切れた糸の先(鉢雷?)
※注:微妙に小平太→雷蔵(CP要素はなし)





「――お、不破じゃん」
「あ、七松先輩……」
 不破 雷(らい)は己に駆け寄ってくる青年に苦笑を浮かべた。先の記憶はないが、人懐っこい性格は相変わらずだ。誰彼構わず愛想を振りまく様子は懐かしく、けれど同時に少し不愉快にも感じる。それはきっと己が前(さき)の彼を知っている所為だ、と雷はその不快感を胸の奥へ鎮め、己の前にやって来た男を見上げた。
「どうなさったんですか、先輩」
「いや、不破が見えたから」
「そうですか」
 小平太の言葉に雷は困ったように返した。実際の言葉を聞けば、すげなく対応していると言っても良い。けれど、そうは見えないのは雷がいつも柔らかい笑みを浮かべているからだ。
 小平太は常に穏やかな――彼女の先輩であり、己の幼馴染でもある中在家 長次によく似た性質の彼女をひどく気に入っていた。何より、彼女は小平太の好みど真ん中なのだ。穏やかでおっとりとした性格に、適度に肉のついた柔らかそうな身体。スレンダーとは言えないが、女らしくメリハリの利いた身体付きは小平太の一番好むところである。故に何度かアプローチも掛けているのだが、他の女子とは違い、彼女は一向に小平太へ打ち解けようとはしてくれなかった。
「相変わらず冷たいねえ」
「そんなことは。どなたにも同じ対応をしていると思いますけれど」
「同じ対応じゃ嫌なの。ね、不破は別に付き合ってる奴居ないんだろ? 俺なんてどう? 決して損はさせないからさ」
 しかし、小平太の熱心な言葉にも彼女は薄く笑うばかり。しかし、先程の笑みとは違い、その瞳は決して笑っていなかった。
「……生憎と、損得勘定で恋愛をするほど、器用に生まれ付かなかったものですから。それに――それに、先輩には、もっとお似合いの女性がいらっしゃるはずですよ」
「またそうやって逃げる」
「逃げてなど。事実を申し上げているだけです」
 雷の脳裏には、彼と前の世で仲睦まじく並んでいたひとりの女性の姿がある。
 既に再会している彼女に、今の状況など伝えられるわけがない。小平太と再会したことも雷は伝えきれなかった。余りにも辛く悲しい事実を、知らせたくなかったのだ。
 雷の前の伴侶にも記憶がなかったように、小平太にもまた前の記憶はない。その事実を知った時、雷は「そんなまさか」と思ったものだ。あんなに愛し合っていた二人の絆が簡単に切れるはずもない、と。
 けれど、長次に尋ねればやはりその「まさか」で、雷は己を慕ってくれる後輩に何と言えば良いのか分からなかった。しかも、記憶のない当人がただ性格と身体付きが好みだという理由だけで己にアプローチを掛けているなど、誰が伝えられよう。馬鹿馬鹿しくて反吐が出る。何度殴り付けて目を覚ませと怒鳴り付けたかったことか、と雷はこっそり溜め息を吐いた。
 しかし、そんなことを考えている間にも小平太は雷に迫っていたらしく、彼女の肩を抱いてにこにこと笑っていた。
(――あんなに愛し合っていたのに。これは、私の罪だろうか)
 前の世で、雷はひとつだけ彼に対して罪を犯した。もし、その罪さえなければ、彼は記憶があって、今頃愛しい女性と寄り添い合っていたのだろうか。
 そんな考えを頭から振り払い、雷は己の肩に乗る手をやんわりと払った。同時に彼の目を真っ直ぐに見詰めて、言葉に力を乗せて告げる。
「私の、相手は――貴方ではありません」
 失礼します、と続けて雷はその場を離れた。正直なところ、もう耐えられなかったのだ。
 はじめに絡まれた時、長次に堪えてくれと頼まれなければその場で引っ叩いていただろう。それほどまでに彼の行動は雷にとって許せないものだった。まるで無用の想いを向けられているからではない、覚えていないと言っても、〈彼女〉の存在を蔑ろにするような小平太の行動に腹が据えかねていたのだ。
(――それに、私にも)
 自分が使う校舎に戻ってくれば、同じクラスの竹谷に用事があったのだろう、普段は階の違う自分たちの教室まで現れることはない鉢屋 三郎の姿があった。雷は彼に声を掛けることはせず、ただ目を伏せて波立つ感情を抑えると、どこかつまらなそうな表情で席に座っている久々知 兵(へい)の傍へ歩み寄った。
「遅かったな。また迷ってたのか?」
「ん、そんなところ」
「――お前は相変わらず、嘘を吐くのが下手だな」
「そう? ……でも、騙された振りをしておいてよ。辛くなるから」
「……あの人もなあ……覚えてさえいりゃ、あんなことは絶対しないんだろうが」
「仕方ないなんて言わないでね、兵にも怒っちゃいそうだから」
 兵の前の椅子を引き、雷は冷ややかに笑う。彼女は常こそ穏やかだが、一度その逆鱗に触れるとその怒りは凄まじい。こと三郎と滝夜叉丸――平 滝に関しては、彼女にとって地雷原にも等しかった。
 久々知は知っている。平 滝夜叉丸が不破 雷蔵を支えるためにどれだけ尽力したか。そして、彼女を生かすために何をしたのかも。だからこそ、彼女が今の世でも滝に入れ込むのは仕方がないと思っている。
(――記憶がない方が良いのか、悪いのか)
 自分は記憶があるが故に随分と迷い、揺れた。けれど、彼女らの相手は二人とも今は〈ただの人〉である。そして、そのために彼女たちはずっと苦しみ続けている。
(……自分の相手が忘れてることは、二人とも「仕方ない」って言う癖になあ)
 久々知は自分のことより誰かのために怒る彼女たちの性質にどこか呆れたように笑みを向け、せめて良い方向へ皆の関係が向かえば良いと思った。


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