2011,08,12, Friday
※大体三〜四年生くらい? の鉢雷で、実習中に鉢屋が怪我をしたら、雷蔵はきっとお姫様だっこしてくれるよねって話。当サイト鉢雷連載設定(雷蔵男前度三割増し?)。
「いっ、て……っ!」
「三郎っ!」
実習中に上がった小さな声に、不破雷蔵はその持ち主の名を読んだ。彼は視線だけで「来るな」と彼女に告げ、同時に己の足を焼いた地雷を睨みつける。油断していた、としか言いようがない。足が飛ばなかったのは、ただ単に実習用に作られた火薬の極端に少ないものだったからだ。鉢屋三郎は己を今まさに襲わんとする上級生を睨み据え、咄嗟に取り出した苦無を構えて唇を引き締めた。己の役割を果たさねばならない。それが忍だ。
ピィーーーッ!
しかし、そこで高らかに笛が鳴った。それは実習終了の合図であり、三郎を狙っていた上級生の動きも止まる。覆面を外した上級生――立花仙蔵は足を負傷したままの三郎に唇を歪ませて笑った。
「お前もまだまだだな」
「……次は負けませんよ」
「ふふっ……ああ、楽しみにしている」
美しい黒髪をなびかせて、憎らしいほどの余裕と共に去っていく。仙蔵のその後ろ姿を見送りながら、三郎はギリ、と音がするほど奥歯を噛み締めた。悔しいのは負けたから、というよりも、己が彼らの目論見をかわすことができなかったからである。むざむざと地雷を踏まされたことに腸が煮え繰り返るような気分を味わいながら、三郎は痛む足に溜息を吐いて立ち上がった。そろそろと動かしてみて、被害を確認する。――歩けないほどではない。
三郎はゆっくりと足を動かし、慎重に地面に残った足跡を辿りながら地雷原と思しき場所を抜けようとした。しかし、彼が二歩も進むより早く、バタバタと足音が聞こえる。振り向くよりも早く名を呼ばれ、三郎の身体が宙に浮いた。
「なっ……雷蔵っ!?」
「馬鹿っ、何をやってるんだ! いくら実習用の地雷だったからって怪我してることに変わりはないんだぞっ! 良いから大人しくしてろ、今保健室に……!」
彼を横抱きにした雷蔵が堰を切ったように怒鳴りつけた。それにも三郎は驚いたが、それ以上に看過できない状況がある。――何せ、惚れた女子に抱えられているのだ。しかも、支えられているどころか全ての体重をその諸腕に置いている。これが男としてどれほどの屈辱であるかなど、言うまでもない。故に三郎は何とか彼女の腕から降りようともがいたが、それは雷蔵自身によって阻まれた。
「三郎、暴れないでよっ! 落としちゃうでしょ!」
「むしろ落としてくれ! 雷蔵、私は自分で歩けるから! これだけは勘弁してくれっ!」
「馬鹿言うな! 足が焼けてんだぞ! 良いから大人しくしてろ!」
雷蔵は暴れる三郎を仕方なしに肩へ担ぎ、地雷原を危なげなく抜けていく。勿論、三郎は更に抵抗を続けたが、それも彼女の地を這うようなこの一言で止めざるを得なかった。
「……三郎? あんまり暴れると――握り潰すよ?」
何を、とは言われなかったが、その一言だけで危機を察した三郎はきゅっと身体を縮めて大人しくする。しかし、男の矜持が大きく傷ついたのは言うまでもなく、彼は保健室に連れられるまでさめざめと顔を覆って泣くより他になかった。
「…………もうお婿に行けない……雷蔵の馬鹿……!」
「たかだか抱えて運ばれたくらいでぎゃあぎゃあ騒ぐなよ、男らしくない! 三郎が誰にも貰ってもらえなかったら僕が責任とってお嫁さんにしてあげるから泣くなよ! あ、その時は三国一の花嫁になってきてよね、せっかくお嫁さんもらうなら可愛い方が嬉しいから」
「雷蔵、ひどい……! でも嬉しい! どうしたらいいの、この複雑な気持ち!」
「あっそ。善法寺先輩、もう少し沁みる薬ください」
顔を覆って身を捩らせる三郎を全く無視して、雷蔵は傍らで三郎の足を治療し終えた善法寺伊作に話しかける。その二人のやり取りに伊作は柔らかく微笑んで、「仲が良いねえ」と呟いた。
| SS | 02:47 | comments (x) | trackback (x) |
TOP PAGE △