0007 人間は本当に怖い時、笑うしかないんだ
「はは……」
 滝夜叉丸は己の喉から乾いた笑い声が漏れたのを聞いた。それはあまりにも実感がなく、彼の耳を素通りしていく。危機に際して放心するなど忍たまとして失格だ、と内なる声が頭に廻ったが、身体は言うことを聞いてはくれない。彼に今許されたことはみっともなく尻餅をついたまま後退りするだけで、しかしそれすらも背中に当たった壁が阻んだ。
「どうした、滝夜叉丸?」
「あ……はは」
 それはこっちの台詞だ、という言葉は滝夜叉丸の喉の奥で潰れてしまい、舌にのることすらない。ただ引きつった笑い声だけが喉に押し出されている。そんな滝夜叉丸を不審に思ったのか、目の前で笑う男――七松小平太が彼の頭を掴んだ。容赦のない力で髪を引かれ、滝夜叉丸は苦痛に顔を歪ませる。しかしそれすらも意に介さず、小平太は滝夜叉丸に顔を寄せた。
「お前が大人しいなど、珍しいな」
「はは」
 返事をしなければ、と思うものの、滝夜叉丸の喉からは笑い声しか出てこない。それは小平太が先程から発している殺気のせいなのだが、小平太はそれに気づいているのかいないのか、一向にそれを消すことがない。それどころか、獣じみた獰猛さを滲ませ、滝夜叉丸に迫ってくる。
「なあ、滝夜叉丸。私の相手をしてくれよ。猛って仕方がないんだ」
「は、はは……」
 今すぐ逃げるべきだ、と本能が警鐘を鳴らす。しかし、滝夜叉丸の身体は指の先さえ動くことはなかった。
 寄せられた小平太の瞳には獲物をいたぶる肉食獣のような光が宿っている。――それが何を意味するのか、四年生にもなった滝夜叉丸が分からないはずもない。
(――逃げなければ)
 頭のなかで転がった言葉は虚しく潰え、瞬きをするより早く、小平太が滝夜叉丸の喉に喰らいつく。――滝夜叉丸の喉からは、もはや笑い声さえ出なかった。
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