2011,08,12, Friday
※注:微妙に小平太→雷蔵(CP要素はなし)
「――お、不破じゃん」
「あ、七松先輩……」
不破 雷(らい)は己に駆け寄ってくる青年に苦笑を浮かべた。先の記憶はないが、人懐っこい性格は相変わらずだ。誰彼構わず愛想を振りまく様子は懐かしく、けれど同時に少し不愉快にも感じる。それはきっと己が前(さき)の彼を知っている所為だ、と雷はその不快感を胸の奥へ鎮め、己の前にやって来た男を見上げた。
「どうなさったんですか、先輩」
「いや、不破が見えたから」
「そうですか」
小平太の言葉に雷は困ったように返した。実際の言葉を聞けば、すげなく対応していると言っても良い。けれど、そうは見えないのは雷がいつも柔らかい笑みを浮かべているからだ。
小平太は常に穏やかな――彼女の先輩であり、己の幼馴染でもある中在家 長次によく似た性質の彼女をひどく気に入っていた。何より、彼女は小平太の好みど真ん中なのだ。穏やかでおっとりとした性格に、適度に肉のついた柔らかそうな身体。スレンダーとは言えないが、女らしくメリハリの利いた身体付きは小平太の一番好むところである。故に何度かアプローチも掛けているのだが、他の女子とは違い、彼女は一向に小平太へ打ち解けようとはしてくれなかった。
「相変わらず冷たいねえ」
「そんなことは。どなたにも同じ対応をしていると思いますけれど」
「同じ対応じゃ嫌なの。ね、不破は別に付き合ってる奴居ないんだろ? 俺なんてどう? 決して損はさせないからさ」
しかし、小平太の熱心な言葉にも彼女は薄く笑うばかり。しかし、先程の笑みとは違い、その瞳は決して笑っていなかった。
「……生憎と、損得勘定で恋愛をするほど、器用に生まれ付かなかったものですから。それに――それに、先輩には、もっとお似合いの女性がいらっしゃるはずですよ」
「またそうやって逃げる」
「逃げてなど。事実を申し上げているだけです」
雷の脳裏には、彼と前の世で仲睦まじく並んでいたひとりの女性の姿がある。
既に再会している彼女に、今の状況など伝えられるわけがない。小平太と再会したことも雷は伝えきれなかった。余りにも辛く悲しい事実を、知らせたくなかったのだ。
雷の前の伴侶にも記憶がなかったように、小平太にもまた前の記憶はない。その事実を知った時、雷は「そんなまさか」と思ったものだ。あんなに愛し合っていた二人の絆が簡単に切れるはずもない、と。
けれど、長次に尋ねればやはりその「まさか」で、雷は己を慕ってくれる後輩に何と言えば良いのか分からなかった。しかも、記憶のない当人がただ性格と身体付きが好みだという理由だけで己にアプローチを掛けているなど、誰が伝えられよう。馬鹿馬鹿しくて反吐が出る。何度殴り付けて目を覚ませと怒鳴り付けたかったことか、と雷はこっそり溜め息を吐いた。
しかし、そんなことを考えている間にも小平太は雷に迫っていたらしく、彼女の肩を抱いてにこにこと笑っていた。
(――あんなに愛し合っていたのに。これは、私の罪だろうか)
前の世で、雷はひとつだけ彼に対して罪を犯した。もし、その罪さえなければ、彼は記憶があって、今頃愛しい女性と寄り添い合っていたのだろうか。
そんな考えを頭から振り払い、雷は己の肩に乗る手をやんわりと払った。同時に彼の目を真っ直ぐに見詰めて、言葉に力を乗せて告げる。
「私の、相手は――貴方ではありません」
失礼します、と続けて雷はその場を離れた。正直なところ、もう耐えられなかったのだ。
はじめに絡まれた時、長次に堪えてくれと頼まれなければその場で引っ叩いていただろう。それほどまでに彼の行動は雷にとって許せないものだった。まるで無用の想いを向けられているからではない、覚えていないと言っても、〈彼女〉の存在を蔑ろにするような小平太の行動に腹が据えかねていたのだ。
(――それに、私にも)
自分が使う校舎に戻ってくれば、同じクラスの竹谷に用事があったのだろう、普段は階の違う自分たちの教室まで現れることはない鉢屋 三郎の姿があった。雷は彼に声を掛けることはせず、ただ目を伏せて波立つ感情を抑えると、どこかつまらなそうな表情で席に座っている久々知 兵(へい)の傍へ歩み寄った。
「遅かったな。また迷ってたのか?」
「ん、そんなところ」
「――お前は相変わらず、嘘を吐くのが下手だな」
「そう? ……でも、騙された振りをしておいてよ。辛くなるから」
「……あの人もなあ……覚えてさえいりゃ、あんなことは絶対しないんだろうが」
「仕方ないなんて言わないでね、兵にも怒っちゃいそうだから」
兵の前の椅子を引き、雷は冷ややかに笑う。彼女は常こそ穏やかだが、一度その逆鱗に触れるとその怒りは凄まじい。こと三郎と滝夜叉丸――平 滝に関しては、彼女にとって地雷原にも等しかった。
久々知は知っている。平 滝夜叉丸が不破 雷蔵を支えるためにどれだけ尽力したか。そして、彼女を生かすために何をしたのかも。だからこそ、彼女が今の世でも滝に入れ込むのは仕方がないと思っている。
(――記憶がない方が良いのか、悪いのか)
自分は記憶があるが故に随分と迷い、揺れた。けれど、彼女らの相手は二人とも今は〈ただの人〉である。そして、そのために彼女たちはずっと苦しみ続けている。
(……自分の相手が忘れてることは、二人とも「仕方ない」って言う癖になあ)
久々知は自分のことより誰かのために怒る彼女たちの性質にどこか呆れたように笑みを向け、せめて良い方向へ皆の関係が向かえば良いと思った。
「――お、不破じゃん」
「あ、七松先輩……」
不破 雷(らい)は己に駆け寄ってくる青年に苦笑を浮かべた。先の記憶はないが、人懐っこい性格は相変わらずだ。誰彼構わず愛想を振りまく様子は懐かしく、けれど同時に少し不愉快にも感じる。それはきっと己が前(さき)の彼を知っている所為だ、と雷はその不快感を胸の奥へ鎮め、己の前にやって来た男を見上げた。
「どうなさったんですか、先輩」
「いや、不破が見えたから」
「そうですか」
小平太の言葉に雷は困ったように返した。実際の言葉を聞けば、すげなく対応していると言っても良い。けれど、そうは見えないのは雷がいつも柔らかい笑みを浮かべているからだ。
小平太は常に穏やかな――彼女の先輩であり、己の幼馴染でもある中在家 長次によく似た性質の彼女をひどく気に入っていた。何より、彼女は小平太の好みど真ん中なのだ。穏やかでおっとりとした性格に、適度に肉のついた柔らかそうな身体。スレンダーとは言えないが、女らしくメリハリの利いた身体付きは小平太の一番好むところである。故に何度かアプローチも掛けているのだが、他の女子とは違い、彼女は一向に小平太へ打ち解けようとはしてくれなかった。
「相変わらず冷たいねえ」
「そんなことは。どなたにも同じ対応をしていると思いますけれど」
「同じ対応じゃ嫌なの。ね、不破は別に付き合ってる奴居ないんだろ? 俺なんてどう? 決して損はさせないからさ」
しかし、小平太の熱心な言葉にも彼女は薄く笑うばかり。しかし、先程の笑みとは違い、その瞳は決して笑っていなかった。
「……生憎と、損得勘定で恋愛をするほど、器用に生まれ付かなかったものですから。それに――それに、先輩には、もっとお似合いの女性がいらっしゃるはずですよ」
「またそうやって逃げる」
「逃げてなど。事実を申し上げているだけです」
雷の脳裏には、彼と前の世で仲睦まじく並んでいたひとりの女性の姿がある。
既に再会している彼女に、今の状況など伝えられるわけがない。小平太と再会したことも雷は伝えきれなかった。余りにも辛く悲しい事実を、知らせたくなかったのだ。
雷の前の伴侶にも記憶がなかったように、小平太にもまた前の記憶はない。その事実を知った時、雷は「そんなまさか」と思ったものだ。あんなに愛し合っていた二人の絆が簡単に切れるはずもない、と。
けれど、長次に尋ねればやはりその「まさか」で、雷は己を慕ってくれる後輩に何と言えば良いのか分からなかった。しかも、記憶のない当人がただ性格と身体付きが好みだという理由だけで己にアプローチを掛けているなど、誰が伝えられよう。馬鹿馬鹿しくて反吐が出る。何度殴り付けて目を覚ませと怒鳴り付けたかったことか、と雷はこっそり溜め息を吐いた。
しかし、そんなことを考えている間にも小平太は雷に迫っていたらしく、彼女の肩を抱いてにこにこと笑っていた。
(――あんなに愛し合っていたのに。これは、私の罪だろうか)
前の世で、雷はひとつだけ彼に対して罪を犯した。もし、その罪さえなければ、彼は記憶があって、今頃愛しい女性と寄り添い合っていたのだろうか。
そんな考えを頭から振り払い、雷は己の肩に乗る手をやんわりと払った。同時に彼の目を真っ直ぐに見詰めて、言葉に力を乗せて告げる。
「私の、相手は――貴方ではありません」
失礼します、と続けて雷はその場を離れた。正直なところ、もう耐えられなかったのだ。
はじめに絡まれた時、長次に堪えてくれと頼まれなければその場で引っ叩いていただろう。それほどまでに彼の行動は雷にとって許せないものだった。まるで無用の想いを向けられているからではない、覚えていないと言っても、〈彼女〉の存在を蔑ろにするような小平太の行動に腹が据えかねていたのだ。
(――それに、私にも)
自分が使う校舎に戻ってくれば、同じクラスの竹谷に用事があったのだろう、普段は階の違う自分たちの教室まで現れることはない鉢屋 三郎の姿があった。雷は彼に声を掛けることはせず、ただ目を伏せて波立つ感情を抑えると、どこかつまらなそうな表情で席に座っている久々知 兵(へい)の傍へ歩み寄った。
「遅かったな。また迷ってたのか?」
「ん、そんなところ」
「――お前は相変わらず、嘘を吐くのが下手だな」
「そう? ……でも、騙された振りをしておいてよ。辛くなるから」
「……あの人もなあ……覚えてさえいりゃ、あんなことは絶対しないんだろうが」
「仕方ないなんて言わないでね、兵にも怒っちゃいそうだから」
兵の前の椅子を引き、雷は冷ややかに笑う。彼女は常こそ穏やかだが、一度その逆鱗に触れるとその怒りは凄まじい。こと三郎と滝夜叉丸――平 滝に関しては、彼女にとって地雷原にも等しかった。
久々知は知っている。平 滝夜叉丸が不破 雷蔵を支えるためにどれだけ尽力したか。そして、彼女を生かすために何をしたのかも。だからこそ、彼女が今の世でも滝に入れ込むのは仕方がないと思っている。
(――記憶がない方が良いのか、悪いのか)
自分は記憶があるが故に随分と迷い、揺れた。けれど、彼女らの相手は二人とも今は〈ただの人〉である。そして、そのために彼女たちはずっと苦しみ続けている。
(……自分の相手が忘れてることは、二人とも「仕方ない」って言う癖になあ)
久々知は自分のことより誰かのために怒る彼女たちの性質にどこか呆れたように笑みを向け、せめて良い方向へ皆の関係が向かえば良いと思った。
| SS::記憶の先 | 02:28 | comments (x) | trackback (x) |
2011,08,12, Friday
「ね、文次ろ――じゃなくて、文子(あやこ)と仙蔵は幼馴染なんでしょ? やっぱり私と留さんみたいに、生まれた時から一緒だったの?」
放課後、誰も居なくなった教室で口火を切ったのは善法寺 伊緒(いお)――先の世では善法寺 伊作と名乗っていた少女である。その隣には幼馴染であり、先の世では同じく六年同室として彼女と過ごした食満 留三郎がおり、彼は興味深そうに眉を上げた。更にその隣で本を読んでいる中在家 長次も気になるのか、ちらりと視線を二人に向ける。彼らの間で唯一記憶のない七松 小平太は、今日も帰りの学活が終わった瞬間に部活へと飛び出して行ったのでここにはいない。そして、今の彼らにはその方が好都合だった。
文子は伊緒の問いに肩を竦め、仙蔵を見遣る。彼はその問いに答える気がないのか、ちらりと視線を文子へ向けると窓の外へと視線を逸らした。仕方がないので溜め息ひとつで文子は伊緒たちに向き直り、口を開く。
「俺たちは三歳の時に新しくできた一軒家のほら、何て言うんだ、三、四件まとまって作られてるようなああいうやつ、あれにお互いの家が引っ越して隣同士になったんだ。同い年の子ども連れて隣の家の奥さんが挨拶に来たってんで出たら、仙蔵なんだもんな」
ありゃ驚いたぞ、と呟きながら、文子は笑う。あの時はまだ三つで今と昔の区別もついていないくらいだったが、仙蔵の顔を見てすぐに彼だと分かった。あれはある意味においては運命的な出会いだったのだろう。――素直に喜ぶには余りにも癪に障るものであるが。
「私だって驚いたに決まっておろう。何せ、見飽きた顔が幼子になってまたあるんだからな」
仙蔵は文子に合わせるように呟いたが、その話をするには余り気が向かないらしく、しきりに視線を外へ向けていた。それに気付いた伊緒が指摘すると、今度は文子が堪え切れない、とばかりに吹き出した。肩を震わせて笑う文子に仙蔵が珍しく嫌そうな顔で彼女を小突く。勿論、その反応に食い付かない伊緒と留三郎ではない、彼らは文子に興味津津といった様子で水を向けた。
「いやあ、あの時は驚いた。――こいつ、俺が女に生まれたこと信じられなかったみてえでさ、スカート穿いてんにも関わらず、まず最初にしたことが挨拶でも再会を喜ぶでもなくて、股間触って性別確かめることだもんな」
仙蔵が親にあんなに怒られてるの見たの、あれが最初で最後だった、と付け加えた文子は、にやにやと珍しくからかいに満ちた視線を仙蔵に向けた。普段は彼女が遊ばれる側であるのだが、今だけは正反対だ。本来ならば仙蔵がまずその立ち位置を許さないのだが、このことだけは彼に分が悪く、仙蔵は幾分か子どもっぽく髪の毛を揺らして視線を逸らした。その二人の様子にそれが真実だと分かり、伊緒と留三郎は耐えきれないという風に吹き出して笑い転げる。唯一、長次だけが「分からないでもない」と呟いた。
「何だ長次、お前俺が女に見えねえってのか」
「そうじゃない。……だけど、確かめたい気持ちは分かる。前と同じかどうか」
それは、幼馴染の記憶がなかった長次の言葉だからこそ深く聞こえた。彼は多分、何度も小平太に確かめたかっただろう。けれど、確かめようとしても届かなかった。それを知っている四人は、彼の言葉に何も言えなかった。
「――仕方があるまい。私だって文次郎が女に生まれるとは思わなかったんだ。私が女に生まれるならまだ分からんでもないが、まさか文次郎が女になるとは……」
「まあ、確かになあ。俺も途中で『あれ? 俺なんで女なんだろうな』とは思ったし。伊緒――伊作はなかったか、そういうの。違和感ってのも何か違えんだけどさ、ちょっと引っかかる、みたいな」
伊緒と留三郎はその言葉にちらりとお互いを見かわした。それは彼らだけが知る秘密だが、今更明かすこともなかろう、と視線で応じ合う。伊緒は文子の問いにただ曖昧に笑い、「私はそうでもなかったよ」とだけ告げた。
「そうか。まあ、伊作はちょっと女っぽいところあったもんな。優男と言うか。――あ、けなしてるわけじゃないからな。
まあ、逆に言って、あれだけ男くさかった俺が女に生まれたことの方が不思議なんだけどよ。つーか、何で他の奴らは皆男で生まれてんのに、俺と伊緒だけ女になっちまったんだろうな?」
「さあ……神様の思し召し、ってやつじゃない? 私たちの場合は、神様って言うよりも仏様かもしれないけど」
「違いねえ」
文子の言葉に伊緒が応え、更に留三郎が応じた。文子はその答えにただ頭を掻き、溜め息を吐く。そして立ち上がると、まだふてた様子の仙蔵に声をかけた。
「おい仙蔵、もう帰ろうぜ。そろそろ買い物いかねえと」
「ああ、そうか、もうそんな時間か」
くるりと仙蔵の方へ向いた瞬間になびいた文子の髪は、以前と比べて長く柔らかい。後姿を見るにつけても、文子が女であることは疑いようもなかった。その背中を見ていた伊緒と留三郎は、細い背中に昔見た大きな背中を重ねて眼を細める。けれど、不思議と今の文子と文次郎を重ねても違和感はもう起こらず、いつでもピンと伸びた背筋だけが彼女を彼たらしめていた。
「何、今日は文子がご飯作るの?」
「家も仙蔵ん家も親居ねえんだよ。だから、二人で飯作って食っとけだと」
「へえ、大変だあ」
「ああ、面倒臭えったらありゃしねえ。――じゃ、悪いが、俺たちは先帰るわ。長次、あんまりしょげてんなよ」
ひとりだけ、一番縁深かった人間の記憶が失われていた長次に軽く声をかけ、文子は荷物を持って歩き出す。その背中を追って仙蔵も同じく歩き出し、いかにも仲睦まじい様子で二つの背中は遠ざかって行った。
「……仙蔵じゃなくて、文子が女で良かったのかもねえ」
「ん? 何で」
その背中を見送った後、しんと静まり返った教室に伊緒の声が響く。それに応えるように留三郎が視線を向けると、伊緒は困ったように笑った。
「だって、どう考えたって仙蔵が女だったら、あの二人かち合うでしょ。文子が女の子になった分、ちょっとだけ性格が優しくなってるから、上手く釣り合いが取れてる気がする。仙蔵が仙子だったら、多分文次は尻に敷かれてたね。今だって亭主関白っぽいけどさ」
「あー……まあ、確かになあ」
「……仙蔵を、受け入れられる状態になっただけだろう」
聞くともなしに二人の話を聞いていた長次が、小さく囁いた。その言葉に二人が視線を向けると、彼は本から視線を上げて口を開く。
「文次郎は、何だかんだ言って仙蔵に甘い。アレが女になったことで、上手くお互いの位置が決まった、それだけだろう」
「甘いって言うか……まあ、そうなのかなあ。でも、仙蔵だって何だかんだ言って、今の文子には甘いよね。ま、結局はお似合いってことなのかな。六年一緒に過ごして、その後も相棒だったんだもんね。お互い気心知れてるって点では、今居る他の誰よりも近い存在だしね」
その中の誰ひとりとして二人が伴侶となることを疑っていないところは不思議だが、そう思わせる空気が今の二人にはあった。甘くもなく辛くもなく、ただお互いが傍に居ることが当たり前であるとする、そんな空気が。
そんな二人の間柄に、伊緒と留三郎が視線を交わし合う。その二人の会話をただひとり聞いていた長次は、それはお前ら二人も一緒である、という突っ込みを心の中でひっそりと落とした。
| SS::記憶の先 | 02:27 | comments (x) | trackback (x) |
2011,08,12, Friday
「はい」
「……あの、久々知先輩、ですか?」
久々知 兵(へい)は突然携帯を震わせた見慣れぬ番号に一度顔をしかめ、その後にあることを思い出して通話を始めた。数秒沈黙を返す相手に悪戯か? と苛立ちを覚えたものの、その後におずおずと問いかける声にその怒りを鎮める。
「斉藤 タカ丸か、早かったな」
「あ、良かった……掛ける時も本当に先輩に繋がるかどうか不安で、本当にドキドキしてたんだあ……! ああ、本当に夢じゃなくて良かったあ」
「大げさだな、お前は。――つっても、その様子だとお前の傍には誰も居ないんだな」
兵は携帯電話の向こうで大きく息を吐く(この様子だと実際に胸を撫で下ろしているだろう)タカ丸に苦笑し、その後に小さく呟く。それにタカ丸が困ったように笑い声を立てた。
「うん、淋しかった。――前の記憶があっても、それを共有してくれる人が誰も居ないんだもん。父さんは全然覚えてないし、周りにも誰も居ないしでさ。だから、今日先輩たちと会えて、本当に嬉しかったんだあ」
「そうか……。じゃあ、今度他の奴らとも引き合わせてやるよ。――滝……平 滝夜叉丸や綾部 喜八郎、田村 三木ヱ門は覚えているんだろう? それから一学年下だった三之助や左門たちも。中には記憶がない奴も居るが、大体近い年齢の奴らは揃って来たんだ」
「え!? 滝夜叉丸や三木ヱ門たちも居るの!?」
耳に響くような大声を聞いて兵は一度携帯電話を耳から離したが、その興奮の理由も分かるので怒らずに話を続ける。
「ああ。生憎と藤内と竹谷には記憶がなかったが……他の人間は大体覚えているよ。ただ、俺も含め、性別が入れ替わってるやつも多いけどな」
兵はそう言いながら己の身体を見下ろした。以前の鍛え抜かれた体躯とは違い、ふっくらと丸みを帯びている。それに嫌悪も違和感も覚えてはいないが、周囲はそうも思えないらしく、時折困惑されもした。――そう言えば、この男だけは驚いても態度は変わらなかったな、と兵は何となくタカ丸らしさを感じて笑った。
「え、女の子になってる子が居るってこと?」
「だな。えーと、今女なのは分かってるだけでも、滝夜叉丸、喜八郎、雷、俺、孫兵、左門、伊助、四郎兵衛、金吾、きり丸……ってとこか。ひとつ上だった立花先輩方にはお会いしていないから、どうなっているのかはよく分からない」
「うっひゃあああ……結構性別が逆転してるんだあ。じゃあ、逆に俺みたいに前と同じに生まれてきた方が珍しいのかな?」
「さあ、そうでもないだろ。どっちかと言うと、記憶がある方が珍しいんじゃないか?」
「ああー、それもそうだね!」
タカ丸が同意する声を聞いて、兵は暢気なのか大物なのかと判断に困った。けれど、この能天気さは昔からだ。生まれ変わっても余り変わり映えのしない男に呆れつつ、どこか安堵した兵は柔らかい声で続けた。
「この番号、登録してしまって良いだろ? 後で私のアドレスにメールアドレスを送ってくれ。滝たちと連絡を付けて、早いうちに場を設けるから」
「本当!? 有り難う、先輩! 俺、すっごい楽しみにしてる! 先輩、大好き!」
「アホ。――じゃあ、そろそろ切るな。何かあったらメールで連絡するから、早めにアドレス寄越せよ」
「分かった! すぐに送るね! ……じゃあ、先輩またね。おやすみなさい」
「ああ、お休み。また今度な」
「……うん、また今度!」
兵は分かりやすい奴だ、と思いながら通話を切った。――繋がりを消したくなかったのだろう。今まで孤独だった、という話を聞けば、それも頷ける。かと言って、その情にほだされて通話をずるずると続ければ、学生の身には大き過ぎる携帯電話の使用料という結果がついてきてしまうのだ。さほど懐が温かくない兵は「許せ、斉藤」と呟きながら、携帯電話を枕元へ放り投げた。
(明日の通学中に滝たちと連絡を取ろう。あいつは動きが速いから、すぐに他の人間を集めてくれるはずだ。記憶のない藤内と竹谷は省くにしても、それなりに人間は集まりそうだな……)
きっと喜ぶだろう、と兵は今日の昼に見たあの変わらない笑顔を思い浮かべて、表情を幾分か緩めた。彼にとっては馴染み深い後輩だ、年上ということで扱いづらいこともあったが、性格があの通りである所為か、前も何とか上手くやっていけていた。
(――会えて良かった)
兵は素直にそう思い、明日の準備をするべく重い腰を上げたのだった。
| SS::記憶の先 | 02:26 | comments (x) | trackback (x) |
2011,08,12, Friday
「――有り難うございました、またお願いしますね」
斉藤 タカ丸は美容室を出て行く客を笑顔で見送った。自分の家が経営する美容室が評判になって長いことになるが、息子とは言え下っ端のタカ丸が許されるのはまだほんの僅かなこと。専門学校に通いながら家業の手伝いをするのは既に慣れっこだが、〈昔〉の記憶があると少しばかりうんざりする気持ちにもなる。特に、自分で既に独り立ちした記憶があるのだから、尚更。
それでもこの世に生まれてから十数年にしかならぬ自分である、そんな記憶を振りかざしたところで意味がない。第一、自分の父ですら息子に「前世の記憶がある」ということに半信半疑なわけだから、他の人間など推して知るべし、である。
(――せめて、誰か他の人に会えたら良かったんだけど)
胸中で溜め息を吐くも、彼とて自分がいかにおかしいことを言っているかは分かっている。例え、過去の友人たちに似ている人間を見つけたとしても、それは彼らではないのだ。自分だけが覚えていることに寂しさを感じながらも、タカ丸は新しい人生を生きる決意を固めていた。――はず、だったのだが。
「……嘘っ!」
街の雑踏に見覚えのある横顔を見つけて、彼は仕事も放り出して思わず駆け出していた。普段は賑やかだとしか感じない人ごみも今は邪魔くさく感じる。とにかく人を押し分け掻き分け、彼は道端を行くひとりの人物の腕を取った。
「久々知先輩っ!」
「へっ!? ……ああっ!? おま、お前、斉藤、斉藤 タカ丸かあっ!?」
掴んだ腕を引き寄せると、自分の目元ほどにある小さな頭が振り返った。初めは不審げだった瞳が驚きに見開かれる。その瞳に浮かぶ光は見知らぬ誰かを警戒するものではなく、よく見知った人間を見つけた時のものだった。
「嘘、本当に久々知先輩だあ! やったあ、すげえ嬉しい! 俺ね、俺だけだと思ってた! 本当に本当に本当に久々知先輩なんだあ! やったー!」
驚いて不躾に自分を指差す(もっとも、普段ならこの人物もこんなことは決してしないだろう)久々知をタカ丸は喜びの余り抱き締めた。その時、初めて違和感に気付く。髪の長さや雰囲気は自分が記憶するそのままなのだが、身体の細さや柔らかさ、肌や髪から薫る甘い香りが彼に久々知の変化を教えていた。
「ちょ、放せよ、斉藤!」
「……あれ、嘘、ちょっと待って! ……先輩、女の子、なの? もしかして」
「もしかしなくてもそうだよ、悪かったな女に生まれてて! 因みに隣に居る雷蔵も女に生まれてるからな」
抱き付いたタカ丸を力ずくで引き離しつつ、久々知 兵助――現在の久々知 兵(へい)は、自分の傍らで苦笑を洩らしている不破 雷(らい)を示した。タカ丸が視線を向けると、同じく室町時代の面影を残しつつも、見事に〈女の子〉として立っている不破 雷蔵の姿が。軽く手を挙げる彼女に、タカ丸は驚きで目を見開いた。
「お久し振りですね、と申し上げるべきでしょうか。お会いできて嬉しいですよ、タカ丸さん」
「雷蔵君……も、覚えてるんだ! うわあ、本当に嬉しいよ! 久し振り! 本当に久し振り!」
「今は不破 雷と言います。兵助は久々知 兵。――ところでタカ丸さん、あちらでお怒りなのはお父君なのでは? 物凄い目でこちらを睨んでいらっしゃいますけど……」
感極まって雷の手を掴んで上下に振り回すタカ丸に、雷は苦笑で応えた。ついでに彼の背中に鋭い視線を向け続ける男を示し、彼の興奮を冷ましてやる。その効果は覿面(てきめん)で、タカ丸は一瞬にして顔から血の気を失せさせた。
「あ、しまった、仕事の途中だったんだ……! ああ、でもどうしよう、先輩たちと折角会えたのに!」
おろおろと父と兵たちを見るタカ丸に兵が深い溜め息を吐いた。彼女は手慣れた手付きで携帯電話を取り出し、タカ丸につき付けた。
「これ、私の携帯なんだけど。斉藤、お前の会社どこ? 持ってるんだろ?」
「持ってる! 同じです! あ、えっとじゃあ」
「赤外線送るから受信しろ。仕事終わったら連絡くれ」
「え、あ、うん、分かった。あ、でも俺の連絡先も……」
ぽちぽちと赤外線の送信操作を行う兵につられて、タカ丸も己の携帯をポケットから取り出す。赤外線を受信してから、彼は同じ操作を繰り返そうとした。けれど、それを兵が止める。
「仕事中なんだろ、仕事に戻れよ。これで私にはいつでも連絡が付くんだから、後でメールでもくれれば良いさ。――生まれ変わっても髪結いやってるなんて、本当に好きなんだろ? 仕事はきっちりしろよな。私は連絡待ってるからさ」
「先輩……! する、必ず夜にするからっ! 先輩、待っててねっ!」
「りょーかい。ほれ、とっとと仕事に戻れよ。私も雷と買い物の途中なんだ、もう行くぞ」
「絶対するから! またね、先輩!」
「はいはい」
子どものように兵の連絡先が入った携帯を抱えて、タカ丸は遠ざかって行く彼女の背中へ声を張り上げて手を振った。後ろからはとうとう痺れを切らして自分に歩み寄る父の姿。それでもタカ丸は雑踏に消えていく小さな背中から目を離すことができなかった。
「……凄い偶然だね、びっくりしちゃった。あんなこともあるんだねえ」
「本当だよ。突然腕掴まれた時は何事かと思った。あいつじゃなけりゃふっ飛ばしてたな」
掴まれた腕をさする兵に雷がくつりと笑った。その笑みは普段と変わらぬ穏やかなもので、本当にタカ丸と再会できたことを喜んでいるようだ。それに兵は少しだけの罪悪感を押し隠して、溜め息を吐く。
「あいつ、室町から全然変わってなかったな。……あれで今も私より年上だったら、どうしよう」
「外見からすると年上じゃないかなあ。背も高かったし。昔も高い方だったけど、やっぱり今の時代だと本当に長身が映えるよねえ。昔も今も端正な顔立ちだしさ、この顔立ちとしては羨ましいくらい」
「雷は雷の良さがあるから良いんだよ。――早く、会えると良いな」
「うん。でも、兵にも会えたし、タカ丸さんにも会えた。少しずつ再会できているんだもの、そのうちきっと逢えるよ。大丈夫だから、心配しないで」
「……うん、だな。第一、あの雷蔵大好きな雷蔵馬鹿が、会いに来ないわけないもんな。きっと、あいつも血眼になってお前のこと捜してんだろうな」
「さあ、どうかなあ。……でも、そうだと良いな」
雷蔵の透明な笑みに、兵助は口が滑ったと己を悔やむ。こういう時、己の考えの足りなさが嫌になった。一度生まれ変わっても、こういう少し不器用なところは直らないらしい。性別まで変えたのだから、こういったところも直してくれたら良いのに、と兵は見たこともない神に恨み事を述べた。
そんな兵の考えなどお見通しのようで、雷はくすくすと笑みを零す。少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべて、彼女は「えい」と兵の腕へ己の腕を組んだ。そして、とびきりの笑みで彼女へ告げる。
「買い物、付き合ってくれるんでしょう? 迷っちゃうから、兵がちゃんとアドバイスしてよね!」
「――そのために付き合わせたんだろ? この私が雷にぴったりのを選んでやるよ」
「頼りにしてます、兵ちゃん」
二人で顔を突き合わせて笑って、兵と雷は再び歩き出す。その様子は本当に仲の良い女の子同士であり、過去に血腥(ちなまぐさ)い時代を生き抜いてきた記憶があるなどとは露ほども感じさせなかった。
| SS::記憶の先 | 02:25 | comments (x) | trackback (x) |
2011,08,12, Friday
不破 雷(らい)は親友で、先の世ではとても大切な戦友でもあった久々知 兵(へい)と一緒に廊下を歩いていた。学園に居た時と違い、この世ではクラスも一緒の大親友だ。いつの間にか不破と久々知はセットの扱いを受けている。そのことにまるで先の世の自分と鉢屋 三郎を思い出し、雷は自分の大切な人がどこに居るのかと気付かれぬように溜め息を吐いた。
兵やタカ丸、滝や喜代(きよ)には出会ったが、肝心の三郎にだけはまだ出会えていない。この際、自分と対にならなくても良いから、ただ無事で生まれていてほしい、という気持ちだけが雷にはあった。――あんな別れを、経験した後では尚更。
もう一度だけで良い、逢いたい。そんなことを考えながら、雷は廊下を歩いていた。そのことに考えが行き過ぎていた所為だろうか、普段ではやらない大ポカをやらかしてしまう。人にぶつかったのだ。挙句、手に持っていた荷物をばらまくというおまけ付きだ。元忍でありながらなさけない、と思いつつ、雷は廊下に散らばったものを拾い上げようと慌てて屈みながら、相手に謝ろうと顔を上げた。
「――さぶ、ろう……?」
「え?」
室町時代の友人たちは皆前世の面影を持って生まれてきた。それは雷も兵も一緒で(だからこそお互いが分かったのだが)、当然それは鉢屋 三郎にも当てはまる。しかし、彼の場合は素顔を誰にも――たったひとり、恋人であった雷蔵以外――見せていなかったのだ。だから、雷の顔とは全く違うその顔を見て、反応をしたのは雷だけだった。
思わず口から零れ落ちた名前に、相手が怪訝そうに顔を上げる。訝しそうに自分を見つめて瞬きをする様子はまさしく鉢屋 三郎そのもので、雷は込み上げてくる涙を堪えることができなかった。
「え、ちょっと!? 俺、そんなに強くぶつかったか? それとも、どっか悪いとこ……?」
「あ…………あ、いえ、ごめんなさい。何でもないの。何でもないの……貴方の所為じゃないから。ごめんなさい。ただ、涙が止まらなくって……」
しかし、雷はそこで気付く。彼に自分の記憶が――先の世の記憶がないことを。それに悲しさを覚えながらも、雷は彼が今無事に目の前に居る事実を神へと感謝した。ぽろぽろと零れる涙を拭って、無理やり笑みを作る。傍らに居た兵がまじまじと三郎の顔を眺めた後、雷が立つのを支えてくれた。
「これ、あんたのだろ?」
「あ、ごめんなさい。拾ってくれて有り難う。――有り難う」
静かに涙を流しながら、雷は差し出されたノートを受け取る。それに三郎はひどく怪訝そうな顔で彼女を見つめていたが、一度首を傾げると彼女を置いて去って行った。その背中を眺めながら、兵は小さく呟く。
「あれ、本当に三郎なのか? だって、あいつ記憶……それに、あんまりにも雷に冷たすぎないか?」
「ううん、間違いないよ。三郎。――兵助、良かった。三郎、生きてた。無事に生きて、今ここに居たよ。ああ、神様有り難うございます」
雷は三郎に手渡されたノートを抱えて、ほろほろと涙を流した。兵もまた記憶がない人間が居ることは知っていたが、あの三郎が彼女の記憶を失うなんて、考えられない。それゆえにどこか猜疑を抱えたままに、彼女は遠ざかっていく三郎の背中を目を細めて見つめた。
| SS::記憶の先 | 02:23 | comments (x) | trackback (x) |
2011,08,12, Friday
「……食満先輩!?」
「――ってお前、平 滝夜叉丸か!?」
中学の文化祭ですれ違った男の顔に見覚えがあり、滝は思わず悲鳴じみた声を上げた。中学最後の文化祭でまさかの出会いがあり、滝は思わず期待する。――もしかしたら、あの人も、と。
それを食満も感じたのだろう、彼はひどく難しい顔で彼女を見やった。それと同時に彼女たちの後ろから声がかかる。
「ちょっと、留さん! ひどいよ、先に行くなんてー! はぐれちゃったらどうすんのさ!」
「あ……善法寺、先輩?」
「へ? あ、やだ、嘘! 滝夜叉丸だ!」
「……今は平 滝(たき)ですよ、先輩」
「僕――いや、私も今は伊緒(いお)なんだよね」
聞き覚えのある声よりも幾分高い声に滝は微笑みながらも、人ごみを掻き分けて現れた女性に視線を移す。そこに居たのはやはり見覚えのある――先の世で二級上の先輩として彼女と過ごした善法寺 伊作の姿があった。明らかに自分と同じく柔らかさを帯びる身体付きに、彼女は笑う。
「変わりませんね、先輩も」
「そういう滝もね。――あ、そうだ。滝、小平太のことなんだけど……」
「え?」
無意識に周囲を探していた意識が、伊緒の発言によって彼女に集中する。その集中を遮るかのように、二人の間に大声が割って入った。
「おーい、伊緒、留三郎ー!」
この声は、と思うよりも早くに身体が反応した。身体ごと振り向いて、その人物を確認する。人ごみを掻き分けて近づいてくるその姿に、滝は声も出なかった。
「小平太、静かにしろよ。迷惑だろ」
「そっちが先行っちゃうのが悪いんじゃん。――あれ、この美人誰? 二人の知り合い?」
再び逢えたという喜びと同時に、絶望を滝は覚えた。――ああ、この人も覚えていないのか、と頭の隅で呟く。幼い頃に藤内を見つけた時の三之助の絶望が、今更ながらに身に沁みて分かった。泣きそうになる自分を叱咤し、滝は自分を興味津々で見つめる小平太に笑顔を向ける。
「……食満先輩と善法寺先輩のお友達の方ですか? 私、以前お二人にお世話になった後輩で、平 滝と申します」
「へえ! 二人にこんな美人な後輩が居るなんてねえ……! あ、俺は七松 小平太って言うんだ。宜しくね」
知ってます、という言葉は飲み込んだ。懐かしい笑みを向ける小平太に、滝は必死で笑みを向けた。動揺するな、こういうこともあると分かっていたはずだろう、と自分に言い聞かせて、彼女はぐらぐら揺れる大地を必死で踏み締める。笑みがひきつっているのは自分でも分かっていたが、彼女にはこれ以上どうにもできなかった。
「小平太、私たち久しぶりに偶然滝と会ってさ。まだ少し話したいから、少しひとりで回っててくれない? 後で連絡するから」
「ん? おお、分かった。じゃな」
「後でね」
伊緒が気を利かせて、小平太を遠ざけてくれた。それと同時に滝の笑みが顔から消える。どうして良いか分からない、まるで迷子の子どものような表情を浮かべた滝に、伊緒が彼女の頭を抱える。
「ごめんね、先に言えなくて……。あの、小平太は」
「いえ、分かります。私も、似た経験をしたので……藤内が、同じでして」
「藤内が! そっか、そうだよね……やっぱり、皆一緒ってわけには、いかないよね」
泣きそうな顔で笑う伊緒に、つられたように滝も笑った。同じような顔で笑う二人を、苦い顔をした食満が頭を撫でる。それに滝は困ったように笑った後、少しためらって口を開いた。
「……他の方は?」
「僕らの学年はね、全部集まったよ。――小平太以外は、全員覚えてた」
「私の方は同学年と、三之助、藤内、孫兵です。一級下は三之助が少しずつ集めていますし、一級上の久々知先輩と不破先輩も見つかりました。藤内以外は皆覚えています」
お互いにそこまで報告して、小さく溜め息を吐いた。
「……覚えている僕たちの方が、きっと異常なんだろうけど。でも」
「ええ、分かっています。――それでも、望むのはきっと我儘なのでしょう。それに、今の彼らに昔の彼らを求めることも。……同じようで、違う存在なのだから」
諦めたように笑う滝に、食満が尚更強く頭を撫でた。普段ならば髪が乱れると振り払うであろうその手を、今の滝は享受する。伏せた瞳から、一滴だけ堪えていた涙が零れた。
| SS::記憶の先 | 02:22 | comments (x) | trackback (x) |
2011,08,12, Friday
【大前提】
・輪廻転生ものなので、前世(室町)の記憶がある→前世は当サイト設定(の方が色々都合が良い)
・年齢差は室町と変わらない
・現代に生まれ変わった忍たまたちは、前世とは違い、あちこちのエリアに分散して生活している(なので、幼馴染だったり小中高で再会したりとつながりが様々)
・管理人の趣味により、当然のように女体化しているキャラが居る
・前世の記憶があるキャラと、ないキャラが居る(ここ重要)
・基本的には室町の死ネタ含む
女体化キャラ>
平滝夜叉丸、綾部喜八郎、久々知兵助、不破雷蔵、善法寺伊作、潮江文次郎、伊賀崎孫兵、神崎左門、三反田数馬、時友四郎兵衛、二郭伊助、皆本金吾、摂津のきり丸、鶴町伏木蔵……以上増減あり
前世の記憶がないキャラ>
七松小平太、鉢屋三郎、竹谷八左ヱ門、浦風藤内……現時点ではこの辺り
前世CP>
こへ滝・くく綾・鉢雷・竹孫・次浦・留伊・土井きり
現世CP>
こへ滝・タカくく・鉢雷・竹孫・浦←次←時(後に浦綾・次時)・仙文・留伊・三木さも・土井きり・さこふし・庄伊
・輪廻転生ものなので、前世(室町)の記憶がある→前世は当サイト設定(の方が色々都合が良い)
・年齢差は室町と変わらない
・現代に生まれ変わった忍たまたちは、前世とは違い、あちこちのエリアに分散して生活している(なので、幼馴染だったり小中高で再会したりとつながりが様々)
・管理人の趣味により、当然のように女体化しているキャラが居る
・前世の記憶があるキャラと、ないキャラが居る(ここ重要)
・基本的には室町の死ネタ含む
女体化キャラ>
平滝夜叉丸、綾部喜八郎、久々知兵助、不破雷蔵、善法寺伊作、潮江文次郎、伊賀崎孫兵、神崎左門、三反田数馬、時友四郎兵衛、二郭伊助、皆本金吾、摂津のきり丸、鶴町伏木蔵……以上増減あり
前世の記憶がないキャラ>
七松小平太、鉢屋三郎、竹谷八左ヱ門、浦風藤内……現時点ではこの辺り
前世CP>
こへ滝・くく綾・鉢雷・竹孫・次浦・留伊・土井きり
現世CP>
こへ滝・タカくく・鉢雷・竹孫・浦←次←時(後に浦綾・次時)・仙文・留伊・三木さも・土井きり・さこふし・庄伊
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