0015 女王様とお呼び
「……タカ丸さん、こういった趣味もおありなんですか。意外ですね」
 兵子はベッドの下から覗く本を引き出し、その表紙をとくとくと眺めた。『月刊女王様』とどぎつい色のタイトルが踊るそれは、特集の文字の後ろにボンテージ姿の女性が男性を足蹴にして写っている。中身を確かめるべくページを繰ろうとしたら、バタバタと駆け寄ってきたタカ丸に勢いよく引ったくられた。
「何見てるの!」
「ベッドの下からはみ出していたのを拾っただけです。――しかし、意外ですね。タカ丸さんに被虐趣味があるとは。言ってくださればいくらでも苛んで差し上げるのに」
 顔を真っ赤にして雑誌を遠いところへ放り投げるタカ丸に対し、兵子は顔色ひとつ変えず平然と告げた。それにタカ丸がパクパクと金魚のように唇を動かし、なおさらに顔を赤くする。それに全く男女が逆だな、と思いながら、兵子はタカ丸に一歩近づいた。それにタカ丸が一歩退き、さらに兵子が距離を詰める。壁際まで追い込んだタカ丸が怯えて喉を鳴らすのに、兵子は艶然と口の端を上げた。
「どうして逃げるんですか?」
「そっちが寄ってくるからでしょ!」
「タカ丸さんが逃げるからですよ」
 兵子はそう言いながら、己の手を持ち上げて、タカ丸の頬に指で触れた。手のひらで優しく撫で、左右非対照に長い前髪に指を絡ませる。そのまま少しだけその髪を引き、兵子はその頬に唇を寄せた。両手で彼の頭を緩く引き寄せ、唇を滑らせる。普段は前髪で隠れ気味の耳へと唇を移動させると、その耳朶を甘噛みした。
「なっ、にするのっ!」
「もっと痛いほうが良かったですか?」
「違うっ! っていうかね、そういう問題じゃなくてっ! 女の子がそういうことするんじゃありませんっ!」
 兵子を軽く突き飛ばして壁沿いに逃げたタカ丸は、顔どころか首筋まで真っ赤に染めて耳を押さえる。怒鳴りつける声すらも少しうわずっており、兵子はそれになおさら口の端を上げた。
「生憎と、わたしに嗜虐趣味はないもので。――感じて泣いているならそそりもしますが、苦痛に浮かんだ涙ではね」
「だから、そういう問題じゃないってばっ! 大体、女の子なんだから恥じらいとか慎みとか、そういうのをまずだね……!」
「ああ、タカ丸さん。女性に〈女性らしさ〉なるものを求めるのはセクハラに当たるそうですよ」
「えっ、そうなの? ごめん……ってそうじゃない!」
 タカ丸は問題をすり替えられそうになっていることに気づき、慌てて声を張り上げた。
「だーかーらーっ! 言ってるでしょ! 女の子がそんなことしちゃ駄目っ! 俺だから良いけど、他の男にそんなことしたら即襲われるよ!? 兵子ちゃん可愛いんだから」
「ありがとうございます。でも、タカ丸さん以外にはしませんから大丈夫ですよ」
「そういう意味でもないっ! もおお……! 襲われても知らないんだからね!」
 その言葉に兵子は少しだけ目を見開いたあと、艶然と笑った。しかし、先程見せた妖艶さはそこにはなく、ただ目を見張るほど美しいそれにタカ丸は一瞬目を奪われる。けれど、続いて届いた言葉に彼は言葉を失った。
「襲ってくださるのならいくらでも。――むしろ、わたしが襲いたいくらいですよ」
「……そうじゃないってばあ。大体、何で君ウチにいるの……」
「貴方についてきたからです」
「だから、そうじゃないって……」
 タカ丸は何を言っても斜め上の言葉を返す兵子に何を言って良いか分からず、彼女から身体ごと顔を背けて言葉に表せない胸のわだかまりに頭を掻きむしった。――初めて会ったときからずっと押しの強い彼女に、明らかに流されている。それに強い反発を感じながらも心の底では嫌だと思っていない自分には気づかないまま、タカ丸は背後から身を寄せる兵子の体温を溜息とともに受け入れたのだった。

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