2012,01,04, Wednesday
「……楽しかったあ……!」
「そうか、そりゃ良かったな」
過去の記憶を持つ者たちと引き合わされたあと、斉藤タカ丸は心底そう感じている声で呟いた。それにタカ丸の帰路と同じ方向に用があるためにその隣を歩いていた久々知兵助――現世では久々知兵だが――が相槌を打つ。その言葉こそ突き放したような無愛想さがあるが、その表情は柔らかい。その様子は全く昔と変わらず、タカ丸は何だかひどくそれに安堵した。
「来年は、滝夜叉丸君も喜八郎君も、兵助君たちと同じ高校なんだよね」
「そうだな。今日は都合がつかなくて来られなかった三木ヱ門も、ウチの高校を受けると言っていた。まあ、あの三人なら余程のことがない限り、受かるだろう」
「……そう、だよねえ」
普段ならば明るい調子で同意するであろうタカ丸の声が暗い。それに兵がタカ丸を見やれば、タカ丸はすぐに取り繕ったように笑みを浮かべる。けれど、その表情も長くは保たれず、すぐに意気消沈した様子を見せた。
「――何かあるのか?」
「あ……いや、ううん……うーん……」
煮え切らない様子で肩を落として足を止めたタカ丸に、兵子も同じく一歩先で足を止める。少し身を捻ってタカ丸を振り返れば、タカ丸は珍しくひどく眉を下げて兵を上目遣いで見た。その視線に言葉こそ出さないままで問い返すと、タカ丸は少し言葉を選ぶように視線を泳がせたあとに口を開いた。
「……いいなあ、って」
「? どういうことだ?」
「だって。滝夜叉丸君も喜八郎君も三木ヱ門君も、みんなまた一緒なんでしょう? それなのに、俺は一緒に居られないの。それってすごく、淋しいというか……勿論、美容師になるために高校行かずに専門行くって決めたのは自分なんだけど、何か、ちょっと嫌な言い方だけど、みんなずるいなあって。――ああ、ごめん、俺今すごく馬鹿なこと言ってる。兵助君、忘れて?」
いつものような笑みを浮かべるタカ丸に、兵は呆れたように溜息をついた。――いつもどおりの表情を本人は浮かべているつもりなのだろうが、全く表情を取り繕えていない。これが本当に元忍者だろうか、と兵は己の手を持ち上げた。そのままタカ丸の顔までそれを運び、その中央にある鼻を軽く摘む。兵のその行動に驚いたタカ丸は身を引いたが、兵子はそれ以上手を伸ばすことはしないままに口を開いた。
「――方法は、ないわけじゃないだろう?」
「え?」
「同じ学校に通いたいんだろう? あんた、専門学校は今年卒業するって言ってたじゃないか。……専門から高校に行くなんて聞いたことないけど、やろうと思えばできないこともないだろう。一年後輩になったとしても、あんたにその気があるならウチの高校、受験してみれば良いじゃないか。
……昔だって髪結いの修行もしながら、忍者の修行もしてたあんただ。やろうと思えば何だってできるんじゃないのか?」
兵ははっきりとタカ丸に告げる。――そう、やろうと思えば何だってできる。そう思わなければ、現代(いま)を生きてはいられない。変わってしまった己や、未だ出会わぬ人たち。それでも希望を捨てなければ、いつかは、きっと。
それはタカ丸に告げる、というよりも、自分自身に言い聞かせている言葉だった。それを自覚した兵は、前言を撤回しようと口を開きかける。しかし、それよりも先にタカ丸が兵の両手を掴んだ。
「――間に合うかな」
「いや、今のはわすれ」
「ううん、間に合わせる! 俺、やる! 一年後じゃなくて、みんなと、滝夜叉丸君たちと一緒の学年になりたい。たとえ三年間だけでも、またみんなで一緒に過ごしたいんだもん。父さんにお願いして、何とか三年間高校生やらせてもらう!」
強く兵の手を握ったタカ丸は、はっきりとそう言葉を紡いだ。その瞳は真剣で、兵は忘れろ、と言おうとした唇を止めた。握られた手のひらは熱く、タカ丸の意志をそのまま宿しているようだ。気圧されるように半歩足を下げると、タカ丸がさらに兵へと身を乗り出した。
「兵助君、お願い! 俺を高校に入学できるようにして!」
「は……? いや、あの、私に裏口の伝手はないぞ」
「裏口入学じゃなくて! 勉強! 俺、美容師の勉強は結構頑張ってるつもりだけど、高校受験の勉強はしてないから、だから、その……勉強教えてください!」
驚いてとんちんかんなことを言う兵に、タカ丸は強い調子で首を横に振る。さらに身を乗り出して彼女へ乞う瞳は真剣で、兵は思わずその顎を引いていた。
「それは……構わないが……」
「本当!? やった、兵助君どうもありがとう! 兵助君に教えてもらったら絶対大丈夫だよ! 俺頑張るから!」
勢いよく己へ抱きついたタカ丸を受け止めきれず、兵はさらに半歩後じさる。けれどタカ丸は喜びに頭がいっぱいで彼女がよろめいたことすら気づかず、さらに兵を強く強く抱きしめた。まるで子どものようなその行為に、兵は小さく溜息をつく。そして、己の身体をぎゅうぎゅうと圧迫するタカ丸の頭を手で引きはがしながら口を開いた。
「――喜ぶのはまだ早いだろう。実際に専門卒業したあとに高校へ通えるかも分からないんだし、タカ丸さんのお父上が了承してくださるかも分からない。それに、専門学校は今年卒業でも、確か美容師の国家試験があるだろう? まずは試験に受かることが第一じゃないのか? そのために専門学校へ行ったんだろう」
「う……」
「とりあえず、ゆっくり今のことを考えて、お父上にも話してみろ。――言い出しっぺは私だし、専門卒業してから高校に入れるかどうか、ちょっと調べてみるから。もし受験できるようなら、協力は惜しまないし」
「うん、兵助君ありがとう! 俺、父さんと話してみる!」
今泣いたカラスがもう笑う、と言わんばかりにタカ丸は笑み崩れた。せっかく兵が空けた距離も構わず、再び彼女の身体を抱きしめる。背骨を圧迫する力に兵は顔をしかめたが、あまりにもタカ丸が嬉しそうにしているのでもはや小言を漏らす気も失せてしまう。まるで大きな犬に懐かれているようだ、と頭の隅で思いながら、彼女は喜びで前も周囲も見えていないタカ丸の背中を宥めるように叩いた。
「そうか、そりゃ良かったな」
過去の記憶を持つ者たちと引き合わされたあと、斉藤タカ丸は心底そう感じている声で呟いた。それにタカ丸の帰路と同じ方向に用があるためにその隣を歩いていた久々知兵助――現世では久々知兵だが――が相槌を打つ。その言葉こそ突き放したような無愛想さがあるが、その表情は柔らかい。その様子は全く昔と変わらず、タカ丸は何だかひどくそれに安堵した。
「来年は、滝夜叉丸君も喜八郎君も、兵助君たちと同じ高校なんだよね」
「そうだな。今日は都合がつかなくて来られなかった三木ヱ門も、ウチの高校を受けると言っていた。まあ、あの三人なら余程のことがない限り、受かるだろう」
「……そう、だよねえ」
普段ならば明るい調子で同意するであろうタカ丸の声が暗い。それに兵がタカ丸を見やれば、タカ丸はすぐに取り繕ったように笑みを浮かべる。けれど、その表情も長くは保たれず、すぐに意気消沈した様子を見せた。
「――何かあるのか?」
「あ……いや、ううん……うーん……」
煮え切らない様子で肩を落として足を止めたタカ丸に、兵子も同じく一歩先で足を止める。少し身を捻ってタカ丸を振り返れば、タカ丸は珍しくひどく眉を下げて兵を上目遣いで見た。その視線に言葉こそ出さないままで問い返すと、タカ丸は少し言葉を選ぶように視線を泳がせたあとに口を開いた。
「……いいなあ、って」
「? どういうことだ?」
「だって。滝夜叉丸君も喜八郎君も三木ヱ門君も、みんなまた一緒なんでしょう? それなのに、俺は一緒に居られないの。それってすごく、淋しいというか……勿論、美容師になるために高校行かずに専門行くって決めたのは自分なんだけど、何か、ちょっと嫌な言い方だけど、みんなずるいなあって。――ああ、ごめん、俺今すごく馬鹿なこと言ってる。兵助君、忘れて?」
いつものような笑みを浮かべるタカ丸に、兵は呆れたように溜息をついた。――いつもどおりの表情を本人は浮かべているつもりなのだろうが、全く表情を取り繕えていない。これが本当に元忍者だろうか、と兵は己の手を持ち上げた。そのままタカ丸の顔までそれを運び、その中央にある鼻を軽く摘む。兵のその行動に驚いたタカ丸は身を引いたが、兵子はそれ以上手を伸ばすことはしないままに口を開いた。
「――方法は、ないわけじゃないだろう?」
「え?」
「同じ学校に通いたいんだろう? あんた、専門学校は今年卒業するって言ってたじゃないか。……専門から高校に行くなんて聞いたことないけど、やろうと思えばできないこともないだろう。一年後輩になったとしても、あんたにその気があるならウチの高校、受験してみれば良いじゃないか。
……昔だって髪結いの修行もしながら、忍者の修行もしてたあんただ。やろうと思えば何だってできるんじゃないのか?」
兵ははっきりとタカ丸に告げる。――そう、やろうと思えば何だってできる。そう思わなければ、現代(いま)を生きてはいられない。変わってしまった己や、未だ出会わぬ人たち。それでも希望を捨てなければ、いつかは、きっと。
それはタカ丸に告げる、というよりも、自分自身に言い聞かせている言葉だった。それを自覚した兵は、前言を撤回しようと口を開きかける。しかし、それよりも先にタカ丸が兵の両手を掴んだ。
「――間に合うかな」
「いや、今のはわすれ」
「ううん、間に合わせる! 俺、やる! 一年後じゃなくて、みんなと、滝夜叉丸君たちと一緒の学年になりたい。たとえ三年間だけでも、またみんなで一緒に過ごしたいんだもん。父さんにお願いして、何とか三年間高校生やらせてもらう!」
強く兵の手を握ったタカ丸は、はっきりとそう言葉を紡いだ。その瞳は真剣で、兵は忘れろ、と言おうとした唇を止めた。握られた手のひらは熱く、タカ丸の意志をそのまま宿しているようだ。気圧されるように半歩足を下げると、タカ丸がさらに兵へと身を乗り出した。
「兵助君、お願い! 俺を高校に入学できるようにして!」
「は……? いや、あの、私に裏口の伝手はないぞ」
「裏口入学じゃなくて! 勉強! 俺、美容師の勉強は結構頑張ってるつもりだけど、高校受験の勉強はしてないから、だから、その……勉強教えてください!」
驚いてとんちんかんなことを言う兵に、タカ丸は強い調子で首を横に振る。さらに身を乗り出して彼女へ乞う瞳は真剣で、兵は思わずその顎を引いていた。
「それは……構わないが……」
「本当!? やった、兵助君どうもありがとう! 兵助君に教えてもらったら絶対大丈夫だよ! 俺頑張るから!」
勢いよく己へ抱きついたタカ丸を受け止めきれず、兵はさらに半歩後じさる。けれどタカ丸は喜びに頭がいっぱいで彼女がよろめいたことすら気づかず、さらに兵を強く強く抱きしめた。まるで子どものようなその行為に、兵は小さく溜息をつく。そして、己の身体をぎゅうぎゅうと圧迫するタカ丸の頭を手で引きはがしながら口を開いた。
「――喜ぶのはまだ早いだろう。実際に専門卒業したあとに高校へ通えるかも分からないんだし、タカ丸さんのお父上が了承してくださるかも分からない。それに、専門学校は今年卒業でも、確か美容師の国家試験があるだろう? まずは試験に受かることが第一じゃないのか? そのために専門学校へ行ったんだろう」
「う……」
「とりあえず、ゆっくり今のことを考えて、お父上にも話してみろ。――言い出しっぺは私だし、専門卒業してから高校に入れるかどうか、ちょっと調べてみるから。もし受験できるようなら、協力は惜しまないし」
「うん、兵助君ありがとう! 俺、父さんと話してみる!」
今泣いたカラスがもう笑う、と言わんばかりにタカ丸は笑み崩れた。せっかく兵が空けた距離も構わず、再び彼女の身体を抱きしめる。背骨を圧迫する力に兵は顔をしかめたが、あまりにもタカ丸が嬉しそうにしているのでもはや小言を漏らす気も失せてしまう。まるで大きな犬に懐かれているようだ、と頭の隅で思いながら、彼女は喜びで前も周囲も見えていないタカ丸の背中を宥めるように叩いた。
| SS::記憶の先 | 23:31 | comments (x) | trackback (x) |
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