再会の初対面(仙文)


「ね、文次ろ――じゃなくて、文子(あやこ)と仙蔵は幼馴染なんでしょ? やっぱり私と留さんみたいに、生まれた時から一緒だったの?」
 放課後、誰も居なくなった教室で口火を切ったのは善法寺 伊緒(いお)――先の世では善法寺 伊作と名乗っていた少女である。その隣には幼馴染であり、先の世では同じく六年同室として彼女と過ごした食満 留三郎がおり、彼は興味深そうに眉を上げた。更にその隣で本を読んでいる中在家 長次も気になるのか、ちらりと視線を二人に向ける。彼らの間で唯一記憶のない七松 小平太は、今日も帰りの学活が終わった瞬間に部活へと飛び出して行ったのでここにはいない。そして、今の彼らにはその方が好都合だった。
 文子は伊緒の問いに肩を竦め、仙蔵を見遣る。彼はその問いに答える気がないのか、ちらりと視線を文子へ向けると窓の外へと視線を逸らした。仕方がないので溜め息ひとつで文子は伊緒たちに向き直り、口を開く。
「俺たちは三歳の時に新しくできた一軒家のほら、何て言うんだ、三、四件まとまって作られてるようなああいうやつ、あれにお互いの家が引っ越して隣同士になったんだ。同い年の子ども連れて隣の家の奥さんが挨拶に来たってんで出たら、仙蔵なんだもんな」
 ありゃ驚いたぞ、と呟きながら、文子は笑う。あの時はまだ三つで今と昔の区別もついていないくらいだったが、仙蔵の顔を見てすぐに彼だと分かった。あれはある意味においては運命的な出会いだったのだろう。――素直に喜ぶには余りにも癪に障るものであるが。
「私だって驚いたに決まっておろう。何せ、見飽きた顔が幼子になってまたあるんだからな」
 仙蔵は文子に合わせるように呟いたが、その話をするには余り気が向かないらしく、しきりに視線を外へ向けていた。それに気付いた伊緒が指摘すると、今度は文子が堪え切れない、とばかりに吹き出した。肩を震わせて笑う文子に仙蔵が珍しく嫌そうな顔で彼女を小突く。勿論、その反応に食い付かない伊緒と留三郎ではない、彼らは文子に興味津津といった様子で水を向けた。
「いやあ、あの時は驚いた。――こいつ、俺が女に生まれたこと信じられなかったみてえでさ、スカート穿いてんにも関わらず、まず最初にしたことが挨拶でも再会を喜ぶでもなくて、股間触って性別確かめることだもんな」
 仙蔵が親にあんなに怒られてるの見たの、あれが最初で最後だった、と付け加えた文子は、にやにやと珍しくからかいに満ちた視線を仙蔵に向けた。普段は彼女が遊ばれる側であるのだが、今だけは正反対だ。本来ならば仙蔵がまずその立ち位置を許さないのだが、このことだけは彼に分が悪く、仙蔵は幾分か子どもっぽく髪の毛を揺らして視線を逸らした。その二人の様子にそれが真実だと分かり、伊緒と留三郎は耐えきれないという風に吹き出して笑い転げる。唯一、長次だけが「分からないでもない」と呟いた。
「何だ長次、お前俺が女に見えねえってのか」
「そうじゃない。……だけど、確かめたい気持ちは分かる。前と同じかどうか」
 それは、幼馴染の記憶がなかった長次の言葉だからこそ深く聞こえた。彼は多分、何度も小平太に確かめたかっただろう。けれど、確かめようとしても届かなかった。それを知っている四人は、彼の言葉に何も言えなかった。
「――仕方があるまい。私だって文次郎が女に生まれるとは思わなかったんだ。私が女に生まれるならまだ分からんでもないが、まさか文次郎が女になるとは……」
「まあ、確かになあ。俺も途中で『あれ? 俺なんで女なんだろうな』とは思ったし。伊緒――伊作はなかったか、そういうの。違和感ってのも何か違えんだけどさ、ちょっと引っかかる、みたいな」
 伊緒と留三郎はその言葉にちらりとお互いを見かわした。それは彼らだけが知る秘密だが、今更明かすこともなかろう、と視線で応じ合う。伊緒は文子の問いにただ曖昧に笑い、「私はそうでもなかったよ」とだけ告げた。
「そうか。まあ、伊作はちょっと女っぽいところあったもんな。優男と言うか。――あ、けなしてるわけじゃないからな。
 まあ、逆に言って、あれだけ男くさかった俺が女に生まれたことの方が不思議なんだけどよ。つーか、何で他の奴らは皆男で生まれてんのに、俺と伊緒だけ女になっちまったんだろうな?」
「さあ……神様の思し召し、ってやつじゃない? 私たちの場合は、神様って言うよりも仏様かもしれないけど」
「違いねえ」
 文子の言葉に伊緒が応え、更に留三郎が応じた。文子はその答えにただ頭を掻き、溜め息を吐く。そして立ち上がると、まだふてた様子の仙蔵に声をかけた。
「おい仙蔵、もう帰ろうぜ。そろそろ買い物いかねえと」
「ああ、そうか、もうそんな時間か」
 くるりと仙蔵の方へ向いた瞬間になびいた文子の髪は、以前と比べて長く柔らかい。後姿を見るにつけても、文子が女であることは疑いようもなかった。その背中を見ていた伊緒と留三郎は、細い背中に昔見た大きな背中を重ねて眼を細める。けれど、不思議と今の文子と文次郎を重ねても違和感はもう起こらず、いつでもピンと伸びた背筋だけが彼女を彼たらしめていた。
「何、今日は文子がご飯作るの?」
「家も仙蔵ん家も親居ねえんだよ。だから、二人で飯作って食っとけだと」
「へえ、大変だあ」
「ああ、面倒臭えったらありゃしねえ。――じゃ、悪いが、俺たちは先帰るわ。長次、あんまりしょげてんなよ」
 ひとりだけ、一番縁深かった人間の記憶が失われていた長次に軽く声をかけ、文子は荷物を持って歩き出す。その背中を追って仙蔵も同じく歩き出し、いかにも仲睦まじい様子で二つの背中は遠ざかって行った。

「……仙蔵じゃなくて、文子が女で良かったのかもねえ」
「ん? 何で」
 その背中を見送った後、しんと静まり返った教室に伊緒の声が響く。それに応えるように留三郎が視線を向けると、伊緒は困ったように笑った。
「だって、どう考えたって仙蔵が女だったら、あの二人かち合うでしょ。文子が女の子になった分、ちょっとだけ性格が優しくなってるから、上手く釣り合いが取れてる気がする。仙蔵が仙子だったら、多分文次は尻に敷かれてたね。今だって亭主関白っぽいけどさ」
「あー……まあ、確かになあ」
「……仙蔵を、受け入れられる状態になっただけだろう」
 聞くともなしに二人の話を聞いていた長次が、小さく囁いた。その言葉に二人が視線を向けると、彼は本から視線を上げて口を開く。
「文次郎は、何だかんだ言って仙蔵に甘い。アレが女になったことで、上手くお互いの位置が決まった、それだけだろう」
「甘いって言うか……まあ、そうなのかなあ。でも、仙蔵だって何だかんだ言って、今の文子には甘いよね。ま、結局はお似合いってことなのかな。六年一緒に過ごして、その後も相棒だったんだもんね。お互い気心知れてるって点では、今居る他の誰よりも近い存在だしね」
 その中の誰ひとりとして二人が伴侶となることを疑っていないところは不思議だが、そう思わせる空気が今の二人にはあった。甘くもなく辛くもなく、ただお互いが傍に居ることが当たり前であるとする、そんな空気が。
 そんな二人の間柄に、伊緒と留三郎が視線を交わし合う。その二人の会話をただひとり聞いていた長次は、それはお前ら二人も一緒である、という突っ込みを心の中でひっそりと落とした。


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