連載設定の鉢雷小ネタ


「雷蔵、それって……」
「……君より少し遅くなってしまったけど」
 三、四日留守にする、と告げた雷蔵に、三郎は思わず腰を浮かせた。――自分も半月前に同じく三、四日留守にして、忍としてより深い闇へと沈んだからだ。いつか覚悟はしていたけれども、実際にそれを為した日には食事が喉を通らなかった。自分ですらこうなのだから、心優しい彼女の心痛はいかばかりだろうか、と三郎は思う。それと同時にある閃きが浮かんで、三郎は口を開いた。
「雷蔵、私が――「三郎」
 しかし、三郎がその案を告げる前に雷蔵が強い調子でその言葉を遮った。己に真っ直ぐ向けられるその瞳は同じく強く、三郎はその光に気圧される。それでも何とか続けようと口を開くも、言葉が紡がれるより先に雷蔵が言葉を継いだ。
「僕は自分で行くよ」
「だが、雷蔵……!」
「――僕だってもう四年忍たまやってるんだよ、三郎。決して早すぎるわけでもないし、むしろこのまま忍たまとしてやっていくのなら、僕は今こそ行かなくちゃいけない」
 行かせたくない、と三郎は悉く潰される発言の合間に瞳で訴える。しかし、それを雷蔵はただ静かに受け止めることで退けた。
「――三郎だって超えた道だ。八左ヱ門だって、他の皆だって同じ道を通っていく。ろ組だけじゃない、い組もは組もだ。――同じく学んだ皆が行く道を僕も行きたい。
 三郎だって承知の上だったはずだよ。僕がここに残った時点で、いずれこうなることは分かっていたんだから」
「だが、」
「三郎」
 静かに呼ばれた己の名前に三郎は普段の飄々とした表情などどこへやら、焦燥した表情で雷蔵の両腕を掴もうとした。しかし、伸ばした腕が雷蔵の身体に届くより早く震えて落ちた。いや、落ちた、という表現は正しくない。三郎の身体全体が床に崩れ落ちているのである。身体に走る痺れと眠気に三郎は驚いて雷蔵を見上げた。まさか、と三郎が視線で問うと、雷蔵は懐から小さな紙切れを取り出した。
「こうなると思って、善法寺先輩にお願いしておいたんだ。――この薬が三郎に効いて良かったよ」
「らい、ぞ……なん」
 そこで三郎は初めて、先程雷蔵が出した白湯に一服盛られていたことを知った。なんで、と呟きたくとも唇が動かずに言葉だけが浮かんでは消えていく。次第に霞んでいく視界で、三郎は悲しそうに笑う雷蔵を捉えた。
「――ごめんね、三郎。でも、これは僕が行かなきゃいけないものだから」
 抗いたくとも抗えぬ眠りの波に飲まれた三郎が最後に覚えているのは、己の頬を撫でる冷たい雷蔵の手のひらだった。



「――雷蔵!」
 そわそわと忍術学園に程近い辻で何度繰り返したか分からぬほどに右往左往していた三郎は、ようやく見つけた愛しい顔に思わず駆け寄った。しかし、抱き締めたくとも複雑に湧き起こる感情が邪魔をして、どうして良いか分からずに三郎は雷蔵の前で足を止めた。
「……待っててくれたの?」
「……ああ」
「そっか、有難う。待たせてしまったよね?」
「――雷蔵があんなことするから」
 拗ねたように唇を尖らせる三郎に雷蔵は子どもを見るように笑い、肩をすくめた。
「そうでもしないと、三郎ついてくるか僕を出し抜いたでしょう? でも、あれだって数時間で効果は切れて、副作用だって大したことはなかったはずだよ」
「副作用が大したことないだって!? 次の日、頭が重くて痛くて仕方なかったんだぞ! それも雷蔵の所為だからな!」
 本格的に拗ねた三郎に吐き捨てられ、雷蔵は苦笑する。まるで変わらない様子で己を迎え入れてくれる三郎が愛しく、同時にとても愚かに思えた。
「――三郎、ほら」
 雷蔵は己の懐へ大切に入れていた小さな包みを取り出し、三郎へ放り投げた。それを受け取った三郎は一瞬顔をこわばらせ、すぐに雷蔵を見る。
「それを学園長先生に持っていかなきゃいけなんだけど、三郎はまだここに居る?」
「一緒に帰るに決まってるだろ」
「じゃあ、一緒に帰ろう」
 手を差し伸べた雷蔵に、三郎はその手を取ろうと同じく手を伸ばした。けれど、彼女の手の触れる前に手が止まる。その手が何を為してきたかを思い出したためである。そんな三郎に気付いた雷蔵は、伸ばしたままの己の手を見下ろして苦く笑った。
「――三郎、私は三郎が思っているほど善い人間ではないよ」
「雷蔵……?」
 普段の柔らかい笑みとは違う、どこか皮肉な笑みを浮かべて雷蔵は続ける。
「僕はね、三郎。君たちと一緒に居ることと、誰かの命を天秤に掛けて、僕は君たちと居ることを取ったんだよ。――僕は忍たまで居たかった。そのために人を殺めることが必要ならば、僕は何度だって殺してみせる。……利己的でしょう? 全然善い人なんかじゃない」
 雷蔵は己の手を自分の目線まで上げて、続ける。
「僕は君たちと一緒になりたかった。――例え三郎がそれを望まなくてもね。
 だって、僕は君に守られたいんじゃないんだもの。僕はね、三郎。君の背中が見たいんじゃないんだ、君の隣で同じものを見て、また君の背中に己の背中を合わせたいんだよ。そのためならば人を傷つけて殺すことも僕は厭わない」
 雷蔵はその言葉に唇を噛み締める三郎に続けた。
「三郎、僕は君の伴侶になりたいんじゃない。――ううん、少し違うかな。僕は欲張りなんだ。
 僕はね、三郎。君の伴侶であり、双忍の相棒であり、好敵手であって、常に君と隣り合う存在でありたいんだ。そのためにこの手を朱に染める必要があるなら僕はそうするし、それ以上のことを求められても僕はそれに応えていくつもりだ」
 雷蔵はそこで再び三郎に手を差し伸べた。
「三郎は、こんな僕じゃ嫌? 君の背中に隠れて、守られている女子であって欲しい?」
「雷蔵……」
 困惑した様子で己の名を呼ぶ三郎に、雷蔵は強い視線を向けた。
「それなら、ここで僕らは別れた方が良いよ。――全ての関係を解消して、なかったことにするべきだ。
 僕は例え君に否定されようと、忍として生きていく。三郎、僕はもう決めたんだ。これから先も忍たまとしてやっていくなら、どんな汚泥にだってまみれなければならない。そして、それは先輩方も、また僕らの後輩たちも皆通っていく道だ。僕だけ例外になるなんて認められないし、僕もその気はない。それに、もし三郎が僕の邪魔をするというのならば、三郎であったって容赦しない」
 己を焦れた表情で見詰める三郎に雷蔵は続ける。
「――ねえ、三郎。三郎はこんな僕でも、この手を取ってくれる?」
「あ、ったりまえだろ!」
 差し伸べられた手を両手で掴んで、三郎は雷蔵に強く告げた。それに雷蔵はこの時初めていつもの柔らかい笑みを浮かべ、安堵したように息を吐いた。
「……ちょっとだけ、三郎とやり合う羽目になったらどうしようかと思ったよ」
「馬鹿。――雷蔵が利己的だと言うのならば、私の方がよっぽど利己的だ。雷蔵が傷ついたり、君を失ったりするのが怖くて、君の望みも潰そうとした男だからな。雷蔵こそ、今のうちに私を振っておかないと後悔するかもしれないぞ」
「おや。――でも、気難しい鉢屋三郎の傍に四六時中居られるのは、僕だけだと思わない?」
 三郎の手を引いて歩き出した雷蔵は、小さく呟かれた言葉に口の端を上げる。その挑戦的な視線に三郎もようやく己の調子を取り戻したのか、彼女の隣へ並ぶように足を速めてから「違いない」と笑った。
 ――そうして彼らはまた、忍術学園の門をくぐる。


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