20代後半も美味しいです。潮江は幼馴染で姉妹校の男子校の生徒会長をしている仙蔵にいつもからかわれています。伊作は不運な研修医とかで、幼女綾部にでも押し切られてればいいよ。善綾も実はいけます。鉢雷はなんかいつもどおりでいいんじゃね?(投げやり) 公式からしてもはや夫婦だったので、鉢雷はもはやどんな状況でだって出逢えるよね。(´∀`)


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巡り、廻る

※Pixivにも同じものをアップしています。



「……しくじったなあ」
 久々知兵子は小さく呟いてから、前髪を掻き上げた。視線を落とした先には、ヘドロにまみれた己の片足。幸い制服のスカートまでは汚れなかったものの、革靴と靴下はおじゃんだ。挙句、これではバスにも電車にも乗れない。周囲の迷惑になるだけだ。己のヘマにもう一度深い溜息をついたあと、兵子は顔を上げて息を吸い直した。
「仕方ない、か」
 過ぎたことは諦めるよりほかにない。それよりもこれからを考えることがより大切だ。――それは彼女が過去の、前に生きた人生で学んだ教訓のひとつ。兵子はひとつ頭を振ると、大きく伸びをしてから前を見据えた。自宅まではまだ電車で三十分かかる距離だ。常人の足なら倍以上の時間がかかることはまず間違いない。しかし、兵子はそれに怯むことなく、軽く身体を解したあとに走り出した。
(昔はもっと荒れた道を、今以上の長い距離走っていたんだ。これくらいなんてことはない)



* * *



「……さ、さすがに甘かった、か……」
 革靴のうえ、碌に鍛錬もしていない女の柔足では大した距離でも踏破できるはずもない。それに気づかず自分を過信したのは愚かだった、と兵子は肩で息をしながら足を緩めた。過去にはもっと早く、力強く動いた足が今は棒のようになっている。女に生まれたことを忌まわしいと思ったことはなかったが、このときばかりは己のひ弱な身体が恨めしかった。
「う、ごほっ……げほっ」
 過剰な運動に身体が耐えきれず、喉がひりつくような咳が出る。どこかで休むべきだ、と膝に手を置きながら考えていると頭の上が翳った。
「……あの、すみません。通してもらえますか?」
「あ? あ……すみません、失礼しました」
 声をかけられて、兵子は自分が今どこにいるかにようやく気づいた。小綺麗な美容院の入口をまさに兵子が塞いでいることに気づき、慌てて身体に鞭打つ。前屈みになっていたせいで顔にかかった髪の毛を頭を振って後ろに追いやったあと、兵子は初めて自分に声をかけた人物へと振り返った。――そして、固まる。
「……く、くち、せんぱ……?」
「斉藤、タカ丸……か?」
 見覚えのある面差しと、懐かしい髪型。髪の色は落ち着いたダークブラウンになっていたが、そこにいたのは間違いなく彼女の知る――正確には、彼女の前世であった久々知兵助だが――ひとつ下の後輩である斉藤タカ丸、その人であった。
「どうして、こんなところに……」
「いや、溝に落ちて」
 そう答えたあとに、相手が求めているのはそんな答じゃないと気づいて兵子は己に呆れた。大分動揺しているらしい、と頭の隅で分析するも、一度出してしまった言葉はもう喉へはしまえない。しかし、タカ丸はその答を否定するどころか、驚きの声を上げた。
「えええっ、あの久々知先輩が!? そんな、どうして……」
「いや、あの……飛びだした子どもが車に轢かれそうになったから、襟首掴んで引き戻したら、そのとき足を戻したところにだけ側溝の蓋がなくて」
 言えば言うほど間抜けな話である。元忍者が足場を確認しないままに後退した挙句、溝に落ちるなど笑い話にすらならない。――もっとも、これが過去にひとつ上にいた先輩のひとりならば「不運」の一言で片付けられたのかもしれないが。
 情けなさに思わず俯けば、異臭を放つ汚れがこびりついた足が目に入る。白い靴下は既に別の色へと染まりきっていて、兵子は尚更気が滅入った。こんな情けない姿を後輩に――それ以上に、大切な存在であった人間に晒すことになるとは。久しぶりの再会がこんな形となったことに重い溜息をついた兵子だが、そんな彼女の様子を意に介することなくタカ丸はその細い手首を掴んだ。
「先輩、ちょっとここで待っててくれる? すぐ戻るから!」
「え? あ、いや……」
 兵子が答えるよりも早く、タカ丸は先程彼女が塞いでいた美容院へと消えていった。店の外観を見れば、洒落た飾り文字で店の名前が書いてある。さすがにもう「髪結い処斉藤」ではないのだな、と馬鹿みたいなことを考えていると、背後から気配を感じて振り返った。そこには声をかけようとしたのか、手を上げて口を半開きにしたタカ丸が立っている。
「びっくりした……ああ、でもそうだよね、さすが先輩。――で先輩、こっち」
「どこへ連れていくつもりだ?」
「おれん家。ここの二階が家なんだ。あ、もうお気づきだと思うけど、ここうちの美容室ね。他にも支店はあるけど、このちっちゃい店が本店なんだ。昔と同じ、祖父が開いたお店なんだけどね」
 行くとも言っていないはずなのに、兵子はタカ丸に手首を取られる。話しながらも歩き出したタカ丸に引きずられるような形で店の脇にあった細い路地へと入ると、そこには少し錆びた階段が店の二階へと続いていた。
「こっちが玄関。分かりにくいよねえ」
「いや、タカ丸」
「はいはい、上がって上がって」
 呼び止めようとするも、タカ丸は兵子の手首を掴んだまま階段を上がっていく。力尽くで振り払うわけにもいかずにそのままついていくと、ポケットから取り出した鍵でドアを開けたタカ丸が彼女を自宅へと押し込んだ。
「先輩、お風呂お風呂。足洗っちゃおう」
「は? いや、ありがたいけどいいよ。それにこのまま上がったらあんたの家を汚してしまう」
「でも、先輩ん家までまだかかるんじゃない? いくら女の子になっちゃったからって、あの先輩がバテるなんて結構な距離走ったってことでしょう?」
 あっさりと全てを見透かされ、兵子は思わず渋面になった。昔は一年分自分のほうが優位であることが多かったのに、今ではまるで形勢逆転されている。けれど、タカ丸はそんな兵助を知ってか知らずか、玄関で頑なに足を止める兵子の前へと立った。
「ようやく逢えたんだもの、甘やかさせてよ……兵助」
「……っ!」
 低く耳元で囁かれた言葉に兵子は息を飲む。緊張で強張る身体をタカ丸は一度包み込むように抱きしめたあと、その華奢な腰に腕を回してその身体を抱き上げた。
「うわっ、何する……!」
「廊下を汚すのが気になるんでしょう? なら、風呂場までおれが抱えていけばいいじゃない。はい、靴だけ脱いでー」
「ちょ、やめ、下ろせ馬鹿っ!」
「こらこら、暴れないでよ落とすって! 家を気遣ってくれるんでしょう、兵助くん」
 荷物のように抱え上げられた兵子は思わず暴れたが、タカ丸の腕は離れない。それどころかよりきつく抱きしめられる結果となり、彼女は顔に熱が集まったような気がした。さらにタカ丸の言葉で下ろされれば床を汚すことを思い出し、渋々暴れるのをやめる。それにタカ丸が低く笑い声を立て、抱えた兵子を軽く抱えなおした。
「はい、到着! このタオルお尻に敷いてね」
「あ、ありがとう……じゃあ、悪いけど遠慮なく風呂場借りるな」
 風呂場に下ろされた兵子は風呂場の入口にタオルを敷いているタカ丸に軽く頭を垂れた。しかし、彼女が汚れた靴下をいざ脱ごうとすると、タカ丸は風呂場から出て行くどころかなぜかそこへ足を踏み入れてきた。訝しげに兵子がタカ丸を眺めると、タカ丸は懐かしいへにゃりとした笑みを浮かべながらシャワーを手に取る。そしてコックを捻ると水温を調節しはじめた。
「ああ、悪いな。あとは自分で――」
「兵助くん、そこ座って?」
「あ?」
「おれがやったげる。さあさあ」
 タカ丸は兵子が険しい顔で固辞するのも構わず、彼女の身体を強引に風呂場の入口へ座らせた。汚れた靴下と、まだ白さを保っている靴下をそれぞれ彼女の足から素早く取り払うと、タカ丸は困惑と羞恥で抵抗する兵子の足へシャワーを浴びせかけた。
「ひっ、やめろ馬鹿! 自分でやるから、そんなの!」
「いいから、やらせてよ。さっきも言ったでしょう? ――ようやく、逢えたんだもの。甘やかさせて。もっと一緒にいたいんだよ」
 耳元で囁かれた言葉は、兵子の耳を甘く震えさせる。その調子に兵子が――兵助が弱いことを知っていて、敢えてタカ丸がそうしていることを知っている彼女は思いきり苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。けれど、それ以上抵抗することはなく、己を抱え込むように傍らで足を洗おうとする男の肩へと頭をもたれかけさせる。
「……そんなの、おれだって一緒だ」
 己の足を温かい流水が浚っていく。その後に石けんを泡立てたタカ丸の手が汚れを柔らかく落とすように撫でていく。そのくすぐったさと心地よさに目を閉じながら、兵子は続ける。
「あんたが、覚えているかどうかも分からなかった。――それどころか、どこにいるのかすら。もしかしたら、もう一生逢えないのかと」
「それは、おれも一緒だよ。とくにおれはあのときも四年から編入したしね。あのなかで、多分縁は一番薄い」
 その言葉で弾かれたように頭を上げた兵子に、タカ丸は苦笑する。
「だから、探すのが怖かった。……ごめんね、本当はすごく逢いたかったけど、どうしても、探しても逢えないかもしれないと思うと怖くて、怖くて、積極的に探せなかった」
 ――もう逢えないんだと、絶望するのが怖くてさ。そう小さく続けるタカ丸に、兵子は唇を引き結んだ。
 それはまた、兵子も同じだったからだ。逢いたいと、恋しいと心の底から思っても、彼を捜して世界中を練り歩くことなどできなかった。自分に与えられた今の生活を口実に、似た姿をしている青年を視線で追うばかり。そして、その人物がタカ丸じゃないと分かった途端にいつだって絶望するのだ。
「もしかしたら、もう逢えないかもしれないと思ってた。……だから、今日逢うことができて、本当に嬉しい」
「……うん」
「本当はね、こんなこと言っちゃ不謹慎かもしれないと思うんだけどね。でも、おれ……兵助が今日、溝にはまってくれて良かった、って思う。兵助はそれをみっともないって思ってるみたいだけど、そうじゃなかったらきっと今日も兵助はいつもの通学路を使って帰ってて、きっとおれん家の前で疲れて立ち止まったりなんてしなくって、きっとおれは傍に兵助がいることも知らないままに、毎日逢いたいなあ、って馬鹿みたいに思ってるばっかりだったんじゃないかな」
「……そうだな」
 兵子は再びタカ丸の肩へと頭を預ける。けれど、すぐにその肩へと目元を押しつけ、小さく身体を震わせた。
「――おれだって、あんたにずっと逢いたかった。おれのことも、昔のことも、覚えてなくても構わないから、あんたに、タカ丸にもう一度逢いたかったんだ……」
 堪える暇もなく、兵子の目尻から涙が滑り落ちる。タカ丸の身体にしがみつくように腕を回し、兵子は子どものように泣いた。
「覚えててくれて良かった……っ、おれのこと、分かってくれて嬉しかった。ありがとう、タカ丸」
「それはこっちの台詞だよお……おれも、兵助がすぐに分かってくれて嬉しかった。……女の子になっていたのには、さすがにびっくりしたけど」
「うるさい。仕方ないだろう、こればかりは。おれに何とかできる問題じゃないんだから」
 きつく己の身体を抱きしめる男に、兵子は小さく悪態をつく。それにタカ丸が笑って、兵子の顔がよく見えるように一度身体を離した。涙の伝う彼女の顔を両手で支え、その涙を指で拭う。そして、その額に己のそれを合わせた。
「……初めまして、おれは斉藤?丸と言います。専門学校の二年生で、来年国家試験を受けて美容師の免許を取る予定です」
「久々知、兵子。高校一年、今のところは大学に進学予定です」
「ふふ……兵子さん、っていうんだ?」
「代わり映えのしない名前で悪かったな。昔から女装のときには世話になった名前だよ」
「おれなんか名前変わってないよ? 父に何でこの名前付けたのか聞いても、ただ思いついただけとしか理由がないしね。……でも、そのお陰で分かりやすいから、おれとしては嬉しかったけどね」
 まだ止まらない兵子の涙を、今度は唇で拭う。その感触にくすぐったそうな表情を浮かべる兵子に、?丸は柔らかく笑った。
「――兵助が、ううん、兵子さんが昔と違って女の子になったみたいに、おれもきっと昔とは色々違うと思うんだ。
 だからね、兵子さん。改めて、これからまた末永く宜しくお願いします。……おれ、きっとあんたにもう一回、ううん、何度でも惚れてもらえるようないい男になれるよう頑張るから」
「馬鹿……もう惚れてる」
 泣き笑いの表情で、兵子は顔を上げた。少しだけ?丸に顔を寄せれば、残りの距離を?丸が詰める。――数百年ぶりに重ねた唇は、昔と同じ味がした。


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戦争パロ

※こへ滝死ネタ



「赤紙……?」
「ああ、来週出征する」
 隣に住む小平太が、まるで隣町に行くかのような気安さで行った。それを滝子は信じられない気持ちで見つめる。
 ――小平太が、出征? そんなはずはない。この国の未来を守るであろう学徒は徴兵を免れていたのではなかったか? だからこそ、滝子も安心していたのに。
「だって、小平太兄さんは大学生なのに」
「もうそんなこと言ってられないんだと。……ま、選ばれてしまったものは仕方ない」
「仕方なくなんか……!」
 滝子はあっさりと言い捨てた小平太に食ってかかろうとしたが、彼の目を見て言おうとしていた言葉を忘れた。――その瞳は深い悲しみを湛えている。そこで初めて、滝子は一番辛いのが小平太であることを思い出した。
「……だったら、平気な振りなんてしなきゃいいのに」
「仕方がないだろ。――行かないわけにはいかないんだから」
「徴兵試験に落ちる努力でもしたら良いんじゃないですか?」
「無理だろ。……それに、私が行かなきゃ別の誰かが行く羽目になる」
 それで良いじゃないか、とは滝子も言えなかった。既に近所でも徴兵されて戻って来なかった人間が現れ始めている。特に身体の丈夫な小平太が例外となるのは土台無理な話だ。――そんなことは滝子にだって痛いほど分かっていた。
「――帰ってきたら」
「え?」
「帰ってきたら、所帯を持とう」
 小平太はまるで散歩に誘うかのような気軽さで、そう呟いた。それに滝子は言葉を失い、小平太の顔をまじまじと見上げた。
「ずっと約束してたもんな。本当は卒業したら言おうと思ってたんだけど」
 卒業がいつになるか分からないから、と呟いた小平太に滝子は唇を噛み締めた。――言えなくなるかもしれないから、という小平太の気持ちが透けて、滝子は思わず手を振り上げた。
 パァン、と乾いた音が辺りに響く。頬を打たれた小平太は痛みに痺れる顔を押さえ、肩で息をする滝子を見つめた。彼女は顔を真っ赤にして小平太を睨みつけている。潤んだ瞳が小平太を真っ直ぐに捉え、鋭く射抜いた。
「――そんな覚悟の人間と結婚なんてできるわけないでしょう!」
「ひどいな、これでもお国のために戦いに行くのに」
「女ひとりも守れない貴方が、お国なんて守れるもんですか!」
「私がお前を怪我させたことなんてあったか?」
「そんな意味で言ってるんじゃないってこと、貴方が一番よく分かっているくせに……!」
滝子はそれ以上何も言わず、小平太を置いて立ち去った。小平太は遠ざかる細い背中を見つめ、まだ痛む頬をさすって溜息をつく。――生温い風が、ひどく気持ち悪かった。


* * *


「――じゃあ、行ってくる」
「小平太、頑張ってくるんだよ」
 大勢の人間に見送られ、小平太は駅に向かって歩き出した。周囲を見回しても、そこに滝子の姿はない。――あの日から一度として、滝子は小平太の前に現れなかった。
 臍を曲げると長い滝子を内心苦笑しながら、小平太はひとり歩き出す。駅までの見送りは断った。重い荷物を抱え、ひとり一本道を歩く。この丘を越えれば、もう故郷は見えなくなる。その丘の頂上で、小平太は足を止めた。
「…………こんな所に居たのか」
 丘の上に生えている木の陰に、長い黒髪が風になびいていた。その髪の持ち主は小平太の言葉に何も言わず、振り返りもしない。それにまだ彼女が臍を曲げていることを気付かされ、小平太は苦笑しながらその木へ歩み寄った。
「見送りに来てくれたんじゃないのか?」
「――忘れ物です」
 滝子は小平太の顔を見ないまま、手に握ったものを小平太に突き出す。それは小さな巾着袋で、手作りのお守りのようだった。それに小平太は少し驚き、けれど大切に受け取って胸元にしまった。
「帰ってくる。そしたら、ちゃんと白無垢着せてやる。それも似合ってるけど、花嫁さんは白だろ」
 小平太は一張羅の友禅を着ている滝子の袖を引きながら、囁く。それにも滝子は顔を向けない。意地を張る滝子に小平太は笑い、その顔を両手で挟んで引き寄せた。
「だから、それまで他の男に浮気するなよ。まあ、私より良い男なんてそう居ないから大丈夫だろうけど」
 頬に触れる手には涙が零れていく。そんな滝子を小平太は抱き寄せて、その背中を優しく撫でた。
「必ず、帰るよ。だから、待っててくれる?」
「――私は引く手数多なんです。早く帰ってこなければ、小平太兄さんなんて忘れて別の人と結婚します。それで小平太兄さんが地団駄踏んで歯ぎしりするほど幸せになってやりますからね」
「それは困るな」
 泣きながら呟く滝子に、小平太は低く笑った。抱きしめた細い身体の温もりが、己を留める縁だった。――地獄へ行っても、必ず戻ってくるための。
「じゃあ、行くな。身体に気をつけて。おばさんたちにも宜しく」
 離しがたい温もりを断腸の思いで引き離し、小平太は傍らに置いていた荷物を再び抱えた。滝子は何も言わない。零れる涙を堪えようとして、唇を噛みしめていたからだ。そんな彼女の頭を一度撫でて、小平太は再び歩き出す。
「――小平太兄さん!」
 しかし、少し進んだところで声をかけられ、小平太は振り返った。そこには堪えきれなかった涙をぽろぽろ零しながら己を見やる滝子が、大きく手を振っていた。
「必ず、帰ってきてください! 私のところに! そうでなければ、貴方のことなんて嫌いになりますからね!」
「……分かってる! 行ってくるぞ!」
 小平太はどこまでも意地っ張りな滝子に笑み零し、同じく大きく手を振った。そして、今度はもう振り返らずに歩いて行く。その小平太の背中が見えなくなるまで、滝子はずっと手を振り続ける。――そして、彼が見えなくなった瞬間に、地面へと泣き崩れたのだった。


* * *


 一九四五年八月、運命の日が訪れる。
 滝子が住んでいる地域にも空襲は相次ぎ、空襲警報が鳴れば防空壕へと飛び込む日々が続いていた。お互いに手と手を取り合い、恐ろしい戦闘機の轟音や攻撃音に耐える。ラジオやあちこちから流れてくる戦況はどこか白々しささえ感じて、滝子は周囲のように日本の優位を信じることができなかった。
(――小平太兄さんはどうなっただろうか)
 便りがないのは元気な証拠、と己を無理矢理納得させる。けれど、八月の半ばに入ったある日の夜のこと、滝子の前に小平太が現れた。
『よう、元気か?』
「見ての通りですよ。貴方こそ、大丈夫なんですか?」
『……約束、守れなくなった。悪いな』
「え……?」
 小平太は滝子の問いには答えず、ただ苦く笑った。それに嫌な予感ばかりが胸に迫り、滝子は彼の顔を凝視する。
『でも、もうすぐ戦争は終わる。――終わらせていくから、生きろよ』
「小平太兄さん、どういう――」
『もう時間だ、行かないと。……約束、守れなくてごめんな。元気で』
 嫌だ、と手を伸ばしても、小平太には届かなかった。小平太の背中はあの時と同じく遠ざかり、見えなくなっていく。それを追っていきたいと思うのに、滝子の身体は動かなかった。
「待って、小平太兄さん……っ!」
 滝子は手を伸ばしたところで、目を覚ました。小平太など居るはずもない。自宅の布団の上なのだから。――けれど、彼が確かにここに来たことを知り、滝子は唇を噛みしめた。
 布団から起き上がり、日めくりカレンダーを見る。八月十五日の朝を迎えていた。朝から回覧板が渡され、正午にラジオを聞くようにと指示をしている。何があるのか、と思いながらもラジオの前で待機していると、凄まじいノイズと共に後の世に言う『玉音放送』が流れた。
(……戦争は、終わったのだ……)
 小平太が夢で言っていた通り、戦争は終わったのだ。――そして、彼はもう帰ってこない。


* * *


 ……終戦から幾許かの時間が過ぎた頃、小平太の遺骨が届けられた。少しの遺品も彼の戦友が届けてくれ、その中には滝子の渡したお守りも含まれていた。彼は小平太がそのお守りを常に肌身離さず持っていたこと、決して誰にも触らせなかったことを教えてくれた。滝子は、役に立たなかったお守りを投げ捨てようとして、ふっとその中が気になり手を止めた。
 どうして、開く気になったのだろう。ただ何となくそんな気になって、滝子は己の作ったお守りの中を開けた。中には紙に包んだ滝子の陰毛が入っているだけのはずだった。――けれど、その中に別の紙が入っている。それを開くと、小平太の手で何かを書き付けてあった。
『滝子さんへ 愛しています。幸せに生きてください。 七松小平太』
 鉛筆書きの、本当に小さな一言。普段の小平太からは到底想像できないほどに丁寧な文字で、それは書かれていた。その小さな紙切れで、滝子は心の奥底で小平太が帰ってくるのではないか、という希望を捨てた。――小平太は、死んだのだ。もう二度と、滝子の許へは帰ってこない。遠い遠い、別の世界へ行ってしまったのだ。
「……嘘つき……! 必ず帰ってくるって、約束したじゃないですか……!」
 小さな紙切れを抱いて、滝子は泣いた。そんな彼女の黒髪を、生温くて優しい風が一度だけ揺らして消えた。


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いつかの距離(鉢雷←小平太)


「あれ、鉢屋君」
「不破か」
 廊下でばったりと出会った二人はそれぞれ異なった表情を浮かべる。不破雷は笑顔、鉢屋三郎は顔を少しだけしかめる。それに雷は少しだけ傷つきながらも、表情には出さずに続けた。
「同じ学年でも階が違うと全然会わないものだねえ」
「そうだな」
 別に会いたいと思っていない、とありありと顔に浮かべる三郎に雷は苦笑した。今生の三郎は随分と素直なようだ。いや、昔は忍として己に抑制をかけていただけで、二人きりのときはとても素直に感情を見せてくれた。――そこまで考えて、失ったものの大きさを改めて噛みしめる。けれど、手のひらから滑り落ちていったものはもう戻らないのだ。
 そこまで考えて、雷は目の前で少し居心地悪そうに立っている三郎の顔色が少し悪いことに気づいた。その瞬間に、己の血が引いていく。医療も室町時代から比べものにならないほど進歩した現代、滅多なことなどあるはずもないと知っていてもなお、雷は三郎の顔に手を伸ばしていた。
「ちょ、何……!?」
「――熱は、なさそうだけど……ねえ、鉢屋君体調悪くない? 何か顔色悪いんだけど」
「悪くねえよ! ちょ、離れろ!」
 額で熱を測ってみるが、とりあえずは平熱のようだ。頬もそれほど熱くはない。しかし、よく確かめようと三郎の顔を覗き込もうとした瞬間、額を押し返される。何だ、と思うよりも早く、三郎の耳が真っ赤になっていることに気づいて、雷は瞬きをした。――同時に、自分の失態に気づく。
「あ……ごめんごめん、つい癖で」
「癖って……勘弁してくれよ」
 過去の自分たちに距離などあってなきがもの。これくらいの接触など照れるうちにすら入らなかった。けれど、今は違うのだ。現代で先に進んでいく三郎と、いつまでもどこか室町のままでいる自分。どんどん離れていく距離に雷は動揺しつつも、三郎から一歩身を引いた。
「でも、本当に体調悪くないんだよね?」
「ないって言ってるだろ! しつこいなあ……! 光の加減の問題だろ、ほら」
 何ともないと思っても不安が拭い去れず、もう一度尋ねる雷に三郎は尚更顔をしかめて一歩踏み出した。ちょうど明かりの真下に来た三郎の顔は、確かに何ともない。それに雷が思わず胸を撫で下ろすと、三郎は怪訝そうに彼女を見やって首を捻った。そのまま挨拶もそこそこに立ち去ってしまう。そんな三郎の背中を見送りながら、雷は失敗したな、と溜息をついた。
(――そりゃ、親しくもない女にあんなことされたら引くよねえ……しかも、三郎だし)
 彼の性格は雷が一番よく知っている。――少なくとも、過去の彼に関しては、だが。けれど、今まで雷が記憶のあるなし関係なく出会ってきた前世からの縁のある人々を考える限り、不思議なもので大きく性格が違う人間というのはいなかった。もしかしたら、魂のようなものに人格が刻み込まれているのかもしれない。そして、それが本当ならば、人間そうそう変わることはないのだろう。
 同時に自分が先程触れた熱を思い出す。握りしめた手のひらにはまだ三郎の頬の温かさが残っていた。
(――大丈夫。三郎は生きてる)
 あのときに感じた体温の抜けていく感覚を思い出して、雷は身体を震わせる。もう二度と感じたくないあの恐怖。過去に見た恐ろしい光景を頭から振り払って、雷は手に残った熱を逃がさぬように強く握りしめて歩き出した。
 その背中を見ている人間には気づきもしないで。



「おー、ちょいそこのお前」
「は……?」
「名前、何ていうの?」
 三郎は見知らぬ男から声をかけられて顔をしかめた。――今日は厄日だ。先程は顔見知り程度でしかない女にやたらと触られ、今度は何故か上級生に絡まれる。今日の占いは最下位じゃなかったはずだ、とどうでもいいことを考えながら、三郎は近寄ってくる相手に向き直った。
「普通、名前を聞くときは先に名乗りませんか?」
「ん? ああ、そうか、そういえば俺名乗ってなかったな。二年の七松、七松小平太」
「……一年の鉢屋です」
「鉢屋何?」
「……三郎ですけど。それが何か?」
 七松と名乗る男にやたらと迫られ、三郎は露骨に嫌そうな顔をする。何だこいつは、と思っている間に小平太が続ける。
「なあ、不破とお前ってどういう関係?」
「は……?」
 その問いに今度こそ三郎は思考が止まった。何の話だ、と相手を見つめる。しかし、三郎の驚きなど意に介さず、小平太は唇を尖らせた。
「だって、不破が男に対してあんな風にするの初めて見たんだもん。俺がどんなにアプローチかけても全然振り向いてくれないくせに」
「いや、それは何とも思われてないからじゃ……?」
 うっかり本音を口にしてしまい、三郎はしまったと唇を噛みしめた。普段ならばこんな失態はしない。――先程、雷に触れられたことが予想以上に己を動揺させていることに今更ながら気がついて、三郎は苦々しく表情を歪めた。
「じゃあ、お前は何か思われてるの?」
「そんなの、俺が知るわけないじゃありませんか」
「ふーん……」
 至近距離で見つめられ、三郎は居心地の悪さに視線を逸らした。第一、この男に雷は合わない。
「あなたには黒髪で小生意気なあいつが――……っ!?」
 三郎はそこまで言いかけて、己に信じられない気持ちになった。間違いなく初対面のはずなのに、どうしてそんなことを思ったのだろう。――この男の隣に居るべきは、黒髪で小生意気な存在。目の前でちらついたのは、小さな光景。小平太の傍らに立つ風で流れる美しい黒髪の持ち主。知っているはずもないのに。
「ふーん……やっぱり好きなんじゃん」
「何がですか」
「不破のこと。――そんな見え透いた嘘までついて、俺を遠ざけようとするんだから」
「嘘なんかじゃ……!」
 そんなことあるわけない、と思いながらも、その根拠が見つけられない。今まで一度たりともそんなことなかったはずなのに、と三郎は唇を噛みしめる。それは確かなことなのに、それを証明する手立てがない。それがひどくもどかしく、三郎は思わず八つ当たり気味に小平太を睨みつけた。
「ま、いいや。敵は少ないに越したことないしね。お前が不破を好きじゃないってんなら、その方が良いよ。お前に振られて傷心の不破を俺が慰めるから」
「……さようですか」
 三郎は何故かざわめく胸に苛立ちを感じながらも、投げやりに呟いた。――苛立つけれども、どこか確信がある。小平太の思い通りになどならないと。その根拠がまた存在しないために尚更苛々が募ったが、もはやそんなことはどうでもよい。ただ、早くこの場から立ち去りたかった。
「ま、じゃあ後は俺の邪魔だけはするなよー?」
「しませんからご安心を。じゃあ、俺はこれで」
 何を妄想したのかひどく楽しげで自信に満ちた小平太にげんなりしつつ、三郎はあっさりと踵を返した。――何もかもが見当違いの人間と話をするのは消耗する。けれど、小平太の言葉が何故か耳に残って、三郎は苛立たしげに溜息をついた。
(……どうして俺が不破を好きにならなきゃならないんだ……)
 あんなお節介焼き、と口の中で呟いて、三郎は苛々と前髪を掻きむしる。故に彼はまだ気づいていなかった。人に顔を触れられることが極端に嫌いな己が、彼女の手のひらだけは自然に受け入れていたことに。


| SS::記憶の先 | 02:59 | comments (x) | trackback (x) |
四年生頑張る。


「お前ら、無事か!?」
「――先輩……っ!」
 学園へと戻った文次郎たちは迷わずに砲撃の要となっていた正門裏へと駆けつける。そこは強く漂う硝煙と肉の焦げた嫌な臭いが充満していた。応戦している下級生たちは皆一様に子どもにはそぐわぬつり上がった眼で敵を睥睨してはいたが皆大した怪我もなく立っている。その姿を見て、文次郎たちはは内心ほっと胸を撫で下ろした。
 しかし、下級生の安堵は彼らの比ではなかったようで、その場にいた一年は皆文次郎に駆け寄ってしがみつく。その大きな目からは涙がぼろぼろ零れており、彼らがどれだけの負担を強いられていたかを教えていた。それに文次郎は胸を衝くような気持ちになったが、それを押し込めて彼らに向かってしゃがむ。そして、自分の制服に涙や鼻水をつける彼らを引きはがして、その顔を乱暴に拭った。
「馬鹿タレィ、まだ終わってねえんだから泣くんじゃねえ! ほれ、みっともない!」
 制服の袖だけじゃ足りなかったため、懐から手ぬぐいも出して彼らの顔をごしごし拭う。痛いくらいの摩擦に彼らの涙も引っ込んだようで、皆泣きはらした赤い顔で瞬きして文次郎を見つめていた。彼はそんな一年生たちを軽く小突き、大音声を轟かす。
「今までよく学園を守った! ――ただ今、六学年、五学年帰参した! 後の指示は俺たちに任せ、お前らは全員上級生の援護に回ること! やられた分はやりかえすぞ!」
「応っ!」
 それに大きく反応したのは、文次郎に駆け寄りたい気持ちを必死で抑えて敵との応戦を続けていた三年と三木ヱ門である。三木ヱ門は文次郎を泣きそうな顔で一瞬だけ振り返ったが、すぐに顔を袖で拭い、涙を振り飛ばして再び顔を前へ向けた。
「標準を合わせろ! まだ終わってないぞ!」
「そうだ!」
 三木ヱ門の声に文次郎は呼応し、下級生たちをまとめる。集まってきた敵兵に一発をぶっ放した後、三木ヱ門は次の発射準備を下級生たちに任せ、自分は文次郎の許へと向かってきた。
「――先輩方のお帰りをお待ち申し上げておりました。四年ろ組、田村三木ヱ門! 今これより正門前陣頭指揮を潮江先輩にお渡しいたします!」
「六年い組潮江文次郎、確かに受け取った。……よく堪えた、後は任せろ」
 文次郎は自分を真っ直ぐに見据える三木ヱ門にしっかりと頷き、けれど優しくその頭に触れた。撫でるよりも簡単なそれは三木ヱ門への労いだ。いつもよりずっと強ばった表情は、彼がどれだけ張り詰めていたかを文次郎に教えていた。――無理もない。今でこそ戦場も慣れている文次郎たちとて、初めて実戦らしい実戦に混じったのは四年の終わり頃である。初めて戦場へ出たとき、文次郎もまたこの独特の熱気に飲まれた。それを碌な心構えもないままに感じれば、あてられもするだろう。何よりも、五、六年の居なかった間は三木ヱ門たち四年が実質の最高学年だ。烏合の衆とまではいかないものの、全く未熟な下級生たちを守り、支え、ときに使いながら学園を守るというのは骨が折れただろう。その心的負担は想像するに余りある。よく頑張った、と小さく呟くと、三木ヱ門は一瞬ぽかんとした後に見る見るうちに大きな目へ涙を溜める。けれど、その涙は零れるより先に三木ヱ門の袖に拭われ、彼は大きな目をぐっと文次郎へ据えて、どこかまだぎこちないまま、けれどしっかりと笑った。
「――当然です! 私は忍術学園のアイドルで、学年一優秀な忍たまですから!」
「阿呆。……さあ、反撃するぞ!」
 文次郎はその返答に苦笑を返し、彼の頭を軽く小突く。そして、まだまだ寄り来る敵を前にして大きな声で宣言した。それに鬨の声が上がり、長次や雷蔵、三郎が頷く。文次郎はそれに頷き返し、大きな声で指示を飛ばした。
「薙ぎ払うぞ! 三木ヱ門、砲撃準備! 長次、不破、鉢屋は敵兵を一掃に尽力せよ!」
「「承知!」」
 文次郎の命に五年の二人が揃って応えた。性格も得意なものも全く違う二人だが、この二人が揃うと何となく安定感がある。奇をてらった行動ばかりする三郎とその尻ぬぐいをする雷蔵、という印象が強い二人だが、実戦になれば見事に敵の不意を突く鉢屋と、その土台を堅実に支える不破というように見事な双忍の術を使うからだろう。何より、彼らは臆しない。この二人は自分たちの力を過信せず、お互いの力を二倍にも三倍にもする術を既に身につけている。それは文次郎たち六年にとっても得難い力で、彼らに一目置く理由のひとつだ。何より、「必ず何かやってくれる」という期待を裏切らない三郎と居るだけで人を和ませ安定させる雷蔵の存在だけで、下級生の士気を上げるには十分だった。
「――外に出るぞ」
 ぼそ、と長次の声が文次郎の耳に届いた。砲撃と怒号の響くこの場では聞き取りにくいはず彼の声が、こんなときばかりは不思議とよく通る。文次郎はその発言に頷き、長次の後ろへそっと控えた五年の双忍に目配せした。――籠っていても何にもならない。籠城戦は最も難しい戦闘のひとつだ。それならば、地の利があるこの場を利用して打って出るべきである。元々好戦的な文次郎はニヤリと口元に笑みを浮かべて長次にあごだけで指示し、その後ろにいる二人に低く告げた。
「――精々可愛がってやれ。もう二度とこんな真似できなくなるくらいにはな」
「勿論ですとも。なあ、雷蔵」
「ああ。では、こちらはお任せいたします」
 あの体躯に似合わぬ早さでその場から駆けだした長次に続き、五年の二人もまた駆けていく。その背中を見送りながら、自分もまた最前線に出たいのをぐっと堪える。しかし、三木ヱ門たちが必死に守ったこの場所をそのままに、文次郎が遊軍になるわけにはいかない。彼らの士気をこれ以上落とさないためには、最高学年の誰かが陣頭に立つ必要がある。そして、それができるのは自分しかいないと知っていた文次郎は、自分を見つめる下級生たちに向かっていつもと変わらぬ大音声で次々に指示を飛ばし始めた。



 一方その頃、食満留三郎は迷わず用具倉庫へ向かっていた。
 他の三人もそれぞれ自分たちの委員会の場所へ向かっている。それは偏に彼らが戦場において重要な役目を果たす用具、火薬、保健、生物の委員会を統率する立場にあるからである。平和な時分には余り理解されないが、いざ有事となれば彼らがどれだけ常の準備を積み重ねてきたかが重要になる。何より、どの委員会を取っても委員たちの協力がなければ潤滑な行動には移れない。そのために彼らはこんな場合にこそ、特殊技能者に近い扱いを受けるのだ。しかし、まだ経験の浅い下級生たちには荷が重いことも確かである。火薬委員以外には四年生がまず居らず、その火薬委員の四年生に至っては忍術に関しては一年生とそう変わらぬ状態なのである。彼らが案じるのも当然のことだろう。そして、特に一年生の多い用具委員会の委員長である留三郎は後輩たちがどんなに苦労しているか、と気が急くのを必死で押えながら用具倉庫へと駆けつけた。
 用具倉庫は慌ただしく出されたためかかなり荒れており、後片付けには骨が折れそうである。留三郎はそれを溜息ひとつで諦め、ぐるりと周囲を見回した。いくつかの武器は既に壊れてその場へ放置されている。石火矢の残骸のようなものも見えることから、壊れた用具全てを一時的に倉庫の前へ置いておいたのだろう。後で誰が直すと思っているんだ、と内心歯噛みしながらも、留三郎はその破片を拾って脇へ放り投げた。
 この残骸は同時に残された下級生たちがどれだけ頑張ったかの証でもある。あの手旗信号が伝えることを思えば、彼らがどれだけ頑張ったのか理解できた。同時に自分たちの留守中に攻めてきた敵軍が憎らしく、その卑劣なやり口に腸が煮えくりかえる。唇をぐっと噛みしめると、留三郎は己のやるべきことを行うために用具倉庫へと足を踏み入れた。
 既に出すべき用具は出されているようだ、と留三郎は自分より三つ下の作兵衛がきちんと仕事をしたことに口の端を上げる。多少難のある思考回路を持つ彼であるが、慣れない一年をまとめ、自分の補佐をきちんとこなすだけの実力はある後輩だ。何か不足があれば、と思って来てみたものの、それは杞憂だったと留三郎は己を笑った。それならば防衛戦に混じろう、と彼が再び踵を返したとき、用具倉庫の前に人影があることに気づく。今来たばかり、という調子のその陰は逆光で顔がよく見えないが、制服の色からして三年生だと分かった。
「けま、せんぱい……!」
 己を呼ぶ声で作兵衛だと分かる。壊れた用具を置きに来たのか、他の用具の補充に来たのだろう。留三郎はその声に応えようとしたのだが、それよりも先に緑色の塊が彼の懐へ飛び込んできた。
「せんぱい……! せんぱい……!」
「作兵衛……? いや、うん、よく頑張った。――用具もきちんと出せてるし、お前が頑張ってくれたんだな」
「先輩、俺……! 俺……!」
「こら、まだ泣くな! まだ戦いは終わってないだろう! べそかくのは全部終わってからにしろ! ――全部終わったら、ちゃんと全部聞くから。な?」
 己にしがみつく後輩の姿に、留三郎は彼がどれだけ気を張っていたかを知る。しかし、今はまだ泣かせるわけにはいかない。留三郎は制服の袖で作兵衛の顔を強く拭うと、いつものように叱りつけ、その後に少しだけ笑った。それに作兵衛も現状を思い出したのだろう、同じく制服の袖で己の顔を拭うと、少し赤くなった顔を真っ直ぐ留三郎に向けてこくりと頷いた。
「すんません、先輩……俺、先輩見たら何か安心しちまって」
「良いんだ。しかし、こんなんじゃ先輩後輩の感動の再会も楽しめん。無粋な輩を追っ払って、食堂のおばちゃんの美味しい飯でも食ってゆっくりしようぜ」
 作兵衛の言葉に留三郎は強気に笑う。――自分たちが戻った以上、好き勝手なことはさせない。五年以上忍術学園に在籍するというのが伊達ではないことを証明すべく、留三郎は作兵衛を連れて用具倉庫から駆けだしたのだった。



「――お前たち、大丈夫かい!?」
「伊作先輩!」
「よかった……!」
 伊作が飛び込んだ保健室は下級生たちがあちこちで治療を受けており、校医の新野以下保健委員たちが手分けして彼らの治療に当たっているところだった。幸いにも大怪我の生徒は誰ひとりとしておらず、治療を受けたらすぐにまた前線へと飛び出していく者がほとんどだ。けれど、保健委員たちはひどく気を詰めていたようで、伊作が戻ったときには全員が青い顔をしていた。
「遅くなってすまなかったね、大丈夫だったかい?」
「はい、幸い新野先生がいらっしゃったので何とか……」
「ウチは幸い乱太郎が居ないだけでしたし」
 伊作の問いに答えたのは数馬と左近である。彼らは一様に腕まくりで前掛けをし、痛みに呻いたり泣き言を言ったりする生徒たちを宥めすかしたり、叱りつけたりしながら治療に当たっていた。左近の言葉に伊作が周囲を見回せば、一年の伏木蔵が保健室の隅で包帯を直したり、薬草をすり潰したりしている。確かに乱太郎の姿がないことに伊作が首を傾げると、左近がその疑問に答えた。
「一年は組はまた校外学習ですよ。――ま、今回ばかりは居なくて正解ですけどね。あいつらが居たんじゃどんなことになるか分かったもんじゃない」
「乱太郎たちは災難を引き込む側だからね……」
 つん、と吐き捨てる左近の言葉には、しかし今の地獄絵図を一年は組が見なくて良かったという心がにじみ出ている。更に数馬が同じくしみじみと呟き、保健室はどこか和やかな雰囲気に包まれる。伊作は平気な振りをしている下級生たちの目に安堵の涙が膜を張っていることに気づかない振りをして、彼らの頭を優しく撫でた。彼らが無事でここにいること、そしてしっかりと己のやるべきことを果たしていたことに微笑む。何より、気丈に振る舞っていた彼らの蒼い顔が伊作を見た瞬間にぱっと明るくなったことで、彼らが自分たちをどれだけ待ちわびていたのか、また案じてくれていたのかを理解して胸が熱くなった。
「新野先生……私は防衛に出ても大丈夫でしょうか?」
「ええ、勿論です。――ここには三反田君、川西君、鶴町君がいますからね。彼らは今まで立派に保健委員としての努めを果たしています。君が居なくてもここは大丈夫ですよ」
「先輩、行ってください! 僕たちなら平気ですから」
「なめてもらっちゃ困ります。僕たちだってやるときはやるんですよ」
「……先輩、僕たち大丈夫ですから」
 下級生が三者三様に笑みを浮かべる様子に伊作は目を瞬かせた。その笑みは皆どこか強ばっていて、余り平気そうには見えない。むしろ、強がりであるのが明白である。しかし、彼らは誰ひとり泣き言を言わなかった。一年の伏木蔵でさえ、である。伊作は自分の後輩が本当に頼もしく成長していることに更に笑みを深くし、三人の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「――じゃあ、頼むね。僕はここに居ない代わりに外の無粋な輩を追い払ってくるから」
「お気をつけて、先輩」
「……学園の内外は罠もたくさんあります。いつもみたいにはまらないように気をつけてくださいね」
「先輩、凄いスリルですね」
 数馬は穏やかに伊作を見送り、左近は心配を素直に示せないようでそっぽを向いている。伏木蔵はといえば、平静を装うためかいつもの口癖を繰り返した。そんな彼らに伊作は苦笑を浮かべ、「気をつけるよ」とだけ呟いた。――何せ、既に先刻の人馬で一度不運に見舞われているので。しかし、いざ伊作が出ようとするのと同時に木下が保健室へ顔を出し、蒼い顔をした久作を背から下ろした。
「失礼。新野先生、久作を診てくださらんか。実習地まで駆け通しで目眩を起こしておるのです」
「ええ、こちらへお願いします。――久作君、ほら大人しくして」
「久作! 大丈夫か!?」
 ぐったりとしながらも目ばかりぎらぎらと光らせて、久作は何とか身体を起こそうとする。真っ青な顔で力なくもがく久作に驚いたのは同級生の左近で、彼は慌てて何とか立ち上がろうとする久作の傍へ駆け寄った。新野と左近の二人に押さえつけられてなお、久作は自分にだけ与えられる安寧を拒もうと暴れた。そんな久作の心中を察して、伊作は苦笑する。そして、彼の傍へ膝を突いてその頭を撫でた。
「久作、君は十分頑張った。――まだ二年生なんだから、後は僕たち先輩に任せなさい」
「でも……左近も三郎次もまだ頑張ってるのに俺だけなんて……それに、四郎兵衛だってまだ戻らないんだから、ひとりでも多く頑張らなきゃ」
「良いんだよ。……それにほら、あんまり下級生に頑張られると五年六年の出番がなくなるでしょ。先輩に見せ場を譲って、君たちは大人しくしてなさいって。――大丈夫、僕ら上級生が忍術学園で五年、六年学んだことは伊達じゃないから。それは久作、君だってよーく分かってるだろ?」
 彼の額に触れながら、伊作はにこりと笑う。――そう、忍たまとして六年過ごした期間は決して伊達じゃない。普段は負傷者や病人と見れば立場など考えずに治療をする伊作であるが、己らに降りかかる火の粉を甘んじて受けるほどお人好しではないのだ。そして、可愛い後輩たちを苛んだ外敵たちに与える情けはとうに尽きていた。
「そうだぞ、久作。伊作先輩たちが戻られたんだから、もう安心だ。――お前はいざというときにまた戦えるよう、今は休むべきなんだよ。そんなふらふらの身体じゃ、いざというときに何にもできないぞ」
「そうそう。それにこっちだって手が足りてるわけじゃないんだから、どうしても何かしたいって言うのならこっちの方手伝ってよね。もうみんなあちこちで怪我作ってくるから、薬の方も足らなくなってきてるんだ。薬草をすり潰したり、包帯を巻き直すくらいは久作でもできるでしょ? それやってもらえるなら、伏木蔵にはこっちの手伝いへ回ってもらえるから、助かるし」
 伊作の言葉になおも不服そうにする久作に、口添えをしたのは左近と数馬だった。二人とも物は言い様、今休むことを上手く正当化している。何より、言葉で相手を丸め込む術は保健委員独特のもので、伊作はいつの間にかこんなにも頼もしく成長していた後輩たちに思わず笑みを漏らした。伊作が彼らを見やると、伏木蔵まで先程以上にずっと自然な笑みを向けてくる。何だかんだ言いながらも「不運委員会」と名高いだけあって、保健委員会は非常事態に強いのだ。それに伊作は今度こそ安心して彼らに目配せし、この場を預ける。それに三人が各々頷いたことに満足げな笑みをこぼし、伊作は新野とも頷き合った後に保健室を後にした。
 ――彼らを守るためには、一刻も早く外の敵軍を一掃することが重要である。そのために伊作は一路保健室から駆けだし、最前線へと向かったのであった。


| SS::花嵐一夜 | 02:57 | comments (x) | trackback (x) |
こへ滝+綾部


 【注意】

 滝が妊娠してるかも、と悩んで病んでます。
 小平太はデフォルト(?)で最低です。あと何か出番が空気。
 喜八郎は今回美味しい役だと思いました。
 最終的に何か喜八郎VS小平太だった気がします。
 色々鬱です。あと、中途半端なところで終わっていますが仕様です。あとはご想像にお任せします。


続き▽
| SS | 02:51 | comments (x) | trackback (x) |
連載設定の鉢雷小ネタ


「雷蔵、それって……」
「……君より少し遅くなってしまったけど」
 三、四日留守にする、と告げた雷蔵に、三郎は思わず腰を浮かせた。――自分も半月前に同じく三、四日留守にして、忍としてより深い闇へと沈んだからだ。いつか覚悟はしていたけれども、実際にそれを為した日には食事が喉を通らなかった。自分ですらこうなのだから、心優しい彼女の心痛はいかばかりだろうか、と三郎は思う。それと同時にある閃きが浮かんで、三郎は口を開いた。
「雷蔵、私が――「三郎」
 しかし、三郎がその案を告げる前に雷蔵が強い調子でその言葉を遮った。己に真っ直ぐ向けられるその瞳は同じく強く、三郎はその光に気圧される。それでも何とか続けようと口を開くも、言葉が紡がれるより先に雷蔵が言葉を継いだ。
「僕は自分で行くよ」
「だが、雷蔵……!」
「――僕だってもう四年忍たまやってるんだよ、三郎。決して早すぎるわけでもないし、むしろこのまま忍たまとしてやっていくのなら、僕は今こそ行かなくちゃいけない」
 行かせたくない、と三郎は悉く潰される発言の合間に瞳で訴える。しかし、それを雷蔵はただ静かに受け止めることで退けた。
「――三郎だって超えた道だ。八左ヱ門だって、他の皆だって同じ道を通っていく。ろ組だけじゃない、い組もは組もだ。――同じく学んだ皆が行く道を僕も行きたい。
 三郎だって承知の上だったはずだよ。僕がここに残った時点で、いずれこうなることは分かっていたんだから」
「だが、」
「三郎」
 静かに呼ばれた己の名前に三郎は普段の飄々とした表情などどこへやら、焦燥した表情で雷蔵の両腕を掴もうとした。しかし、伸ばした腕が雷蔵の身体に届くより早く震えて落ちた。いや、落ちた、という表現は正しくない。三郎の身体全体が床に崩れ落ちているのである。身体に走る痺れと眠気に三郎は驚いて雷蔵を見上げた。まさか、と三郎が視線で問うと、雷蔵は懐から小さな紙切れを取り出した。
「こうなると思って、善法寺先輩にお願いしておいたんだ。――この薬が三郎に効いて良かったよ」
「らい、ぞ……なん」
 そこで三郎は初めて、先程雷蔵が出した白湯に一服盛られていたことを知った。なんで、と呟きたくとも唇が動かずに言葉だけが浮かんでは消えていく。次第に霞んでいく視界で、三郎は悲しそうに笑う雷蔵を捉えた。
「――ごめんね、三郎。でも、これは僕が行かなきゃいけないものだから」
 抗いたくとも抗えぬ眠りの波に飲まれた三郎が最後に覚えているのは、己の頬を撫でる冷たい雷蔵の手のひらだった。



「――雷蔵!」
 そわそわと忍術学園に程近い辻で何度繰り返したか分からぬほどに右往左往していた三郎は、ようやく見つけた愛しい顔に思わず駆け寄った。しかし、抱き締めたくとも複雑に湧き起こる感情が邪魔をして、どうして良いか分からずに三郎は雷蔵の前で足を止めた。
「……待っててくれたの?」
「……ああ」
「そっか、有難う。待たせてしまったよね?」
「――雷蔵があんなことするから」
 拗ねたように唇を尖らせる三郎に雷蔵は子どもを見るように笑い、肩をすくめた。
「そうでもしないと、三郎ついてくるか僕を出し抜いたでしょう? でも、あれだって数時間で効果は切れて、副作用だって大したことはなかったはずだよ」
「副作用が大したことないだって!? 次の日、頭が重くて痛くて仕方なかったんだぞ! それも雷蔵の所為だからな!」
 本格的に拗ねた三郎に吐き捨てられ、雷蔵は苦笑する。まるで変わらない様子で己を迎え入れてくれる三郎が愛しく、同時にとても愚かに思えた。
「――三郎、ほら」
 雷蔵は己の懐へ大切に入れていた小さな包みを取り出し、三郎へ放り投げた。それを受け取った三郎は一瞬顔をこわばらせ、すぐに雷蔵を見る。
「それを学園長先生に持っていかなきゃいけなんだけど、三郎はまだここに居る?」
「一緒に帰るに決まってるだろ」
「じゃあ、一緒に帰ろう」
 手を差し伸べた雷蔵に、三郎はその手を取ろうと同じく手を伸ばした。けれど、彼女の手の触れる前に手が止まる。その手が何を為してきたかを思い出したためである。そんな三郎に気付いた雷蔵は、伸ばしたままの己の手を見下ろして苦く笑った。
「――三郎、私は三郎が思っているほど善い人間ではないよ」
「雷蔵……?」
 普段の柔らかい笑みとは違う、どこか皮肉な笑みを浮かべて雷蔵は続ける。
「僕はね、三郎。君たちと一緒に居ることと、誰かの命を天秤に掛けて、僕は君たちと居ることを取ったんだよ。――僕は忍たまで居たかった。そのために人を殺めることが必要ならば、僕は何度だって殺してみせる。……利己的でしょう? 全然善い人なんかじゃない」
 雷蔵は己の手を自分の目線まで上げて、続ける。
「僕は君たちと一緒になりたかった。――例え三郎がそれを望まなくてもね。
 だって、僕は君に守られたいんじゃないんだもの。僕はね、三郎。君の背中が見たいんじゃないんだ、君の隣で同じものを見て、また君の背中に己の背中を合わせたいんだよ。そのためならば人を傷つけて殺すことも僕は厭わない」
 雷蔵はその言葉に唇を噛み締める三郎に続けた。
「三郎、僕は君の伴侶になりたいんじゃない。――ううん、少し違うかな。僕は欲張りなんだ。
 僕はね、三郎。君の伴侶であり、双忍の相棒であり、好敵手であって、常に君と隣り合う存在でありたいんだ。そのためにこの手を朱に染める必要があるなら僕はそうするし、それ以上のことを求められても僕はそれに応えていくつもりだ」
 雷蔵はそこで再び三郎に手を差し伸べた。
「三郎は、こんな僕じゃ嫌? 君の背中に隠れて、守られている女子であって欲しい?」
「雷蔵……」
 困惑した様子で己の名を呼ぶ三郎に、雷蔵は強い視線を向けた。
「それなら、ここで僕らは別れた方が良いよ。――全ての関係を解消して、なかったことにするべきだ。
 僕は例え君に否定されようと、忍として生きていく。三郎、僕はもう決めたんだ。これから先も忍たまとしてやっていくなら、どんな汚泥にだってまみれなければならない。そして、それは先輩方も、また僕らの後輩たちも皆通っていく道だ。僕だけ例外になるなんて認められないし、僕もその気はない。それに、もし三郎が僕の邪魔をするというのならば、三郎であったって容赦しない」
 己を焦れた表情で見詰める三郎に雷蔵は続ける。
「――ねえ、三郎。三郎はこんな僕でも、この手を取ってくれる?」
「あ、ったりまえだろ!」
 差し伸べられた手を両手で掴んで、三郎は雷蔵に強く告げた。それに雷蔵はこの時初めていつもの柔らかい笑みを浮かべ、安堵したように息を吐いた。
「……ちょっとだけ、三郎とやり合う羽目になったらどうしようかと思ったよ」
「馬鹿。――雷蔵が利己的だと言うのならば、私の方がよっぽど利己的だ。雷蔵が傷ついたり、君を失ったりするのが怖くて、君の望みも潰そうとした男だからな。雷蔵こそ、今のうちに私を振っておかないと後悔するかもしれないぞ」
「おや。――でも、気難しい鉢屋三郎の傍に四六時中居られるのは、僕だけだと思わない?」
 三郎の手を引いて歩き出した雷蔵は、小さく呟かれた言葉に口の端を上げる。その挑戦的な視線に三郎もようやく己の調子を取り戻したのか、彼女の隣へ並ぶように足を速めてから「違いない」と笑った。
 ――そうして彼らはまた、忍術学園の門をくぐる。


| SS | 02:49 | comments (x) | trackback (x) |
連載設定の鉢雷小ネタ

※大体三〜四年生くらい? の鉢雷で、実習中に鉢屋が怪我をしたら、雷蔵はきっとお姫様だっこしてくれるよねって話。当サイト鉢雷連載設定(雷蔵男前度三割増し?)。



「いっ、て……っ!」
「三郎っ!」
 実習中に上がった小さな声に、不破雷蔵はその持ち主の名を読んだ。彼は視線だけで「来るな」と彼女に告げ、同時に己の足を焼いた地雷を睨みつける。油断していた、としか言いようがない。足が飛ばなかったのは、ただ単に実習用に作られた火薬の極端に少ないものだったからだ。鉢屋三郎は己を今まさに襲わんとする上級生を睨み据え、咄嗟に取り出した苦無を構えて唇を引き締めた。己の役割を果たさねばならない。それが忍だ。
 ピィーーーッ!
 しかし、そこで高らかに笛が鳴った。それは実習終了の合図であり、三郎を狙っていた上級生の動きも止まる。覆面を外した上級生――立花仙蔵は足を負傷したままの三郎に唇を歪ませて笑った。
「お前もまだまだだな」
「……次は負けませんよ」
「ふふっ……ああ、楽しみにしている」
 美しい黒髪をなびかせて、憎らしいほどの余裕と共に去っていく。仙蔵のその後ろ姿を見送りながら、三郎はギリ、と音がするほど奥歯を噛み締めた。悔しいのは負けたから、というよりも、己が彼らの目論見をかわすことができなかったからである。むざむざと地雷を踏まされたことに腸が煮え繰り返るような気分を味わいながら、三郎は痛む足に溜息を吐いて立ち上がった。そろそろと動かしてみて、被害を確認する。――歩けないほどではない。
 三郎はゆっくりと足を動かし、慎重に地面に残った足跡を辿りながら地雷原と思しき場所を抜けようとした。しかし、彼が二歩も進むより早く、バタバタと足音が聞こえる。振り向くよりも早く名を呼ばれ、三郎の身体が宙に浮いた。
「なっ……雷蔵っ!?」
「馬鹿っ、何をやってるんだ! いくら実習用の地雷だったからって怪我してることに変わりはないんだぞっ! 良いから大人しくしてろ、今保健室に……!」
 彼を横抱きにした雷蔵が堰を切ったように怒鳴りつけた。それにも三郎は驚いたが、それ以上に看過できない状況がある。――何せ、惚れた女子に抱えられているのだ。しかも、支えられているどころか全ての体重をその諸腕に置いている。これが男としてどれほどの屈辱であるかなど、言うまでもない。故に三郎は何とか彼女の腕から降りようともがいたが、それは雷蔵自身によって阻まれた。
「三郎、暴れないでよっ! 落としちゃうでしょ!」
「むしろ落としてくれ! 雷蔵、私は自分で歩けるから! これだけは勘弁してくれっ!」
「馬鹿言うな! 足が焼けてんだぞ! 良いから大人しくしてろ!」
 雷蔵は暴れる三郎を仕方なしに肩へ担ぎ、地雷原を危なげなく抜けていく。勿論、三郎は更に抵抗を続けたが、それも彼女の地を這うようなこの一言で止めざるを得なかった。
「……三郎? あんまり暴れると――握り潰すよ?」
 何を、とは言われなかったが、その一言だけで危機を察した三郎はきゅっと身体を縮めて大人しくする。しかし、男の矜持が大きく傷ついたのは言うまでもなく、彼は保健室に連れられるまでさめざめと顔を覆って泣くより他になかった。
「…………もうお婿に行けない……雷蔵の馬鹿……!」
「たかだか抱えて運ばれたくらいでぎゃあぎゃあ騒ぐなよ、男らしくない! 三郎が誰にも貰ってもらえなかったら僕が責任とってお嫁さんにしてあげるから泣くなよ! あ、その時は三国一の花嫁になってきてよね、せっかくお嫁さんもらうなら可愛い方が嬉しいから」
「雷蔵、ひどい……! でも嬉しい! どうしたらいいの、この複雑な気持ち!」
「あっそ。善法寺先輩、もう少し沁みる薬ください」
 顔を覆って身を捩らせる三郎を全く無視して、雷蔵は傍らで三郎の足を治療し終えた善法寺伊作に話しかける。その二人のやり取りに伊作は柔らかく微笑んで、「仲が良いねえ」と呟いた。


| SS | 02:47 | comments (x) | trackback (x) |
記憶の先 前世の記憶
どう考えても前世のことを書いてたら終わらない+話が先に進まないので大前提の設定を箇条書きにしてみました。
 以降、『記憶の先』はこの設定を前提にして話を進めていきます。

 なお、前世の記憶ですので、=死にネタです。大抵が不遇です。苦手な方はご注意ください。


続き▽
| SS::記憶の先 | 02:45 | comments (x) | trackback (x) |
こへ滝ホラー


「はっ……はっ……はっ……!」
 己の吐息がこんなにもうるさく感じたことはない、と滝夜叉丸は走りながら思った。どんなに厳しい山道を駆け上がった時も、どんなに息が苦しくなっても、滝夜叉丸が己の動作を煩わしく――恐ろしく感じたことはない。跳ねる心臓の音ですら、今の滝夜叉丸には恐怖を煽るものでしかなかった。聞こえるはずはないと思っていても、万が一この音が相手に伝わってしまったら、と思えば彼は恐ろしさで凍りつくような気持ちになる。とにかく学園へ、安全な場所へ戻らなければ、とそればかり考えながら滝夜叉丸は走っていた。
 夜の闇が恐ろしいと感じるなど忍としては失格だ。――滝夜叉丸自身もつい先程まで平気だった。怯える下級生たちを笑いもした。けれど、今は駄目だ。身を隠す闇は周囲も隠してしまう。己の周囲が分からないことが滝夜叉丸にとっての苦痛だった。
(早く、早く、早く……!)
 長屋に戻ってさえしまえば誰かしら居るはずだ。部屋に戻れば同室の喜八郎が居るはずだし、そうでなくても四年長屋に三木ヱ門かタカ丸が居るはず。恐怖に発狂しそうな気分になりながら、滝夜叉丸は必死で足を動かしていた。ぬかるむ土を踏んだ所為で跳ねる泥も、それによって立つ音も今の滝夜叉丸には恐ろしい。この音が恐怖の源を引き寄せるのではないかと這い上るような恐怖に足が止まりそうになるが、足を止めれば最後だということも分かっていたので、滝夜叉丸は音を消すよりも距離を稼ぐことを優先してひたすらに走り抜けた。
 山道を抜ければ学園の明かりが見える。橙の優しい色に滝夜叉丸の心がようやく緩んだ。後もう少しで学園の敷地内に入ることができる、そう思うだけで恐怖に打ち勝てる気がした。小松田の差し出す入門表にすぐ名前を書けるように懐の矢立てを探しながら速度を更に上げる。玄関の小さな扉に飛びついて、滝夜叉丸はようやく安堵の息を吐いた。
(これでもう大丈夫)
 身体を曲げて息を整えながら、滝夜叉丸はどっと安堵に脱力した自分を認める。だが、もう緊張しなくても良いのだ。ここは安全なのだから。
 己の脇から差し出された入門表に矢立てから筆を出し、滝夜叉丸は署名しようとする。しかし、入門表を受け取りながら、それを差し出した人間を見た瞬間に滝夜叉丸は声にならない悲鳴を上げた。
「――おかえり、滝夜叉丸。遅かったね」
「ど、どうして……せんぱい」
 己が山で逃れた男が、そこに居た。手渡された出門表が地に落ちる。途中まで書かれた名前の一角が伸びて紙を走っていることが彼の動揺を証明していた。滝夜叉丸は恐怖に持っていた筆すら取り落として、一歩後退りする。しかし、彼が身を翻すより早く、小平太の大きな手が滝夜叉丸の腕を捉えた。
「どうして逃げるの?」
「……っ!」
 なんてことはない問いのはずなのに、その言葉に滝夜叉丸は全身が竦むのを感じた。全力で逃げ出さなければならないはずなのに、身体がもう動かない。そんな滝夜叉丸を嘲笑うかのように小平太の腕が彼の身体に巻き付き、滝夜叉丸は小平太に抱き寄せられた。
「――さあ、行こうか。夜は長いよ」
「や、せんぱい……いやです……っ! はなしてくださ……っ!」
「どうしてそんなに怖がっているの? 大丈夫、怖いことはしないよ。この前もそうだったろう?」
 滝夜叉丸は小平太に囁かれたその言葉に、心の奥底に封じ込めていた記憶が流れ出すのを感じた。余りの恐ろしさになかったことにした記憶が、彼の中を支配する。叫び出したいのに喉すら震えないほど身体を強張らせた滝夜叉丸は、身を縮めて恐怖に身構えた。
 そんな彼を小平太は優しく抱き上げ、抵抗できないのを良いことに静かにどこかへ連れて行った。――その日の晩、滝夜叉丸が部屋に戻ることはなかったという。


 ※状況などは一切考慮せずに書いたから、何があったのかは分からない。

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