神代の話 二
 CP:こへ滝
 NOTE:須佐之男命の八岐大蛇退治神話パロ






「――本気だったのですか」
「冗談であんなことは言えない」
 贄としての白装束に着替えた滝夜叉を出迎えたのは、すっかりと寛いだ様子で白湯を飲んでいる小平太の姿。先程の剣を腰に佩いて両親の許へ現れた滝夜叉は、酔狂にも己を助けるために死ぬ男に顔をしかめた。しかし、小平太はそんな滝夜叉の様子もなんのその、冷たいその視線にからからと笑って応える。
 死に赴く滝夜叉は高く頂髪に結い上げられていた髪型をすっかり女らしい一髻(いっけい※高い位置でお団子にまとめた髪型。髷がひとつなので一髻)にまとめ、白い花を一輪挿頭華(かざし)にしている。その上から被衣を被っている姿はまさしく絶世の美女で、小平太は美しく装った滝夜叉に顔を緩ませた。
「さっきの頂髪も似合っていたけれど、そういう恰好をすると本当に美人なんだな。もっとこっちでよく見せてくれない?」
「わたくしが美しいのは分かり切ったことですから、離れていても充分だと思います」
 あわよくば戯れようとする小平太の言葉に、滝夜叉はその下心を見抜いて刺々しく言い返した。――つい先程、彼に唇を奪われたことはまだ記憶に新しく、毛を逆立てた猫のように小平太を警戒している。小平太をもてなしていた彼女の両親は娘の様子にいつ小平太が怒り出すかと気が気でなく、何とか娘を宥めようと声を掛けたが、それがまた彼女を刺激し、ついには最後の挨拶もそこそこに彼女は剣を持って屋敷を後にしてしまう。それを見た小平太は老夫婦に二、三だけ指示をすると、飛び出した滝夜叉を追って駆け出した。
「――待ってよ、ちょっと!」
「大丈夫です、貴方に頼らずとも自分で何とかしてみせます。ですから、もう私には構わないでください」
 強がりもここまでくれば強情と言えるか、そんなことを考えながら小平太はどんどん先へ進もうとする滝夜叉の腕を捉えた。細い腕を引けば簡単に彼の方へ身体が傾き、彼女は小平太の胸へ着地する。すぐに胸に手をついて小平太から離れようとする滝夜叉を、小平太はしっかり抱き締めて捕まえた。
「そんなこと言うなよ、お前のためだけにこんなに面倒なことするのに」
「面倒ならばなさらなければ宜しいでしょう。お放しください、わたくしは行かなくてはならないのです」
 なおも小平太を振り払って行こうとする滝夜叉に、彼はその小さな頭を己を片手で抱えた。同時に彼女の頭に飾られた挿頭華を払い去り、一髻を解く。綺麗に流れた滝夜叉の黒髪をじっくりと見詰めながら、小平太は暴れる身体を己の腕に囲い込んだ。
「何をするのですか!?」
「――私はこっちの方が好みなんだ」
「貴方の好みなど知りませんよ! お放しなさい!」
 彼女としては死出の装いとして、最も美しく――死してもなお見苦しくないようにしていたのだろう。それをあっさりと乱されて怒りも露わに小平太を怒鳴りつける。しかし、小平太はそんな滝夜叉の怒りなどどこ吹く風で彼女の首筋に頬ずりした。
「こんなに美しいものを大蛇にくれてやるなど勿体なさすぎる。――だから、少し待ってな」
 滝夜叉の首筋に吐息が掛かる。それが呼吸ではなく何か言葉を紡いでいるのだと気付いた時には、滝夜叉の身体はふわりと浮いていた。感覚が鈍くなり、眩暈を起こしたように視界が揺らぐ。あ、と呟くより早く、彼女の身体は櫛となって小平太の手のひらに載せられていた。
「少しそれで待っててよ。お前は放っておくとひとりで死にに行きそうだからさ、悪いね。
 大丈夫、後でちゃんと戻してあげるからさ。――私だって櫛とまぐわう趣味はないよ。だからそう喚きなさんなって」
『これが喚かずにいられますかっ! こんな、こんな……! 早くわたくしを元に戻しなさいっ!』
「全部終わったら戻すって言ってんじゃん。ほらほら、大人しくしててよ」
 小平太は己にだけ聞こえる滝夜叉の声――それはとても怒っていて、正直なところ耳に痛いほど大声である――に宥めるように櫛を撫で、その後に己の髪へと挿した。櫛になっても華やかな様子は変わらず、頂髪にしている小平太には余り似合ってはいない。ともすれば落ちそうで、小平太は仕方なくその櫛を懐にしまい込んだ。勿論、その間も櫛になった滝夜叉は驚くべき勢いでありとあらゆる罵詈雑言を発している。女子であるのが惜しいと思うほどの勇ましさに、小平太は我知らず笑った。
 大蛇を殺すための方策は既に考えついている――と言うよりも、滝夜叉が八岐大蛇に何とか一矢報いようと用意していた様々なものが役に立つはずだ。小平太は櫛になった滝夜叉から落ちた服や被衣、そして剣を拾い上げてから溜め息を吐いた。自分で被衣を被り、滝夜叉が落とした剣を鞘から抜いた。
「――何でこんな見事な剣を持ってんのかね、お前は」
 女子が持つには余りにも武骨で鋭い剣である。丈も長く、小平太の拳が十並んだくらいのもので、明らかに滝夜叉が振り回すには長過ぎた。身の丈に合わぬ剣で(しかも、重さもかなりのもので、滝夜叉の細腕で振り回すには難儀な代物である)自分より強いものと遣り合おうなどとはさすがに無謀すぎる。酒に毒まで仕込む娘がそんなことに気付かないはずもないが、それほどまでに切羽詰まった状況だったのだろう。小平太は彼女が食われる前に天から降りてきた――正確には天から追い出されたのだが――自分の間の良さを喜んだ。
「さて、じゃあちょっくら大蛇を退治して、さっさとお前とまぐわわないとね」
 とんでもない言葉を吐きながら懐を叩く小平太に、櫛となった滝夜叉は声にならない悲鳴を上げた。彼女の両親は今でこそ老いて八岐大蛇の脅威にさらされているが、元は国つ神としてこの辺りを支配していた存在である。末娘である滝夜叉にも求婚者は数多く居たが、その男たちは皆一様に彼女のを崇めており、このように不躾な誘いを掛けるものは誰ひとりとしていなかった。そういった意味では箱入りである滝夜叉は櫛の姿でありながら眩暈を感じ、絶句する。そんな滝夜叉の反応に小平太はからからと笑い、その性格にはそぐわぬほど優しい手付きで己が変化させた滝夜叉である櫛を撫でた。
「大人しく待ってて。大丈夫、すぐ終わらせるよ」
 櫛になって感覚などほぼないも同じであるのに、滝夜叉は何故か己の身体が撫ぜられたことを感じて思わず息を飲んだ。正確には息を飲もうとしても肝心の身体がないのだが、そこは感覚的なものである。小平太はそんな滝夜叉の反応に気付いたかのように常に浮かべている明るい笑みとは少し違う、柔らかい笑みを浮かべてもう一度懐を軽く叩いた。
 ――既に戦いは始まっている。今まではたったひとりで戦っていた少女を想い、小平太は後は己の出番であると大きく伸びをして笑った。


BACK << INDEX >> NEXT
| 緋緒 | 18:24 | comments (x) | trackback (x) |

  
CALENDAR
S M T W T F S
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31       
<<   08 - 2025   >>

↑拍手です。

↑メールフォームです。

LOGIN
現在のモード: ゲストモード
USER ID:
PASS:
LINKS
OTHERS
POWERED BY
POWERED BY
ぶろぐん
SKIN BY
ブログンサポート

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル