0020 装備:蚊取り線香 コマンド:戦う
「暑い」
 小さく呟いた喜八郎に、滝夜叉丸は眉をひそめた。――そんなことは言われずとも分かっている。しかし、夏である以上はどうにもならないのが現状だ。
 だらしなく床に伸びて再び「暑い」と呟いた喜八郎に、滝夜叉丸はもはや反応もしなかった。ただ溜息をついて、時折前髪を揺らす生温い風に身を任せる。せめてもう少し風があれば、と思ったところで己の頭上すれすれに風切り音が走った。咄嗟に首を竦めると、頭巾を掠めて踏み鋤の先端が横一文字に過ぎていく。己の頭を潰しかけたその行為に抗議しようと振り返れば、ひどく苛立った顔の喜八郎がさらに鋤で中空をないだところだった。
「こンのアホ八郎! 私のこの美しい顔を潰す気か!」
「蚊がいる」
「はあ?」
「蚊だよ、蚊。さっきから耳元をブンブンと」
 そう言いながら、喜八郎はもう一度鋤を振り回す。その先を視線で辿れば、確かに小さな虫がせわしなく飛び回っていた。
「ふん、そんなもの私の戦輪で……」
 滝夜叉丸は懐から取り出した戦輪を構え、指先から弧を描いてそれを飛ばす。けれど、危険を察知したのか何なのか、その小さな羽虫は滝夜叉丸の放った戦輪の刃からするりと抜け出し、再び音を立てて部屋中を飛び交った。さらに何度か試してみても結果は同じ。
 それに痺れを切らしたのか、喜八郎は鋤を振り回しながら部屋を出ていこうとする。滝夜叉丸がその背にどこへ行くのかと声をかけると、彼は苛々と吐き捨てるように言葉を落とした。
「保健室。蚊遣火もらいに行ってくる」
「なるほどな。それなら、私は隣近所に話をしてくる」
 蚊遣火は煙で燻すことで蚊を追い払うものだが、傍にいる人間も同じく燻されるという短所がある。この忍たま長屋で焚けば、当然ながら自分たち以外にも影響が出るだろう。それに何より、この暑いなかで勝手に火など焚けば、たちまち周囲から苦情が来るに決まっている。
 それでも堪えがたい蚊の存在に、彼らは周囲を巻き込んでの徹底抗戦を決意したのだった。

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