2011,09,16, Friday
あ、と思ったときには遅かった。止めるよりも早く、その唇が己の黒髪に寄せられる。たった一房に寄せられた唇の感覚は自覚できるはずもないのに、髪を伝って脳の奥深くまで染み込むような心地がした。それに顔が熱くなるのを感じる。表情が硬いのが己の常だとあちこちで言われたものだが、今この瞬間にこそそれが発揮されればいいのに、と兵助は思った。――こんなふうに表情を崩しては、いくら忍たま経験が少ないこの男であっても、兵助の心情を理解してしまうであろう。
「兵助くん」
どこか舌足らずな口調ははじめこそ苛々させられたものだが、今は聞き慣れたせいか、むしろ心地好くすら感じる。それに兵助が思わず顔をしかめると、未だに彼の目の前で髪を捉えたままのタカ丸が兵助の視線をその視線で搦め捕った。
「――あなたが好きです」
何かを言わなくては、そう思うものの、普段ならばいくらでも湧いて出る言葉が出てこない。まるで唖のように黙ってしまった兵助へ、タカ丸は少し身を寄せる。後ろに退がろうとした兵助だが、それは未だ捉えられたままの髪が許してはくれなかった。
「タカ丸、さん」
唯一喉からこぼれ落ちたのは、今己を追い詰めている男の名前。それに問い返すように、男が眉を上げた。けれど、兵助の唇から漏れるのは微かな吐息ばかり。――応えられるわけがない。どんなに想い合ったとしても、自分たちの未来は明るくない。忍という立場にしても、同性という事実にしても、いずれは道を分かつときが来る。それならば、つかの間の幸福など知らないほうがいい。
喉の代わりに瞳を使って、兵助は相手にその思いを伝える。しかし、タカ丸は兵助のその視線を瞼を落とすことで遮り、未だ動けぬ兵助の唇に己のそれを寄せた。
それは兵助の瞳よりもさらに雄弁にタカ丸の想いを伝えてくる。その甘さに兵助はもはや抗うことすらできず、ただ己の瞼を下ろした。
「兵助くん」
どこか舌足らずな口調ははじめこそ苛々させられたものだが、今は聞き慣れたせいか、むしろ心地好くすら感じる。それに兵助が思わず顔をしかめると、未だに彼の目の前で髪を捉えたままのタカ丸が兵助の視線をその視線で搦め捕った。
「――あなたが好きです」
何かを言わなくては、そう思うものの、普段ならばいくらでも湧いて出る言葉が出てこない。まるで唖のように黙ってしまった兵助へ、タカ丸は少し身を寄せる。後ろに退がろうとした兵助だが、それは未だ捉えられたままの髪が許してはくれなかった。
「タカ丸、さん」
唯一喉からこぼれ落ちたのは、今己を追い詰めている男の名前。それに問い返すように、男が眉を上げた。けれど、兵助の唇から漏れるのは微かな吐息ばかり。――応えられるわけがない。どんなに想い合ったとしても、自分たちの未来は明るくない。忍という立場にしても、同性という事実にしても、いずれは道を分かつときが来る。それならば、つかの間の幸福など知らないほうがいい。
喉の代わりに瞳を使って、兵助は相手にその思いを伝える。しかし、タカ丸は兵助のその視線を瞼を落とすことで遮り、未だ動けぬ兵助の唇に己のそれを寄せた。
それは兵助の瞳よりもさらに雄弁にタカ丸の想いを伝えてくる。その甘さに兵助はもはや抗うことすらできず、ただ己の瞼を下ろした。
| SS::1000のお題集 | 21:40 | comments (x) | trackback (x) |
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