0022 ちょんまげ記念日
 ※年齢操作+卒業ネタ



 日が暮れる、と山の稜線に沈んでいく真っ赤に燃える太陽を見送りながら金吾は思った。後ろでは後輩たちがみな息を切らしてへばっている。今の体育委員たちは少し軟弱だ。――自分が一年のときはこんなものではなかった。さらに言うならば、それ以降も、であるが。
「皆本委員長!」
「どうした」
「もう帰りましょう、一年生が泣きべそかいてます」
 声をかけてきたのは自分より二つ下の後輩。彼は息こそ上がっているものの、まだまだ走るに充分な体力は残っているようだ。さすがは四年生、と内心頼もしく思いながら、金吾はそれを表には出さずに頷いた。
「仕方がないな。一年生の面倒を見てやってくれ。私は他の委員を見るから」
 使いはじめた当初は違和感しか覚えなかった「私」という一人称も、今では板についてきた。入学当初の泣き虫で甘えん坊だった自分が今の自分を見たらどう思うだろう。少しは理想に近づいているだろうか。



「お帰り、金吾。今日の夕飯は魚の鍋だよ」
「へえ、いいね。温まりそう」
「大分寒くなったからねえ……」
 委員会から戻った金吾に同室の喜三太が夕飯の献立を教えてくれる。少しの時間戸を開けただけで入り込む風は冷たく、彼らに冬の訪れを告げていた。
 この学園に暮らして、もうすぐ六年。その終わりが否応なしに近づいてきたことを、寒風は二人に気づかせる。
「……もうすぐ卒業かあ」
「そうだなあ」
「金吾は、家に戻るんでしょ?」
「うん。……本当は、もっと早く戻らなくちゃならないのを、何とか延ばしてもらっていたから」
「金吾は武士になるんだねえ」
 喜三太が感慨深そうに呟いた。それに金吾が同じ問いを返すと、彼は笑って人差し指を唇に当てた。
「内緒。――忍者になるんだからね、金吾でも教えない」
「そうか」
 仕方がないとは分かっていても、少しだけ淋しかった。そんな感情が顔に出てしまったのだろう、喜三太は小さく笑って口を開く。
「文を書くよ。離れたってずっと友達だもの」
「うん」
 それ以上、その話題は引きずらなかった。夕飯の時間になったからである。喜三太と連れ立って食堂に向かった金吾は、その道中に自分たちに吹き付ける北風に首をすくめた。冷たい風は金吾の前髪を揺らして相模の方角へ翔けてゆく。見えないはずのそれを目で追ったあと、金吾は小さく溜息をついた。
 春になれば、この前髪を落として金吾は元服する。楽しかった少年時代に別れを告げ、次第に厳しくなる現実を行く青年になるのだ。――それをこの学園に入学したころは待ち遠しいほどに思っていたのに、今はこんなにも季節が過ぎるのを惜しんでいる。
(ああ、だってこんなにも楽しかった)
 泣き虫だった自分をいつだって導いてくれた先輩方、まだ頼りない自分を一生懸命慕ってくれた後輩たち。そして何より、六年間共に笑い、共に学んだ仲間との思い出がここには詰まっている。日が重なるにつれて惜しくなる前髪を見ないように一度目を伏せた後、金吾は少し先へ行く喜三太の背を追った。

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