0021 偉大なる母
「母上!」
 一年の金吾にそう呼ばれ、滝夜叉丸は大きな目をさらに丸くした。
 低学年のころにうっかり先生や食堂のおばちゃんをそう呼んでしまうことがあるのは知っている。けれど、自分がその対象になるとは思っていなかった滝夜叉丸は、どう反応すべきか困惑して眉を下げた。第一、どうして自分がそう呼ばれるのかが理解できず、口数の多い彼にしては珍しく一瞬言葉を切る。そんな滝夜叉丸の反応に金吾は己が何を言ったかに気づき、魚のように口を開け閉めしたあと、真っ赤になって俯いてしまった。



 ――誰かの世話を焼くのは慣れていた。家ではどちらかと言えば世話を焼かれる側であるが、一年の頃から同室の喜八郎は少々日常生活が頼りなく、隣で見ていられずに手を出しはじめたのがそのはじまりかもしれない。さらに所属した体育委員会は自分より二つも年上のくせに滝夜叉丸よりもずっと落ち着きのない先輩が待っていた。そのうえ、翌年入学した後輩は無自覚方向音痴ときたものだ。いけどんですべてを解決しようとする小平太に後輩を任せることなどとてもできず、いつの間にか滝夜叉丸が三之助も何くれとなく面倒を見るようになった。
 何かと暴走しがちな小平太を抑え、気づけば道なき道へと進む三之助を引き戻し……と立ち回っていた滝夜叉丸であるので、さらに翌年入学した後輩の面倒を見るように先輩から仰せつかるのも無理はない。滝夜叉丸自身も己の優秀さから考えて、他人の面倒を見てやることについて何ら異論もなく、いつの間にか口うるさい先輩という立場になっていた。
 それならば仕方がないのかもしれない。それに、今にも泣き出しそうな顔で俯いている金吾にこれ以上何か言うことはためらわれ、滝夜叉丸は動揺を押し隠して口を開いた。
「――まあ、呼び間違えるのも仕方がない! 見目麗しく才長け、面倒見も良いこの私を一年生が母のように慕うというのも道理なのだから! 金吾、構わんぞ! 好きに私を母と呼ぶが良い!」
 くるりと身を翻し、滝夜叉丸は金吾の顎を持ち上げた。それに金吾は思惑通り涙を引っ込め、苦い顔で己を見上げる。後ろで三之助が「あんな母ちゃん嫌だよ」と失礼なことを呟いたので、戦輪を打って黙らせた。――相変わらず、先輩を敬うことを知らない奴である。
 もう一度自信ありげに微笑めば、金吾は今度こそ渋い顔で黙り込む。そこにはもはや滝夜叉丸を間違って母と呼んだ羞恥は微塵もなく、滝夜叉丸は内心胸を撫で下ろした。
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