鈍行
▼こもりゐ
「着きましたよ、お降りください」
「……ここは」
先程の牛飼い童に声をかけられ、八左ヱ門は恐る恐る外へと顔を出す。そこで目にしたのは見覚えのある光景。驚いて声を失う八左ヱ門に、眞子は小さくその装束の端を引いた。
「どうかなさいましたか?」
「あ、いや……それが、その」
何と告げるべきか分からず、八左ヱ門は不安げに己を見上げる少女に口を開いたものの再び閉じる。困惑してその場から動けぬ二人を急かすためか、邸からひとつの人影が現れた。それに八左ヱ門は更に声を失う。しかし、相手はそんな彼を露ほども意に介さず、不機嫌な表情のままに己の邸宅を顎で示して二人を促した。
「話は後だ、とにかく入れよ」
「三郎様、どうして……」
「話は後だと言っている。ほら、末姫様を抱えてやれ。人目に付かぬうちに中へ」
促すどころか命じられて、八左ヱ門は渋々車の中で不安そうにしている少女へと手を差し伸べる。着ていた装束の一番上を頭の上に引き上げてから、彼は顔を肩に伏せさせて眞子を抱えた。既に人払いがしてあるのか、先程の牛車を扱っていた人員も今はもう消えている。唯一傍に居るのは自分たちと直接話をした牛飼い童だけだ。八左ヱ門は彼に注意を払いながらも、三郎に先導されて邸の中へと足を踏み入れた。
「こっちだ」
案内されたのは客間と思しき対のひとつ。そこには生活に必要な調度の一式や細々とした品が置いてある。驚いてその間を見回す二人に三郎が吐き捨てるように告げた。
「とりあえず、当座はここで生活してくれ。結婚するんだから一間で良いだろ? 他に何か必要なものがあれば、怪あやに申し付けてくれ。――怪、挨拶を」
「はい。あの、怪と申します。何かご用がありましたら、お気軽にお声をお掛けくださいませ」
三郎の声に応じて現れたのは、夢前と然程変わらぬ年頃の少女である。但し、彼女は夢前とは違い、ひょろりと青白く、少しばかり内気そうに見えた。しかし、着ている衣装は随分と良いものであり、北の方に仕える女房と言っても、良家の子女であることはすぐに分かる。三郎が傍に置くには少し毛色の違う人物に困惑して、八左ヱ門は不審そうに少女と三郎を見遣る。眞子は眞子で、逃亡者たる自分たちに用足しの女房まで付ける三郎の厚遇に困惑する。それぞれ困惑に顔を見合わせた二人に、三郎が口を挟んだ。
「君も知っての通り、我が家には元より人が少ない。――まあ、七宮様の所には負けるが。
そこから選りすぐった腹心中の腹心が彼女と、そして君たちをこの邸へ連れてきた久作だ。どちらも元々は我が北の方に仕えていた、気の利く人材だよ。庄左ヱ門や彦四郎は私の表向きの用を足してもらうのに必要だから、こちらには貸し出せない。ま、もっとも、末姫様はともかく、八左ヱ門は世話を焼く側の人間なんだから、用足しの人間など要らないだろ?」
肩を竦めて続ける三郎に八左ヱ門は何かを言おうとして、何を言って良いか分からずに口を閉ざした。元より余り愛想の良い男ではないが、今はそれに輪を掛けて無愛想だ。迷惑を掛け通しであるが故にただ垂れるより他にない八左ヱ門の耳に、三郎の不機嫌な呟きが届いた。
「全く……私だってまだまだ新婚なのに……隠すんならどこか別の家を提供してやれば良いだろ。くそ、雷らいさえ乗り気じゃなければ郊外に一軒借りるくらい訳無いのに!」
「……そうか。そう言えば三郎様が北のお方をお迎えになったのは、半年程前でしたっけ」
「そうだよ! お前だって知ってるだろ、私がどれだけ苦労してあの人を妻に迎えたか! ……お前じゃなかったら、とうに切り捨てて追い出してるんだからな! 感謝しろよ、全く……」
八左ヱ門がその呟きに彼が何故不機嫌であるかを思い出す。また、彼の傍に怪の存在がある理由も合点した。
――同時に、彼が皇族であっても自分に近いという事実も。身分を隠しながら何度も北の方の許へ通い、男女としてきちんと想いを交わし合ってから彼は正式に求婚した。そんなことをしなくとも、己の権力でいくらでも彼女を得ることはできるのに、だ。そうやって得た妻との蜜月を邪魔されては、さぞかし不満であろう。それでも協力をしてくれる彼に、八左ヱ門は自然と頭が下がった。
「迷惑を掛けて本当に申し訳ありません。――何なら、俺は軒下でも構わないです。勝手に入り込んで、隠れていたことにしてください。それで充分です。もし事が露見した場合は兵助様と同じく、知らぬ存ぜぬをお通しください」
「……馬鹿。なめられたもんだよ、私も。
私たちの新婚生活に邪魔だから警戒が解けたらすぐに出て行ってもらうけれども、それまではゆっくりしてけ。他ならぬ八左ヱ門、お前と可愛い妹君のことなんだ。私が協力しないわけないだろ」
不機嫌な天邪鬼は珍しく本音を述べてから、後を怪に任せて立ち去る。その背中に八左ヱ門は再び頭を下げた。
「――あの、竹谷様?」
「はい?」
怪から皇女に相応しい装束へと着替えさせられ、ようやく二人きりで落ち着いた頃に眞子がおずおずと口を開く。名を呼ばれた八左ヱ門は不思議そうに自分を眺める愛しい女性に柔らかな笑みを浮かべた。
「異母兄と――八宮様と、随分親しいようでしたけれど……」
「ああ。そうですね、俺は兵助様だけでなく三郎様とも幼馴染のようなものですから」
「幼馴染、ですか?」
歳が近いとはいえ、他の皇族に仕える侍従が彼と仲が良いのが不思議なのだろう。それに八左ヱ門はくつりと昔を思い出して笑いながら、ゆっくりと話を続けた。
「あの方は、母君が少し貴女がたの母君とは違う生き方をなさっていた。それ故にどちらかと言うと、貴女や兵助様よりも俺の方があの方に近いのですよ。――母君がご存命の頃は、よく庭で鬼遊びをしたりしたものです」
「八宮様の母君は確か、舞をなさっていた方だと」
「はい。――まあ、芸の道を生きる方ですね。余り宮中には馴染まぬお方でしたが、良い方でしたよ。幼い頃から芸に精進なさり、その道で身を立てていこうと決意なさっていた方でしたから、気風が良いというか、威勢が良いというか……姫宮様がお小さい頃に亡くなられましたけれど、お会いになる機会があれば驚いたと思いますよ」
二人は〈下賤〉と呼ばれる身分にあった女性の身分について、多くは語らなかった。眞子自身は母中宮から悪口しか聞いたことがない女性だが、実際に交流したことのあるらしい八左ヱ門から聞くその様子は随分と違う。彼のどこか懐かしく、嬉しそうな表情を見るにつけ、眞子は己の母がいかに歪んで・・・いるかを思い知って情けなくなるのだった。
そんな彼女の表情に気付いたのか、八左ヱ門が心配そうな顔をする。それに眞子は笑うしかない、という表情を浮かべながら口を開いた。
「わたくしもお会いしたかったです。……わたくしは他の后妃方を母の口伝えでしか存じ上げません。会ってもお互いに不快になるだけかも知れませんが、それでも直接会ってお話ししてみたかった。わたくしは余りにも何も知らない。それが堪らなく口惜しく感じます」
「姫宮様……」
落ち込んだ表情を浮かべる眞子の頬に、八左ヱ門はそっと手を伸ばした。頬を撫でれば、少し潤んだ瞳が向けられる。それに引き寄せられるように顔を近付け、唇を重ねようとしたまさにその瞬間――外から声が掛かった。
「あーいちゃいちゃしてるとこ悪いが、私の妻が挨拶をしにやって来た。三秒以内に準備しろ」
「こら、三郎! 何てこと言うの!」
唐突に掛けられた三郎の声に八左ヱ門は思わず飛び上がった。眞子も頬を真っ赤に染め上げて俯いてしまう。外からは女性の彼を咎める声が聞こえたが、三郎は全く意に介した様子がない。今更続きができるわけもなく、八左ヱ門たちは慌てて中を整え、来客を出迎えたのであった。
「……って、ちょ、失礼いたしました!」
八左ヱ門は入口近くに控え、その人物が傍を通って行くのを頭を垂れて迎えた。衣擦れの音が響き、ある場所で止まる。すっかりと彼女が落ち着いたであろうところで彼は頭を上げ、その女性の様子を見て再び打ち付けんばかりに下げた。――それもそのはず、八宮の北の方は几帳どころか扇で顔を隠すこともせずにその場に落ち着いていたからである。
「ああ、お気になさらないでください。どうせしばらくは同じ邸に住まうのですし、顔が分かっていれば不審者とそうでない人間の区別が付いて宜しいでしょう。さ、お顔をお上げになってください。姫宮様もどうぞお気遣いなく。わたくし、貴方がたにお会いできるのを楽しみにしていたんです」
ちらり、と八左ヱ門が三郎を見遣ると、彼は既に諦めたような表情で肩を竦めた。普段から人を上手く操作する男だが、この女性にだけはどうも敵わないらしい。その様子に彼が意を決して顔を上げると、北の方――雷がにこりと笑みを向けた。
眞子のように目立つ美しさは存在しない。だが、ふわりと柔らかく笑む姿は彼女の優しい人柄を表しているようで、見ているだけで心が和む女性である。母親の身分が故に爪弾きを受けていた三郎が選ぶ女性は貴族でなかろうと考えていた兵助と八左ヱ門は彼が貴族の――それも摂関家直系の姫を娶ったと聞いた時には驚いたが、今こうしてその女性を目の当たりにすることにより、八左ヱ門はどうして三郎が彼女を恋うたのか分かる気がした。
「この度は大変なご迷惑をお掛けいたしましたこと、まずは心よりお詫び申し上げます。そして、八宮様ならびに北のお方のご厚意を大変有り難く、幸いに感じております」
「義姉上あねうえ様にも異母兄上あにうえにも大変なご迷惑をお掛けいたします。もし、わたくしどもが貴方がたの害になると思われたらば、どうぞわたくしどもを切り捨てくださいまし。元より我々二人が始めたことです、感謝こそすれ恨みなどいたしません」
己を穏やかに見る女性に、八左ヱ門は自然と頭が下がった。深々と礼を取り、彼女に敬意を示す。それに続けて眞子も静かに手をついて頭を垂れ、二人は揃って雷へと頭を下げる形となる。それに雷は驚き、慌てて二人に頭を上げるよう告げたのだった。
「そのように畏まらないでくださいな。わたくしはそのように大層な人間ではございませんし。
それに、先程も申し上げましたけれど、わたくし本当に貴方がたにお会いできるのを楽しみにしておりましたのですよ。――この気難しい方が竹谷様のことも、十宮様のことも、それはもう楽しげにお話しになるのですもの。どんな素晴らしい方々だろうかとお会いしたくて仕方がなかったのです。
お二方とも、どうぞごゆっくりと我が家で過ごしてくださいね。何があってもわたくしたちが貴方がたを誰かに差し出すような真似はいたしませぬ。――わたくしたちも、貴方がたに幸せになっていただきたいのですわ。だって、わたくしの夫がこんなに一生懸命なんですもの。応援したくなるのは世の常というものではございませんか?」
茶目っ気たっぷりにそう告げられて、八左ヱ門は思わず目を瞬かせた。何とも頼もしい北の方である。その心遣いの有り難さに八左ヱ門はもう一度深く頭を下げ、自分の運の良さに感謝した。
「――あの、お床がひとつしかございませんが……」
「あー……えーっと、じゃあ、俺その辺で寝ましょうか。俺は屋根さえあれば、どこで寝ても大丈夫ですし」
雷との対面も無事に終わり、二人はようやく長かった一日を終える。
外は随分と騒がしく、己らを探し回っているのだろうということがすぐに窺えた。しかし、八宮の邸には人は訪れても踏み込んでくるようなことはできない。その事実がどれだけ自分たちを安堵させているか、八左ヱ門は改めて感じていた。自分の考えた計画ではこうはいかなかったろう。本来ならば今頃夜を徹して逃げていただろうことを思い、八左ヱ門は今との落差に溜め息を吐く。
そこにおずおずと掛けられた声に彼はハッと我に返った。恥ずかしそうにこちらを見遣る少女の前には、確かに寝床がひとつきり。その事実に八左ヱ門は訳もなく動揺し、真っ赤になりながら視線を逸らした。
「夜のお支度に参りました〜」
そこに響くのは暢気な怪の声。寝床を作った後に慌てて忘れ物を取りに戻っていたのだが、ようやく物を持って帰ってきたらしい。八左ヱ門はにこにことしている少女を迎え入れながら、するりとその間から身体を滑らせた。着替えもするならば、自分はこの場に居ない方が良いと考えてのことだ。
眞子を置いて簀すの子へ降りた八左ヱ門は、動き回るのは得策ではないと知りつつもこの邸の主の姿を探す。三郎はそれを予想をしていたのか、八左ヱ門たちが借り受けている対とそう離れていない場所で彼を待ち受けるように月を見上げていた。
「三郎様」
「何だ、やっぱり来たのか。――お前も意気地がないな、ここで手を出さなければ男じゃなかろうに。そういうことしているからお前はもてないんだ」
「誰の所為ですか、誰の。……貴方は煽っているんですか、俺を試してるんですか?」
普段から何かしらの面を被っている三郎であるが、今日は狐狸の気分らしい。真白い狐の面がつるりと月光を反射していた。眩いくらいに月光を撒き散らす面の下にある表情は分からない。けれど、八左ヱ門にはその顔が確かに笑んでいることが理解できた。
「どっちもだ。……もし万が一のことがあった時、そのくらいはしておかないと後で後悔するぞ」
「――その逆ですよ。俺がもし捕まって殺されたとしても、あの方に手を付けなければ汚点は付いても斎宮にぐらいはなれるでしょう? 下手に変な男の許にごまかすように嫁がされるよりか、お勤めをした後にお戻りになって相手を見繕う方がずっと良いはずです。……その時は何としても変な男に嫁がせるのだけは阻止してくださいよ。化けて出ますよ」
三郎の言葉に八左ヱ門は同じく月を見ながら応えた。
この企みが失敗すると考えているわけではない。現に三郎の手を借りられたことで追っ手から身を隠すことに成功している。けれど、同時に常に最悪の事態も考えてしまうのだ。それはきっと、己が身の程も弁えぬまま、余りにも大それたことに手を染めてしまったからだろう。
事が失敗した時、常に考えるのは眞子のことである。自分はどうせ命がないことなど分かり切っているから気にすることはない。けれど、眞子は死罪になどならないだろう。今上も他の宮たちもそれだけは絶対に阻止するはずだ。けれど、かと言って、彼らから見れば貴族の端の端、ほぼ地下人に近い存在の八左ヱ門と手を取り合って逃げた皇女をそのままにしておくわけもあるまい。きっと誰かに押し付けるように嫁がされるに違いないだろう。
「馬鹿だな、お前は」
「――仕方ないでしょう、惚れてしまったもんは。俺はあの方が幸せなら何でも良いくらい、あの方に惚れ込んでるんですよ。
でも、貴方には俺を笑えないはずだ。だって、貴方だって北のお方をあんなに大切にしていらっしゃるんだから」
「まあな」
八左ヱ門の言葉に三郎は取り繕うことも、ごまかすこともせずに臆面もなく頷いた。この男はどこか、そういうところ・・・・・・・がある。普段は人嫌いに近いものがある癖に、いざ自分が気に入った人間のことになると途端に態度が豹変するのだ。天邪鬼で悪戯好き、人嫌いの皇子は本当に扱い辛い。その三郎をこれだけ夢中にさせ、妻として傍に居ることを選んだ女性は確かにそれだけの価値があった。――そして、己を顧みて、八左ヱ門は小さく嘆息する。
「溜め息ばかり吐いていると、眞子が不安に思うぞ」
「だから、貴方の前で吐いているんでしょう。――あの方の前では笑いますよ」
「……後悔しているのか?」
静かに問われた言葉に、八左ヱ門は笑う。
「まさか。――多分、俺は何度でもこの決断を迫られたら、今と同じことをしますよ。言ったでしょう、惚れ込んでいるのだと」
「当然だな。ここで『後悔している』などと言おうものなら、すぐに身ぐるみ剥いで検非違使に突き出すところだ」
仮面の奥で笑う男に、八左ヱ門は苦笑した。月の光に照らされる庭は白々と美しい。けれど、ひとりで見るには少し淋しい光景だった。そこで八左ヱ門は見上げていた月から視線を三郎に移し、口を開く。
「じゃ、俺はそろそろ戻りますよ。姫宮様も支度ができたと思いますし、長い間ひとりにはさせられませんから」
「別に手出ししても構わんぞ、私たちが居る対は遠いから声も聞こえん。ただ、余り無理はさせるなよ。――多分、これからしばらく騒がしくなるからな」
「手出ししないって言ってるじゃありませんかっ!」
「……案外、眞子の方が望んだりしてな」
「あの方はそんなことしません!」
八左ヱ門の怒鳴り声に三郎は薄く仮面の下で笑った。――本当に愛しいと思うのならば、全てを分け与えたいと思うのは当たり前だ。しかも、眞子にはもう己しかない。さて、本当に望まれたらどうするのやら、と三郎は少々意地悪く考えながら、戻って行く八左ヱ門とは真逆の方向へと足を踏み出した。彼もまた、愛しい女性の許へ訪れるために。
「――ただ今戻りました」
「お帰りなさいませ、どちらにおいでで?」
「ああ、八宮様とちょっと今後について相談を」
本当はちょっとだけ愚痴りに行ったのだが、それを素直に告げられるほど八左ヱ門は開けっ広げではない。少々ごまかしを加えて(それに嘘は言っていない)、彼はにこりと眞子に微笑んだ。
既に彼女は夜着に着替えており、ひとつだけ延べられた寝床には枕が二つ置かれている。明らかに自分たちを夫婦――実際には半分以上そうなのだが――扱いする様を目の当たりにし、八左ヱ門は苦笑を洩らした。
「……どうしましょうかね」
「――ご一緒、いたしませんか」
頭を掻きながら目を泳がせる八左ヱ門に対し、眞子は静かに彼を見上げた。白い夜着が目に眩しい。八左ヱ門は豊かな黒髪と対照的に白い喉元や指先を眼前に突き付けられて訳もなく動揺した。先程は三郎に対しああ言ったものの、実際に目先に愛しい女性が傍に居るとあればやはり心は揺れる。八左ヱ門はそろそろと彼女の傍へ腰を下ろしながら、自分の理性が一体いつまで続くのか不安になった。
「ご一緒しても、大丈夫ですか?」
「貴方を床に寝かせるわけにはまいりませんわ。――それに、その、覚悟はできております」
顔を真っ赤に染めながらも己に告げる少女に理性が吹っ飛びそうになる。が、八左ヱ門は何とか持ち堪えて、彼女に笑みを向けた。
「……寝ましょうか」
八左ヱ門は彼女を抱き寄せ、その額に口付ける。そうしてそのまま同衾しながら、彼女をあやすようにその身体を叩いた。まるで子供を寝かしつけるようなその仕草に眞子は安堵したような、馬鹿にされているような、複雑な気持ちを味わう。けれども、見上げた男の眼差しが余りにも優しく、慈しみに満ちていたので、結局何も言えずに彼女は眠りの世界に落ちて行ったのだった。
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鈍行*2008.08.06〜 Written by 緋緒