鈍行
▼おもひいづ
「――ねえ、こっちで滝も一緒に飲もうよ。ひとりじゃ淋しい」
主の対で手入れの終わった装束を葛籠に納めていた滝夜叉は、己を手招く主に振り返った。
最近は夜遊びを多少控える代わりに晩酌をすることが増えた小平太だが、きちんと見張っていないとすぐに過ぎるほどに飲んでしまう。お世辞にも酒癖が良いとは言えない小平太を既に知り過ぎるほどに知っている滝夜叉であるので、彼女は自分が用意した以上の瓶子へいし(徳利の類。酒器)が主の傍に転がっているのを見て目を吊り上げた。
「宮様、あれほどお酒をお過ごしにならぬよう、とお願いいたしましたのに! また貴方は金吾や四郎兵衛に無理矢理お酒を持って来させましたね!?」
「あ、ばれた。……まあ、良いじゃない、家に居るとどうしても口淋しくなるんだもの。まだそんなに飲んでないし、許してよ、滝。ね、お願い」
「……宮様、ご自分がお酒を飲んだらどうなるか、よもやお忘れではありませんよね?」
小平太を静かに見詰める滝夜叉に彼も自分の不利を悟ったらしい。だらしなく脇息にもたれかかっていた身体を起こし、姿勢を正して滝夜叉に向かい合う。それに滝夜叉は小さく溜め息を吐き、ぱたぱたと足音を立てて対に入ってきた小さな子どもたちに視線を向けた。
「――金吾、四郎兵衛。お酒の追加はもう良い。それを宮様にお渡ししたら、お前たちはもう休みなさい。わたくしの代わりに宮様のお世話を有難うな。後はわたくしが引き受けよう」
ちゃっかりと更に酒を追加させていた主に冷たい視線を送りつつ、滝夜叉は主に言われるがままに料理廓から銚子で酒を運んできた子どもたちに笑顔を向けて彼らを労う。同時にそれ以上の酒を小平太の手許に届けることがないように先手を打って彼らを休ませ、彼女自身は彼らから半分以上も酒が満たされた銚子を受け取った。
「……滝、あのさ」
「わたくしもお相伴させていただけるそうで。恥ずかしながら、わたくしはお酒の類はほとんど嗜むことなどございませんので何か粗相いたしますやも知れませぬが、お先に御承知置きくださいまし」
滝夜叉は綺麗な笑顔を浮かべて静かに主へ伝える。それに小平太は滝夜叉の怒りをひしひしと感じ、思わず苦笑いを浮かべた。しかし、そんなごまかしが滝夜叉に通じるはずもない。彼女は溜息と共に手にずっしりと重さを感じさせる銚子を見下ろした。
半分以上も中が満たされた銚子の重さはそこそこで、酒など飲んだことのない滝夜叉にとっては明らかに量が多い。けれども、これ以上主に飲ませることだけは阻止しなければ、という心から彼女はその酒を意地でも飲んでやろうという気になっていた。
小平太はとにかく酒癖が悪い。酒癖が悪いと言えど、暴力を働いたり罵詈雑言を吐き散らしたりする類の悪さではないだけ、まだましだろうか。とにかく陽気な酒で、酒を過ごせば過ごすほどに気分が高揚し、何故かひとり山道へと駆け出して衣裳を泥まみれにして帰ってきたり、突然傍にあった踏み鋤を持ち出して穴を掘り出したりと変な行動ばかり起こす。その上、酔っ払って奇行を働いた翌朝にその記憶はないのだ。今のところは血縁が集まる宴で奇行を働くくらいだが、いつ他の場所でそういった行動を起こすのかと滝夜叉は内心冷や冷やしていた。
いくら彼が破天荒な人間であろうとも、この国を統べる天皇すめらみことに連なる親王なのである。他に模範となる行動を求められることは勿論、その行動自体が延いては国の威信に繋がるのだ。何より、滝夜叉は己が仕える主がいくら本人の粗相が原因であったとしても、他者に軽く見られるのは我慢ならないのである。故に彼女は例え越権行為であっても彼の酒量には目を光らせているのであるが、そんな彼女のいじましい努力など知ったことかと言わんばかりに小平太は彼女の目を盗んでは酒を楽しむのであった。
「……その瓶子で終わりにしてくださいましね、宮様」
「ちえっ、滝は厳しいなあ」
「三之助がまだ戻っておりませんので。宮様が駆け回られてもわたくしではお止めできませぬ故、どうぞご自重くださいまし」
再び酒を口にし始めた小平太の傍で、滝夜叉も同じく酒を飲むために腰を下ろした。小平太の酒盃とは別に新しい酒盃を用意し、先程子どもたちが持ってきた銚子から酒を注ぐ。酒を飲んだことなどない滝夜叉は慎重に一口、、盃から酒を口に含んだ。
白く濁った酒は喉を焼いて臓腑へ滑り落ちていく。少しくらりと視界が回った。――美味しいなどと感じない。ただ喉に絡むような感覚が不快だった。
「宮様、こんなものよく飲めますね。美味しくないじゃありませんか。――って、宮様! 何をなさるのですか!」
「えー? 何だ、美味しいじゃん。持ってきた酒が古くて、味がおかしくなってるのかと思った。この味が分からないなんて、滝は子どもだなあ」
「ちょ、それはわたくしが口を付けたものですよ!? 宮様ともあろう方がそのような振る舞いをなさるなんて……!」
小平太は盛大に顔をしかめた滝夜叉の手から彼女の飲みさしを奪い、その盃をためらいなく干す。滝夜叉が止める暇もないほどの早業だった。
主の食べさしなどを使用人が摘まむということなら、行儀云々はともかくとしても分からないでもないが、その逆など聞いたこともない。余りのことに固まった滝夜叉であるが、当の小平太は実に平然とした顔で彼女の言葉を笑い飛ばした。
「別に気にすることないだろうに。腹に入れば同じさ。――それに、酒の味も分からんお子様に飲まれる酒の方が可哀想だ」
「わ、分からないわけではございません! わたくしだってお酒ぐらい飲めます!」
滝夜叉は小平太から盃を奪い返し、銚子から再びなみなみと酒を注ぐ。元より負けん気の強い滝夜叉である、このような言い方をされれば意地を張るしかできない。また、少しの酒が既に回っていることもあるのだろう、彼女は己の無理を承知で鼻息荒く酒を口に含み、ほとんど力尽くでそれを喉に流し込んだ。
「で、美味い?」
「…………美味しゅうございますっ!」
明らかに顔をしかめながらも意地になって美味と主張する滝夜叉に小平太は笑う。こういった類の人間は小平太の傍に今まで居なかった存在である。小平太は彼女の様子がひどくおかしく感じられ、くつくつと上機嫌に笑った。
とは言え、元々酒など飲むことなどのない滝夜叉丸である、彼女は既に酔いで顔を赤くして盃を睨み付けていた。小平太は彼女が自分の分と決めた銚子からこっそり己の盃に酒を継ぎ足し、何度か瞬きを繰り返す少女を眺める。同時に今なら、と思い、小平太は己の盃を傾けながら口を開いた。
「――ねえ、滝。滝ってここに来る前はどんな生活していたの? お父君はお酒を飲んだりなさらなかった?」
「え……? ううん、そうですね……多分、飲まないこともなかったのだとは思いますけれども、宴でもない限りはほとんど口にすることはなかったと思います。恥ずかしながら、我が家は余り裕福とは言えないものでしたので……」
普段ならば軽くかわされるであろう話題だが、酒が入っている所為だろう、滝夜叉も通常より判断力が鈍っているらしく素直に小平太の問いへ答えた。少しだけ口元に刻まれた笑みが滝夜叉の思い出が良いものであることを物語っていて、小平太は更に続けて彼女へ尋ねた。
「ふうん……でも、滝みたいに可愛い姫様が居たら、いっくらでも公達が寄って来たんじゃないの? それこそかぐや姫の話みたいに贈り物も凄そうだけど」
「まあ、宮様ったら。まあ、わたくしの美貌を見てそう思われるのは仕方がございませんが、生憎と鄙ひなの育ちでして。公達どころか殿上人もそう居ない山の麓に屋敷がございましたので、官位があるような人間がおりましたのは我が家と隣家ぐらいのものです。隣家にはわたくしと同い年の娘といくつか歳の離れた弟君しか住んでおりませんでしたし、そういう意味では全く公達との縁などございませんでしたね」
くつり、と笑う滝夜叉の目は遠い景色を見るように投げられている。酒盃は手に持たれたまま飲まれもせずに滝夜叉の美しい顔を映し、小平太は酒を傾けながら、ふと先だって彼女が体調を崩した時に己を父と間違えていたことを思い出した。――彼女の表情を見ても分かる。滝夜叉は周囲から愛された子どもだったのだろう。
「だからか、滝が私の邸に来ても全然文句を言わなかったのは。ここに来て辞めていく女房って必ず、『こんな鄙つ場所には居られません!』って言うから」
「まあ……この辺りが鄙であれば、わたくしの屋敷は秘境に建っていることになりますよ。――本当に屋敷のすぐそばに山があって、子どもの頃はよくそこで遊んだものです。日が暮れるまで山を駆け回って、今思えば全くお転婆でしたね」
小平太の言う通り、彼の邸は山のすぐ近くに存在する。夏場は虫も多く飛んでくるし、環境が良いとは決して言えない。けれど、小平太が知る限り滝夜叉がその点について何かを言っていた記憶はなかった。同時に彼女が小さく呟いた言葉に、ようやく小平太は彼女の常識外れな行動の理由を理解した。
(――不埒者どころかまずほとんど人が居ないような場所で愛されて暮らしてたんなら、そりゃ危機感なんて芽生えるはずはないよなあ)
いつの間にか小平太が盃を干して、傍の銚子から酒を継ぎ足しても滝夜叉は文句を言わなくなっていた。酔いが回って注意力散漫になっていることもあるが、それ以上に彼女は思い出に浸っている。しかし、その表情は先程までの幸せそうなものではなく、どこか淋しい影が差し込んでいた。
「…………宮様は」
滝夜叉が初めて自ら口を開いた。盃はいつの間にか手と一緒に膝の上に乗せられており、彼女は小平太を見ることなく続けた。
「このお邸にこんなに少ない者しかおりませぬのに、お淋しゅうございませぬか……?」
「淋しい?」
「――人が居ない屋敷は、淋しゅうございましょう」
もう滝夜叉は小平太を意識してすらいない。ただ、ぽつりと心の中にある本音を漏らす。涙が頬を伝うことはなかったが、滝夜叉はまるで泣いているように見えた。滝夜叉の目に映っているのは既に小平太の屋敷ではない。家人が消えて己ひとりが取り残され、温かさも失われて闇に沈む自邸であった。
小平太は脇息から身を起こして、そっと滝夜叉の傍へ寄った。同じ夜景であっても、自邸から見えるものよりずっと淋しいそれを見ているであろう滝夜叉の手のうちから盃を取り、その中身を干してから彼は彼女の頭を撫でた。
「――淋しくはないよ、私にはお前たちが居るからね」
「え……?」
「滝が居て、三之助が居て、金吾と四郎兵衛が居て、厚着と日向が居る。――少し足を延ばせば親兄弟の顔も見られるし、私は淋しくない。滝は私の家に居て淋しい?」
温かい手が彼女の艶やかな黒髪を撫でる。その手付きが幼い日に己の頭を撫でた父親とよく似ていて、滝夜叉は普段ならば決して許さないであろうその行為を享受していた。目を伏せれば、鮮やかに蘇る両親の記憶。今では少し切ないその思い出に彼女は少し子どもに返り、小平太の手のひらの下で小さく頭を振った。
「けれど、宮様方が居ないお邸は嫌いです。――誰も居なくなった屋敷を思い出して、嫌……」
小さく呟かれた言葉は今まで小平太が不在であろうとも、常にしっかりと邸を守り通してきた滝夜叉の言葉とは思えぬほど弱々しいものだった。
小平太は滝夜叉という存在を得て羽を伸ばすことを覚えたけれども、彼女の労働負担もさることながら、こういった面でも我慢を強要していたのだと改めて反省する。同時に今までずっと己を真っ直ぐに見据えてきた少女の肩がこんなにも細く小さなものだったということに気付き、彼は無意識に滝夜叉の身体を引き寄せた。
柔らかい小さな身体は小平太が抱き寄せれば抵抗なくその胸に落ちる。しかし、そのまま己の身体に寄りかかってきたことで小平太は少女の異変に気付き、そっと滝夜叉の顎を持ち上げた。
「……寝てるし」
慣れない酒で酔ったのだろう、滝夜叉はいつの間にか小さな寝息を立てていた。既に深い眠りが訪れているらしく、小平太が頬に軽く触れても起きる気配がない。その表情は余りにも稚いとけなく、普段の引き締まった顔が嘘のようである。それだけ普段は気を張っているのだということに小平太はそこで初めて気付いた。
同時に小平太は、滝夜叉が女房勤めを今までほとんどしたことのない姫様育ちだということを思い出す。小平太の邸が他の家とは随分違うとはいえ、慣れない女房勤めをずっと続けてきたのだ。気が緩む暇もなかっただろう。特に滝夜叉は女房と言いながらも小平太の身の回りだけでなく、他の女房が数人がかりでやるような邸全体を見る仕事や食事の支度、挙句には小さな従者たちの姉とも母親ともつかないような役回りまで負っている。常に気を張っていなければならない状況を作り出した人間としては、さすがの小平太であっても罪悪感が芽生えた。
「……いつも有難うな、滝」
珍しく殊勝な気持ちになって小平太が囁くと、腕の中で安らかに眠っている滝夜叉が顔をしかめて小平太の胸に顔を埋めた。甘えるようなその仕草に小平太は驚く。けれど、続いて耳に届いた「ちちうえ」という言葉に苦笑し、己にすり寄る滝夜叉の身体を支え直した。
「父親にべったりだなんて、一体どんな生活をしていたんだか」
歳の割にしっかりとして大人びた娘だと思っていたのだが、こういった点では何も知らぬ稚い子どものようだ。滝夜叉が育った環境は随分と特殊だったらしい、と小平太は胸中でひとりごちると、聞き流していた彼女の氏素性を改めて同年の異母姉である仙子に尋ねておこうと頭の隅に置いた。
小平太自身は酒が入っているものの、まだまだ酔っ払うまでは行ってない。それもそのはず、彼は自分の身をきちんと任せられる人間が傍に居なければ酒を過ごしたりはしないのだから。一応は自分でも気を付けているのだが、と小平太は溜め息を吐いたが、信用を失くしている一番の原因である常日頃の行いを顧みることは一切ないのだった。
しかし、自我を失くすほどではないが酒は確実に小平太の力を奪っている。自分でよろめいて転ぶ分には全く構わないが、滝夜叉を抱えて転んだら大事だ。小平太はしばらく考えた後、滝夜叉の局まで彼女を運ぶのは面倒という理由の下に彼女の身体を己の寝所へと引き入れた。何より、寝殿までは数歩の距離である。いくら小平太とて、その距離ならばよろめいて滝夜叉を落とすこともない。
「ちょっと狭いけど、風邪引くよりはましだろう」
寝にくいだろうと彼女の袿を脱がし、その辺りに放り投げる。小袖と袴姿になった滝夜叉を己の腕の中に抱え込み、小平太は上掛けを被る。飲み干した酒の器もそのままに、小平太は程好く回った酔いも手伝って気分良く眠りに就く。抱えた柔らかな身体から薫る香や温かさでいつになく落ち着く己に気付かぬまま、小平太は深い眠りへと沈んでいった。
――その翌日、主と同衾していた滝夜叉が邸内どころか隣近所数件にまで響き渡るような悲鳴を上げたことは言うまでもない。
「どうして起こしてくださらないんですか!? いえ、それよりもどうして同じ褥しとねで……っ! わたくしのことなどその辺りにでも転がしておいてくだされば良かったのに!」
「そういうわけにもいかんだろう、滝は女子なんだし。第一、滝に風邪を引かれたら一番困るのはこの私だ」
「それは……ですが、だからと言って!」
言いたいことは分かるが、常識を遥かに飛び越えた処置に滝夜叉はどうして良いか分からなくなった。
確かに寝所へ連れて行ってもらったのは有り難かったし、風邪を引かずに済んだのも小平太のお蔭である。だが、それが小平太と同衾するとなれば話は別だ。
まず第一に、主の褥で休む女房など聞いたことがない。勿論、召人めしうど(主と関係を持つ女房。身分の低さから愛人と認められない)ということはあるが、滝夜叉と小平太の間にそのような関係はないのだから尚更である。それに何より、昨夜自分が小平太に信じられないほどの醜態をさらしたかを覚えていることに彼女は穴を掘ってでも埋まりたくなった。――滝夜叉は酒に酔っても都合良く記憶が消えない体質らしい。
結局、何やかやと言いながら出仕する小平太たちを見送ってから、滝夜叉はひとり溜め息を吐いた。同時に二度と酒は飲まないと堅く誓う。盃一杯も飲んでいないというのにあんな状態になったということが彼女にとって大きな心の傷になっていた。
「……大失態だ……」
もう何度目かも分からないほど吐いた深い溜め息をもう一度吐き出しながら、がっくりと肩を落として滝夜叉は低く呟いた。
主の前で居眠りをするだけでなく、その手を煩わせて同衾したとあっては「優秀な女房」の名折れだ。しかも、酔っていた間の記憶もあるだけに、どうしてその時に正気に返らなかったのかと過去の自分を殴り飛ばしたくなる。そこで再び蘇ってきた記憶に耐えがたい恥ずかしさを覚えながらも、その中でふと頭を撫でられた時に感じた小平太の手の温かさを思い出して彼女は我知らず己の髪に手を伸ばした。
記憶に残るのは己が父の優しい手のひら。そして、昨夜に聞いた小平太の言葉。
(――私たちが居るから、淋しくない、か……)
その言葉が持つ本当の優しさを滝夜叉はよく知っている。そして、それがもたらす温かい感情に小さく息を吐き、彼女はようやく己が主に惹かれていることに気付いた。彼の性格や振る舞いは明らかに滝夜叉の好みでないにも関わらず、本当に些細なことで彼は滝夜叉の心を揺さぶるのだ。それが幾度も降り積もり、今の滝夜叉へ押し寄せる。
けれど、その想いは認めるべきではない。滝夜叉は身分も違う、性格も合わない、と建前を振りかざして己を納得させようとしたが、心の奥底に灯った小さな火は理性という名の水を掛けようが、道理という名の風が吹こうが消えることはなかった。
(――ああ、認めるしかないのか)
滝夜叉は何度打ち消しても現れる想いに、どうしようもなく諸手を上げた。むしろ、こうなってしまえば今まで気付かなかったことが不思議なほどに滝夜叉は小平太へ惹かれている。
けれど、小平太は伴侶こそ居ないが通う女性は多く、その相手の多くは後腐れのない貴人だった。どう考えても、血統こそ良いものの官位は受領層に近い滝夜叉など相手にされるはずがない。どちらにせよ、この御時世では恋など夢幻である。滝夜叉は自分は恋を知ることができただけ良かったのだと無理矢理に己を納得させ、その気持ちを心の奥底へと沈めて見ない振りをした。
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鈍行*2008.08.06〜 Written by 緋緒