鈍行


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▼花嵐一夜



 ――時間は少し、(さかのぼ)る。



「……学園はどうなってるんスかねえ」
 忍術学園を目指し、目の前に時折現れる敵を排除しつつ疾走する中で、竹谷 八左ヱ門がぽろりと言葉を零した。それに目を伏せたのは彼らの他の五年生だ。己らの許へ駆けてきた久作から大体の状況は聞いているが、その内容は極めて不安を掻き立てるものである。



 忍術学園では一年から三年を基礎を作る時期、四年以降をその基礎を活かしての実践及び実戦に向ける時期と明確に隔てている。
 基礎段階でしかない三年生と、ようやく実習を始めた四年生。彼らを侮るわけではないが、実際に戦をするには余りにも経験値が少な過ぎた。どんなに優秀な人間でも、いざという時に覚悟がなければ動けない。そして、今の四年生がそこまで育っているとは八左ヱ門には思えなかった。
 しかし、それに振り返ったのは先頭を走る六年生――潮江 文次郎と七松 小平太である。先陣を切る文次郎は袋槍を振り回して敵を薙ぎ払った後、八左ヱ門に罵声を飛ばす。
「バカタレィ! 俺が三木ヱ門をこんな時何もできないような仕込み方してると思うのか!」
「当然! ウチの滝夜叉丸は優秀だからな! ――少なくとも、俺たちが戻るまでは確実に下級生たちを守ってるはずだ!」
 その声に追随するように小平太も声を上げる。その背中に巻き付けられている四郎兵衛も何かを言おうとするが、小平太の動きが激しすぎて舌を噛みそうになり、結局何も言わずにただ彼の背中へしがみ付いた。
「心外だな。――我が作法委員会が戦の作法も知らぬと思うか?」
「う、あ……そうか、四年は先輩方と同じ委員会だから……」
 八左ヱ門たち五年が居る委員会には四年生がほとんど居ない。故にひとつ違いと言えども、もう授業が合同にでもならない限りは彼らの実力などは分からないのだ。しかし、合同授業を多く行うのは授業内容の関係上三年と四年、五年と六年が主である。そこで八左ヱ門はハッとあることに気付き、隣を走る男へと視線を向けた。
「兵助、お前確か綾部と仲良かったし、タカ丸さんは同じ火薬委員会だったよな?」
「ああ」
「――大丈夫かな、あいつら」
 どうだ、とも聞けずに八左ヱ門は言葉を濁した。それに兵助は長い睫毛に縁取られた(まぶた)をパチパチとゆっくり落とし、その後に小さく呟いた。
「何とかしてもらわなければ、困る。――綾部は忍術学園に四年居るんだし、タカ丸はもう十五なんだから。あいつらがしっかりしてくれなけりゃ、下級生だって怯えて使い物にならなくなるだろう」
 そんなことが聞きたかったわけではないのだが、兵助の言葉には確かに一理あった。そう、自分たちが駆け付けるまで、やってもらうしかないのだ。
 八左ヱ門は自分が可愛がっている後輩たちの顔を思い浮かべ、とにかく無事でいてくれるようにと願いながら土を蹴った。



 それから更に駆けることしばらく、とうとう木々の奥へ見慣れた建物の屋根が見えた。まだ距離はあるものの、建物が見えるほど近くに来たということが彼らの心に活力を与える。更に足を速めようとする面々の中、ひとりだけ足を止めた人間が居た。
「どうした、竹谷」
 中在家 長次と共に殿を守っていた食満 留三郎が足を止めた後輩へ声を掛ける。それに八左ヱ門は少し曖昧に笑い、懐へしまっていた小さな紙を取り出した。
「隼太、出番だ。――孫兵に届けてくれ。孫兵だ、分かるだろ? いつも世話してくれてるあいつだ」
 背負っていた籠を降ろし、ばさばさと翼を動かすハヤブサに声を掛けながら手早くその足に文を結ぶ。隼太はまるで彼の言葉が分かったかのように翼を羽ばたかせると、ふうわりと飛び上がって一直線に忍術学園へと向かって飛んだ。
「おおー! あれ、伝令用だったのか。てっきり陽動用だと思ってた」
「すんません、あいつまだ子どもで長距離飛ぶ訓練をしてないんスよ。でも、この距離ならばっちりです。三年の孫兵が学園のどこかへ居るはずですから、あれが後は俺たちが戻る手引をしてくれるはずです」
 ひゅっと空気を斬るように鋭く飛んでいく隼太を手をかざして見送った小平太の言葉に、八左ヱ門が苦笑して頭を掻いた。だが、これで忍術学園を締め出される、ということはなくなる。少なくとも、いざ己らが戻った時に疑われることなく学園へ入ることができるはずだ。
「どちらにせよ、あやつらが私たちを疑うとは思えんがな。――まあ、あの文が届けば少しは力付くだろうよ」
 ひねくれたことを言うのは仙蔵で、彼は長い髪を風になびかせて小さく溜め息を吐いた。同時にくるりと踵を返し、彼はまた足を踏み込む。
「行くぞ。――文も送った以上、下級生を待たせるわけにもいくまい」
『応!』
 その言葉に全員が声を揃えて頷いた。彼らの思いは皆同じ、己らを信じて待つ下級生たちと、忍術学園を守ること。――そのためにも彼らは一刻も早く学園に駆け付けねばならず、それぞれ顔を見合わせると一行は再び走り出した。



「――おお、砲撃!」
「なるほど、一塊りにして潰そうという戦法だな。単純だが中々」
 学園から打ち出された砲弾を眺め、小平太は楽しそうに笑う。それに仙蔵が角度や飛距離から着弾点を確認し、軽く笑った。それと同時に二人は一瞬にして学園の方角とは別の方角へと逸れた。五年生の面々が驚いて目を見張るのを他所に、六年生は平然としたものである。
「また後でな!」
「おう」
 離れてゆく二人の背中を追うべきか、それとも忍術学園に急ぐべきか迷って首を動かす五年に苦笑した食満が説明を入れる。
「勝手に敵が一か所に集まってくれるわけないだろ、誰かが誘導したんだ。多分、四年い組の面々だろう。は組の斉藤はそんなことできるわけないし、ろ組の田村は火器好きだけあって遠距離戦が得手だからな」
 下級生の適性を正確に把握し、その状況を推測する。まだまだ己らより一歩も二歩も先を行く最上級生に五年生は皆一様に唇を噛んだ。後一年で、あそこまで辿り着けるのだろうか、と各々に不安が過ぎる。けれど、食満はそんな彼らの頭を軽く叩いてから、追い立てるように声を上げた。
「おら、俺たちはあっちで立てこもってるちまっこいの助けに行くぞ! 一年二年はこんなこと初めてだろうしな、今頃泣いてるかも知れねえ。早めに行って、安心させてやらねえと」
 その言葉に彼らは一斉に顔を上げた。それぞれの頭に浮かぶのは、委員会で面倒を見ている下級生たちの姿。彼ら下級生が可愛いのは六年だけでなく、己ら五年も一緒である。
 新たに気合いを入れ直した五年一同は再び地を蹴り、一路忍術学園と急いだのだった。







「――あれは、手旗信号!」
 遠くに見える櫓の上で、小さな影が両手に掲げた紅白の何かを上下左右に振り回している。それは忍術学園で共通に使われている最も原始的で手早い情報伝達手段――手旗による信号である。紅白の布が四組ほどひらひらと宙を動き、学園へと近付いた五、六年生に現在の状況を伝えようとしているようだ。それを見た青と緑の集団はそれぞれ手近な木に登ることで見やすいように高さを確保した後、四組の旗が伝えようとしている情報を幾人かが懐に入れていた遠眼鏡で読み取った。


『セイモンマエ テキアリ』
『ガクエンワキ テキテウス』
『ガクエンウラヤマ ドクムシアリ』
『ゼンインセイゾン テッテイコウセンチュウ』


 四組の旗が必死に何度も同じ文を辿る。時折信号を間違えたりしているのは、多分一年が振っているからだろう。下級生も皆、必死に自分たちができることを行っている様子に駆け戻ってきた五、六年の間にじんわりと感動が広がる。しかし、今は感動をしている場合ではない。彼らは再び木から飛び降り、地を駆ける。
「何か返事をしてやれれば良いのだが……」
「ずっと振ってるもんね、あれは疲れるよ」
鏑矢(かぶらや)でもありゃなあ」
 用具委員長の食満 留三郎なら作ることも可能だろうが、そんな工作をしている暇があるならば彼らの許へ駆けるのが先だ。しかも、子どもしか居ないと侮っているのか、本来の戦のやり方など全て無視して馬鹿正直に正面突破を試みているらしい敵に呆れた気持ちになりながら、留三郎は口を開いた。
「舐められたもんだなあ、おい。――正面が詰まってんなら、二手に別れようぜ。俺と伊作はあっちへいく! 文次郎と長次は向こうから行ってくれ」
「お前に指示されるのは非常に癪だが、仕方がねえ。――おい、鉢屋、不破! お前らは俺らと一緒に来い!」
 潮江 文次郎は背後から聞こえた声に舌打ちひとつで応じた。普段は犬猿の仲である用具委員長と会計委員長があっさりと役割分担を果たしたことに五年は内心驚きながらも、その指示に従って二手に分かれる。ちらりと視線を交わし合い、彼らはそれぞれ先へ行く緑の背中を追って別れた。



「――全く、厄介な守備しやがるぜ。誰だ、こんな所まで穴掘りまくった奴ぁ」
「まあ……十中八九、四年い組の綾部でしょうねえ」
 あちこちに仕掛けられた罠や狼穽を上手くかわしながら文次郎が文句を言うと、その後ろにぴったりとくっついて行っている鉢屋 三郎が冷やかすように続ける。不破 雷蔵が彼を咎めるような調子で言葉を発し、長次はただ溜め息を吐く。
 使えるはずと自分で選んだのではあるけれども、この五年の名物コンビを連れてきたのは間違いだったのではないかとも思う。けれども、それも後の祭り。文次郎は己の(かん)に敢えて触れて来る後輩を溜め息ひとつで受け流し、ようやく見えた学園の塀に向かって背中を向けた。壁に背を付け、後ろから来る生意気な後輩を上へ上げてやる。隣では長次が同じく雷蔵を人馬で持ち上げており、軽々と塀の上へ飛び乗った後輩が彼らに向かって手を伸ばす。文次郎は二人の手を借りて塀を登り、そのまま学園内へと侵入を果たす。長次はその後に続き、四人はそのまま後輩たちが待つ学園のあちこちへとそれぞれに足を向けた。



「――この辺からそろそろ注意してください。裏山から毒虫たちが流れてきているかもしれませんから」
 一方、こちらは留三郎と伊作、兵助と八左ヱ門が進んだもう一方の脇である。裏山に程近い森に足を踏み入れた際にそう告げたのは八左ヱ門で、彼の視線は常とは違う色をした裏山へと向けられている。彼らが居る場所は裏山からはまだ距離があるものの、虫たちの行動は時に人の予想を大きく裏切るものだ。生物委員としてそれをよく知っている彼は、己の頭巾を結び直し、口元を覆った。それに倣うように全員が頭巾を巻き直し、再び足を踏み出す。間近に見えた忍術学園の塀に彼らは駆け寄り、別の一群と同じく二人人馬を行った。――が。
「うわあ!?」
「何でそこで失敗すんだよ!」
「ゲホッ……! うう、足が滑ったんだよう……草鞋に泥がついてたから……」
 塀に駆け登ろうとした伊作が足を滑らせ、見事に鳩尾を塀の上に打ち付けた。悶絶する彼に同級生の厳しい声が掛かる。一方、八左ヱ門の手を借りてこちらはきちんと塀の上に飛び上がった兵助は、見事不運に見舞われた先輩を見下ろして驚きに目を瞬かせていた。
「あーもう! おい、久々知、伊作を何とかしてやってくれ! 竹谷、お前も上がれ。んで、久々知とお前で俺を上げてくれ」
「了解しました!」
 留三郎は早々に人馬の頭数から同級生を外し、まさかの不運に茫然としている後輩の馬となった。彼ももう慣れているのか、伊作より少し離れた所に上手く飛び上がり、腹を抱えて呻く伊作を介抱していた兵助を呼んで、残った留三郎を引き上げる。
「馬鹿ったれ、まともに塀ぐらい上がれよ!」
「そんなこと言われたって……僕だって好きで不運なわけじゃ」
「つーか、今のは不運じゃねえだろ! ――もう良い! こんなことしてるバヤイじゃねえんだ、ほれ、とっとと下級生んトコ行くぞ!」
 塀に上がった留三郎がまず行ったのは余りにも不甲斐ない伊作を叱り飛ばすことだったが、こんなところで時間を食っている場合ではないと気付き、彼らの見事な掛け合いに気圧されていた五年を促しながら塀を飛び降りる。それにハッと我に返ったように兵助と八左ヱ門が続き、最後に腹部をさすりながら伊作が学園内へと戻った。
 彼らは馴染んだ学園を駆け、各々役目を果たすべく散る。ほとんどの学年が学園内に戻ったことも知らず、外ではじりじりと学園を雑兵たちが取り巻いていた。



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鈍行*2008.08.06〜 Written by 緋緒


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