鈍行


TOP / NOVEL / DIARY / OFFLINE / MAIL / INDEX

▼花嵐一夜



「お前ら、無事か!?」
「――先輩……っ!」
 学園へと戻った文次郎たちは迷わずに砲撃の要となっていた正門裏へと駆けつける。そこは強く漂う硝煙と肉の焦げた嫌な臭いが充満していた。応戦している下級生たちは皆一様に、子どもにはそぐわぬつり上がった眼で敵を睥睨してはいたが皆大した怪我もなく立っている。その姿を見て、文次郎たちはは内心ほっと胸を撫で下ろした。
 しかし、下級生の安堵は彼らの比ではなかったようで、その場にいた一年は皆文次郎に駆け寄ってしがみつく。その大きな目からは涙がぼろぼろ零れており、彼らがどれだけの負担を強いられていたかを教えていた。それに文次郎は胸を衝くような気持ちになったが、それを押し込めて彼らに向かってしゃがみこむ。そして、自分の制服に涙や鼻水をつける彼らを引きはがして、その顔を乱暴に拭った。
「馬鹿タレィ、まだ終わってねえんだから泣くんじゃねえ! ほれ、みっともない!」
 制服の袖だけじゃ足りなかったため、懐から手ぬぐいも出して彼らの顔をごしごし拭う。痛いくらいの摩擦に彼らの涙も引っ込んだようで、皆泣きはらした赤い顔で瞬きして文次郎を見つめていた。彼はそんな一年生たちを軽く小突き、大音声を轟かす。
「今までよく学園を守った! ――ただ今、六学年、五学年帰参した! 後の指示は俺たちに任せ、お前らは全員上級生の援護に回ること! やられた分はやりかえすぞ!」
「応っ!」
 それに大きく反応したのは、文次郎に駆け寄りたい気持ちを必死で抑えて敵との応戦を続けていた三年と三木ヱ門である。三木ヱ門は文次郎を泣きそうな顔で一瞬だけ振り返ったが、すぐに顔を袖で拭い、涙を振り飛ばして再び顔を前へ向けた。
「標準を合わせろ! まだ終わってないぞ!」
「そうだ!」
 三木ヱ門の声に文次郎は呼応し、下級生たちをまとめる。集まってきた敵兵に一発をぶっ放した後、三木ヱ門は次の発射準備を下級生たちに任せ、自分は文次郎の許へと向かってきた。
「――先輩方のお帰りをお待ち申し上げておりました。四年ろ組、田村三木ヱ門! 今これより正門前陣頭指揮を潮江先輩にお渡しいたします!」
「六年い組潮江文次郎、確かに受け取った。……よく堪えた、後は任せろ」
 文次郎は自分を真っ直ぐに見据える三木ヱ門にしっかりと頷き、けれど優しくその頭に触れた。撫でるよりも簡単なそれは三木ヱ門への労いだ。いつもよりずっと強ばった表情は、彼がどれだけ張り詰めていたかを文次郎に教えていた。――無理もない。今でこそ戦場も慣れている文次郎たちとて、初めて実戦らしい実戦に混じったのは四年の終わり頃である。初めて戦場へ出たとき、文次郎もまたこの独特の熱気に飲まれた。それを碌な心構えもないままに感じれば、あてられもするだろう。何よりも、五、六年の居なかった間は三木ヱ門たち四年が実質の最高学年だ。烏合の衆とまではいかないものの、全く未熟な下級生たちを守り、支え、ときに使いながら学園を守るというのは骨が折れただろう。その心的負担は想像するに余りある。よく頑張った、と小さく呟くと、三木ヱ門は一瞬ぽかんとした後に見る見るうちに大きな目へ涙を溜める。けれど、その涙は零れるより先に三木ヱ門の袖に拭われ、彼は大きな目をぐっと文次郎へ据えて、どこかまだぎこちないまま、けれどしっかりと笑った。
「――当然です! 私は忍術学園のアイドルで、学年一優秀な忍たまですから!」
「阿呆。……さあ、反撃するぞ!」
 文次郎はその返答に苦笑を返し、彼の頭を軽く小突く。そして、まだまだ寄り来る敵を前にして大きな声で宣言した。それに鬨の声が上がり、長次や雷蔵、三郎が頷く。文次郎はそれに頷き返し、大きな声で指示を飛ばした。
「薙ぎ払うぞ! 三木ヱ門、砲撃準備! 長次、不破、鉢屋は敵兵の一掃に尽力せよ!」
「「承知!」」
 文次郎の命に五年の二人が揃って応えた。性格も得意なものも全く違う二人だが、この二人が揃うと何となく安定感がある。奇をてらった行動ばかりする三郎とその尻ぬぐいをする雷蔵、という印象が強い二人だが、実戦になれば見事に敵の不意を突く鉢屋と、その土台を堅実に支える不破というように見事な双忍の術を使うからだろう。何より、彼らは臆しない。この二人は自分たちの力を過信せず、お互いの力を二倍にも三倍にもする術を既に身につけている。それは文次郎たち六年にとっても得難い力で、彼らに一目置く理由のひとつだ。何より、「必ず何かやってくれる」という期待を裏切らない三郎と居るだけで人を和ませ安定させる雷蔵の存在だけで、下級生の士気を上げるには十分だった。
「――外に出るぞ」
 ぼそ、と長次の声が文次郎の耳に届いた。砲撃と怒号の響くこの場では聞き取りにくいはず彼の声が、こんなときばかりは不思議とよく通る。文次郎はその発言に頷き、長次の後ろへそっと控えた五年の双忍に目配せした。――籠っていても何にもならない。籠城戦は最も難しい戦闘のひとつだ。それならば、地の利があるこの場を利用して打って出るべきである。元々好戦的な文次郎はニヤリと口元に笑みを浮かべて長次にあごだけで指示し、その後ろにいる二人に低く告げた。
「――精々可愛がってやれ。もう二度とこんな真似できなくなるくらいにはな」
「勿論ですとも。なあ、雷蔵」
「ああ。では、こちらはお任せいたします」
 あの体躯に似合わぬ早さでその場から駆けだした長次に続き、五年の二人もまた駆けていく。その背中を見送りながら、自分もまた最前線に出たいのをぐっと堪える。しかし、三木ヱ門たちが必死に守ったこの場所をそのままに、文次郎が遊軍になるわけにはいかない。彼らの士気をこれ以上落とさないためには、最高学年の誰かが陣頭に立つ必要がある。そして、それができるのは自分しかいないと知っていた文次郎は、自分を見つめる下級生たちに向かっていつもと変わらぬ大音声で次々に指示を飛ばし始めた。






 一方その頃、食満留三郎は迷わず用具倉庫へ向かっていた。
 他の三人もそれぞれ自分たちの委員会の場所へ向かっている。それは偏に彼らが戦場において重要な役目を果たす用具、火薬、保健、生物の委員会を統率する立場にあるからである。平和な時分には余り理解されないが、いざ有事となれば彼らがどれだけ常の準備を積み重ねてきたかが重要になる。何より、どの委員会を取っても委員たちの協力がなければ潤滑な行動には移れない。そのために彼らはこんな場合にこそ、特殊技能者に近い扱いを受けるのだ。しかし、まだ経験の浅い下級生たちには荷が重いことも確かである。火薬委員以外には四年生がまず居らず、その火薬委員の四年生に至っては忍術に関しては一年生とそう変わらぬ状態なのである。彼らが案じるのも当然のことだろう。そして、特に一年生の多い用具委員会の委員長である留三郎は後輩たちがどんなに苦労しているか、と気が急くのを必死で押えながら用具倉庫へと駆けつけた。
 用具倉庫は慌ただしく用具を出されたためかかなり荒れており、後片付けには骨が折れそうである。留三郎はそれを溜息ひとつで諦め、ぐるりと周囲を見回した。いくつかの武器は既に壊れてその場へ放置されている。石火矢の残骸のようなものも見えることから、壊れた用具全てを一時的に倉庫の前へ置いておいたのだろう。後で誰が直すと思っているんだ、と内心歯噛みしながらも、留三郎はその破片を拾って脇へ放り投げた。
 この残骸は同時に残された下級生たちがどれだけ頑張ったかの証でもある。あの手旗信号が伝えることを思えば、彼らがどれだけ頑張ったのか理解できた。同時に自分たちの留守中に攻めてきた敵軍が憎らしく、その卑劣なやり口に腸が煮えくりかえる。唇をぐっと噛みしめると、留三郎は己のやるべきことを行うために用具倉庫へと足を踏み入れた。
 既に出すべき用具は出されているようだ、と留三郎は自分より三つ下の作兵衛がきちんと仕事をしたことに口の端を上げる。多少難のある思考回路を持つ彼であるが、慣れない一年をまとめ、自分の補佐をきちんとこなすだけの実力はある後輩だ。何か不足があれば、と思って来てみたものの、それは杞憂だったと留三郎は己を笑った。それならば防衛戦に混じろう、と彼が再び踵を返したとき、用具倉庫の前に人影があることに気づく。今来たばかり、という調子のその陰は逆光で顔がよく見えないが、制服の色からして三年生だと分かった。
「けま、せんぱい……!」
 己を呼ぶ声で作兵衛だと分かる。壊れた用具を置きに来たのか、他の用具の補充に来たのだろう。留三郎はその声に応えようとしたのだが、それよりも先に緑色の塊が彼の懐へ飛び込んできた。
「せんぱい……! せんぱい……!」
「作兵衛……? いや、うん、よく頑張った。――用具もきちんと出せてるし、お前が頑張ってくれたんだな」
「先輩、俺……! 俺……!」
「こら、まだ泣くな! まだ戦いは終わってないだろう! べそかくのは全部終わってからにしろ! ――全部終わったら、ちゃんと全部聞くから。な?」
 己にしがみつく後輩の姿に、留三郎は彼がどれだけ気を張っていたかを知る。しかし、今はまだ泣かせるわけにはいかない。留三郎は制服の袖で作兵衛の顔を強く拭うと、いつものように叱りつけ、その後に少しだけ笑った。それに作兵衛も現状を思い出したのだろう、同じく制服の袖で己の顔を拭うと、少し赤くなった顔を真っ直ぐ留三郎に向けてこくりと頷いた。
「すんません、先輩……俺、先輩見たら何か安心しちまって」
「良いんだ。しかし、こんなんじゃ先輩後輩の感動の再会も楽しめん。無粋な輩を追っ払って、食堂のおばちゃんの美味しい飯でも食ってゆっくりしようぜ」
 作兵衛の言葉に留三郎は強気に笑う。――自分たちが戻った以上、好き勝手なことはさせない。五年以上忍術学園に在籍するというのが伊達ではないことを証明すべく、留三郎は作兵衛を連れて用具倉庫から駆けだしたのだった。






「――お前たち、大丈夫かい!?」
「伊作先輩!」
「よかった……!」
 伊作が飛び込んだ保健室は下級生たちがあちこちで治療を受けており、校医の新野以下保健委員たちが手分けして彼らの治療に当たっているところだった。幸いにも大怪我の生徒は誰ひとりとしておらず、治療を受けたらすぐにまた前線へと飛び出していく者がほとんどだ。けれど、保健委員たちはひどく気を詰めていたようで、伊作が戻ったときには全員が青い顔をしていた。
「遅くなってすまなかったね、大丈夫だったかい?」
「はい、幸い新野先生がいらっしゃったので何とか……」
「ウチは幸い乱太郎が居ないだけでしたし」
 伊作の問いに答えたのは数馬と左近である。彼らは一様に腕まくりで前掛けをし、痛みに呻いたり泣き言を言ったりする生徒たちを宥めすかしたり、叱りつけたりしながら治療に当たっていた。左近の言葉に伊作が周囲を見回せば、一年の伏木蔵が保健室の隅で包帯を直したり、薬草をすり潰したりしている。確かに乱太郎の姿がないことに伊作が首を傾げると、左近がその疑問に答えた。
「一年は組はまた校外学習ですよ。――ま、今回ばかりは居なくて正解ですけどね。あいつらが居たんじゃどんなことになるか分かったもんじゃない」
「乱太郎たちは災難を引き込む側だからね……」
 つん、と吐き捨てる左近の言葉には、しかし今の地獄絵図を一年は組が見なくて良かったという心がにじみ出ている。更に数馬が同じくしみじみと呟き、保健室はどこか和やかな雰囲気に包まれる。伊作は平気な振りをしている下級生たちの目に安堵の涙が膜を張っていることに気づかない振りをして、彼らの頭を優しく撫でた。彼らが無事でここにいること、そしてしっかりと己のやるべきことを果たしていたことに微笑む。何より、気丈に振る舞っていた彼らの蒼い顔が伊作を見た瞬間にぱっと明るくなったことで、彼らが自分たちをどれだけ待ちわびていたのか、また案じてくれていたのかを理解して胸が熱くなった。
「新野先生……私は防衛に出ても大丈夫でしょうか?」
「ええ、勿論です。――ここには三反田君、川西君、鶴町君がいますからね。彼らは今まで立派に保健委員としての努めを果たしています。君が居なくてもここは大丈夫ですよ」
「先輩、行ってください! 僕たちなら平気ですから」
「なめてもらっちゃ困ります。僕たちだってやるときはやるんですよ」
「……先輩、僕たち大丈夫ですから」
 下級生が三者三様に笑みを浮かべる様子に伊作は目を瞬かせた。その笑みは皆どこか強ばっていて、余り平気そうには見えない。むしろ、強がりであるのが明白である。しかし、彼らは誰ひとり泣き言を言わなかった。一年の伏木蔵でさえ、である。伊作は自分の後輩が本当に頼もしく成長していることに更に笑みを深くし、三人の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「――じゃあ、頼むね。僕はここに居ない代わりに外の無粋な輩を追い払ってくるから」
「お気をつけて、先輩」
「……学園の内外は罠もたくさんあります。いつもみたいにはまらないように気をつけてくださいね」
「先輩、凄いスリルですね」
 数馬は穏やかに伊作を見送り、左近は心配を素直に示せないようでそっぽを向いている。伏木蔵はといえば、平静を装うためかいつもの口癖を繰り返した。そんな彼らに伊作は苦笑を浮かべ、「気をつけるよ」とだけ呟いた。――何せ、既に先刻の人馬で一度不運に見舞われているので。しかし、いざ伊作が出ようとするのと同時に木下が保健室へ顔を出し、蒼い顔をした久作を背から下ろした。
「失礼。新野先生、久作を診てくださらんか。実習地まで駆け通しで目眩を起こしておるのです」
「ええ、こちらへお願いします。――久作君、ほら大人しくして」
「久作! 大丈夫か!?」
 ぐったりとしながらも目ばかりぎらぎらと光らせて、久作は何とか身体を起こそうとする。真っ青な顔で力なくもがく久作に驚いたのは同級生の左近で、彼は慌てて何とか立ち上がろうとする久作の傍へ駆け寄った。新野と左近の二人に押さえつけられてなお、久作は自分にだけ与えられる安寧を拒もうと暴れた。そんな久作の心中を察して、伊作は苦笑する。そして、彼の傍へ膝を突いてその頭を撫でた。
「久作、君は十分頑張った。――まだ二年生なんだから、後は僕たち先輩に任せなさい」
「でも……左近も三郎次もまだ頑張ってるのに俺だけなんて……それに、四郎兵衛だってまだ戻らないんだから、ひとりでも多く頑張らなきゃ」
「良いんだよ。……それにほら、あんまり下級生に頑張られると五年六年の出番がなくなるでしょ。先輩に見せ場を譲って、君たちは大人しくしてなさいって。――大丈夫、僕ら上級生が忍術学園で五年、六年学んだことは伊達じゃないから。それは久作、君だってよーく分かってるだろ?」
 彼の額に触れながら、伊作はにこりと笑う。――そう、忍たまとして六年過ごした期間は決して伊達じゃない。普段は負傷者や病人と見れば立場など考えずに治療をする伊作であるが、己らに降りかかる火の粉を甘んじて受けるほどお人好しではないのだ。そして、可愛い後輩たちを苛んだ外敵たちに与える情けはとうに尽きていた。
「そうだぞ、久作。伊作先輩たちが戻られたんだから、もう安心だ。――お前はいざというときにまた戦えるよう、今は休むべきなんだよ。そんなふらふらの身体じゃ、いざというときに何にもできないぞ」
「そうそう。それにこっちだって手が足りてるわけじゃないんだから、どうしても何かしたいって言うのならこっちの方手伝ってよね。もうみんなあちこちで怪我作ってくるから、薬の方も足らなくなってきてるんだ。薬草をすり潰したり、包帯を巻き直すくらいは久作でもできるでしょ? それやってもらえるなら、伏木蔵にはこっちの手伝いへ回ってもらえるから、助かるし」
 伊作の言葉になおも不服そうにする久作に、口添えをしたのは左近と数馬だった。二人とも物は言い様、今休むことを上手く正当化している。何より、言葉で相手を丸め込む術は保健委員独特のもので、伊作はいつの間にかこんなにも頼もしく成長していた後輩たちに思わず笑みを漏らした。伊作が彼らを見やると、伏木蔵まで先程以上にずっと自然な笑みを向けてくる。何だかんだ言いながらも「不運委員会」と名高いだけあって、保健委員会は非常事態に強いのだ。それに伊作は今度こそ安心して彼らに目配せし、この場を預ける。それに三人が各々頷いたことに満足げな笑みをこぼし、伊作は新野とも頷き合った後に保健室を後にした。
 ――彼らを守るためには、一刻も早く外の敵軍を一掃することが重要である。そのために伊作は一路保健室から駆けだし、最前線へと向かったのであった。



BACK << MENU >> NEXT



鈍行*2008.08.06〜 Written by 緋緒


テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル