2011,08,12, Friday
「はい」
「……あの、久々知先輩、ですか?」
久々知 兵(へい)は突然携帯を震わせた見慣れぬ番号に一度顔をしかめ、その後にあることを思い出して通話を始めた。数秒沈黙を返す相手に悪戯か? と苛立ちを覚えたものの、その後におずおずと問いかける声にその怒りを鎮める。
「斉藤 タカ丸か、早かったな」
「あ、良かった……掛ける時も本当に先輩に繋がるかどうか不安で、本当にドキドキしてたんだあ……! ああ、本当に夢じゃなくて良かったあ」
「大げさだな、お前は。――つっても、その様子だとお前の傍には誰も居ないんだな」
兵は携帯電話の向こうで大きく息を吐く(この様子だと実際に胸を撫で下ろしているだろう)タカ丸に苦笑し、その後に小さく呟く。それにタカ丸が困ったように笑い声を立てた。
「うん、淋しかった。――前の記憶があっても、それを共有してくれる人が誰も居ないんだもん。父さんは全然覚えてないし、周りにも誰も居ないしでさ。だから、今日先輩たちと会えて、本当に嬉しかったんだあ」
「そうか……。じゃあ、今度他の奴らとも引き合わせてやるよ。――滝……平 滝夜叉丸や綾部 喜八郎、田村 三木ヱ門は覚えているんだろう? それから一学年下だった三之助や左門たちも。中には記憶がない奴も居るが、大体近い年齢の奴らは揃って来たんだ」
「え!? 滝夜叉丸や三木ヱ門たちも居るの!?」
耳に響くような大声を聞いて兵は一度携帯電話を耳から離したが、その興奮の理由も分かるので怒らずに話を続ける。
「ああ。生憎と藤内と竹谷には記憶がなかったが……他の人間は大体覚えているよ。ただ、俺も含め、性別が入れ替わってるやつも多いけどな」
兵はそう言いながら己の身体を見下ろした。以前の鍛え抜かれた体躯とは違い、ふっくらと丸みを帯びている。それに嫌悪も違和感も覚えてはいないが、周囲はそうも思えないらしく、時折困惑されもした。――そう言えば、この男だけは驚いても態度は変わらなかったな、と兵は何となくタカ丸らしさを感じて笑った。
「え、女の子になってる子が居るってこと?」
「だな。えーと、今女なのは分かってるだけでも、滝夜叉丸、喜八郎、雷、俺、孫兵、左門、伊助、四郎兵衛、金吾、きり丸……ってとこか。ひとつ上だった立花先輩方にはお会いしていないから、どうなっているのかはよく分からない」
「うっひゃあああ……結構性別が逆転してるんだあ。じゃあ、逆に俺みたいに前と同じに生まれてきた方が珍しいのかな?」
「さあ、そうでもないだろ。どっちかと言うと、記憶がある方が珍しいんじゃないか?」
「ああー、それもそうだね!」
タカ丸が同意する声を聞いて、兵は暢気なのか大物なのかと判断に困った。けれど、この能天気さは昔からだ。生まれ変わっても余り変わり映えのしない男に呆れつつ、どこか安堵した兵は柔らかい声で続けた。
「この番号、登録してしまって良いだろ? 後で私のアドレスにメールアドレスを送ってくれ。滝たちと連絡を付けて、早いうちに場を設けるから」
「本当!? 有り難う、先輩! 俺、すっごい楽しみにしてる! 先輩、大好き!」
「アホ。――じゃあ、そろそろ切るな。何かあったらメールで連絡するから、早めにアドレス寄越せよ」
「分かった! すぐに送るね! ……じゃあ、先輩またね。おやすみなさい」
「ああ、お休み。また今度な」
「……うん、また今度!」
兵は分かりやすい奴だ、と思いながら通話を切った。――繋がりを消したくなかったのだろう。今まで孤独だった、という話を聞けば、それも頷ける。かと言って、その情にほだされて通話をずるずると続ければ、学生の身には大き過ぎる携帯電話の使用料という結果がついてきてしまうのだ。さほど懐が温かくない兵は「許せ、斉藤」と呟きながら、携帯電話を枕元へ放り投げた。
(明日の通学中に滝たちと連絡を取ろう。あいつは動きが速いから、すぐに他の人間を集めてくれるはずだ。記憶のない藤内と竹谷は省くにしても、それなりに人間は集まりそうだな……)
きっと喜ぶだろう、と兵は今日の昼に見たあの変わらない笑顔を思い浮かべて、表情を幾分か緩めた。彼にとっては馴染み深い後輩だ、年上ということで扱いづらいこともあったが、性格があの通りである所為か、前も何とか上手くやっていけていた。
(――会えて良かった)
兵は素直にそう思い、明日の準備をするべく重い腰を上げたのだった。
| SS::記憶の先 | 02:26 | comments (x) | trackback (x) |
TOP PAGE △