0004 イキが良すぎ
「まあ、大きなお魚!」
 カメ子は今し方釣り上げられた魚を見て目を丸くした。それに気を良くしたらしい青年が笑う。
「カメちゃん、触ってみる?」
 幾分砕けた物言いをされるようになったのは、こうして彼らと過ごす時間が増えたからだろうか。忙しい父の名代、とは名ばかりの幼い自分をこうして尊重し、また可愛がってくれる彼らをカメ子は大好きであった。
「よろしいのですか?」
「良いよ、はい」
 差し出された魚に恐る恐る手を伸ばす。濡れた身体はカメ子の指先が触れると同時にひどくばたついた。魚が跳ねるたびに残っていた水しぶきが彼女の顔に降りかかる。咄嗟に顔を背けたものの、降り注いだ水のつぶては容赦なくカメ子をなぶった。
「わわっ、大丈夫!?」
「こらっ、何しているんだ! カメ子さん、大丈夫ですか?」
 慌てて魚を引き寄せる青年の声にかぶさるように、聞き慣れた低い声が降ってくる。さらに温かく大きな手のひらが自分の身体を後ろへ引き寄せた。
「ああ、こんなに濡れてしまって……馬鹿野郎、カメ子さんに何てことをするんだ!」
 目の前の青年を怒鳴りつける男――鬼蜘蛛丸に、カメ子は慌ててかぶりを振った。己を守るように抱える腕に手を添え、そうではないのだと言い募る。
「鬼蜘蛛丸さま、お怒りにならないでください。わたくしが触りたかったのです」
 それは事実だ。――きらきらと日に輝く魚に、触れてみたかった。思った以上に活きが良くて驚いたが。
 鬼蜘蛛丸がカメ子の言葉をどう取ったのかは分からないが、彼は深い溜息をひとつついたあとに懐から手拭いを取り出した。少ししわくちゃのそれに鬼蜘蛛丸はバツの悪そうな顔をしたが、小さく「綺麗ですから」と呟いてそれでカメ子の顔を拭った。
「これで大丈夫だと思いますが……魚なんてそう珍しいものでもないでしょうに」
「ええ、そうですわね。ですが、こうして今釣れたばかりのお魚を間近に見るのは初めてだったものですから。普段目にするのはもう売られているものばかりですもの」
 カメ子のその言葉に鬼蜘蛛丸は少しだけ目を見張り、そのあとに表情を和らげた。少し考えたあとに口を開く。
「まだ、堺の港に着くまで少し時間があります。……もし宜しければ、カメ子さんも釣りをしてみますか? 私がお教えしましょう」
「まあ、本当ですの!? 嬉しい、わたくし是非やってみたいです! 鬼蜘蛛丸さま、ありがとうございます!」
 鬼蜘蛛丸の言葉にカメ子の表情がパッと明るくなる。それに鬼蜘蛛丸もまた常になく柔らかな笑みを浮かべ、彼女をその膝に招いた。――それを周囲の人間が呆れた顔で見ていることに気づかないまま。

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