2011,09,01, Thursday
髪の手入れと称して、この男が自分を部屋に連れ込みはじめたのはいつだろうか、と兵助は髪をいじられながら考える。
(はじめは確か、勉強を教えてほしいと言われたのだったか)
斉藤タカ丸という男は、この忍術学園において特異な経歴を持つ輩だった。十五の歳までカリスマ髪結いの息子として髪結いの修業をしておきながら、その途中で己の祖父が穴丑であったことを知り、それが縁でこの忍術学園という学び舎に入ったのだ。しかも、六年と同じ歳でありながら、二つ下の四年へと編入するというおまけつき。挙句、忍者を志しながらも髪結いとしての志も捨てぬという、尚更奇矯な男である。
下級生などは六年と同い年でありながら一年よりも忍たまの経験がない、などとよくからかい混じりに言っているが、実際にそれがどんな意味を持つのか、彼らは全く理解していない。
忍術学園には一流の忍者でありながらも二年生として編入した男がおり、風魔忍術学校には自分たちよりずっと歳かさでありながらも一年として学んでいる男もいる。その前例を塗り替えての、四年への編入。――それは恐るべきことだ、と兵助は思う。もっとも、彼を深く知るようになるまでは、そんなこと思いもしなかったのだけれど。
はじめ、四年への転入生だと聞いたとき、兵助はどこかの忍術学校から編入してきたのだと思っていた。しかし、実際に委員会で活動をすれば火薬の扱いは不慣れ、足音をバタバタと立てる、など逆によくもまあ四年まで進級できたものだと感心したくらいである。しかし、忍術学園にタカ丸を狙った侵入者が入り込んだときに彼の事情を知って納得すると同時に戦慄した。忍たまどころか体術すらも訓練していないはずの人間が、一気に四年まで飛び級したのだ。それは、彼がそれだけの実力を持っているという事実を示している。けれど、それが目に見えて分からないことが、兵助には恐ろしかった。
「兵助くん」
己の首元へ腕を絡めながらも気の抜けるような声と笑顔で己を呼ぶ男を見る限り、本当にそれだけの実力があるのかとついつい訝ってしまう。が、この現状を考えれば、確かにこの男は忍者に向いているのだと思った。
たまごとはいえ忍の自分が、あっさりと間合いに入れてしまうだけの人懐こさ。間抜けにすら見える笑みは人の警戒心を弱くし、髪結いになるために学んできた技術――話術は相手の秘密を巧みに暴き出す。それを意図せずやってしまうのだから、恐ろしいにも程がある。
「何考えてたの、真剣な表情で」
「……さあ、な」
お前のこと、とはさすがに言えず、兵助は後ろから己を抱きしめる男に視線を投げた。視線が合えば、己の顔に唇を寄せてくる。敢えてそのまま受け入れれば、タカ丸はくすりと笑って頬に口づけを落とした。
「珍し、兵助くんが大人しいなんて」
「そういうお前は全くもっていつもどおりだな。――いい加減にしろ、このスケベ」
さり気なく己の懐に潜り込んだ手を掴み、兵助は小さく溜息をついた。――全く、何がどうなってこうなったのやら。警戒していたはずなのに、いつの間にか懐に取り込まれている。己を抱き寄せながら髪に指を通す男を眺めて、兵助はもう一度溜息をつく。
「そんなこと言って、兵助くんだって嫌じゃないんでしょ? じゃなきゃ、まず俺の部屋に来てくれないじゃない」
「髪の手入れがしたいって引っ張り込んだのはそっちだろ」
「だって最近は勉強見て、って言っても来てくれないから」
再び己の懐へ手を入れてきた男に溜息をつきながら、兵助は首筋に寄せられた頭に手を伸ばす。兵助にしてみれば不可思議に伸ばされている髪をぐっと掴んで、タカ丸の頭を引き寄せた。
「ちょ、いたた……もう、相変わらず乱暴なんだから」
不満げに唇を尖らせる男の唇を己から奪う。――本当に怖い男だ、と思う。色恋は三禁のひとつ。だから忍を志して研鑽していた己は、恋なんてしないと思っていた。それが今はこうだ。ここまで己を染め変えてしまった男に怒りすら覚えながらも、己の肌を辿る温かい指に全てを許す心地よさに兵助はただタカ丸に身を委ねた。
(はじめは確か、勉強を教えてほしいと言われたのだったか)
斉藤タカ丸という男は、この忍術学園において特異な経歴を持つ輩だった。十五の歳までカリスマ髪結いの息子として髪結いの修業をしておきながら、その途中で己の祖父が穴丑であったことを知り、それが縁でこの忍術学園という学び舎に入ったのだ。しかも、六年と同じ歳でありながら、二つ下の四年へと編入するというおまけつき。挙句、忍者を志しながらも髪結いとしての志も捨てぬという、尚更奇矯な男である。
下級生などは六年と同い年でありながら一年よりも忍たまの経験がない、などとよくからかい混じりに言っているが、実際にそれがどんな意味を持つのか、彼らは全く理解していない。
忍術学園には一流の忍者でありながらも二年生として編入した男がおり、風魔忍術学校には自分たちよりずっと歳かさでありながらも一年として学んでいる男もいる。その前例を塗り替えての、四年への編入。――それは恐るべきことだ、と兵助は思う。もっとも、彼を深く知るようになるまでは、そんなこと思いもしなかったのだけれど。
はじめ、四年への転入生だと聞いたとき、兵助はどこかの忍術学校から編入してきたのだと思っていた。しかし、実際に委員会で活動をすれば火薬の扱いは不慣れ、足音をバタバタと立てる、など逆によくもまあ四年まで進級できたものだと感心したくらいである。しかし、忍術学園にタカ丸を狙った侵入者が入り込んだときに彼の事情を知って納得すると同時に戦慄した。忍たまどころか体術すらも訓練していないはずの人間が、一気に四年まで飛び級したのだ。それは、彼がそれだけの実力を持っているという事実を示している。けれど、それが目に見えて分からないことが、兵助には恐ろしかった。
「兵助くん」
己の首元へ腕を絡めながらも気の抜けるような声と笑顔で己を呼ぶ男を見る限り、本当にそれだけの実力があるのかとついつい訝ってしまう。が、この現状を考えれば、確かにこの男は忍者に向いているのだと思った。
たまごとはいえ忍の自分が、あっさりと間合いに入れてしまうだけの人懐こさ。間抜けにすら見える笑みは人の警戒心を弱くし、髪結いになるために学んできた技術――話術は相手の秘密を巧みに暴き出す。それを意図せずやってしまうのだから、恐ろしいにも程がある。
「何考えてたの、真剣な表情で」
「……さあ、な」
お前のこと、とはさすがに言えず、兵助は後ろから己を抱きしめる男に視線を投げた。視線が合えば、己の顔に唇を寄せてくる。敢えてそのまま受け入れれば、タカ丸はくすりと笑って頬に口づけを落とした。
「珍し、兵助くんが大人しいなんて」
「そういうお前は全くもっていつもどおりだな。――いい加減にしろ、このスケベ」
さり気なく己の懐に潜り込んだ手を掴み、兵助は小さく溜息をついた。――全く、何がどうなってこうなったのやら。警戒していたはずなのに、いつの間にか懐に取り込まれている。己を抱き寄せながら髪に指を通す男を眺めて、兵助はもう一度溜息をつく。
「そんなこと言って、兵助くんだって嫌じゃないんでしょ? じゃなきゃ、まず俺の部屋に来てくれないじゃない」
「髪の手入れがしたいって引っ張り込んだのはそっちだろ」
「だって最近は勉強見て、って言っても来てくれないから」
再び己の懐へ手を入れてきた男に溜息をつきながら、兵助は首筋に寄せられた頭に手を伸ばす。兵助にしてみれば不可思議に伸ばされている髪をぐっと掴んで、タカ丸の頭を引き寄せた。
「ちょ、いたた……もう、相変わらず乱暴なんだから」
不満げに唇を尖らせる男の唇を己から奪う。――本当に怖い男だ、と思う。色恋は三禁のひとつ。だから忍を志して研鑽していた己は、恋なんてしないと思っていた。それが今はこうだ。ここまで己を染め変えてしまった男に怒りすら覚えながらも、己の肌を辿る温かい指に全てを許す心地よさに兵助はただタカ丸に身を委ねた。
| SS::1000のお題集 | 20:58 | comments (x) | trackback (x) |
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