鈍行
▼かりそめ
「――いってらっしゃいませ、宮様」
想いを自覚したとて、滝夜叉の行動は変わらない。早朝に起きて朝食の支度をし、出仕の日は内裏へ出向く小平太を見送る。そうでないならば主のその日の行動に合わせて支度を済ませ、常に寸分の隙もなく女房の勤めを行う。それでなくても人手の少ない邸である、掃除に洗濯、食事の支度から場合によっては主のみならず子どもたちの世話まで、滝夜叉の仕事は尽きることはない。また、そうして忙しく立ち働くことで滝夜叉は余計な感情を頭から飛ばし、心の平安を図るようにまでなった。
常に次の仕事のことを考えていれば、他のことなど頭に置いている余裕もなくなる。内向きのことはほとんど滝夜叉ひとりで回していると言っても過言ではない七宮邸であるので、やることは探せばいくらでもあった。故に滝夜叉は臭いものに蓋をするかのように仕事に没頭することを覚えたのである。
それでも、小平太の行動ひとつで滝夜叉の心は揺さぶられる。その度に滝夜叉は緩みそうになる己の心の箍を締め直し、必死でその想いを見ない振りで押し通した。
「――滝ー! 帰ったぞー!」
「まあまあ……宮様、それに近衛中将様も……」
宴に呼ばれた、と小平太が告げて出立したのは夕方過ぎ。少し遅くなるが夜のうちに戻ると伝えられていた滝夜叉は彼を起きて待っていたが、実際に夜更けて戻ってきた小平太を見て言葉を失った。
小平太は驚くほどに泥酔しており、明らかにうんざりした顔の食満が彼に肩を貸している。自分で立ってもいられないほど酔っているのか、と滝夜叉が驚いて立ち尽くすと、陽気になり過ぎた小平太を半ば抱えるように支えていた食満が口を開いた。
「女房殿、すまないが後を頼んでも宜しいか? 牛車の中にまだ子どもたちが残っているし、次屋殿がどこへ行ったのか……」
「あ、まあ、申し訳ございません。子どもたちに関しては後で伺いますので。次屋はいつものことですのでそのまま捨て置きください。そのうちに自分で戻ってまいります。――さ、宮様、しっかりなさってください! もうお邸にお戻りですよ! 寝台までご自分で歩けますね!?」
「滝、ただいまー!」
「はいはい、お帰りなさいませ」
小平太は随分陽気な酒を飲んだようで、食満の肩から身体を起こすと楽しげに腕を振り上げた。滝夜叉はそんな小平太を何とか寝台へ誘導しながら、既に牛車に戻るために踵を返している食満を振り返る。滝夜叉は去り行く食満の背中に声を掛けながらも、ともすればどこかへ駆け出そうとする小平太を見て、彼が肩を貸していたのは動けないからではなく、彼を拘束するためだったのだと彼女は遅ればせながらに気付いた。
仕方なしに滝夜叉は無礼を承知で小平太の袖を取る。さすがに手首を取ることまではできないが、衣裳を掴めば格段に小平太の動きを抑制することができるのだ。小平太も袖を掴む滝夜叉を振り払うような無体は働けず、大人しく導かれるがままになっている。
「さ、宮様。お召し物を脱いでくださいまし。こちらにお召し替えを」
「あーい」
「情けない返事をなさらないでください! ……もう、そんなにお酒を過ごされるのなら、いっそあちらにお泊りになれば宜しかったのに。近衛中将様にもご迷惑をお掛けして……」
酔っ払いほど手に負えないものはない、と滝夜叉は胸中で毒づきながら小平太の着替えを手伝う。普段ならば着替えを渡せばそれなりの恰好までは自分で着替えてくれるのだが、この状態では装束を脱ぐどころかそのままの状態で寝てしまうだろう。それでなくとも泥や土埃で衣裳を駄目にしてしまうことが多い主であるので、いくらそれなりの資産を持っていると言えども手持ちの装束は大切にしておきたいというのが滝夜叉の偽らざる本音だった。
「でも、そしたら滝が淋しいだろーが」
「え……?」
「夜にひとりは嫌なんだろう?」
小平太の装束を剥いでから寝巻の単衣を着せかけていた滝夜叉の手が止まった。酔っているはずなのに、彼女を見下ろす小平太の瞳は優しい。本当に酔っているんだろうか、と滝夜叉が思わず目を瞬かせると、小平太は自分の寝巻を直している滝夜叉に腕をまわして抱き締めた。
「大丈夫だぞ、私たちが居るからな」
「みっ、宮様……っ!?」
「だから淋しくないからなー……」
抱き締められて驚いたのも束の間、滝夜叉は続いて自分に圧し掛かってくる小平太の体重に慌てた。思わず腰を落として踏ん張り、小平太が転倒しかけるのを支える。驚いて小平太を呼ぶも、滝夜叉の耳に届いたのは大きな寝息だった。――要するに、酔った挙句に立ったまま寝たというわけだ。
滝夜叉は支えきれない大きな身体を何とか床に軟着陸させ、寝巻をきちんと帯で留めてから彼を寝台へと引きずった。主を引きずるなどという行為は滝夜叉にとっても余り行いたくない行為だったが、主をここまで送り届けてくれた食満にこれ以上迷惑をかけることもできない、と思い直してのことだ。何とか小平太を寝所に納めると、滝夜叉は上掛けを彼に掛けて溜め息を吐いた。
「……どうせお休みになるのなら、寝台に収まってからにしてくれれば良いものを……」
大人しくはしてくれていたものの、着替えから何から世話をさせられた滝夜叉は思わず不平を呟く。が、その実小平太のずれた烏帽子を直したり、ほつれた髪を整える手付きは優しく、彼女が言葉通りの感情を持ち合わせていないことを物語っていた。
「――そんなにお優しくなさらないでください」
早く食満の許へ子どもたちを迎えに行かなければならないことは分かっているのに、小平太の傍を離れがたくて滝夜叉は小さく呟いた。小平太は滝夜叉の心など露知らず、暢気な顔で眠っている。小平太も通う女は多いはずなのに、こういったことで悩んでいる様子は一度も見たことがないことを思い出し、滝夜叉は女子の身である自分だけがこのような煩悩を抱くのだろうかと溜め息を吐いた。
優しくされればされるほど、叶わぬ想いは募りゆく。滝夜叉はそれを何とか振り切りたくて、安らかに眠る小平太から勢い良く顔を逸らすと、金吾と四郎兵衛を迎えに行くべくその場を退出したのだった。
そういった日々が穏やかに流れ、いつしか滝夜叉も自分の抱える想いに慣れ始めた。燻るような気持ちを抱えることに慣れることもできるのか、と彼女は己に驚きもしたが、この想いを抱えることに慣れたのならば、いつかきっとこの想いを沈めて忘れることもできるだろう、と腹を括って長く付き合う覚悟を決めた。
――が、そんな彼女の覚悟を嘲笑うかのように、運命の時が訪れる。
「…………またですか、宮様」
「ただいまーただいまーただいまー」
頻度はそう高くないものの、酔っ払っては深夜に帰宅する小平太に滝夜叉は深い溜め息を吐いた。滝夜叉を淋しがらせないため、ということで朝帰りがなくなったのだが、以前は酔っ払っていれば酒宴のあった邸に一泊するということがなくなったために逆に手間がかかるようになったのだ。これならばいっそ一晩の淋しさなど我慢するから泊って来てくれ、と言いたくもなるが、滝夜叉とて主の心遣いを無駄にすることはできない。ただただ溜め息を噛み殺して酔い潰れ掛けた主の世話をするばかりである。
「ただいまーたきー!」
「はいはい、お帰りなさいまし。宮様はちょっとこちらにいらしてくださいね、お水はこちらにありますから」
「あいよー」
「先に金吾と四郎兵衛を見てきますから、宮様はこちらにお召し替えをしていてくださいまし」
さすがに回数が増えれば対応も慣れる。初めは滝夜叉も主よりも従者を優先するなんて、と考えていたのだが、今では酔って騒ぐ主を先に寝付かせるよりも既に半分寝掛けている子どもを寝かしつけてから主に取り掛かった方が早いと気付き、主に小平太たちを邸まで送ってくれる食満の協力を得て、子ども二人を優先させることにした。
三之助が居れば、と思わないでもないが、あの方向音痴は常に目的地とは全く別の場所でうろうろとしているために役に立たない。縄で牛車に繋いでおくべきか、と思わず小平太に滝夜叉が打診しかけたとしても、彼女を責められはしないだろう。更に今日も今日とて三之助は行方知れずになっており、本当に侍従として役に立っているのか、と滝夜叉は主と同僚の大雑把さに頭が痛くなる思いだった。
とにもかくにも急いで食満からほとんど寝こけている子ども二人を受け取り、ともすればその場で寝転がりそうになる子どもたちを急いで局へ連れて行き、用意していた床に転がした。子どもたちが大人しく床に入ったのを確認してからすぐに主の許へ取って返し、今度は大きな子どもと化した小平太の世話を焼く。
「宮様、さあお召し替えを。ほら、そのままお休みになりますとしわになりますから」
「んー」
滝夜叉は子どもにするように彼の帯を寛がせた。いつものように装束を剥ぎ取って、彼の身体に寝巻を着せかける。大きな身体に腕を回して単衣の前を整えようとした時、滝夜叉の首に温かいものが触れた。
「……良い匂い」
「みっ、宮様っ!?」
気付けば小平太が滝夜叉の首に顔を埋めている。驚いて離れようとする滝夜叉だったが、彼女の身体にはいつの間にか小平太の腕が巻き付いていた。――逃げられない、と思うより早く、首に触れた温もりが濡れた感触に変わる。顔に朱を昇らせて身体を強張らせる滝夜叉を小平太は酔っているとは思えないほど強い力で抱き締めた。
「み、宮様」
「……あまい」
酒の匂いがつんと薫る。その源である小平太は固まっている滝夜叉に気付くことなく、その首筋に舌を這わせた。ちゅ、と濡れた音が耳に届く。滝夜叉は予想の範疇外である小平太のその行動に慌てて身をよじろうとして、けれどそこで頭によぎった言葉に動きを止めた。
(――本当に逃げて良いのか?)
心の奥に押し込めて尚降り積もった想いの闇が鬼を呼んだのかもしれない。後の滝夜叉はそう思った。けれど、この時の彼女にそんな冷静な思考ができようはずもない。ただ、己に覆いかぶさる男への恋慕が彼女に打算を教えていた。
(きっとこの先、もう二度とこんなことはない。――この方がわたくしを愛することはないのだから。けれど、今なら)
そう、今なら小平太を知ることができる。皇族の彼と比べれば官位の低い――父が殿上人ですらなかったのだから、それこそないにも等しい――滝夜叉は彼の相手になることなどできない。何より、小平太は滝夜叉を望まないだろう。彼が好むのは色事を知り熟れた女性ばかりで、妙齢ではあっても少女に近い滝夜叉など目を向けるわけがないのだ。
故に、滝夜叉にとって小平太のこの暴挙は二度と見えることのない好機だった。何より、今の彼は酒に酔っている。滝夜叉が想いを遂げたところで、彼の記憶には残らない。――つまり、滝夜叉は己の想いを秘めたまま、一夜の夢を見ることができるのだ。
(――許されないと知っている)
敬愛する主を裏切る行為だとも分かっていた。けれど、滝夜叉は自分をきつく抱きしめる男の腕からもう逃れる気にはならなかった。
「かわいい」
今、この男かたは一体誰を見ているのだろう。それが自分でないことは確かだ。
けれど、滝夜叉は己を褥しとねへ押し倒す小平太にもう抗うことはなかった。小平太から漂う酒の香りが鼻腔を満たす。いっそ己も酔ってしまえたら良かったのだろうか。そうすれば、胸を塞ぐ罪悪感も、押し潰されそうになるほどに重く胸に迫る恋情も忘れてしまえる。けれど、滝夜叉は同時にそれが己には許されないことも知っていた。
己の帯を手探りで解く小平太の熱い手を感じながら、滝夜叉は泣きたいような笑いたいような、どちらとも取れない表情を浮かべて己の衣裳を開く小平太を受け入れる。喉の奥から込み上げた小さな言葉は押し殺して、もう一度飲み込んだ。ただ腕を上げて、常では決して許されぬ振る舞いを行う。――主の頬に許しを得ぬまま、手を添えた。
(――あなたはいま、だれをだいているのですか?)
問えるわけもない言葉は酒の香に紛れて消える。普段の小平太からは想像も付かないほど丁寧で優しい調子で口を吸われて、滝夜叉は眩暈を覚えた。慣れない酒の苦い味と、小平太の体温。それが自分に与えられたものではないと知っていながら、滝夜叉は幸せだった。
熱い手が身体を這う。男どころか余人にも触れられたことのない部分をねっとりと撫でられた。小平太から感じる熱さに湿り始めた身体はまだ快楽など知りはしない。けれど、白い柔肌は確実にその熱を覚え、幼いとすら言える細い体躯は小平太に導かれて赤く色付き始めていた。
「――っ……!」
身体を小平太が触れるたび、滝夜叉はどうして良いか分からずに身体を固くする。小平太は誰を見ているのか、そんな彼女を何度も抱き締め、口を吸って宥めながら、酔っているとは思えないほどの気の長さで彼女を解いていく。
正直なところ、滝夜叉は男女の睦事というものを詳しくは知らなかった。彼女の母は幼い頃に亡くなっていたし、父はもっぱら学に長じている男であったので雅は解しても娘がいずれ女として成長して嫁いでいくということまで頭が巡らなかったらしい。更に乳母も居ないような有様だったため、彼女は母の乳母であった老女に女性の嗜みとして閨事のさわりだけ聞かされたくらいなのだ。故に今小平太が行っている行為も、意味こそ知っていてもその詳細は分からず、己の身体を意のままにしていく小平太を身を固くして受け入れるより他に滝夜叉はできなかった。
それが小平太には清らに感じるらしく、彼は何度も身を固くして戸惑い怯える滝夜叉を優しく撫でさすり、固い蕾のままである彼女の花弁を一枚一枚剥ぎ取っていく。小平太の身体から汗が落ちる頃に滝夜叉はようやく快楽の尾を捕まえた。
「ふっ、あ……っ!」
胸や腹をゆっくりと愛撫され、滝夜叉は知らず喉を震わせる。胸に唇を付けた小平太はいくつめか分からぬ痕を残す。ちゅ、と紅い頂を吸われれば恐怖ではなく快楽で身体が強張る。感情と身体の昂ぶりに抑えることができず、滝夜叉の目尻から涙が滑り落ちた。その雫を追うように小平太が滝夜叉の顔に口付ける。その瞳は確かに滝夜叉を映していて、瞳に映った己の姿に彼女は瞼まぶたを下ろした。
いつの間にか小平太の手は下腹から滑り、滝夜叉も触れたことがないような場所へと移っている。ゆっくりと入口を撫でられ、滝夜叉はどうして良いか分からずに身体を震わせた。快楽よりも恐怖が強い。教えられた知識などとうに行為は超えていた。
「あ、いや……」
「だいじょうぶだから」
思わず逃げだそうとする滝夜叉の身体を小平太はしっかりと抱え、何度もその顔に口付けを落とす。その優しい行為に思わず小平太の単衣を掴んでその胸に顔を寄せると、小平太は彼女を抱えるように支えて秘所に触れた指を更に奥へ潜らせた。まだ固く閉じられた場所を小平太はゆっくりと指で探る。異物感に滝夜叉が更に小平太の胸へ顔を押し付けると、彼は宥めるように彼女の黒髪を梳いた。
小平太の指が次第に奥へと入り込む。花芯を同時に撫でられ、滝夜叉は下半身に感じる未知の感覚に恐ろしくなって身体を固くし、小平太の単衣にしがみつく。そんな彼女に小平太は何度も口付けを落とし、宥めて身体を開いていく。その優しさを嬉しく感じながら、滝夜叉はどこか冷静な自分を自覚していた。
(――あなたはいま、だれをみていらっしゃるのですか?)
こんな風に優しくされる女性が羨ましく、妬ましかった。この優しさも愛情も、滝夜叉に与えられたものではない。小平太が見ている誰かのものを間借りしているだけだ。己を探る小平太の優しさと己の浅ましさに泣きたい気持ちになって、滝夜叉はより一層小平太の胸へ顔を押し付ける。――それは主従では許されないが、ただの男と女でなら許される行為だった。
小平太はそんな滝夜叉の心中など露知らず、ようやく解れ始めた彼女の秘所から指を離した。己の単衣にきつく指を絡める滝夜叉の身体を宥めて離し、もう一度褥に寝かせる。不安げに小平太を見上げる滝夜叉の唇を軽く吸ってから、小平太はその唇をそっと下に滑らせた。下腹、太もも、と口付けが落ち、更に秘所へと近付く。何をするか理解できずに身体を縮めていた滝夜叉は、己の足を開いてその中央へ口を付けた小平太の行為に心臓が止まるかと思った。
「な、何を……!?」
「おとなしくしてて」
熱い舌が花唇を這う。先程とは全く違う感覚に滝夜叉はぶるりと身体を震わせた。主が己の不浄な部分に口を付けているという背徳感と、直接伝わる快楽。その二つに襲われ、滝夜叉は声も上げられぬほどに息を詰めた。耳に届く水音がいやらしく、尚更に彼女を追い詰める。いつの間にかか細い声を上げていた喉は、再び指も使われて拓かれる快楽にほとばしるような嬌声を抑えてはくれなかった。
一度気を遣ってぐったりと脱力した滝夜叉に、小平太は満足そうにその身を見下ろす。その様子はもう酔っているとはとても思えず、滝夜叉は己の不実が露見するのを恐れて思わず両腕で目元を隠した。
(この酒の香に、わたくしも酔ってしまえれば良かったのに)
それを小平太はどう捉えたのか、彼はそっと滝夜叉の腕を取ると己の身体に回させる。視線を合わせない滝夜叉の顔を持ち上げ、柔らかく口付けを落としながら彼は囁いた。
「こちらを向いて、私の天女様」
(――それはだれのことですか?)
そう問いかけられるわけもない。だが、滝夜叉丸は他の女の固有名詞が出て来なかったことにひどく安堵した。天女ならば己の与り知らぬ女だし、実在するかどうかも分からない。小平太の甘い囁きにひとつだけ己を許して、滝夜叉は涙を滑らせながら彼の唇に指で触れて小さく笑った。
「――あなたがすきです」
それはたった一言、偽りを選んだ滝夜叉が差し出した小さな真実。本当に拙い、幼子のような言葉に、けれど小平太はひどく嬉しそうな顔で笑った。
そのまま小平太は滝夜叉をゆっくり抱え、その蕾を荒らす。男の中でも荒々しい部類に入る小平太だが、この時ばかりはその性にそぐわぬほどの優しさで滝夜叉を貫いた。痛みに顔をしかめ、身体を固くして堪える少女の身体を抱えて宥める。
少女の細い体躯に不釣り合いの大きな身体がその白い肌を蹂躙する様はどこか背徳すら感じさせ、小平太は己に縋る白く細い指が震えるのに目を眇すがめる。黒髪が流れて白い肌に掛かる、その白と黒の光景が小平太の視界にひどく印象的に映った。
小平太は滝夜叉をしっかりと抱き込むと、その最奥に己を押し込む。ゆっくりと何度も彼女を傷付けぬようにその行為を繰り返し、普段は必ず女子の白い腹に放つ己の精をその時ばかりは滝夜叉の胎内へと解き放った。そのまま彼女の上に覆いかぶさり、小平太は幸せな気持ちで眠りに堕ちていく。滝夜叉は己の耳元で次第に寝息を深くする小平太の頭をそっと撫でて、小さく溜め息を吐いた。
夜のしじまが対に落ちる。滝夜叉はそっと小平太の下から這い出し、傍に置いてあった桶へといざり寄った。小平太が泥だらけになって返ってきた時のために、と用意していたものがよもやこんな場面で役に立つとは、と自嘲しながら滝夜叉は布をその水に浸す。少し温くなったその水でも今の滝夜叉には気持ち良く、彼女は布を絞りながら己の身体を見聞した。
白い肌にはあちこちに赤い痕が付き、汗や体液でべたついている。更に暴かれた身体はあちこち痛みを訴え、一際強い痛みを伝える秘部は小平太の体液で汚れていた。そろりと傷む身体を動かして小平太の許へ戻り、彼を綺麗に清めてからその単衣を整える。穏やかな寝顔を見せる小平太の乱れた髪を直してやった後、滝夜叉は小平太に上掛けを掛けてやる。それから己の衣裳を拾い集め、簡単に着直すと桶を持って己の対へ戻る。
よろよろと簀すの子を歩き、滝夜叉は何とか己の対へ辿り着いた。几帳の奥に入り込み、桶を置いたところで膝が砕ける。力無くへたり込んだ滝夜叉は、桶の水で己の身体を清めながら己の浅ましさに涙を零した。
「――わたくしは愚かだ……」
一時の夢と割り切れるわけがなかったのに、どうしてこんなことをしてしまったのだろう。身体に残る小平太の残滓を拭き取る度に滝夜叉の目から涙が零れる。身体に残る痛みと優しい温もりがひとりこうして己の身体を清めている滝夜叉の惨めさを強め、滝夜叉は次第に嗚咽を漏らした。
(――けれど、わたくしはこの気持ちを知っていたとしても、同じ状況になれば同じ選択をするのだろう)
着ていた装束に朱と白がこびりつき、滝夜叉はそれらを丸めて傍らに捨てた。日が昇ったらすぐに洗って、その後は切って雑巾にでも使おうと決意する。洗えば取れると分かっていたが、例え勿体なくともその装束だけはもう二度と着られない。心が千々に乱れて、滝夜叉は己の罪の証である装束を胸に抱いて泣いた。
――それでも日は無情に昇る。
眠れぬままに白む空を眺めた滝夜叉は、この一夜だけが永遠に続いて次の日など二度と訪れなければ良いのにと願った。
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鈍行*2008.08.06〜 Written by 緋緒