鈍行


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▼全体的な被害の報告



「まさか……この世にこんな薬効がある代物があるなんて思わなかった」
「本当だよ」
 随分と高くなった声で呟いた善法寺 伊作に、同じく被害をこうむった食満 留三郎が吐き捨てる。勿論、彼ら二人には衣服を持ち上げる立派な胸が存在し、身体付きもかなり柔らかくなっている。行儀悪く胡坐を掻く食満の裾からは白く伸びた太ももが見え隠れしており、その場に居る者を落ち着かなくさせた。
「とりあえず留三郎、正座して。太ももまで丸見え」
「え? いつもこんな恰好じゃねえか」
「今は女の子でしょ。――ほら、他の子たちが目のやり場に困ってるから」
 取るものもとりあえず、といった様子で三々五々と〈原因〉の許へ現れた忍たまたちは年長である食満のその肢体に惑うように視線を逸らしていた。――それもそのはず、普段なら気にならないその身体も今は妙齢の女子のもの。忍術学園に居る以上はくのいちですらそう関わり合いにならない忍たまたち(特に下級生)は、そこに居るのが食満と分かっていても視線を泳がせざるを得なかった。
 顔を真っ赤にしている三、四年生や、上級生が傍に居る者は目隠しをされたりとその様子は様々だ。自然と委員会単位や恋仲同士で傍に寄り添い合う忍たまたちに伊作がまず初めに行ったことは、床に手をついて頭をぶつけるほど下げることだった。
「本っ当ーに、すみませんでしたっ! 僕の不注意で皆をこんな風にしてしまうなんて、本当に申し訳ない! この事態を引き起こした原因として、また忍術学園六年として、そして保健委員長として、新野先生にご協力いただき、すぐにでも状況改善及び事態解決に全力を尽くします!」
「先輩、そんなに謝らないでください。その……確かに何と言うかとんでもないことが起きましたが、幸いにも生命に別条があるわけではないですし……その、薬が切れれば元に戻るんでしょう? 戻りますよね?」
 ゴチン、と床に額がぶつかる音に身体を跳ねさせた雷蔵だが、すぐに持ち前の人の良さを発揮して今にも切腹して果てそうな伊作を宥めにかかる。しかし、その内容が次第に縋るような調子になったのは、雷蔵も同じく柔らかな身体に変化している所為だろう。そのすぐ傍には彼――現在は彼女だが――と同じ顔をしている鉢屋 三郎が控えている。不安そうにしている雷蔵の肩に手を置く様はひどく自然で、彼らがお互いに深い絆で結ばれていることを示していた。
 それに逆に声を上げたのは、四年生の平 滝夜叉丸である。予てより自己主張の強い彼は裾が乱れるのを無視して立ち上がり、美しい顔を般若に変わらせて叫んだ。
「当たり前でしょう、このままで居るくらいなら私は死にます! ――善法寺先輩、私がいくら女子にしたって美しさも才能も変わらないからと言って、それに満足しているわけでは勿論ありませんからね! 何としても直してくださいよ! でないと、貴方も地獄への道連れにしますからね!」
「まあまあ、落ち着けよ滝夜叉丸」
「これが落ち着いていられますか! 綾部や金吾まで被害をこうむっているんですよ! 何とかしてもらわなければ、あんまりです!」
 後ろから裾を引っ張る小平太に怒鳴り返し、滝夜叉丸は火花でも散らすかのように伊作を睨み付ける。その怒りは普段感情が豊かな彼であっても珍しいほど深いもので、伊作はそれに神妙な顔をする以外になかった。
「だからと言って、伊作を責めたってしょうがないだろ。伊作だって女子になっちゃったんだし、もし伊作が学年全体を巻き込みたいと思ってたんなら、昨日だってあんな風に通達なんて出さなかったに決まってる。女子になって動揺してるのは分かるけど、少し落ち着け」
「男のままの貴方には言われたくありません……!」
 珍しくまともなことを言う小平太に滝夜叉丸は顔を背ける。けれど、すとん、と再び腰を下ろしたことで一応は怒りの矛先を収めたことを示し、続きを聞く態度を取る。滝夜叉丸の不器用な優しさに申し訳なくなりながら、伊作は傍らに控えていた学園長へと座を譲った。
「ふむ。――まあ、諸君には災難じゃったの。
 じゃが、どんな不測の事態にも適応するのが〈忍〉というもの。諸君らも忍のたまご、忍たまである以上はこの状況も受け入れられなければならない。
 ……とはいえ、この状況で授業もさすがに身が入らんじゃろ。というわけで、この事態が解決するまでは授業は無期限停止、各々原因究明に尽力するように」
「が、学園長!?」
「また授業が遅れる……」
 老翁の言葉に驚いたのはその場に集まっていた教師たちである。彼らは食事の時間が遅かったため、幸いにも誰ひとりとして被害にあった人間は居ない。更に命にかかわる事態でないということも、彼らにとっての理解の不足に繋がっているのであろう。教師たちは授業の心配に溜め息を吐き、深刻な悩みの渦に包まれている生徒たちに睨み付けられる羽目になった。
 更に医務室の長であり、この事態を好転させる可能性が高い新野から今後の生活への注意事項が述べられ、その場は一度解散となる。女性化した生徒もそうでない生徒も三々五々と長屋へと戻って行く。その多くはまだ夜着姿で、起き抜けに発覚した己の変化に身繕いも忘れるほど動揺していたことを示していた。それに伊作が申し訳なさに溜め息を吐いて俯くと、ふと前がかげった。顔を上げれば、そこには先程自分に痛烈な言葉を投げつけた滝夜叉丸の姿が。まだ何か言われるのだろうか、と伊作が姿勢を正した瞬間に、思いもよらぬ言葉が彼の――彼女の唇から洩れた。
「……先程は大変失礼をいたしました。私も動揺しておりまして、ひどいことを申し上げました」
「滝夜叉丸……そんな、良いんだよ。それに本当のことだもの」
「先輩だって同じ目に遭われているではありませんか。――だからこそ、早く解決策を見つけてください。私も何かお手伝いできることがあれば、何でもご助力いたします」
「滝夜叉丸……」
 決まりが悪そうに顔を赤らめて呟く滝夜叉丸の様子に、伊作は思わず胸が締め付けられるような気持ちになった。伊作が女性化したのはおばちゃんが厚意で薬剤入りの汁物が載った定食を残しておいてくれたからで、これに関しては全くの自業自得である。それ故に滝夜叉丸の非難とて当たり前のことで、謝られる必要などどこにもないのだ。
 それを告げると滝夜叉丸は困ったような顔をし、「それでもけじめはけじめですから!」と真っ赤な顔で告げる。普段から過度な自慢癖と強すぎる自己愛が目立つ滝夜叉丸だが、こういった事態に見られる本質はとても善良であることが知れた。
 彼が自負するほどに美しい顔は女子になった今、尚更に麗しく見える。もじもじと困ったように視線を泳がせる後輩に心底可愛らしさを感じて、伊作は滝夜叉丸を抱きしめようとした。――が、それは滝夜叉丸が唐突に消えることで敵わない。床に沈み込んだ伊作が視線を上げると、笑顔でありながら少し不機嫌そうな小平太が滝夜叉丸を腕に抱えていた。
「伊作がやるべきことは滝夜叉丸に絡むことじゃなくて、治療法の発見だろ? 滝夜叉丸も金吾も私がちゃんと見ておくから、頑張ってよね!
 滝夜叉丸、行くよ。金吾が不安がってるし、着替えてから委員会室集合ね」
「ちょ、先輩放してください……!」
 倒れ伏す伊作など居ないかのように小平太は滝夜叉丸を抱えて去っていく。それを悲しい瞳で見送った伊作は、慰めるように食満に叩かれた肩にようやくやる気を取り戻したのだった。



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鈍行*2008.08.06〜 Written by 緋緒


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