光さす(鉢雷)

 不破 雷(らい)は親友で、先の世ではとても大切な戦友でもあった久々知 兵(へい)と一緒に廊下を歩いていた。学園に居た時と違い、この世ではクラスも一緒の大親友だ。いつの間にか不破と久々知はセットの扱いを受けている。そのことにまるで先の世の自分と鉢屋 三郎を思い出し、雷は自分の大切な人がどこに居るのかと気付かれぬように溜め息を吐いた。
 兵やタカ丸、滝や喜代(きよ)には出会ったが、肝心の三郎にだけはまだ出会えていない。この際、自分と対にならなくても良いから、ただ無事で生まれていてほしい、という気持ちだけが雷にはあった。――あんな別れを、経験した後では尚更。
 もう一度だけで良い、逢いたい。そんなことを考えながら、雷は廊下を歩いていた。そのことに考えが行き過ぎていた所為だろうか、普段ではやらない大ポカをやらかしてしまう。人にぶつかったのだ。挙句、手に持っていた荷物をばらまくというおまけ付きだ。元忍でありながらなさけない、と思いつつ、雷は廊下に散らばったものを拾い上げようと慌てて屈みながら、相手に謝ろうと顔を上げた。
「――さぶ、ろう……?」
「え?」
 室町時代の友人たちは皆前世の面影を持って生まれてきた。それは雷も兵も一緒で(だからこそお互いが分かったのだが)、当然それは鉢屋 三郎にも当てはまる。しかし、彼の場合は素顔を誰にも――たったひとり、恋人であった雷蔵以外――見せていなかったのだ。だから、雷の顔とは全く違うその顔を見て、反応をしたのは雷だけだった。
 思わず口から零れ落ちた名前に、相手が怪訝そうに顔を上げる。訝しそうに自分を見つめて瞬きをする様子はまさしく鉢屋 三郎そのもので、雷は込み上げてくる涙を堪えることができなかった。
「え、ちょっと!? 俺、そんなに強くぶつかったか? それとも、どっか悪いとこ……?」
「あ…………あ、いえ、ごめんなさい。何でもないの。何でもないの……貴方の所為じゃないから。ごめんなさい。ただ、涙が止まらなくって……」
 しかし、雷はそこで気付く。彼に自分の記憶が――先の世の記憶がないことを。それに悲しさを覚えながらも、雷は彼が今無事に目の前に居る事実を神へと感謝した。ぽろぽろと零れる涙を拭って、無理やり笑みを作る。傍らに居た兵がまじまじと三郎の顔を眺めた後、雷が立つのを支えてくれた。
「これ、あんたのだろ?」
「あ、ごめんなさい。拾ってくれて有り難う。――有り難う」
 静かに涙を流しながら、雷は差し出されたノートを受け取る。それに三郎はひどく怪訝そうな顔で彼女を見つめていたが、一度首を傾げると彼女を置いて去って行った。その背中を眺めながら、兵は小さく呟く。
「あれ、本当に三郎なのか? だって、あいつ記憶……それに、あんまりにも雷に冷たすぎないか?」
「ううん、間違いないよ。三郎。――兵助、良かった。三郎、生きてた。無事に生きて、今ここに居たよ。ああ、神様有り難うございます」
 雷は三郎に手渡されたノートを抱えて、ほろほろと涙を流した。兵もまた記憶がない人間が居ることは知っていたが、あの三郎が彼女の記憶を失うなんて、考えられない。それゆえにどこか猜疑を抱えたままに、彼女は遠ざかっていく三郎の背中を目を細めて見つめた。


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