2009,08,19, Wednesday
CP:こへ滝
NOTE:御伽草子より「物くさ物語」 パロ
信濃国筑摩郡あたらしの郷という所に、おかしな男が住んでいた。男には小平太という名があったが、周りからは物くさ太郎と呼ばれていた。どうしてこのようなへんてこな名で呼ばれているかというと、この男、商売をするわけでもなく、かといって田畑で働くわけでもなく、汚らしい姿でただ一日中のんべんだらりとねそべって過ごす、大変なものぐさ者だったからだ。
しかもそんな小平太のあまりのものぐさっぷりを何故か気に入った地頭が
「この物くさ太郎に毎日食事を二度、酒を一度与えよ。さもなければわが領地から出ていけ」
なとど理不尽なお触れをだしたものだから、小平太のものぐさはますますひどくなっていった。
お触れが出されてから三年目の春のこと。国司殿からあたらしの郷に働き手を一人京に上京させよとの仰せが下った。百姓たちが誰を差し出そうか困っていると、物くさ太郎に上京させようと言い出す者がいた。ついでに厄介ばらいもできるというわけだ。
「小平太どの、京へ上ってお役目を果たして下さらぬか。それというのもそなたのためだ。男というものは、妻をもらってこそ一人前というもの。都へ上って妻をもらい、一人前になられよ」
百姓代表の言葉に小平太はううんと唸った。
別に今の生活に不満はないし、そもそも都に行くのが面倒だ。しかし、三年も世話をしてくれた百姓達に頭を下げて頼まれたときたら、「嫌だ」の一言で片付けるのは忍びない。
そしてしばらく(と言っても、ものぐさ故にほんの数秒足らずだったが)考えた末にポンと、膝を打って応えた。
「よし!そういうことなら承知した!早く上京させてくれ!」
そうして小平太は一人都へ向けて旅立った。
さて、都の人々は小平太を見て汚さにびっくり。それでも小平太はお役目を真面目にこなしたので、予定よりも長く召し使った。
そろそろ国へ帰るということになったころ、小平太は肝心のお嫁が見つかっていないことに気付いた。
しかし、お嫁などどうやって探すのか。小平太は宿の亭主に相談した。
「それなら辻取をするといい」
「辻取?何だそれ」
「男を連れず、輿や車にも乗っていない女房の中から、気に入ったのを見つけて捕まえることだ。清水寺へ行って狙うがいい」
亭主は冗談つもりで言った。
しかし小平太の方は「なるほどなるほど」と頷きすっかりその気ななってしまった。
おや、本気にしてしまったかと亭主は一瞬焦ったが、まぁ、お役目は真面目な勤めても、相変わらず物くさな小平太に娘、しかも女房など引っ掛けるものか、その内諦めるだろうと、さっそく宿を出ていく小平太の背中を見送った。
ちなみに、辻取りは立派な犯罪である。
小平太は勇んで清水寺に仁王立ちした。その時の小平太は信濃にいるうちから一度も着替えたことのない真っ黒な着物を着て、腰に縄を巻き、草履に杖といった出で立ち(つまりとんでもなく汚くみすぼらしい姿)であった。ついでに小平太は大柄な体格で、汚らしい大男がギラギラした目で清水の門のところで待ちかまえる姿はなんと恐ろしげな様子か。
太郎が日暮れまで品定めをしていると、一人の女房が目に留まった。年の頃は一七、八。その美しさは目を見張るほどで、これもまた美しい下女を一人お供に連れている。
女房は小平太に気付くと、うっと顔を顰めた。女房は滝夜叉といった。
滝夜叉は連れていた下女の喜に尋ねた。
「あの、門に立っているのは何です」
「あれは人間です」
喜はさも当然とばかりに応えた。
そんな事は見てわかる!と言い返しそうとした滝夜叉だったが、なるほど、門に立つものは人でないと言われても納得してしまうような姿であった。
見たくもないが、あまりの姿に思わず小平太を再び見やった滝夜叉と、小平太の眼差しがバチッと合った。
まずい!と目を逸らして滝夜叉だったが既に遅し。小平太はにんまりと笑って滝夜叉に声をかけた。
「よし。お前を私の嫁にしてやろう。早くこっちへ来い。抱きついて口吸いをしてやろう」
小平太は大手を広げて待ち受ける。
そんな小平太に、女房の恐ろしさといったらない。まるで熊にでも襲われたかのような怯えた顔で後ずさった。
「な、何ですか貴方は!!」
「ん?来ないのか。なら私の方から行ってやろう」
「ひっ…!!近寄らないで!嫌ぁ!!」
滝夜叉はどうにかして迫り来る小平太の腕をかわすと、小平太をまこうと回り道をして逃げた。しかし小平太は逃がすまいと追ってくる。とうとう小平太の手は滝夜叉を捕らえ、自身の顔を滝夜叉の笠の中へにゅうっと突っ込み、腰を抱き寄せた。
「おっ。近くでみるとますます美人だな」
「私が美しいのは当然のこと!お放し下さい!!…て、貴方どこ触って…!!!」
「良い匂いがする。それにどこもかしこも柔らかいなぁ」
「おやめ下さい!!やめっ…やめてぇ!!!」
滝夜叉は必死で太郎から逃れようともがいたり、あれこれ謎をかけた。小平太が悩んでいるうちに逃げ出そうと思ったのだが、小平太は次々にそれら解いてしまった。
物くさのくせになかなか頭がきれるらしい。
謎かけは小平太の興味を引いたらしく滝夜叉の体を遠慮なしに弄っていたは手は滝夜叉を抱きこめるだけに留まった。滝夜叉は少し考えるとこれならどうだと、さらに謎かけをした。
「ここでは人目もございますから、わたくしの住まいへおいで下さいませ」
「それはどこだ」
「『松のもと』という所でございます」
ふん、わからないだろうと滝夜叉は内心得意げに笑った。
「松(松明)の下は明るい、つまり明石(明し)のことだな」
しかし、小平太にあっけなく答えられてしまい、愕然とした。
それでも滝夜叉はめげなかった。
「あらやだ、私としたことが間違えてしまったわ。私の住まいは『はずかしの里』というところでございました」
「あっそれなら、しのびの里のことだ」
今度は悩む様子もなく答えられてしまった。
苦虫を5・6匹噛み潰した顔で悔しいがる滝夜叉の様子にケラケラと笑った小平太は滝夜叉の耳元に唇を寄せると低い声で囁いた。
「さぁ、おとなしく私をお前の住まいへ連れていって貰おうか」
まるっきり悪役の台詞である。
「…よろしいでしょう。でも私の住まいは歌を詠める者でしか立ち入れないという決まりございます」
「変わった家だな」
「私の歌に返歌できましたらお連れしましょう」
そして滝夜叉は、その美しい声で歌を読んだ。
「思ふならと訪ひても来ませ我が宿はからたちばな唐橘の紫のかど門」
謎かけは得意の様であった小平太だが、歌には少し詰まったようだ。
そして小平太がちょっと考えだしたすきに、滝夜叉は小平太を振り払い、裸足で逃げ出した。
「あ、ちょっと!どこ行くの!」
後方で小平太の声を聞きながら滝夜叉は力の限り走って逃げた。それはもう全力だ。そして滝夜叉の方が勝手知ったる道であるから、とうとう小平太を振りきってしまった。
お上品な女房とは思えない走りっぷりに、残された小平太はしばらくポカンと立ち尽くしていたが、その内に新しい玩具を見つけた幼子のようにキラキラした目でにんまりと笑うと「ますます欲しくなった…!」と独りごちた。
物くさ太郎小平太の身の内に、逃げられるとますます手に入れたくなるという、捕食者のような感情が芽生えた瞬間であった。
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NOTE:御伽草子より「物くさ物語」 パロ
信濃国筑摩郡あたらしの郷という所に、おかしな男が住んでいた。男には小平太という名があったが、周りからは物くさ太郎と呼ばれていた。どうしてこのようなへんてこな名で呼ばれているかというと、この男、商売をするわけでもなく、かといって田畑で働くわけでもなく、汚らしい姿でただ一日中のんべんだらりとねそべって過ごす、大変なものぐさ者だったからだ。
しかもそんな小平太のあまりのものぐさっぷりを何故か気に入った地頭が
「この物くさ太郎に毎日食事を二度、酒を一度与えよ。さもなければわが領地から出ていけ」
なとど理不尽なお触れをだしたものだから、小平太のものぐさはますますひどくなっていった。
お触れが出されてから三年目の春のこと。国司殿からあたらしの郷に働き手を一人京に上京させよとの仰せが下った。百姓たちが誰を差し出そうか困っていると、物くさ太郎に上京させようと言い出す者がいた。ついでに厄介ばらいもできるというわけだ。
「小平太どの、京へ上ってお役目を果たして下さらぬか。それというのもそなたのためだ。男というものは、妻をもらってこそ一人前というもの。都へ上って妻をもらい、一人前になられよ」
百姓代表の言葉に小平太はううんと唸った。
別に今の生活に不満はないし、そもそも都に行くのが面倒だ。しかし、三年も世話をしてくれた百姓達に頭を下げて頼まれたときたら、「嫌だ」の一言で片付けるのは忍びない。
そしてしばらく(と言っても、ものぐさ故にほんの数秒足らずだったが)考えた末にポンと、膝を打って応えた。
「よし!そういうことなら承知した!早く上京させてくれ!」
そうして小平太は一人都へ向けて旅立った。
さて、都の人々は小平太を見て汚さにびっくり。それでも小平太はお役目を真面目にこなしたので、予定よりも長く召し使った。
そろそろ国へ帰るということになったころ、小平太は肝心のお嫁が見つかっていないことに気付いた。
しかし、お嫁などどうやって探すのか。小平太は宿の亭主に相談した。
「それなら辻取をするといい」
「辻取?何だそれ」
「男を連れず、輿や車にも乗っていない女房の中から、気に入ったのを見つけて捕まえることだ。清水寺へ行って狙うがいい」
亭主は冗談つもりで言った。
しかし小平太の方は「なるほどなるほど」と頷きすっかりその気ななってしまった。
おや、本気にしてしまったかと亭主は一瞬焦ったが、まぁ、お役目は真面目な勤めても、相変わらず物くさな小平太に娘、しかも女房など引っ掛けるものか、その内諦めるだろうと、さっそく宿を出ていく小平太の背中を見送った。
ちなみに、辻取りは立派な犯罪である。
小平太は勇んで清水寺に仁王立ちした。その時の小平太は信濃にいるうちから一度も着替えたことのない真っ黒な着物を着て、腰に縄を巻き、草履に杖といった出で立ち(つまりとんでもなく汚くみすぼらしい姿)であった。ついでに小平太は大柄な体格で、汚らしい大男がギラギラした目で清水の門のところで待ちかまえる姿はなんと恐ろしげな様子か。
太郎が日暮れまで品定めをしていると、一人の女房が目に留まった。年の頃は一七、八。その美しさは目を見張るほどで、これもまた美しい下女を一人お供に連れている。
女房は小平太に気付くと、うっと顔を顰めた。女房は滝夜叉といった。
滝夜叉は連れていた下女の喜に尋ねた。
「あの、門に立っているのは何です」
「あれは人間です」
喜はさも当然とばかりに応えた。
そんな事は見てわかる!と言い返しそうとした滝夜叉だったが、なるほど、門に立つものは人でないと言われても納得してしまうような姿であった。
見たくもないが、あまりの姿に思わず小平太を再び見やった滝夜叉と、小平太の眼差しがバチッと合った。
まずい!と目を逸らして滝夜叉だったが既に遅し。小平太はにんまりと笑って滝夜叉に声をかけた。
「よし。お前を私の嫁にしてやろう。早くこっちへ来い。抱きついて口吸いをしてやろう」
小平太は大手を広げて待ち受ける。
そんな小平太に、女房の恐ろしさといったらない。まるで熊にでも襲われたかのような怯えた顔で後ずさった。
「な、何ですか貴方は!!」
「ん?来ないのか。なら私の方から行ってやろう」
「ひっ…!!近寄らないで!嫌ぁ!!」
滝夜叉はどうにかして迫り来る小平太の腕をかわすと、小平太をまこうと回り道をして逃げた。しかし小平太は逃がすまいと追ってくる。とうとう小平太の手は滝夜叉を捕らえ、自身の顔を滝夜叉の笠の中へにゅうっと突っ込み、腰を抱き寄せた。
「おっ。近くでみるとますます美人だな」
「私が美しいのは当然のこと!お放し下さい!!…て、貴方どこ触って…!!!」
「良い匂いがする。それにどこもかしこも柔らかいなぁ」
「おやめ下さい!!やめっ…やめてぇ!!!」
滝夜叉は必死で太郎から逃れようともがいたり、あれこれ謎をかけた。小平太が悩んでいるうちに逃げ出そうと思ったのだが、小平太は次々にそれら解いてしまった。
物くさのくせになかなか頭がきれるらしい。
謎かけは小平太の興味を引いたらしく滝夜叉の体を遠慮なしに弄っていたは手は滝夜叉を抱きこめるだけに留まった。滝夜叉は少し考えるとこれならどうだと、さらに謎かけをした。
「ここでは人目もございますから、わたくしの住まいへおいで下さいませ」
「それはどこだ」
「『松のもと』という所でございます」
ふん、わからないだろうと滝夜叉は内心得意げに笑った。
「松(松明)の下は明るい、つまり明石(明し)のことだな」
しかし、小平太にあっけなく答えられてしまい、愕然とした。
それでも滝夜叉はめげなかった。
「あらやだ、私としたことが間違えてしまったわ。私の住まいは『はずかしの里』というところでございました」
「あっそれなら、しのびの里のことだ」
今度は悩む様子もなく答えられてしまった。
苦虫を5・6匹噛み潰した顔で悔しいがる滝夜叉の様子にケラケラと笑った小平太は滝夜叉の耳元に唇を寄せると低い声で囁いた。
「さぁ、おとなしく私をお前の住まいへ連れていって貰おうか」
まるっきり悪役の台詞である。
「…よろしいでしょう。でも私の住まいは歌を詠める者でしか立ち入れないという決まりございます」
「変わった家だな」
「私の歌に返歌できましたらお連れしましょう」
そして滝夜叉は、その美しい声で歌を読んだ。
「思ふならと訪ひても来ませ我が宿はからたちばな唐橘の紫のかど門」
謎かけは得意の様であった小平太だが、歌には少し詰まったようだ。
そして小平太がちょっと考えだしたすきに、滝夜叉は小平太を振り払い、裸足で逃げ出した。
「あ、ちょっと!どこ行くの!」
後方で小平太の声を聞きながら滝夜叉は力の限り走って逃げた。それはもう全力だ。そして滝夜叉の方が勝手知ったる道であるから、とうとう小平太を振りきってしまった。
お上品な女房とは思えない走りっぷりに、残された小平太はしばらくポカンと立ち尽くしていたが、その内に新しい玩具を見つけた幼子のようにキラキラした目でにんまりと笑うと「ますます欲しくなった…!」と独りごちた。
物くさ太郎小平太の身の内に、逃げられるとますます手に入れたくなるという、捕食者のような感情が芽生えた瞬間であった。
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| 萬田 | 22:19 | comments (x) | trackback (x) |
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