鈍行


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▼邂逅



「喜八郎、どこへ行った……!」
 姉の名を呼びながら村を駆け回る滝夜叉丸の目に止まったのは、倉らしき建物。そびえ立つ土塀にまさか、と思い、なかが見える場所を探してぐるりとその周囲を回る。しかし、そこにいたのは彼女が探し求めている双子の姉ではなく、真っ白な髪を後ろで束ねた、年の近い少女であった。
「雷蔵、こんなところで何をもたもたしている! 早く村から出ろって言っただろう!」
「は……? いえ、あの私は雷蔵じゃ」
「三郎はどうしたんだ? 一緒じゃないのか?」
「いえ、ですから……」
「早くしないと儀式が始まってしまう! そうなったらもう逃げられない。急いで三郎と二人で逃げるんだ! 外に行けば八左ヱ門が待っている。そこまで頑張れ」
 自分は雷蔵ではない、と告げたいのに、彼女は滝夜叉丸の言葉を聞いてはくれない。それに彼女が困惑した顔をすると、その少女は先程まで浮かべていた険しい表情を少し緩め、柔らかな調子で口を開いた。
「……三郎なら多分、祭主の家にいる。今ならまだ間に合うはずだ。三郎を連れて、急いでこの村から出るんだ」
「村から出ろと言われても……出口がなくて」
「出口がない……? 出入り口を塞がれているのか。もう祭主が手を打っているんだな……」
「それに、祭主の家ってどこのことですか? 喜八郎――双子の姉が入っていったのは、何だか大きな門がある家でしたけど。でも、その門には鍵がかかっていて入れません」
「それが祭主の家だ。というか、お前たちの家だろう」
「いえ、ですから私たちは……」
 雷蔵と三郎ではない、と告げようとしたが、その言葉を投げかけようとした人物は眉をひそめて何かを考え込んでいる。それに滝夜叉丸が言葉を止めると、彼女は視線を再び滝夜叉丸に戻して口を開いた。
「――雷蔵、門の鍵の場所も覚えていないのか?」
「ですから、私たちはその雷蔵と三郎じゃないと何度言ったら……」
「……雷蔵じゃ、ない? でも、俺には雷蔵にしか見えない……けれど、鍵の場所すら分からないなら……君は本当に雷蔵とは別人なんだな。
 門の鍵がかかっていると言ったな? なら、その鍵は双子地蔵に祀られている。村の隅にそこの地蔵と同じものが立っているはずだ。そこに門の鍵が隠してあるんだ。隠し場所は探せばすぐに分かると思う。
 今、村は儀式を進めようとしている。その中心となる巫女が雷蔵と三郎――君によく似た双子の姉妹なんだ。このまま儀式が始まれば逃げ出すことはできなくなる。だから、急いで屋敷の三郎――いや、君の姉を連れ出して、この村から逃げ出すんだ」
 滝夜叉丸は少女が自分が「雷蔵」という存在ではないことを多少なりとも理解してくれたことに安堵の息をついた。何より、訳の分からない、化物たちが襲ってくるこの村でまともな会話が成立する存在と出会えたことが嬉しい。滝夜叉丸は言われたとおりに双子地蔵を探しに出ようとしたが、その前にふと思いついてくるりと少女へと振り返った。
「――私の名前は滝夜叉丸。双子の姉は喜八郎と言います。貴方の名前も教えていただけますか?」
「……兵助。双子の妹は勘右衛門、って言った。今はもう、いないけど」
「ありがとうございます。……私たちは貴方の言う雷蔵さんと三郎さんではないですけれど、もしその人たちに会うことがありましたら、貴方が言っていたことを伝えておきます」
 滝夜叉丸の言葉に少女――兵助は初めて笑みを浮かべた。彼女の言葉に小さく頷くと、鉄格子を掴んで囁く。
「……ありがとう。頼むよ。
 さっきも言ったけれど、今村は儀式を進めようと躍起になっている。村全体が君たちの敵に回っていると思え。信頼できるのは君たち自身と、雷蔵・三郎の二人、それから俺。あとは俺の弟と村の外で待っている八左ヱ門くらいだ。
 雷蔵と三郎は俺と同じ年頃の双子で、今この村にこの年頃の双子は雷蔵たちしかいない。君たちによく似ているから見れば分かると思う。もうひとりの八左ヱ門はもうこの村にいないはずだから、あとは俺の弟――タカ丸と言うんだが、俺よりひとつ上で目立つ容姿をしているから、こいつも見ればすぐに分かると思う。金の髪で赤い着物を着ている。腕には鈴を着けているから、近くにいれば音ですぐに分かるはずだ。目が弱くて身体が少し不自由だから、君たちの力になれることは余りないかもしれないが、俺の名前を出せばきっと協力してくれる。
 それ以外の人間は皆、儀式のために雷蔵と三郎を探している。君たちがそうでない、ってことは今の話を聞いて分かったが、正直、俺には今も君が雷蔵にしか見えない。つまり、この村の人間は皆君たちを雷蔵と三郎だと思うということだ。捕まれば儀式に引きずり出されることになる。そうなればもう逃げ出せなくなるから、何とか他の人間には見つからないように三郎――いや、喜八郎だったか――ともかく、君の片割れを連れて一刻も早く逃げるんだ。大丈夫、村の正面から出られなくとも外に出る道はある。そこを教えてあげるから、とにかく急ぐんだ。
 もし、途中で何か分からないことができたら、ここに戻ってくると良い。私はこの村の生まれで、……儀式にも参加した。力になれることは多いだろう」
「……ありがとうございます」
 滝夜叉丸は兵助に深々と頭を下げ、それから身を翻した。先程示された双子地蔵を探さなければならない。兵助の言う〈儀式〉が何かは分からないが、なぜだかとても嫌な予感がするのだ。とにかく、その〈儀式〉が始まる前に喜八郎を連れて逃げなければ、と思い、滝夜叉丸は地面を強く蹴って再び村へと飛び出していった。



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鈍行*2008.08.06〜 Written by 緋緒


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