向日葵 二
CP:久々知→竹谷×孫兵
NOTE:主催・緋緒様発案の江戸パロ設定をお借りしています
      兵助♀の名前が「お卯乃(オカラの別名『卯の花』から)」
      悲恋




『兵助――』


名前を呼ばれて、読んでいた書物から顔を上げると、優しげに微笑む少年が立っていた。

『どうかしたのか?【雷蔵】』
『さっき中在家先輩が町に出た土産に、饅頭をもらったんだ。二個あるから【兵助】もどうかなと思って』
『他の奴等は?』
『【ハチ】は、また委員会活動で、【三郎】は僕の顔で悪戯したからあげない』
『なるほど』

温厚な【雷蔵】を怒らせるほどの悪戯を繰り返す【三郎】を、全く懲り無い奴だと兵助は苦笑する。
木陰に腰を下ろし、饅頭を頬張りながら他愛もない話をする。組は違ったけれど、【雷蔵】はとても仲の良い友人だった。

『程ほどのところで、許してやれよ?』
『……分かってるよ』






兵助は飛び起きた――幼い頃、兄と共に見た前世の夢だった。兄が死んで以来、見ることもなくなった夢。
あの頃は尊敬する兄との共通の出来事を嬉しかったが、今では忘れかけていたようなものだった。なのに、どうして今頃再び見たのか。

【忍びの兵助】には三人の友人がいた。
今朝の夢にも現れた【雷蔵】の他にも【三郎】と【ハチ】。【三郎】は藩主の名前と同じだと兵助は苦笑する。
他にもよく現れる上級生や下級生がいるのだが、時をおいてしまったせいか記憶が抜け落ちてしまったと寂しく思う。


朝稽古のために道場を訪れると、住み込み門弟達が道場の掃除を始めるところだった。

「庄左ヱ門に、彦四郎。朝から頑張ってるな」

声を掛けてやると雑巾を絞っていた黒木庄左ヱ門と今福彦四郎は大きな声で元気良く「おはようございます」と挨拶をする。彼らと二、三話をして、そして井戸の方を見やると珍しい顔があると兵助は井戸に寄った。

「おはようございます。久しぶりですね、留三郎さん」
「あぁ、師範代。おはようございます」

兵助より年かさの男の名は留三郎という。本業は大工なのだが、道場でも一、二を争う腕の持ち主である。

「留三郎さん、どうかされましたか?」

本業の方が忙しかったのか最近は道場を休んでいた留三郎だったが、どうしてか一段と落ち込んでいるように見えた。

「いやぁ、頭に後妻を貰えってうるさく言われましてね。俺も子供らには母親が必要だと思って、親戚の娘さんを紹介してもらったんだが……」

彼は一年前に妻を亡くして以来、男手一つで三人の子供を育てている。働きながら幼い子を一人で育てるのは難しいから後妻を貰うのは必然だと兵助も思ったのだが、留三郎は次の言葉を言い難そうだった。だが、誰かに愚痴を言いたかったのか、

「俺としては子供らの母親になるような後家さんを想像してたんだが、その娘さん、年を聞けば十五だというじゃないか。俺より子供らの方が年が近い嫁さんを貰うなんて……俺みたいな男やもめの所に嫁がなくても、もっと良い男がいるだろうに」

吐き出すように言い放った。
前妻は子供の頃からの幼馴染で年も一緒だったせいか、留三郎は後妻候補の娘との年の差を酷く気にしているようだった。だが、留三郎は女は勿論、男も憧れるような男前なのだから引く手数多に違いない。
けれども人の恋路に首を突っ込むのも野暮だろうと、兵助は相槌を打っている内に門弟の岡っ引きの小平太や藩士達もやって来て、話はお開きとなった。

朝稽古を終え、そのまま登城したのだが、今日に限ってこれといってする仕事は無かった。少し疲れていたのか、日差しの心地よさに欠伸が出る。いつの間にか文机に突っ伏して兵助はうたた寝をしてしまったようだった。








『一体お前達、生物委員会はどうしていつもいつも毒虫を脱走させるんだ!!!』


怒鳴り声が自分のものだと知ったのは、目の前の男がコチラを見て困ったような風でいるのが分かったからだ。

『手伝わせて悪かったって、ごめん、【兵助】』

黄昏時の眩しさの陰になって、【ハチ】の顔は見えない。
夢の中の【ハチ】は、いつも飼っている動物や虫を逃がして探していた。そうして下級生の子供達と一緒に虫取り網を持って敷地内を探しているのだが、時折学園の生徒全員で探す羽目になることもあった。

『機嫌直してくれよ。夕飯奢るから』
『当然だ!!何でよりにもよって棚卸の日に限って、毒虫が焔硝蔵の周りに逃げるんだ!!』

今日中に焔硝蔵にある火薬の保有量を数えなければいけないというのに、これでは徹夜になってしまうと【兵助】は怒る。そんな彼の怒声を聞きつけて生物委員会の下級生達が集まってきて、涙目になりながら【ハチ】を庇った。

『久々知先輩、――先輩は悪くないんです!!僕達が鍵を閉め忘れたから……』
『だから――先輩を怒らないでください!!』

既に【ハチ】から叱られた後であろうに、それでも必死に自分達の先輩を庇う姿を見て、兵助は小さく息を吐いた。

『分かった。そうまで言うなら、今後は絶対に脱走させないって誓えるな』

腰を落とし、じっと四人の下級生を見ると、真剣な顔つきで、それでも大きな声で「はい」と返事をしたのだった。【兵助】が頷き返すと、【ハチ】は下級生達に食事の時間だから先に戻れと指示していた。すると彼らの後ろにもう一人少年が立っているのが見えた。

『……すみませんでした』

ぺこりと頭を下げて、萌黄色の着物を着た少年も踵を返し、校舎の方へと去って行った。その背を【ハチ】が追いかけていく。

途端、視界が狭くなった――まるで、睨みつけるために目を細めたかのように。








朝と同様、再び兵助は飛び起きることになった。うっかり垂れた涎を拭きながら、誰もいないことを確かめる。

「……珍しい」

昔はよく見ていた夢だったが、連続して見ることは余りなかった。

「そういえば、【ハチ】の顔……見たことないな」

【雷蔵】の顔は今朝も夢に出てきたし、【三郎】は【雷蔵】に変装していて真実の顔は知らない。けれどもどうしてか【ハチ】の顔だけを見たことがなかった。大体が今の夢のように日差しで見えなかったりするのだが、よくよく考えると不自然に隠されているような気がした。そう言えば下級生達が【ハチ】を恐らく苗字で呼んでいたのに、明瞭に聞こえなかったのは何故か。

嫌な汗が一筋背を伝う。

この夢は己の前世だと幼い頃から思ってきた。確信もしている。
ならば執拗に隠される【ハチ】の存在は一体何だ。

「た、大変です!!久々知様!!」

忙しない足取りが聞こえる。やって来た藩士によって思考は断たれ、伝えられた事実によって前世のことなどすっかりと頭から抜け落ち、兵助は部屋を転がるように飛び出した。
本丸の天守閣に登り着いた頃には、そこには既に大川藩の重臣達が集まっていた。

「兵助!!遅かったな!!」

上座には主君である鉢屋三郎の姿がある――遂に帰還された主の無事な姿を、感極まる思いで見つめる。
そしてふと彼の隣りを見ると見知らぬ女子の姿が在る。俯いているせいか顔がよく見えないが、ジロジロといつまでも見ることはできず、己の席へと腰を下した。

「皆の衆、顔を上げてくれ」

義時を筆頭に、木下鉄丸、山田伝蔵、戸部新左エ門、安藤夏之丞と言った重臣達も顔を上げる。

「長く城を空け、皆には苦労を掛けた。すまなかった。俺はこの旅で、己の力の程を知り、世の中というものを知り、こうして帰って来た。これからはより一層、民の為に尽くそうではないか」

はっきりと己の非を詫び、三郎は頭を下げた。どよめきが起こる中で再び三郎は笑った。彼が酷く上機嫌なのは、とにもかくにも隣の女人のせいなのだろう。勇気ある一人の藩士が尋ねた。

「殿。して、そちらの女人は…?」
「あぁ、この女子はお雷と言ってな、俺の嫁だ」

歓喜の声が上がる。これまで結婚を拒んでいた主君が遂に結婚すると家臣達は舞い上がった。

(お雷……?)

お雷を見た瞬間、全ての事柄が一つに繋がったような気がした。
そこには【雷蔵】と瓜二つの顔があるのだ。優しげな顔立ちは勿論、笑った時の穏やかな雰囲気も彼そのものだった。自ら名乗った時の声は流石に似ても似つかぬが、彼女が【雷蔵】であることは兵助の中では決定事項であった。

「【三郎】…」

誰にも聞こえぬよう小さく呟き、主を見る。
変装の名人として真実の顔を友人にまで見せなかった【三郎】の顔こそ、目の前の主君のそれでは無いのだろうか。

鼓動が煩いくらいに頭に響きながら、早く時が過ぎるのを兵助は望んだ。
場がお開きになって、三郎とお雷が退室すると重臣達も次々に部屋を出ていく。

「――兵助」

名を呼ばれ、兵助はぴくりと震えた。

「【ハチ】…」
「ん?珍しいな、お前が俺をそう呼ぶなんて」

にかっと歯を見せて快活に笑む八左ヱ門の顔が、【ハチ】のそれと重なった。
不自然なまでに喉が渇いて仕方がない。

「いやぁ…まさか三郎が嫁を連れて帰って来るとは思わなかった」
「あ、あぁ……」
「けど、あの女子なら、安心して三郎を任せられる!!そんな気がする」

何の根拠もなく言い切る八左ヱ門に、普段の兵助ならば笑っていただろう。けれど兵助は八左ヱ門以上に確実な根拠を持っているから、笑えるはずもない。

それから、一体どういう流れで八左ヱ門と別れたのか、どういう道のりで家路へと辿り着いたのか全く記憶も無く、気づいた時には布団に包まっていた。その夜から兵助は三日間も高熱に浮かされることになる。




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| 結夏 | 18:07 | comments (x) | trackback (x) |

  
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