0012 ヤケ酒
「いってえ……七松先輩、容赦なさすぎだろ……」
「潮江先輩もだよ……あー青痣できてる。何か、兵助と鉢屋は平然としてるよね、立花先輩と中在家先輩だっけ? 羨ましい」
 ボロボロになった身体を気力だけで風呂まで運んだ五人は、五年の集合場所としてお決まりとなった三郎と雷蔵の部屋まで引きずり、部屋の戸を後ろ手に閉めた瞬間、それぞれ床へと崩れ落ちた。しかし、床にぺったりと頬をつける八左ヱ門、勘右衛門、雷蔵に対し、兵助と三郎は座り込みはしたものの、まだ体勢を保っている。それに勘右衛門が唇を尖らせると、彼ら二人は揃って顔をしかめた。
「そんなわけないだろ。さんざっぱら遊ばれたんだから。……もう立花先輩の私的使用の火薬、絶対融通しない」
「すぐに無言の圧力に負けるくせに」
「うるさい。三郎だって中在家先輩に散々振り回されていたくせに」
 茶々を入れる三郎を睨みつけた兵助は、不機嫌なまま三郎へと吐き捨てる。その発言に三郎は明らかにムッとした表情を浮かべ、二人の間に険悪な空気が流れた。
「あーあーやめやめ! それでなくても疲れてんだから、これ以上疲れさせんな!」
 その間に割って入ったのは八左ヱ門だ。彼は手に掴んだ何かを二人の間に差し入れ、その注意を逸らす。しかし、その手にあるものを見た三郎が柳眉を跳ね上げ、目の前に突き出された八左ヱ門の手首を掴んだ。
「これは私の秘蔵の酒じゃないか……どっから出してきた」
「あ、僕が出した。もう飲まなきゃやってられないでしょ?」
「雷蔵!?」
 三郎は雷蔵の言葉に泣きそうな声を上げた。普段から顔を借りている手前、三郎は雷蔵に強く出られない。雷蔵もそれをよく分かっているため、もう一本隠してあった三郎の酒を既に開けて勘右衛門と飲みはじめている。それを目の当たりにした三郎はがっくりと肩を落とし、口のなかで泣き言ともつかぬ愚痴をこぼした。
「あ、良い酒だな。さすがは三郎」
 対する兵助は勘右衛門から回されたお猪口に八左ヱ門の手から奪った酒を注ぎ、ひとり先に楽しんでいる。それを見た三郎は力尽きたように八左ヱ門の手首を放し、深い深い溜息をついたあとに引き寄せたお猪口を八左ヱ門に突き出した。
「こうなったらトコトンまで飲んでやる! さあ、八左ヱ門注げ!」
「ほらよ。あ、雷蔵、肴は?」
「あー今はおまんじゅうしかない。勘右衛門たち何かある?」
「部屋に戻れば豆腐がある」
「豆腐以外で!」
「あとは炒り豆くらいかなあ……兵助、取ってくる?」
「そうしよう」
 八左ヱ門の拒否を意に介した様子もなく、勘右衛門に促されるまま兵助は立ち上がる。無視される形となった八左ヱ門はムッとした顔をしたが、酒が喉を通ると機嫌を直し、彼らをにこにこと見送った。――しかし、彼らは知らない。このときが最も幸せで穏やかな時間であったことを。
 しばらく後にその部屋の戸を開けたのが先程出て行った二人よりも六人ばかり多かったことから、彼らの平穏な時間は一瞬にして崩れ去ったのである。

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