平安の話 二 (完)
 CP:こへ滝
 NOTE:御伽草子より「物くさ物語」 パロ


 かくして、絶対嫁にしてやるぞー!と意気込んだ小平太だが、肝心の女房の居場所がわからない。
 どうしたものかと考えていた小平太は、そういえば最後に聞いた歌に「唐橘紫の門」と言っていたと思い出し、侍所(さぶらいどころ)でたずねてみた。
 話によれば「七条の末、豊前守殿の御所には唐橘紫があったはずだ。行ってたずねてみよ」とのこと。行ってみるとその通りだった。
 逃げるつもりの癖に、歌に自分の居場所を入れてしまうとは馬鹿だなぁ、でも可愛いなぁ、などど考えながらあの女房を探したが、見あたらない。小平太は縁の下に隠れて様子をうかがうことにした。

 一方滝夜叉は仕事が終わって下女の喜を呼びよせていた。
 日暮れの小平太と滝夜叉の攻防戦を涼しい顔で見物していた喜を叱るつもりだったが、叱咤の言葉は喜には届かず、あげく「お邪魔してはいけないと思いまして」などと言われてしまい滝夜叉は心底脱力した。
 こいつには何を言っても無駄だったと諦めた滝夜叉は縁に出て夜空を眺める。

「まだ月は出ないのか…。それにしても清水であったあの男はどうしたのでしょう。こんなに暗いところで出くわしたら私の心の臓が凍り付くでしょうね」
「噂をすれば影ということもございますから、そんな事ををおっしゃってたら飛び出してきたりして」

 恐ろしいことを言うな!と怒鳴った滝夜叉だが、諺とは恐ろしいもの、次の瞬間滝夜叉は先ほど自分で言った通りに心の臓が凍り付くことになる。
 縁の下でこれを聞いていた小平太が、女房をみつけたと大喜びで飛び出して来たのだ。

「わはははは!!!見つけたぞ!!!」
「おやまぁ」
「きゃああああああああ!!!」

 お前のために苦労したんだぞ〜?と満面の笑みで縁の上へと降り立った小平太に滝夜叉は生きた心地もしない。妖怪にでも出くわしたかのように叫びながら部屋へと転がり込み、しっかりと戸を閉めた。それでもまだ恐ろしく、さらに奥へと逃げ込んだ。

「いくら私が罪作りな美しさであるからといって、何故あのような男に付きまとわれなければならないのか…!!!やはりこの美しい髪か?容貌か?それとも透き通る声か?あぁ、どれをとっても美しい過ぎる!!!美しいというのはそれだけで罪という(以下省略)」

 滝夜叉自分がいかに美しいのか説明しつつ嘆き悲しんだ。

 一方、外では番の男たちが騒ぎ始めていた。どうやら小平太が捕まったようだ。
 それにほっと安心した滝夜叉だったが、「ただでさえ私の美しさは罪深いものというのに、あの男が門番に殺されたりしてはどんな罰があたるかわからない。今夜だけは泊めて、明日の朝、何とかすかして出て行かせよう」と考えた。
 なんと自惚れの強い女房か。
 滝夜叉は下人に古畳と、塩と小刀を添えて与えた栗柿梨を籠に入れて小平太に持って行くように言い付けた。
 籠をみた小平太は、ははぁと頷く。

「木の実をいろいろ一緒にしてよこしたのは、私と『一緒になろう』ということだろう。栗は『繰り言を言うな』ということか。梨は自分には夫も恋人も『無し』ということだな。さて柿と塩は、津の国の難波の浦のかきなればうみわたらねど塩はつきけり〈津の国難波の柿(牡蠣)なので、熟してはいないけれど(熟みわたらないけれど・海を渡らないけれども)塩がついているのだ。〉というところか」

 滝夜叉は下人からこれを聞いて、見かけによらない小平太の心深さに驚いた。紙を十枚ほど与えてみると、

「ちはやふるかみを使ひにたびたるはわれを社と思ふかや君
〈神(紙)を使いに与えるとは、あなたはわたしを社だとおもっているのだろうか。〉」

と書いてきた。

 滝夜叉は観念し、小平太に立派な衣裳を与えた。小平太は大喜びだが、何せ大口袴(おおくちばかま)や直垂(ひたたれ)など着たことがない。下女がとりつくろって着せ、埃やシラミだらけの髪を烏帽子に押し込んで、滝夜叉のもとへと案内した。
 小平太はぴかぴかに磨き上げられた廊下など歩いたことがないから、つるりつるりと滑りながらやっきた。そして小平太の部屋に入ったかと思うと、おもいっきり転んでしまった。よりによって滝夜叉が宝物にしている琴の上に尻をついてしまったものだから女房は涙を浮かべて、

「今日よりはわが慰みに何かせん
〈大切な琴が割れてしまったので、今日からは何を慰めとしようか〉」

 と詠み、悲しみ嘆いた。すると小平太は

「ことわりなればものも言われず
〈仰せはもっとも(理・琴割り)なので何とも申しようがありません〉」

と返歌した。

 滝夜叉はこの歌に感動した。
 よくよく今までのやり取りを思いかえせば、小平太は見かけに反して頭がきれ、歌に関しても磨けばさらに上手くなる見込みがある。
 それに今まではあまりに事が突然過ぎて怯えきっていて気付かなかったが、小平太の声は心地よく、どこか懐かしく感じた。

 ずいっと小平太が近づいても、もう滝夜叉は逃げなかった。

「…お名前は何とおっしゃるのでしょう」
「私は小平太。信濃国筑摩郡あたらしの郷から来た。女房、お前の名も教えておくれ」


 ――形を変えても、生を変えても、わたくしは貴方とまたお逢いすることでしょう

 どこかでそんな声が聞こえた。これも前世からの約束事なのだろうか。

「私は滝夜叉と申します」

 腰をしっかり抱かれ、上から降りてきた荒れた唇を滝夜叉はそっと目を閉じて受け入れた。

 さて、滝夜叉は下女を二人小平太につけ、七日風呂に入れて洗わせた。七日目になると、あら不思議、小平太はなかなかの男前に姿を変えた。その後も日に日に美しくなっていき、歌や連歌の才能はすばらしく、容姿もどんな貴族にも負けなかった。

 小平太の評判はやがて帝の耳にも入るようになり、内裏に参内するようにとの宣旨が下った。小平太は帝の前でも立派な歌を詠み、帝をも感心させ、小平太は帝に気に入られた。
 それから帝が小平太を信濃の中将に任命したので、小平太は滝夜叉と二人、故郷のあたらしの郷へ帰ることになった。今度は以前とはうって変わって立派なお屋敷で、多くの家来にかしづかれての暮らし。たくさんの子供にも恵まれた。

「小平太様」

 小平太に腕に優しく肩を抱かれた滝夜叉が名を呼んだ。

「何だ?」
「不思議な事がございます。私がこうして小平太様の隣に寄り添って、小平太様とのお子に恵まれることが、何だか前にもあったような気がするのです」
「へぇ…」
「でも、私があの時清水に参らなかったら、小平太様が辻取などされなかったら、小平太様が私を気に入らなかったら、こうして共にいることはなかったでしょうね」

 滝夜叉の言葉に小平太は「いいや」と否定する。

「私はお前をみて『見つけた』と思ったんだ。選んだんじゃない、お前しかいないと思った。それこそ前世の約束事があったようにな」

 滝夜叉は驚いたように大きな目を見開いた。そして顔を綻ばせて小平太に擦り寄った。

「では、来世でも私を見つけて下さい」
「ああ、絶対だ」






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| 萬田 | 22:21 | comments (x) | trackback (x) |

  
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