2011,08,12, Friday
「――そういやさ、今更だけど雷(らい)と三郎って幼馴染でも何でもないよな。雷、よく顔を使われて嫌じゃなかったなあ」
いつものように放課後に四人でだべっている時、ふと思い直したように竹谷 八左ヱ門が口を開いた。それにきょとん、としたのは疑問を突き付けられた当の本人で、彼女は己にくっつくように傍らに座っている少年と顔を見合わせた。その様子に八左ヱ門自身が溜め息を吐き、「お前ら変」と呟く。
「何だ、八左ヱ門。俺と雷の仲が羨ましいのか? お前も早く伊賀崎といちゃいちゃできると良いなあ」
「うるせえ! 真子は今関係ないだろ――ってそうじゃない! お前、変なことでごまかそうとすんなよな! で、雷は嫌じゃなかったのか? と言うか、今でも嫌じゃないのか?」
嫌なら今すぐ力ずくで止めさせるぞ、と目で語る八左ヱ門に、不破 雷は柔らかい笑みを浮かべた。その表情にはどこにも嫌悪感など見当たらず、八左ヱ門はやはりと思いながらも苦笑する。先程勢い余って浮かせた腰を再び落ち着かせる八左ヱ門に、雷は柔らかくほほ笑みながら語り始めた。
「そりゃ、私も初めは驚いたよ。――だって、突然自分と同じ顔の男の子がやってきて、『君の顔が借りたい』って言うんだもの。訳も分からないし、正直ちょっと気持ち悪いし怖かった」
「ちょっとおおおお、雷さああああん!」
今だから言える、といった調子の発言にショックを受けたのか鉢屋 三郎が悲鳴を上げた。しかし、雷はそれにも全く気にした様子がない。先程の笑みを崩さず、己に抱き付く三郎の頭を撫でながら続けた。
「でも、うーん……何と言うか、三郎が悪い人には見えなかったし、本当に真剣に言うものだから、まあ良いかなあって」
「――それで良いかなあ、って思う辺り、雷蔵って大物だよな」
「大雑把って言うんだろ」
えへ、と頭を掻く雷に、八左ヱ門が呆れた声を上げる。それに追随するように、今まで沈黙を守っていた兵が口を開いた。彼女はひとり違うクラスであるため、どうしても彼らの間に起こった出来事にタイムラグを感じてしまう。それが少しだけ淋しく、無意識に唇を尖らせていた。
「でも、はっちゃんも変に思ってたんだ。誰も突っ込まないから、何か知ってるんだと思ってた」
「いや、ぜーんぜん。と言うか、仲良くなって雷に聞くまで、クラスの全員、生き別れの双子じゃないかって言い合ってた。何てったって顔そっくりなんだもんなあ。ま、三郎の変装癖は入学した時からだけど。どんな顔になっても最終的に戻るのは雷の顔だったから、これが素顔なんだろうって皆で噂したりしてな。
――それにコイツ、最初の二月くらい本当に雷以外には懐かなかったからさ。話はするけどどっか上っ面でさ、受け流してんの見え見え! 学級委員長の癖に自分から輪に入ってこないし、だから尚更雷と三郎の双子説が有力になったってわけだ」
「うわー……その流れがありありと想像できて嫌だ」
「ま、それだけ俺と雷がラブラブってことだな」
八左ヱ門の言葉に顔をしかめる兵に、三郎が雷の肩を抱くことで答える。それに雷が三郎を手で押し返し、くすりと笑った。
「まあ、私と三郎が血縁じゃないことは確かだよ。二人とも生みの親がちゃんと居るしね」
「雷、ひどい……!」
引きはがされる形となった三郎は涙に暮れる仕草をしたが、既に彼の泣き落としには慣れているため、誰ひとりとして反応しない。彼もそれは分かっているのか、特にそれ以上は反応せずに先程と同じポジションへ戻った。
それでその話は終わり、また別の話題へと移ってゆく。そうして、彼らのいつもの日々が過ぎて行った。
「――でも、あの時は本当に驚いたなあ」
「ん?」
「入学式の直後に物陰に引っ張り込まれたかと思ったら、自分と同じ顔の男の子が突然に真顔で『貴方の顔を貸してください』だもんね。本当に怖かったんだからね? 意味分かんないし」
兵と八左ヱ門がそれぞれ帰路に就き、雷と三郎もまた同じく家路を辿っている時に雷がぽつりと口を開いた。当時を思い出したのか苦笑を浮かべる雷に、三郎も先程とは違って同じような表情を浮かべた。
「言うなれば一目惚れだったんだよ。――柔らかくて、好きな顔だったんだ。ずっと使っていたいと思ったから、許可を取ろうと思って。こっちだって必死だったし、変人ならまだしも、変態と呼ばれるかもしれないと、本当に清水の舞台――いや、サンシャ○ン60から飛び降りるくらいの気持ちだったんだからな」
「まあ……必死なのは分かったけど」
突然現れた男の子は、何が何だか分からずにパニックになりかけている雷に対し、「君の顔が好きだ」「訳あって素顔を隠さないといけない」「普段から君の顔を使いたい」とひたすら繰り返したのだ。それに雷は正直なところ、大変気味が悪い思いをしたのだが、何だか余りにも必死だったことと、このまま引き留められると最初の学活に間に合わなくなるという理由から、彼の願いに首を縦に振ったのだった。
「正直、半分くらい冗談だろうと思ってたしねえ……」
しかし、彼女の予想は全く外れ、三郎はその日以降ずっと今に至るまで雷の顔を普段使いにしている。最初は本当にどうしようかと思ったものだが、そのうちに三郎が少しずつ雷の顔にアレンジを加えて男っぽくしたことと、彼が雷の顔をしている時は本当に〈鉢屋 三郎〉という少年であったため、そのうちに「まあ良っか」と受け入れてしまったのだ。今では自分が大雑把で良かった、と心から思っている。
「――今も嫌かい?」
「ん? 別に。慣れたしね。それに、三郎が私の顔じゃないと、何かちょっと落ち着かないかも」
「素顔の時は?」
「…………分かってて聞いてるでしょ」
三郎は母親似だ。そして、実を言うと、雷は三郎の母親である世紀の大女優の大ファンなのである(因みにファンクラブの会員でもある)。つまり、雷が彼の素顔にドキドキしないわけがないのだ。――もっとも、ドキドキすることと三郎であることは全く別次元の物事として彼女の中では処理されているのだが。そして、それを三郎も知っているため、彼女の前でだけは素顔を出すことをためらわなかった。
傍らで揺れる柔らかな手のひらを掴んで、三郎はそれを口元に寄せる。それに雷は顔を真っ赤にして、三郎をねめつけた。
「――馬鹿」
「俺が雷馬鹿なのは雷が一番よく知ってると思うけど」
「知りたくない」
「ひどいなあ。こんなに愛してるのに」
「だから! そういうことサラッと言わないでって何度も……!」
三郎の言葉に夕焼けに染まる以上に顔を真っ赤にした雷に、彼はひどく甘い笑みを浮かべた。それは雷の顔でありながら、〈鉢屋 三郎〉そのもので。雷はそれを見ただけで何も言うことができなくなり、真っ赤な顔をぷいとそむけて彼から視線を外した。そんな雷を見て三郎が声を立てて笑う。
――赤く染まる家路には、二人の影が長くのびていた。
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2011,08,12, Friday
※注意:この作品には月経、百合の表現が含まれます
「ううー……」
「留(とめ)さん、大丈夫? お腹さすろうか?」
保健室のベッドの上、身体を丸めて唸る幼馴染に善法寺 伊緒(いお)が囁いた。普段はほとんどないと言って良いくらいの痛みが、今回に限ってはひどく重いらしい。真っ青な顔で痛みを堪える食満 留に、伊緒は同じく青い顔で傍に控えていた。
彼女が握り締めた痛み止めの薬は既に服用させてある。さすがに即効性があるわけではないから、薬が効き始めるまでは辛抱しなければならない。早く効け、と今のところ役に立っていない錠剤を握り締めながら、伊緒は布団の中で冷や汗をかく幼馴染の腰をさすった。
「伊緒、私なら大丈夫だから……お前は授業戻れ。次もあるだろ」
「私は保健委員だから大丈夫。新野先生もいらっしゃらないし、せめて先生がお戻りになるまでは一緒に居るよ。――あ、そうだ、今湯たんぽ作るね。待ってて、少しは違うはずだから」
自分を案じて掛けられる言葉に伊緒はにこりと微笑んで首を横に振った。――彼女は知らない。己がこんなにも今幸せだということを。
叶わぬ恋だと知っていた。己の方がおかしいのだと、何を望むこともできないのだと。それでも彼女の傍に居られるのならば、彼女の役に立てるのならば、こんなに幸せなことはない。伊緒は自分の歪んだ感情に自重しつつ、お湯を沸かして手慣れた様子で湯たんぽを作った。
しかし、同時に彼女の苦しみが少しでも長引けば良い、と伊緒は心の隅で思う。
そうすれば、伊緒はずっと彼女の傍に居られる。苦しむ留は勿論見たくないが、彼女の痛みが引いてしまえば、傍に居る大義名分を失ってしまうから。最低だ、と思いながらも、伊緒は手早く湯たんぽをタオルで包んで留の許へと戻った。
「さ、留さん。これお腹に当てて。――腰、さすってあげる。早く楽になると良いね」
「……悪いな、伊緒。私はお前に甘えてばかりだ」
「何を馬鹿なこと。いつも面倒見てもらっているのはこっちだもの、こんな時くらいお世話しないでどうするの。大丈夫、留さんは何も心配しないで良いんだよ。お腹痛いのは留さんの所為じゃないでしょ」
ゆるゆると布団越しに腰を撫でながら、伊緒は言葉とは裏腹な己の浅ましさに吐き気がする思いだった。――このまま時が止まれば良いのに、そう願ってしまう自分が恐ろしい。また、布団越しに伝わる華奢な腰の感触に欲を感じる己を心底軽蔑する。
けれど、想いは募るばかりで、決して伊緒の思うように消えてはくれない。何だか泣きたい気持ちになりながら、伊緒は留の腰をさすり続けたのだった。
「ううー……」
「留(とめ)さん、大丈夫? お腹さすろうか?」
保健室のベッドの上、身体を丸めて唸る幼馴染に善法寺 伊緒(いお)が囁いた。普段はほとんどないと言って良いくらいの痛みが、今回に限ってはひどく重いらしい。真っ青な顔で痛みを堪える食満 留に、伊緒は同じく青い顔で傍に控えていた。
彼女が握り締めた痛み止めの薬は既に服用させてある。さすがに即効性があるわけではないから、薬が効き始めるまでは辛抱しなければならない。早く効け、と今のところ役に立っていない錠剤を握り締めながら、伊緒は布団の中で冷や汗をかく幼馴染の腰をさすった。
「伊緒、私なら大丈夫だから……お前は授業戻れ。次もあるだろ」
「私は保健委員だから大丈夫。新野先生もいらっしゃらないし、せめて先生がお戻りになるまでは一緒に居るよ。――あ、そうだ、今湯たんぽ作るね。待ってて、少しは違うはずだから」
自分を案じて掛けられる言葉に伊緒はにこりと微笑んで首を横に振った。――彼女は知らない。己がこんなにも今幸せだということを。
叶わぬ恋だと知っていた。己の方がおかしいのだと、何を望むこともできないのだと。それでも彼女の傍に居られるのならば、彼女の役に立てるのならば、こんなに幸せなことはない。伊緒は自分の歪んだ感情に自重しつつ、お湯を沸かして手慣れた様子で湯たんぽを作った。
しかし、同時に彼女の苦しみが少しでも長引けば良い、と伊緒は心の隅で思う。
そうすれば、伊緒はずっと彼女の傍に居られる。苦しむ留は勿論見たくないが、彼女の痛みが引いてしまえば、傍に居る大義名分を失ってしまうから。最低だ、と思いながらも、伊緒は手早く湯たんぽをタオルで包んで留の許へと戻った。
「さ、留さん。これお腹に当てて。――腰、さすってあげる。早く楽になると良いね」
「……悪いな、伊緒。私はお前に甘えてばかりだ」
「何を馬鹿なこと。いつも面倒見てもらっているのはこっちだもの、こんな時くらいお世話しないでどうするの。大丈夫、留さんは何も心配しないで良いんだよ。お腹痛いのは留さんの所為じゃないでしょ」
ゆるゆると布団越しに腰を撫でながら、伊緒は言葉とは裏腹な己の浅ましさに吐き気がする思いだった。――このまま時が止まれば良いのに、そう願ってしまう自分が恐ろしい。また、布団越しに伝わる華奢な腰の感触に欲を感じる己を心底軽蔑する。
けれど、想いは募るばかりで、決して伊緒の思うように消えてはくれない。何だか泣きたい気持ちになりながら、伊緒は留の腰をさすり続けたのだった。
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