2009,08,17, Monday
CP:こへ滝
NOTE:須佐之男命の八岐大蛇退治神話パロ
※この作品には少々残虐な表現が含まれます。
『何をするおつもりです? 前からお酒は一か所に集めて大甕に入れて置いておくように大蛇から言われているのに、あんなに遠い場所に分けて置くなんて……』
「良いんだよ、じゃないと面倒だから。――お前の両親にはちゃんと大蛇に伝える言い訳も教えてあるし、大丈夫」
それぞれかなり距離を置いて、小平太は八つの垣根を作らせてそこに桟敷を作らせ、更にその上に酒をたっぷりと入れた甕を置かせた。八岐大蛇は酒好きであり、それを逆手にとって滝夜叉が用意した毒入りの酒である。滝夜叉は人が飲めばたちまち死に至る毒だということだが、巨大な八岐大蛇にそれがどこまで通用するかは全くの謎で、小平太は滝夜叉が用意した酒に更に強い酒を混ぜた後(この際、味は余り気にしないことにした。大蛇の舌が鈍いことを祈っている)、先程滝夜叉が被っていた被衣を自ら被って生贄の座へ座った。
『貴方、食べられるつもりですか?』
「んなわけないでしょ。ここに人が居なきゃ怪しまれるから居るだけ。ま、見てなって。――ほら、来た」
『ひっ……!』
ずるり、ずるりと音が聞こえた。それはこの七年間毎年聞いた悪夢を呼ぶ音。滝夜叉はその音に思わず息を飲み、櫛でありながらも身体を小さく縮めた。姉を毎年食らわれた恐怖は身体の奥底に染み付いている。何とか恐怖を振り払おうと必死に己を奮い立たせるが、大蛇の吐息や這いずる音を聞くたびに心が折れた。 ――そんな滝夜叉を宥めるように、小平太が優しく懐に手を当てる。
「大丈夫だから」
吐息に近い囁きは、何故か滝夜叉の心を落ち着かせる。それが彼にも分かったのだろう、もう一度優しく宥めるように懐を叩き、小平太は被衣で隠した剣をそっと構えた。
その間にも大蛇はひとつの垣根にひとつの頭を潜らせ、大甕の酒に舌鼓を打っている。どうやら舌は鈍いようで、複数の酒や毒が混じっていることは余り気にならないようだ。ごくごくと美味そうに喉を鳴らし、時折大人しく生贄の座に座っている小平太を見遣る。どうやら、ある程度酒が進んでから肴にするつもりのようだ。――姿こそ異形だが、思考回路は決して獣ではないらしい。まあ、そうでなければ娘を求めたりはしないだろう。
「……そろそろかな」
小平太が小さく囁いた頃、大蛇に変化が起こった。甕に突っ込んでいた頭がくったりと力を失う。毒は利いているのかいないのか分からないが、強い酒は利いたようだ。天つ神の小平太ですらひと舐めで泥酔するような強い酒を用意したのだから、そういう点では大蛇は身体の大きさもあろうが、かなり酒に強いことになる。策を弄しておいて良かった、と小平太はひとりごちながら立ち上がった。
『須佐之男殿!?』
「そんじゃ、ちょっくら始めようかね。――奇稲田姫、見ないようにできるだろ? ちょっと目を閉じていて。汚いから」
まだ大蛇が動くとも分からないのに立ち上がった小平太に滝夜叉は驚きの声を上げたが、小平太はくつくつと笑うと己の上から被衣を払った。そのまま設えた垣根のひとつに近付く。その間に滝夜叉に目を閉じるように告げ、彼はぐったりと酔い潰れた大蛇の頭のひとつを見下ろした。冷え冷えとした視線で大蛇を見据えると、手に持っていた剣を振り下ろす。抵抗は大きかったが、小平太は更に力を込めてぶつりとその首を落とした。
『……こんなにあっさり……』
「あ、目閉じとけって言ったのに。――女子が見るもんじゃないだろ」
『これはわたくしどもの問題です。貴方だけに任せきりになどできません。――わたくしも最後まで見ます』
「本当に強情だなあ、お前は」
小平太は怯え、また正視するに忍びない光景をそれでも受けとめようとしている滝夜叉に苦笑した。その強さを目の当たりにするたびに、小平太は不思議と彼女への想いが募るのを感じる。他にも女性はたくさん見てきたはずなのに、どうして彼女にばかりこんなに惹かれるのかも理解できないまま、小平太はただ呆れたように呟いた。
「気持ち悪くなっても知らないぞ」
『……承知の上です』
「じゃ、さくさくいくか」
小平太はそれだけ呟くと、次の垣根へと向かった。次々に頭を切り離し、最後の頭まで切り落とす。しかし、頭を落としても大蛇が死なない可能性もあったため、小平太は油断なく胴体を細切れに刻んだ。とうとう尾まで切り進んだ時に、それまでの抵抗とは全く違う固さにぶつかる。剣の刃が欠けたことに気付いた小平太は思わず首を傾げた。
「何だあ……?」
『……何か、尾にあるのでしょうか?』
「ふむ……開いてみるか」
滝夜叉の言葉に小平太はその尾を切り開いてみる。すると、そこには何故かひと振りの剣が隠れていた。更に尾を開いてその剣を取り出すと、大蛇の肉の中にあったにも関わらず錆も零れもしない白刃が小平太の手の内で煌めく。小平太はその剣で大蛇の身体を試しに斬ってみて、その手ごたえに目を細めた。
「こりゃ凄いなあ」
『わたくしもいくつか武器を見たことがありますが、このような剣は初めて見ます』
「私もだ。――でも、私には無用の長物だな。これから戦をする予定もないし」
小平太は刃の欠けた剣の代わりにその剣で大蛇を最後まで切り刻み、その後にその剣をつまらなそうに振った。大蛇は既に死に、脅威も去っている。他に似たような存在と出会わないこともないかもしれないが、小平太に関わりさえなければ争う必要もない。彼にはそれよりももっと重要な目的があることもあり、小平太はあっさりとその剣を手放した。
「さっき騒がしちゃったし、姉上にでも差し上げるか」
捨てられたことで地に突き立った剣を小平太はもう一度握り締める。固く刺さった地面からそれを抜いたかと思えば、小平太は天に向かってその剣を力いっぱい投げ付けた。それは勢いよく天へと飛んでゆき、天の浮橋の欄干へと突き刺さる。それを感じた小平太は、大声で天に向かって叫んだ。
「姉上ーっ! 先だっての無礼のお詫びとして、その不思議な剣を差し上げますー! それでお許しくださーい!」
高天原の人間からしてみればこんな剣ひと振で帳消しにできるような騒ぎではなかった、と言いたいところだろうが、地上に居る小平太にそのような思いが通じるはずもなく。ただ投げ付けられた剣を甘んじて受け取るより他になかった。
対する小平太はそれで満足したのか、大蛇の断片を足で軽く蹴飛ばした後、くるりと方向転換して先程の生贄の座へと戻ってくる。そこからは大蛇の死骸がよく見え、小平太は己の所業に大変満足したのだった。
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NOTE:須佐之男命の八岐大蛇退治神話パロ
※この作品には少々残虐な表現が含まれます。
『何をするおつもりです? 前からお酒は一か所に集めて大甕に入れて置いておくように大蛇から言われているのに、あんなに遠い場所に分けて置くなんて……』
「良いんだよ、じゃないと面倒だから。――お前の両親にはちゃんと大蛇に伝える言い訳も教えてあるし、大丈夫」
それぞれかなり距離を置いて、小平太は八つの垣根を作らせてそこに桟敷を作らせ、更にその上に酒をたっぷりと入れた甕を置かせた。八岐大蛇は酒好きであり、それを逆手にとって滝夜叉が用意した毒入りの酒である。滝夜叉は人が飲めばたちまち死に至る毒だということだが、巨大な八岐大蛇にそれがどこまで通用するかは全くの謎で、小平太は滝夜叉が用意した酒に更に強い酒を混ぜた後(この際、味は余り気にしないことにした。大蛇の舌が鈍いことを祈っている)、先程滝夜叉が被っていた被衣を自ら被って生贄の座へ座った。
『貴方、食べられるつもりですか?』
「んなわけないでしょ。ここに人が居なきゃ怪しまれるから居るだけ。ま、見てなって。――ほら、来た」
『ひっ……!』
ずるり、ずるりと音が聞こえた。それはこの七年間毎年聞いた悪夢を呼ぶ音。滝夜叉はその音に思わず息を飲み、櫛でありながらも身体を小さく縮めた。姉を毎年食らわれた恐怖は身体の奥底に染み付いている。何とか恐怖を振り払おうと必死に己を奮い立たせるが、大蛇の吐息や這いずる音を聞くたびに心が折れた。 ――そんな滝夜叉を宥めるように、小平太が優しく懐に手を当てる。
「大丈夫だから」
吐息に近い囁きは、何故か滝夜叉の心を落ち着かせる。それが彼にも分かったのだろう、もう一度優しく宥めるように懐を叩き、小平太は被衣で隠した剣をそっと構えた。
その間にも大蛇はひとつの垣根にひとつの頭を潜らせ、大甕の酒に舌鼓を打っている。どうやら舌は鈍いようで、複数の酒や毒が混じっていることは余り気にならないようだ。ごくごくと美味そうに喉を鳴らし、時折大人しく生贄の座に座っている小平太を見遣る。どうやら、ある程度酒が進んでから肴にするつもりのようだ。――姿こそ異形だが、思考回路は決して獣ではないらしい。まあ、そうでなければ娘を求めたりはしないだろう。
「……そろそろかな」
小平太が小さく囁いた頃、大蛇に変化が起こった。甕に突っ込んでいた頭がくったりと力を失う。毒は利いているのかいないのか分からないが、強い酒は利いたようだ。天つ神の小平太ですらひと舐めで泥酔するような強い酒を用意したのだから、そういう点では大蛇は身体の大きさもあろうが、かなり酒に強いことになる。策を弄しておいて良かった、と小平太はひとりごちながら立ち上がった。
『須佐之男殿!?』
「そんじゃ、ちょっくら始めようかね。――奇稲田姫、見ないようにできるだろ? ちょっと目を閉じていて。汚いから」
まだ大蛇が動くとも分からないのに立ち上がった小平太に滝夜叉は驚きの声を上げたが、小平太はくつくつと笑うと己の上から被衣を払った。そのまま設えた垣根のひとつに近付く。その間に滝夜叉に目を閉じるように告げ、彼はぐったりと酔い潰れた大蛇の頭のひとつを見下ろした。冷え冷えとした視線で大蛇を見据えると、手に持っていた剣を振り下ろす。抵抗は大きかったが、小平太は更に力を込めてぶつりとその首を落とした。
『……こんなにあっさり……』
「あ、目閉じとけって言ったのに。――女子が見るもんじゃないだろ」
『これはわたくしどもの問題です。貴方だけに任せきりになどできません。――わたくしも最後まで見ます』
「本当に強情だなあ、お前は」
小平太は怯え、また正視するに忍びない光景をそれでも受けとめようとしている滝夜叉に苦笑した。その強さを目の当たりにするたびに、小平太は不思議と彼女への想いが募るのを感じる。他にも女性はたくさん見てきたはずなのに、どうして彼女にばかりこんなに惹かれるのかも理解できないまま、小平太はただ呆れたように呟いた。
「気持ち悪くなっても知らないぞ」
『……承知の上です』
「じゃ、さくさくいくか」
小平太はそれだけ呟くと、次の垣根へと向かった。次々に頭を切り離し、最後の頭まで切り落とす。しかし、頭を落としても大蛇が死なない可能性もあったため、小平太は油断なく胴体を細切れに刻んだ。とうとう尾まで切り進んだ時に、それまでの抵抗とは全く違う固さにぶつかる。剣の刃が欠けたことに気付いた小平太は思わず首を傾げた。
「何だあ……?」
『……何か、尾にあるのでしょうか?』
「ふむ……開いてみるか」
滝夜叉の言葉に小平太はその尾を切り開いてみる。すると、そこには何故かひと振りの剣が隠れていた。更に尾を開いてその剣を取り出すと、大蛇の肉の中にあったにも関わらず錆も零れもしない白刃が小平太の手の内で煌めく。小平太はその剣で大蛇の身体を試しに斬ってみて、その手ごたえに目を細めた。
「こりゃ凄いなあ」
『わたくしもいくつか武器を見たことがありますが、このような剣は初めて見ます』
「私もだ。――でも、私には無用の長物だな。これから戦をする予定もないし」
小平太は刃の欠けた剣の代わりにその剣で大蛇を最後まで切り刻み、その後にその剣をつまらなそうに振った。大蛇は既に死に、脅威も去っている。他に似たような存在と出会わないこともないかもしれないが、小平太に関わりさえなければ争う必要もない。彼にはそれよりももっと重要な目的があることもあり、小平太はあっさりとその剣を手放した。
「さっき騒がしちゃったし、姉上にでも差し上げるか」
捨てられたことで地に突き立った剣を小平太はもう一度握り締める。固く刺さった地面からそれを抜いたかと思えば、小平太は天に向かってその剣を力いっぱい投げ付けた。それは勢いよく天へと飛んでゆき、天の浮橋の欄干へと突き刺さる。それを感じた小平太は、大声で天に向かって叫んだ。
「姉上ーっ! 先だっての無礼のお詫びとして、その不思議な剣を差し上げますー! それでお許しくださーい!」
高天原の人間からしてみればこんな剣ひと振で帳消しにできるような騒ぎではなかった、と言いたいところだろうが、地上に居る小平太にそのような思いが通じるはずもなく。ただ投げ付けられた剣を甘んじて受け取るより他になかった。
対する小平太はそれで満足したのか、大蛇の断片を足で軽く蹴飛ばした後、くるりと方向転換して先程の生贄の座へと戻ってくる。そこからは大蛇の死骸がよく見え、小平太は己の所業に大変満足したのだった。
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| 緋緒 | 18:25 | comments (x) | trackback (x) |
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