2011,10,12, Wednesday
煙草は随分前に止めたはずだったが、今ばかりは煙草でも吸わないとやっていられない。たまたま残っていた安物のライターがカチカチと音を立てる。――火が点かない。火花を散らすばかりで反応の悪いライターは、それからさらに数回試したあとにようやく彼の望みを叶えた。少し古い煙草をくわえ、その先に火を点ける。しかし、くわえた煙草の前後が逆だったことで濃厚な煙を吸って盛大にむせる羽目となり、タカ丸は苛々とそれを近くのコップに突っ込んだ。灰皿はとうに捨ててしまったためだ。らしくなく「くそっ!」と悪態をつくと、彼の動揺の原因がもぞりと隣で動いた。
「煙草は身体に悪いですよ、タカ丸さん」
「……何で一緒に寝てるの」
低く問いかければ、傍らの少女が肩を竦める。そして、タカ丸を打ちのめすように口を開いた。
「先に言っておきますが、放してくれなかったのはタカ丸さんですよ。帰ろうと思ってたのに」
「……俺、君に何したの」
嫌な予感を覚えながら、タカ丸はさらに低い声で問いかける。それに兵子は少し眉を下げて、彼の胸に手を置いた。それで自分が裸であることを無理矢理にでも意識させられ、タカ丸は先程からガンガンと響く頭の痛みがなおさら強くなった気がした。しかし、兵子はそんなタカ丸にただ溜息をつき、その手を彼から離す。手の動きを追えば滑らかな白い肌が視界に映り、タカ丸は吸い寄せられそうになる視線を無理矢理引きはがした。
そんなタカ丸に兵子はもう一度小さく溜息をつくと、寝乱れた髪を手櫛で整える。そして、少しだけ淋しそうに笑った。
「まあ、あれだけ酔えば記憶もなくなるでしょうね。
――貴方が危惧しているようなことは一切ありませんでしたよ。わたしは飽くまで酔っ払いの介抱をしたまでですから」
タカ丸はその言葉にようやく昨晩自分の美容院のスタッフと飲みに行ったことを思い出す。いろいろと丸め込まれるようにアルバイトに雇ったこの少女も、アルコール類を摂取しないという約束の下で連れていった。しかし、少し疲れていたタカ丸は盛大に酔ってしまったらしく、途中から記憶がない。年甲斐もなくやらかした失態に頭を抱えると、もう一度小さな溜息が傍らから聞こえた。
「だからあれほどもうやめておけと言ったのに」
「子どもには分からないイロイロが大人にはあるの」
「それで正体なくして子どもに世話されてたんじゃ、意味ないでしょう。――因みに一応説明しておきますが、泥酔したタカ丸さんをタクシーでここまで送って、部屋まで連れて帰ってきたあと、ベッドに運ぼうとしたら途中で貴方が戻して、服がめちゃくちゃになったために上下どちらも脱がしたんです。よく見てください、パンツはいてるでしょう」
タカ丸はその言葉に自分の下半身を見下ろし、確かにその言葉のとおりに自分が下着をはいていることに気づく。それに大きく胸を撫で下ろしたあと、ハッと我に返って兵子を睨みつけた。
「ちょっと待って! じゃあ、何で兵子ちゃんまで脱いでるの?」
「それは勿論、貴方が戻したときにわたしが貴方を前方から支えていたからです。お陰さまで、服どころか下着まで濡れましたよ」
「…………マジで?」
「こんなことで嘘をついたって仕方がないでしょう」
己の情けなさに俯いてしまったタカ丸を他所に、兵子は無言で立ち上がる。ペタペタと裸足の足音が遠ざかり、タカ丸はなおさら情けない気持ちになった。けれど、足音はしばらくしてからタカ丸の許へ戻り、熱くて柔らかい何かをその顔に押しつけた。覗き込まれるような形で顔をこすられ、タカ丸はようやくそれがホットタオルであることに気づく。驚いたタカ丸がそれに顔を上げると、呆れた顔で兵子が口を開いた。
「立てるようなら、一度うがいをしたほうが良いと思いますよ。今はまだ気づいていないようですが、口のなかも随分気持ち悪いんじゃないですか?」
「……そうする」
促されるままにベッドから這い出すと、頭痛がひどくなったような気がした。それを我慢して立ち上がるものの、ふらつく足に思わずたたらを踏む。しかし、転ぶ、と思うより早く脇から兵子が身体を支えてくれ、タカ丸は安定を取り戻す。視線よりかなり下にある頭を見下ろしながら、タカ丸はこの細い体躯のどこにこんな力があるのだろう、と己を危なげなく支える兵子を少しだけ疑問に思った。
なんとか介助なしで洗面台に辿り着いたタカ丸は、言われたとおりにうがいを繰り返す。再びベッドに戻ろうとしたときに、二人分の服がハンガーにかけられて部屋干しされていることに気づいた。しわを綺麗にのばされたそれはまだ生乾きで、着られたものではない。タカ丸は兵子の分だけ手に取ると、それを浴室のなかへと入れた。天井近くに伸びるポールへとハンガーをかけ、乾燥のボタンを押す。タカ丸が再び覚束ない足取りでベッドへと戻ろうとすると、そこに座る兵子が目に入った。
こちらに背を向けているために表情は分からないが、その体躯が類を見ないほど均整を保っていること、その肌が白く美しいことは見て取れる。惜しむべくは右肩に残る傷跡だが、彼女はそれを気にした様子もない。カーテンから漏れる朝日に照らされたその姿はまるで一幅の絵のようで、タカ丸は一瞬その光景に目を奪われた。
「タカ丸さん? 大丈夫ですか?」
「あ……うん、平気。っていうかね、兵子ちゃん。君せめて前を隠すとかしたらどうなの」
「見たければ好きなだけどうぞ?」
「いやだからそういう問題じゃなくてね……ああもう! とにかくこれ着て!」
タカ丸は自分のクローゼットからシャツを一枚取りだし、それを兵子に押しつける。それに彼女は少しだけ顔をしかめたものの、溜息をつきながらそれを大人しく着こんだ。兵子には大きすぎるそれは逆に背徳感のようなものを増させたが、これ以上裸でいられるよりかは良い。それだけで疲れ果ててベッドに倒れ込んだタカ丸に、兵子は追い打ちをかけるように呟いた。
「これが男の人が萌える、という噂の彼シャツというやつですか」
「……違うからね。そうだけど違うからね……」
「別に遠慮しなくても。わたしはいつだってタカ丸さんを受け入れる準備はできてますよ」
「俺のほうにはそんな準備ないから……っていうか、兵子ちゃん学校は?」
「今日は休むって親に連絡入れました。気分が悪いということで」
その言葉にタカ丸は深いため息をついた。彼女の母は兵子がタカ丸の家に押しかけることも、ずる休みすることも何にも思わないらしい。むしろ、彼女曰く「ようやく人間味が出てきた」と喜んでいるそうだ。それは親としてどうなのか、と常識的なことを考えながら、タカ丸は己の身体に布団をかけてくれる兵子に顔を向けた。
「……布団をかけてくれるのは大変ありがたいんだけど……どうして兵子ちゃんまで一緒に入ってるの……」
もはや疲れきって語尾を上げるだけの気力もない。しかし、対する兵子は生き生きとした様子でタカ丸の傍に身を落ち着けると、当たり前のように口を開いた。
「わたしの服、まだ乾いてませんから」
「いや、うん……そうなんだけど」
「まさかタカ丸さん……わたしにノーブラのうえ、サイズの合ってないこのシャツでひとり電車に乗れと?」
兵子の咎めるような言葉に、タカ丸はもはや返す言葉すらなかった。ただ彼女に背を向けるように寝返りを打ち、傍にある体温を意識しないように目を閉じる。けれど、兵子がその背中に寄り添うように身を寄せてくるため、タカ丸は再び彼女へと口を開いた。
「襲われたくないなら離れてくれる?」
「むしろ襲っていただきたいくらいですが。――でも、どちらにせよ今日は無理でしょう。その体調じゃ、勃たないでしょうから」
「だから! そういう発言はやめなさいと何度言ったら……! もう、女の子でしょう! おじさん怒るよ!?」
「はいはい、分かりました。――ほら、二日酔いで頭痛いんでしょう? 怒鳴ったら頭に響きますよ」
「誰が怒鳴らせてるの……!」
「はいはい、私ですごめんなさい。さ、もう寝ましょう。何なら子守歌くらい歌って差し上げますよ」
「いらない!」
子どものように布団を頭まですっぽりかぶってふて寝してしまったタカ丸に、兵子は少しだけ笑みを漏らす。しばらくして聞こえた小さな寝息に、彼女はひどく優しい顔で布団の塊を撫でた。力が緩んだところを見計らって布団を引き寄せ、自分もそのなかに入りこむ。心音が伝わるほどの距離までその身を寄り添わせると、兵子は伝わる温もりに泣きたくなるような感情を味わった。この鼓動も、体温も、もう消えることはない。それだけのことが幸せだった。
「――全部見せるから、もう一回俺に惚れてよ」
良いところも、悪いところも全部。そう呟いて、兵子はタカ丸の頬に触れる。指に絡む髪の毛を弄びながら、彼女は穏やかな時間に目を細めた。
正直なところ、久々知兵子として生まれる前の経験と知識を生かせば、タカ丸を己の虜にすることなど容易い。けれど、それでは意味がないのだ。取り繕ったことで手に入れた愛情など、兵子にとっては何の価値もない。欲しいのはそんなものではなく、タカ丸の全てなのだから。
生まれる前に生きた記憶に刻みつけられた目の前の男の記憶を辿りながら、兵子は小さく息をつく。――そう、偽りなど意味がない。過去の自分がありのまま彼に受け入れられ、愛されたように、今もまたそれが欲しいのだから。
けれど、今はまだ欲張るまい、と兵子はタカ丸の頬に当てた手を離した。その代わりにもう少しだけタカ丸へと近づくと、彼女は途切れることなく伝わるその温もりに寄り添いながらその瞼を下ろす。とろりとした暗闇が兵子を包み、眠りへと誘っていく。その心地よさに溺れるように、兵子はその暗闇へと沈んでいった。
以前に日記で書いた、30歳タカ丸と17歳久々知の転生パロ。タカ丸は記憶なし、兵子は記憶あり。
本当は昨日書き上がっていたのですが、セッションエラーで\(^o^)/ 最初に書いた奴が肉食系で良かったのになあ……と思いつつ、とりあえず書き直してUP。タカくくだけど肉食系女子な久々知にたじたじになっているタカ丸さんも美味しいです。
「煙草は身体に悪いですよ、タカ丸さん」
「……何で一緒に寝てるの」
低く問いかければ、傍らの少女が肩を竦める。そして、タカ丸を打ちのめすように口を開いた。
「先に言っておきますが、放してくれなかったのはタカ丸さんですよ。帰ろうと思ってたのに」
「……俺、君に何したの」
嫌な予感を覚えながら、タカ丸はさらに低い声で問いかける。それに兵子は少し眉を下げて、彼の胸に手を置いた。それで自分が裸であることを無理矢理にでも意識させられ、タカ丸は先程からガンガンと響く頭の痛みがなおさら強くなった気がした。しかし、兵子はそんなタカ丸にただ溜息をつき、その手を彼から離す。手の動きを追えば滑らかな白い肌が視界に映り、タカ丸は吸い寄せられそうになる視線を無理矢理引きはがした。
そんなタカ丸に兵子はもう一度小さく溜息をつくと、寝乱れた髪を手櫛で整える。そして、少しだけ淋しそうに笑った。
「まあ、あれだけ酔えば記憶もなくなるでしょうね。
――貴方が危惧しているようなことは一切ありませんでしたよ。わたしは飽くまで酔っ払いの介抱をしたまでですから」
タカ丸はその言葉にようやく昨晩自分の美容院のスタッフと飲みに行ったことを思い出す。いろいろと丸め込まれるようにアルバイトに雇ったこの少女も、アルコール類を摂取しないという約束の下で連れていった。しかし、少し疲れていたタカ丸は盛大に酔ってしまったらしく、途中から記憶がない。年甲斐もなくやらかした失態に頭を抱えると、もう一度小さな溜息が傍らから聞こえた。
「だからあれほどもうやめておけと言ったのに」
「子どもには分からないイロイロが大人にはあるの」
「それで正体なくして子どもに世話されてたんじゃ、意味ないでしょう。――因みに一応説明しておきますが、泥酔したタカ丸さんをタクシーでここまで送って、部屋まで連れて帰ってきたあと、ベッドに運ぼうとしたら途中で貴方が戻して、服がめちゃくちゃになったために上下どちらも脱がしたんです。よく見てください、パンツはいてるでしょう」
タカ丸はその言葉に自分の下半身を見下ろし、確かにその言葉のとおりに自分が下着をはいていることに気づく。それに大きく胸を撫で下ろしたあと、ハッと我に返って兵子を睨みつけた。
「ちょっと待って! じゃあ、何で兵子ちゃんまで脱いでるの?」
「それは勿論、貴方が戻したときにわたしが貴方を前方から支えていたからです。お陰さまで、服どころか下着まで濡れましたよ」
「…………マジで?」
「こんなことで嘘をついたって仕方がないでしょう」
己の情けなさに俯いてしまったタカ丸を他所に、兵子は無言で立ち上がる。ペタペタと裸足の足音が遠ざかり、タカ丸はなおさら情けない気持ちになった。けれど、足音はしばらくしてからタカ丸の許へ戻り、熱くて柔らかい何かをその顔に押しつけた。覗き込まれるような形で顔をこすられ、タカ丸はようやくそれがホットタオルであることに気づく。驚いたタカ丸がそれに顔を上げると、呆れた顔で兵子が口を開いた。
「立てるようなら、一度うがいをしたほうが良いと思いますよ。今はまだ気づいていないようですが、口のなかも随分気持ち悪いんじゃないですか?」
「……そうする」
促されるままにベッドから這い出すと、頭痛がひどくなったような気がした。それを我慢して立ち上がるものの、ふらつく足に思わずたたらを踏む。しかし、転ぶ、と思うより早く脇から兵子が身体を支えてくれ、タカ丸は安定を取り戻す。視線よりかなり下にある頭を見下ろしながら、タカ丸はこの細い体躯のどこにこんな力があるのだろう、と己を危なげなく支える兵子を少しだけ疑問に思った。
なんとか介助なしで洗面台に辿り着いたタカ丸は、言われたとおりにうがいを繰り返す。再びベッドに戻ろうとしたときに、二人分の服がハンガーにかけられて部屋干しされていることに気づいた。しわを綺麗にのばされたそれはまだ生乾きで、着られたものではない。タカ丸は兵子の分だけ手に取ると、それを浴室のなかへと入れた。天井近くに伸びるポールへとハンガーをかけ、乾燥のボタンを押す。タカ丸が再び覚束ない足取りでベッドへと戻ろうとすると、そこに座る兵子が目に入った。
こちらに背を向けているために表情は分からないが、その体躯が類を見ないほど均整を保っていること、その肌が白く美しいことは見て取れる。惜しむべくは右肩に残る傷跡だが、彼女はそれを気にした様子もない。カーテンから漏れる朝日に照らされたその姿はまるで一幅の絵のようで、タカ丸は一瞬その光景に目を奪われた。
「タカ丸さん? 大丈夫ですか?」
「あ……うん、平気。っていうかね、兵子ちゃん。君せめて前を隠すとかしたらどうなの」
「見たければ好きなだけどうぞ?」
「いやだからそういう問題じゃなくてね……ああもう! とにかくこれ着て!」
タカ丸は自分のクローゼットからシャツを一枚取りだし、それを兵子に押しつける。それに彼女は少しだけ顔をしかめたものの、溜息をつきながらそれを大人しく着こんだ。兵子には大きすぎるそれは逆に背徳感のようなものを増させたが、これ以上裸でいられるよりかは良い。それだけで疲れ果ててベッドに倒れ込んだタカ丸に、兵子は追い打ちをかけるように呟いた。
「これが男の人が萌える、という噂の彼シャツというやつですか」
「……違うからね。そうだけど違うからね……」
「別に遠慮しなくても。わたしはいつだってタカ丸さんを受け入れる準備はできてますよ」
「俺のほうにはそんな準備ないから……っていうか、兵子ちゃん学校は?」
「今日は休むって親に連絡入れました。気分が悪いということで」
その言葉にタカ丸は深いため息をついた。彼女の母は兵子がタカ丸の家に押しかけることも、ずる休みすることも何にも思わないらしい。むしろ、彼女曰く「ようやく人間味が出てきた」と喜んでいるそうだ。それは親としてどうなのか、と常識的なことを考えながら、タカ丸は己の身体に布団をかけてくれる兵子に顔を向けた。
「……布団をかけてくれるのは大変ありがたいんだけど……どうして兵子ちゃんまで一緒に入ってるの……」
もはや疲れきって語尾を上げるだけの気力もない。しかし、対する兵子は生き生きとした様子でタカ丸の傍に身を落ち着けると、当たり前のように口を開いた。
「わたしの服、まだ乾いてませんから」
「いや、うん……そうなんだけど」
「まさかタカ丸さん……わたしにノーブラのうえ、サイズの合ってないこのシャツでひとり電車に乗れと?」
兵子の咎めるような言葉に、タカ丸はもはや返す言葉すらなかった。ただ彼女に背を向けるように寝返りを打ち、傍にある体温を意識しないように目を閉じる。けれど、兵子がその背中に寄り添うように身を寄せてくるため、タカ丸は再び彼女へと口を開いた。
「襲われたくないなら離れてくれる?」
「むしろ襲っていただきたいくらいですが。――でも、どちらにせよ今日は無理でしょう。その体調じゃ、勃たないでしょうから」
「だから! そういう発言はやめなさいと何度言ったら……! もう、女の子でしょう! おじさん怒るよ!?」
「はいはい、分かりました。――ほら、二日酔いで頭痛いんでしょう? 怒鳴ったら頭に響きますよ」
「誰が怒鳴らせてるの……!」
「はいはい、私ですごめんなさい。さ、もう寝ましょう。何なら子守歌くらい歌って差し上げますよ」
「いらない!」
子どものように布団を頭まですっぽりかぶってふて寝してしまったタカ丸に、兵子は少しだけ笑みを漏らす。しばらくして聞こえた小さな寝息に、彼女はひどく優しい顔で布団の塊を撫でた。力が緩んだところを見計らって布団を引き寄せ、自分もそのなかに入りこむ。心音が伝わるほどの距離までその身を寄り添わせると、兵子は伝わる温もりに泣きたくなるような感情を味わった。この鼓動も、体温も、もう消えることはない。それだけのことが幸せだった。
「――全部見せるから、もう一回俺に惚れてよ」
良いところも、悪いところも全部。そう呟いて、兵子はタカ丸の頬に触れる。指に絡む髪の毛を弄びながら、彼女は穏やかな時間に目を細めた。
正直なところ、久々知兵子として生まれる前の経験と知識を生かせば、タカ丸を己の虜にすることなど容易い。けれど、それでは意味がないのだ。取り繕ったことで手に入れた愛情など、兵子にとっては何の価値もない。欲しいのはそんなものではなく、タカ丸の全てなのだから。
生まれる前に生きた記憶に刻みつけられた目の前の男の記憶を辿りながら、兵子は小さく息をつく。――そう、偽りなど意味がない。過去の自分がありのまま彼に受け入れられ、愛されたように、今もまたそれが欲しいのだから。
けれど、今はまだ欲張るまい、と兵子はタカ丸の頬に当てた手を離した。その代わりにもう少しだけタカ丸へと近づくと、彼女は途切れることなく伝わるその温もりに寄り添いながらその瞼を下ろす。とろりとした暗闇が兵子を包み、眠りへと誘っていく。その心地よさに溺れるように、兵子はその暗闇へと沈んでいった。
以前に日記で書いた、30歳タカ丸と17歳久々知の転生パロ。タカ丸は記憶なし、兵子は記憶あり。
本当は昨日書き上がっていたのですが、セッションエラーで\(^o^)/ 最初に書いた奴が肉食系で良かったのになあ……と思いつつ、とりあえず書き直してUP。タカくくだけど肉食系女子な久々知にたじたじになっているタカ丸さんも美味しいです。
| SS::1000のお題集 | 12:36 | comments (x) | trackback (x) |
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