神代の話 一
 CP:こへ滝
 NOTE:須佐之男命の八岐大蛇退治神話パロ






「ひどいよなあ、皆して。私はただ姉上の力になろうとしただけなのに」
 須佐之男(スサノオ)の小平太は唇を尖らせて、抜かれた爪や髪を撫でて溜め息を吐いた。神であるため、彼の身体の回復は早い。抜かれた爪も既に生えそろい始めているし、髪も勿論同じだ。けれど、あそこまでされてしまった以上、もう高天原(たかまのはら)には戻れない。さてどうするか、と小平太が考えながら歩いていると、どこかからしくしくと泣く声が聞こえた。
「? どうかしたのか?」
「貴方は……?」
「高天原の日の神、天照(あまてらす)の弟で須佐之男という。で、あんたたちは何故泣いているんだ?」
 天照大神と言えば至高の太陽神であり、先だって幾日も日が差さずに病魔や悪しきものが暴れたのは記憶に新しい。その至高神の弟となれば、その徳はいかほどか。声を掛けられた老夫婦は涙を拭い、揃って小平太に平伏した。が、すぐにまた二人は顔を見合わせ、嗚咽を漏らし始める。
「だから、どうして泣いてるんだ? 場合によっては助けてあげられるかもしれないし、ちょっと言ってみろ。ほら、人に話すだけでも大分楽になるって言うじゃないか」
 自分たちが人ではないことはさておいて、小平太は地に突っ伏して泣く老夫婦に語りかけた。それに老夫婦は揃って涙を流し、彼に事の顛末を語り始めた。
「わたくしたちには初め、娘が八人も居りました。けれど、この土地には八岐大蛇という化物が在りまして、その化物が毎年やって来ては娘を食らって行くのです。何度も何度も抵抗しました、けれど八岐大蛇の力は強く、とうとう娘はひとりだけに。この娘も今年またやって来る大蛇に食われるかと思うと、もうわたくしたちは……!」
 おいおい、と声も高く泣きだした老夫婦に小平太は慌てた。これではまるで自分が泣かせたようだ。どう声を掛けたものかとおろおろした後で、小平太はぽん、と手を打って笑った。――ならば、その大蛇を自分で退治してしまえば良い。幸い、彼は神で身体も力も強い。高天原から降りてきたばかりでやることもなく、それはとても良い考えに思えた。
 自分も暇を持て余しているし、何より高天原では散々にやられて鬱憤もたまっている。人助けもして、気晴らしもできるならば最高ではないか。そんなことを考えていると、老夫婦の方へ人影が寄ってくる。小平太が顔を上げてその人物を見ると、美しい顔をしたその娘はひどく剣呑な顔で小平太を見遣った。
「お父様、お母様、いつまで泣いているおつもりですか?」
「奇稲田(くしなだ)……」
「泣いたところで結果は変わりません。泣くよりも先にやることがあるでしょう。――お酒を用意しています。八岐大蛇は姉さま方を所望する際、常に酒も一緒に所望しておりました。今回はその酒に毒を混ぜてあります。私はまあ……酒の肴になるのでしょうから、盛った毒であれが死ねば上々、そうでなくても多少は弱ればそれで良し。何とか生き延びてみせます」
 小平太は細い腰に武骨な剣――青銅で出来た男が持つようなものだ――を下げ、裳裾を綺麗に捌く少女――奇稲田の滝夜叉に、興味を抱いて視線を向けた。
 ゆったりとした黒髪につり気味の強い瞳、顔立ちは美しいがその雰囲気は剣呑である。女子の服装でありながらも腰に剣を佩く様子は勇ましく、明らかに殺気立っている。まさしく、これから一戦交えようと言うのだろう。実際に彼女の瞳はぎらぎらと輝いており、女子ながらも敵と一戦交えようという姿勢に小平太は笑った。
「――あんたは?」
「そちらにおります夫婦の末娘です」
「ふうん……あんたがこの人たちの差し出せる、最後の生贄の姫ってわけか」
 露骨な発言に老女が高い嗚咽を漏らした。夫である老翁はその背中をさすって彼女を慰めるが、実際に贄にされる娘の方は彼女を明らかに軽蔑した視線で見下ろしている。――しかし、小平太は彼女の下ろす手が少しだけ震えていることに気付いてしまった。
(今まで姉たちを食い殺してきた大蛇。生贄として差し出す前にたくさんの手立ても講じたことだろう。けれど、それは敵わず、何人もの娘をみすみす見殺しにしてしまった。姉たちが次々と消えていく様を間近で見続けてきたこの娘もまた、恐ろしいのは同じ。それでも、この無力な娘は何とか活路を見出そうとしているのか)
 小平太は必死に強がって何とかしてみせようとする娘にひどく興味を持った。
 ――確かに彼らは無力である。彼らのように力の弱い国つ神では、巨大な――聞けば、大蛇の身は頭と尾がそれぞれ八つに分かれており、長さも八つの谷と八つの山峡(やまあい)を這い渡るほどだそうだ――大蛇には敵うまい。だが、小平太は違う。彼は天つ神、それもこの国を生んだ神である伊邪那岐命(イザナギノミコト)の息子であり、高天原を統べる天照大神の弟なのだ。その力は絶大で、国つ神とは比べ物にもならない。
「――なあ、もし私がその八岐大蛇とやらを退治できたら、その娘を私にくれないか?」
 頭に浮かんだ言葉を舌にのせた小平太は、自分でその言葉を吐いて納得した。――そう、気になるならば手に入れれば良い。そのための障害があるのならば、ただ排除するのみだ。
 しかし、彼らは小平太の言葉に皆一様に驚き、その後にまるで哀れなものを見るような目付きで眺めた。特に滝夜叉はまるでおかしなものでも見るような目付きで小平太を眺め、溜め息を吐いてから口を開いた。
「このわたくしの美しさに心奪われてしまうお気持ちは理解できます。けれど、貴方ひとりでどうにかなるような存在ではないのです。――命が惜しければ考え直しなさい。貴方は旅人、わざわざ巻き込まれる必要はありません」
「失礼だな。――私は天つ神の須佐之男(スサノオ)だぞ! 国つ神に負ける気はない」
「天つ神だろうが、わたくしたちと同じ小さな身体でどう戦うおつもりですか? ――死にに行くだけです、おやめなさい」
 しかし、小平太の言葉にも滝夜叉は溜め息を吐くばかりで応じようともしない。それに腹を立てた小平太は、彼女の前へ詰め寄って細い身体を見下ろした。
「だったら、あんただって似たようなものだろう? 私が無力な男なら、女のお前はもっと無力だ。私よりもずっと細いこの腕で、どうやって大蛇を殺すと言うんだ」
「――っ!」
 小平太の言葉に滝夜叉は思わず息を飲んだ。何か反論しようとするが、その瞳を揺らがせて言葉を飲み込む。小平太の瞳を真っ直ぐ見返すこともできずに俯いて視線を逸らし、小さな声で呟いた。
「――このままでいけば、どちらにせよ死ぬのです。ならば、せめてできることをして死にたい。あいつに一矢報いなければ、死んでも死にきれない。
 けれど、貴方は違う。旅の方、この地を去って別の穏やかな土地にお行きなさい。わざわざ命を危険にさらす必要はありません」
(あ……)
 滝夜叉は髪を男子のように頂髪(たぎふさ※髪を頭の頂点に集めて束ねた髪型)にしていて、それだけで彼女の覚悟が垣間見える。しかし、死に向かう己の運命を恐ろしく感じないはずがない。それでも泣き伏せることもなく、せめて己にできることを探して実行する彼女の強さが好ましかった。――そして何より、己の危機であっても他者を守ろうとする優しさに、小平太は胸を衝かれたのだ。
「――あんたが欲しい」
「は? ちょ、お放しくださいませ!」
 小平太は衝動的に滝夜叉の手を取った。細く白い手は緊張で冷たくなり、明らかに強張っている。小平太は己の体温を彼女に移すがごとく滝夜叉の手を握り締め、彼女に迫った。
「私があの大蛇を倒す。――そうしたら、あんたの名を教えてくれ」
「奇稲田(くしなだ)です」
「そっちじゃない方。……さっきもしたけど、今度は本気。あんたに求婚してるんだ」
 滝夜叉はその言葉に固まった。彼女にしては珍しく、目が落ちそうなほど見開いている。自分の顔を間近に見詰める男を同じく見詰めることしかできない滝夜叉に、更に男の顔が迫る。彼女はハッと我に返った時には、その柔らかい唇に小平太の唇が押し付けられていた。
「――!?」
「続きは大蛇を殺した後でな」
「するわけないでしょう、この不埒者!」
 小平太は己の頬を狙って閃いた滝夜叉の手を難なく避け、にやりと笑う。勿論、唇を奪われた滝夜叉の怒りは尋常ではなく、己の平手を避けると同時に小平太の手が離れたのを幸いとし、怒りで真っ赤に染めた顔を力いっぱい彼から背けて吐き捨てた。
「人の親切を仇で返すなんて……! もう貴方のことなんて知りません、命知らず! お好きになさい!」
「好きにするよ。――見てな、あんたは絶対私のものになる」
 小平太の呟きは滝夜叉に届いたのか届いていないのか、彼女は真っ赤な顔を振り返らせることはなかった。怒りに満ちた背中が遠ざかり、風に美しい黒髪がなびいている。それを目を細めて眺めながら、小平太は二人の遣り取りを呆気に取られて眺めていた老夫婦へ視線を戻した。
「――まあ、そういうわけだ。私が大蛇を殺せたら、あの娘を貰い受けるぞ」
「恐れ多いことです。貴方のような高貴な方が我が娘を――それもあの跳ねっ返りをお気に召すとは」
「跳ねっ返り? まあ、確かにそうかもな。だが、あれは良い女だ」
 老夫婦は小平太の出自を知っているため、ただひたすらに頭を下げる。知らなかったとはいえ、娘の暴挙に芯から肝が冷えたこともあろう。しかし、小平太はそんな夫婦の胸中など露知らず、ペロリと唇を舐めてから大蛇をいかにして殺すかを考え始めた。


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| 緋緒 | 18:21 | comments (x) | trackback (x) |

  
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