鈍行


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▼体育委員会編(こへ滝)



「…………しかし、でかいなあ」
「人の身体を見ての第一声がそれですか」
 制服に着替えて体育委員会に割り振られた部屋へと現れた滝夜叉丸を見て、小平太がしみじみと漏らす。それに勿論滝夜叉丸は顔をしかめて小平太を睨み付けたが、彼は何ら意に介した様子もなくメソメソと泣き続ける金吾へ振り返る。
「ほら、金吾。滝夜叉丸も来たぞ。滝夜叉丸もお前とおんなじだけど、あいつは泣いてなんかいないだろ? だから、お前も泣きやめ」
 ポン、という軽い音ではなく、ドカ! という鈍い音を立てて小平太が床に突っ伏している金吾の背を叩いた。それに滝夜叉丸が慌てて駆け寄り、嗚咽以外の原因で震える身体を抱き締める。ギリ、と鋭く小平太を睨み付けると、滝夜叉丸は腕の中の金吾へと視線を戻した。
「金吾、お前も女になってしまったのか?」
「う……う、うう、うわああああああん!! 先輩、僕どうなっちゃうんですか!? 僕のおちんちんはどこに行ってしまったんでしょう! 僕、ぼく……本当に男に戻れるんですかあああ!?」
「うわっ! ……落ち着け金吾、大丈夫だ。今、善法寺伊作先輩が原因の究明と改善の方法を探ってくださっている。元々あの方が作った薬なんだ、解毒剤も簡単に作れるだろうよ」
「う、でも……」
 滝夜叉丸は己にしがみつく金吾が下を向くのを眺めた。彼の視線はただ一点、少し緩くなった袴の股間に定められている。その気持ちが痛いほど分かった滝夜叉丸は、ただ彼を抱き締めて、あやすようにその背を叩いた。
「大丈夫だ。それに、薬の効果はいつか切れるもの。その時にきっと元に戻るさ」
「ほ、本当でしょうか……?」
「ああ、当り前だろう。第一、いくら私が美しいとはいえ、女子になってしまっては世の損失! 神様も仏様もそのようなことは決してなさるまいよ」
 金吾は滝夜叉丸が自信たっぷりに言い放った言葉に沈黙した。気分は落ち着いたものの、微妙な気持ちが残る。身体を放して何を言うべきか、と言葉を選んでいると、「ひえっ!?」と奇声が振って来た。
 顔を上げてみれば、滝夜叉丸の脇から伸びる二本の手。その大きな手は遠慮なしに滝夜叉丸の豊満な胸を掴み上げ、ぐいぐいと揉みしだいていた。その手の動きと共に滝夜叉丸の胸も服の上から形が変わるのが分かり、金吾も――そして、その場に居合わせた四郎兵衛も顔を赤くして視線を泳がせた。
「ちょ、ちょっと七松先輩! 何をなさるんですか!? 放してくーだーさーいー!!」
「ケチ、ちょっとぐらい良いじゃん、減るもんじゃなし」
「そういう問題じゃありません! 第一、女子の胸を鷲掴みにするなんて最低ですよ!」
「滝夜叉丸は男だろー?」
「今は女でしょうが! 大体、そんなのは女性が突如男の股間を掴み上げるようなものですよ!? そんなのはいくらなんでも嫌でしょう、貴方だって!」
「……? こう?」
 何とか小平太を振り払って怒鳴り付ける滝夜叉丸に対し、小平太は彼の言い分など何のその、滝夜叉丸の言い分を逆手にとって彼女の手を自分の股間へと導いた。むにゅ、と音を立てて小平太のイチモツに滝夜叉丸の掌が埋まり、触られている小平太ではなく滝夜叉丸が顔を真っ赤にして手を振り払った。
「ななななななななななな何するんですか、貴方は!!」
「いや、だってつまりこういうことでしょ? 私は別に平気だけど」
 自分で触らせておいて平気もクソもなかろう! 滝夜叉丸は未だ感触の残る掌を己の袴で拭いつつ、言いたいことを飲み込んだ。――どうせ言っても無駄だ、と彼は既に確信していた。
「それに普段はもっと凄いことして――うおっ!」
「下級生の前でそれ以上言ったら、貴方を本当に細切れにしますよ……!」
「分かった分かった、もう言わない」
 分かってない! と滝夜叉丸は叫びたかったが、藪を突いて蛇を出すことになったら最悪だ。小平太は予想が付かないことを平気でやる。それを深く付き合っているからこそ、滝夜叉丸はよく分かっていた。
 彼のことは置いておいて下級生の方を、と滝夜叉丸が振り返ると、部屋の隅で抱き合って怯えている最下級生たちと目が合った。
「……そんなに怯えなくても大丈夫だ。今のは私たちが悪かった」
 部屋の隅まで歩み寄り、滝夜叉丸は前に屈んで下級生たちに手を差し伸べる。それへ先に反応したのは、二年生の四郎兵衛だった。
「……お母ちゃん!」
 理解しがたい発言と共に、彼は滝夜叉丸の胸へ飛び込んでくる。四郎兵衛は滝夜叉丸のふくよかな胸に顔を埋めると、何度も母を呼びながら泣き始めた。押し倒される形で尻もちをついた滝夜叉丸は、己の胸にしがみついて泣く四郎兵衛を理解できないものを見るように見下ろす。しかし、嗚咽に紛れて母を呼ぶ声を聞けば、彼が滝夜叉丸に母を見ていることは理解できた。
「お母ちゃん、お母ちゃん」
 どうやら、この胸が望郷の念を生んだらしい。そう言えば、母という存在は胸があるものだったなあ、と滝夜叉丸は己の乳母を思い出して頭を掻いた。さすがに十三ともなれば忍術学園で暮らすのも慣れ、家にそれほど感情を抱かなくなる。けれど、まだ二年目に入ったばかりの四郎兵衛はそうもいかないのだろう。
「……母上え……」
 四郎兵衛の泣き声に釣られるように、今までは己の変化に泣きべそを掻いていた金吾も今度は別の感情から涙を溢れさせる。思わずギョッとして身構える滝夜叉丸を余所に、彼もまた滝夜叉丸の胸に飛び込んでその胸に顔を埋めた。
「母上、お会いしたいです……母上えええ……!」
 いくら力が弱いと言えど、己を本気で締め上げてくる下級生二人に「私はお前らの母などではない」と言ってやりたかった。しかし、己の制服が濡れるほどに泣いている下級生たちを力ずくで引き剥がせるほど、滝夜叉丸も鬼ではなかった。溜め息ひとつで彼らを抱き締め、半ば自棄で彼らのことをあやす。それを見ていた小平太が悔しそうに声を上げた。
「あ、ずるい! 私が触ったら怒るくせに!」
「貴方とこの二人では目的が違いますでしょうが!」
「ひどいな〜、滝! 私だけ仲間外れだ」
「家が恋しい下級生と、もう大人の先輩を同列に考えないでください!」
 下級生を気遣って小声ではあるが、上級生二人の論争も続く。しかし、次第に収まる嗚咽としなだれかかってくる重さに気付き、二人は一度矛先を収めて下級生二人を横に転がした。
「……やっぱりまだ子どもなんだなあ」
「当たり前でしょう。――起きたら少しは落ち着いていると良いのですが……」
「大丈夫だろ。ほい、掛け物」
「有り難うございます」
 陽の当たらない場所に二人を転がしている滝夜叉丸に、小平太が引っ張り出してきた上掛けを手渡す。それを二人に掛けながら、滝夜叉丸は小さく溜め息を吐いた。
「……この子たちが寝ている間に、元に戻れば良いのですけれど……」
「さすがにそれは無理じゃねえ?」
「でしょうね。……そう言えば、三之助はどこへ? あれは一応無事なんですか?」
「ああ、朝見た時は男のままだったなあ。確か、三年はい組の孫兵、ろ組の作兵衛、は組の藤内、数馬が女子になってたはずだ」
「それってほぼ全滅じゃないですか……そう言えば、三年と四年は昨日実習が一緒で同じ時間に食事をしましたからね……片付け当番だったタカ丸さんと相も変わらず迷子になっていたろ組の二人だけが難を逃れたというわけですか」
 滝夜叉丸は額を抑えながら深い溜め息を吐いた。今更言っても詮なきことだが、あの時あの定食さえ食べなければ己は今頃小平太と同じ側に居られたものを。もう一度深い溜め息を吐いた後、滝夜叉丸は己へと寄ってくる小平太へと視線を向けた。
「……貴方は楽しそうですね?」
「うん、女子の滝なんて滅多に見られるもんじゃないからね」
「滅多と言うか、二度とありませんよ」
「うん、可愛い」
 この男はどうしてこう、と滝夜叉丸はがっくりと肩を落とす。もう反論する気力もなかった。だが、ただひとつだけ気になって、喉を震わせる。
「――女子である方が、貴方は嬉しいですか?」
「何で?」
「女子ならば、生涯添えるでしょう」
「別に女子じゃなくても一生一緒に居られるじゃないか」
 その言葉に滝夜叉丸がどれほど喜んでいるか、きっと小平太は知らない。滝夜叉丸はその言葉に呆れた風の溜め息を装い、吐息を洩らした。その表情は艶っぽく、小平太の欲を煽る。小平太は即座に滝夜叉丸の腕を掴み、己の腕の中へと引き込んだ。
「滝夜叉丸、可愛い」
「ちょ、下級生たちも居るんですよ!?」
「寝てるじゃん」
「そういう問題じゃありませんよ!」
 抱き締められる形となった滝夜叉丸が慌てて身体を離そうとしても、小平太の腕が絡んで叶わない。それどころかますます抱き締められる形となった滝夜叉丸に、小平太は止めの一言を囁いた。
「私は滝夜叉丸が滝夜叉丸であれば、性別なんて関係ないんだよ」
「……先輩……!」
「うん、で、今晩は私の部屋に来てね?」
 せっかく感動したというのに、次に続いた言葉で全てが台無しになった。がっくりと肩を落とす滝夜叉丸に小平太が不思議そうな顔をする。それに全てを理解していないことを悟った滝夜叉丸は、己を抱き締める男の腕に手を添えて呟いた。
「…………夜に、ですね?」
「うん。イイコトしよ? ――滝夜叉丸の初めては私が全てもらうって決めてるし。あ、でも……滝夜叉丸、胸は大きいけどおそそ(陰部)はどう? 私の摩羅は結構大きいから、ちゃんと入るかな……」
 諦め気味な滝夜叉丸に追い打ちをかけるように、小平太が抱き締めた身体を撫でまわしながら告げる言葉に滝夜叉丸は絶句した。けれど、己の身体を柔らかく抱き締める男の腕は既に慣れたものでもあり、いつの間にか滝夜叉丸は静かに己の身体を委ねていた。
「――私は早く元に戻りたいです」
「うん。でも、せめて一回ぐらいしてからにしようね?」
「……貴方という人は……!」
「だって、勿体ないじゃない。滝夜叉丸は女子になっても全く私好みなんだもの! ――あ、安心して。ちゃんと優しくするから」
「そんなことは聞いてません」
「大丈夫、大丈夫。……疲れて眠ったら、朝には元通りになっているかもしれないしな」
 滝夜叉丸は小平太のその言葉に彼の背に回した腕に力を込めた。――下級生には何度も繰り返した言葉だが、それを一番信じていなかったのは、自分。だからこそ、誰かに言ってもらいたかった。そして、それを滝夜叉丸に信じさせてくれるのは小平太しかいなかったのだ。
「先輩……!」
「大丈夫、大丈夫」
 頭や背中を撫でられる温かさに滝夜叉丸は安堵し、己の身体から力を抜いた。小平太の腕の温もりと守られている気安さから、滝夜叉丸は張り詰め続けていた気を緩める。次第に落ちてくる(まぶた)に抗うこともできぬまま、滝夜叉丸は闇の世界へと旅立って行った。



「…………あれ?」
「おう、ようやくのご登場か」
「何で三年長屋に先輩達が居るんスか? しかも、ほとんど寝てるし」
 次屋の頓珍漢な言葉に小平太が笑った。彼はいつもこの調子で、小平太も慣れているのだ。小平太は己の腕の中で眠る滝夜叉丸の髪を梳きながら、三年長屋に辿り着こうとして全く別方向の委員会室へ来てしまった下級生が部屋に入ってくるのを眺めた。
「へえ、この人もですか」
「ああ、可愛いだろう?」
「乳でかいっすね」
「そうだろう。同じ学年の田村と綾部も女子になっていたが、滝夜叉丸のが一番立派だよ」
 眠っているのを良いことに、小平太は自分にもたれかけさせた滝夜叉丸の胸を先程と同じように掴んだ。幸い、滝夜叉丸は珍しく熟睡しているようで、小平太の暴虐にも起きる気配がない。不埒な行為を続ける小平太に、三之助も煽られるように滝夜叉丸の身体に手を伸ばした。――が、その手は叩き落とされる。
「駄目、これは私の!」
「それだけ見せつけておいて、そりゃないでしょうよ」
「お前もやりたいなら、自分だけの人を見つけな。滝夜叉丸はもう私のだから駄目だけどね」
 三之助は小平太の言葉に惚気られた、と気付いて溜め息を吐く。小平太は元々こういったところがあるが、今まではどこか冗談の意味合いが強かった。それが今やこれである。時折、滝夜叉丸を都合のよい存在と勘違いしていないかと思わないでもなかったが、それは杞憂であったらしい。その心配にどんな意味が含まれているかも気付かぬまま、三之助は小さく溜め息を吐いてから下級生二人の隣へ寝ころんだ。
 彼の背後では、まだ小平太が滝夜叉丸で楽しんでいる音がしていた。



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鈍行*2008.08.06〜 Written by 緋緒


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