2011,08,12, Friday
「……食満先輩!?」
「――ってお前、平 滝夜叉丸か!?」
中学の文化祭ですれ違った男の顔に見覚えがあり、滝は思わず悲鳴じみた声を上げた。中学最後の文化祭でまさかの出会いがあり、滝は思わず期待する。――もしかしたら、あの人も、と。
それを食満も感じたのだろう、彼はひどく難しい顔で彼女を見やった。それと同時に彼女たちの後ろから声がかかる。
「ちょっと、留さん! ひどいよ、先に行くなんてー! はぐれちゃったらどうすんのさ!」
「あ……善法寺、先輩?」
「へ? あ、やだ、嘘! 滝夜叉丸だ!」
「……今は平 滝(たき)ですよ、先輩」
「僕――いや、私も今は伊緒(いお)なんだよね」
聞き覚えのある声よりも幾分高い声に滝は微笑みながらも、人ごみを掻き分けて現れた女性に視線を移す。そこに居たのはやはり見覚えのある――先の世で二級上の先輩として彼女と過ごした善法寺 伊作の姿があった。明らかに自分と同じく柔らかさを帯びる身体付きに、彼女は笑う。
「変わりませんね、先輩も」
「そういう滝もね。――あ、そうだ。滝、小平太のことなんだけど……」
「え?」
無意識に周囲を探していた意識が、伊緒の発言によって彼女に集中する。その集中を遮るかのように、二人の間に大声が割って入った。
「おーい、伊緒、留三郎ー!」
この声は、と思うよりも早くに身体が反応した。身体ごと振り向いて、その人物を確認する。人ごみを掻き分けて近づいてくるその姿に、滝は声も出なかった。
「小平太、静かにしろよ。迷惑だろ」
「そっちが先行っちゃうのが悪いんじゃん。――あれ、この美人誰? 二人の知り合い?」
再び逢えたという喜びと同時に、絶望を滝は覚えた。――ああ、この人も覚えていないのか、と頭の隅で呟く。幼い頃に藤内を見つけた時の三之助の絶望が、今更ながらに身に沁みて分かった。泣きそうになる自分を叱咤し、滝は自分を興味津々で見つめる小平太に笑顔を向ける。
「……食満先輩と善法寺先輩のお友達の方ですか? 私、以前お二人にお世話になった後輩で、平 滝と申します」
「へえ! 二人にこんな美人な後輩が居るなんてねえ……! あ、俺は七松 小平太って言うんだ。宜しくね」
知ってます、という言葉は飲み込んだ。懐かしい笑みを向ける小平太に、滝は必死で笑みを向けた。動揺するな、こういうこともあると分かっていたはずだろう、と自分に言い聞かせて、彼女はぐらぐら揺れる大地を必死で踏み締める。笑みがひきつっているのは自分でも分かっていたが、彼女にはこれ以上どうにもできなかった。
「小平太、私たち久しぶりに偶然滝と会ってさ。まだ少し話したいから、少しひとりで回っててくれない? 後で連絡するから」
「ん? おお、分かった。じゃな」
「後でね」
伊緒が気を利かせて、小平太を遠ざけてくれた。それと同時に滝の笑みが顔から消える。どうして良いか分からない、まるで迷子の子どものような表情を浮かべた滝に、伊緒が彼女の頭を抱える。
「ごめんね、先に言えなくて……。あの、小平太は」
「いえ、分かります。私も、似た経験をしたので……藤内が、同じでして」
「藤内が! そっか、そうだよね……やっぱり、皆一緒ってわけには、いかないよね」
泣きそうな顔で笑う伊緒に、つられたように滝も笑った。同じような顔で笑う二人を、苦い顔をした食満が頭を撫でる。それに滝は困ったように笑った後、少しためらって口を開いた。
「……他の方は?」
「僕らの学年はね、全部集まったよ。――小平太以外は、全員覚えてた」
「私の方は同学年と、三之助、藤内、孫兵です。一級下は三之助が少しずつ集めていますし、一級上の久々知先輩と不破先輩も見つかりました。藤内以外は皆覚えています」
お互いにそこまで報告して、小さく溜め息を吐いた。
「……覚えている僕たちの方が、きっと異常なんだろうけど。でも」
「ええ、分かっています。――それでも、望むのはきっと我儘なのでしょう。それに、今の彼らに昔の彼らを求めることも。……同じようで、違う存在なのだから」
諦めたように笑う滝に、食満が尚更強く頭を撫でた。普段ならば髪が乱れると振り払うであろうその手を、今の滝は享受する。伏せた瞳から、一滴だけ堪えていた涙が零れた。
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