鈍行
▼あなたが好きです
滝夜叉丸と喜八郎は無事に二年へと進級が決まった。十一ではまだ体格もそう男子と変わらないが、これからは次第に身体付きが丸みを帯びてくる。更に、一年生から二年生になったことで実習や実技も一年時以上に厳しいものが増えてくるのだから、より一層の注意が必要だと改めて善法寺 伊作、新野 洋一から告げられた。――何故この二人が注意を述べるかというと、彼らこそが現在忍術学園にいる女子たちの後ろ盾となる人物だからである。
新野は忍術学園の校医として、忍術学園の診察を一手に引き受ける人物だ。当然、全員の心身を管理する彼は、女子である彼女たちのことも把握している。また身体検査や怪我、病気の時に何かとごまかす手立てを取るのも彼であり、忍術学園教師の中ではクラス担任に続いて彼女たちに近い人物と言えた。
一方、善法寺 伊作は四年生ながらも忍術学園で学ぶ少女たち、通称〈隠れくの一〉をまとめる最上級生であり、四学年ではたったひとりの女子である。
伊作の場合は一年の時から度重なる不運により失敗やドジが日常化しているため、どこで何をしていても余り気にされないという特性がある。それゆえに今のところ全く同学年や他学年の人間に性別を疑われたことがないと言う。唯一、同室の食満 留三郎だけが彼女の秘密を知っており、もし性別のことで何かあった時で新野が不在の場合は自分か食満を頼るようにと言っていた。
また、彼女曰く、彼女自身は知らないけれども隠れくの一たちは他にも居るらしいが、こうして隠れくの一同士で助け合ったり、会合を開いたりするようにしたのは彼女が最初らしく、面子も彼女が入学以降――それも彼女自身が知っているだけになるという。しかし、雷蔵ら五年の隠れくの一と伊作が上手く連携を図って生活をするのを良しとした学園長が、滝夜叉丸たちの代からは女子同士で引き合わせることにしたそうだ。
今保健室に居る下級生の女子は三人。同じく三年に進級が決まったの不破 雷蔵と滝夜叉丸、喜八郎である。
雷蔵は滝夜叉丸たちのように事情があってやむなくこの忍術学園の門を叩いたわけではなく、自分の意思でこの道を志したという変わり者だ。その性格は忍には余り向かない人の良く優しいもので、極度の迷い癖が更にそれを増長させる。それでも頼りになる先輩であることは確かで、滝夜叉丸も喜八郎も割合彼女に一目置いていた。
「そうそう、今年もまた女の子が何人か入学してくるそうなんだ。入学式の後に顔合わせをするから、皆予定を空けておいてね」
「今年もですか。何だか年々増えてきますねえ、くの一も」
保健室で忍術学園で都合の付く者たちだけが集まっての隠れくの一たちの会合を開いていた中で、薬草や備品の整理をしていた伊作が思い出したように呟いた。それに同じく伊作を手伝っていた雷蔵がにっこりと笑う。二人の会話がよく理解できなかった滝夜叉丸と喜八郎が顔を見合わせると、伊作が二人を振り返ってにっこりと微笑んだ。
「僕たちが入学した頃は隠れくの一なんて学年にひとり居るか居ないかだったんだよ。元々忍の仕事は女子が耐え得るものではない、って学園長先生も本当に事情のある生徒しか受け入れていなかったみたいだし。でも、僕が入学した年ぐらいからかな、学園長先生が少しずつ女子にも門戸を広げてね。だから雷蔵みたいに熱意のある女の子も受け入れるようになったし、去年もやっぱり女の子が入って来たしね」
「そう言えば……三郎が学園長先生に聞いたらしいんですけど、どうも来年は学園にくの一教室を併設する気らしいですよ。そのために今学園の一部を拡張したり改築したりする準備をしているとか」
「ええっ!? じゃあ、来年度からは普通に女の子が入って来られるようになるんですか!?」
「まだ噂の段階だから分からないけどね。でも、どうやら学園長先生のお孫さんがくの一を目指しているらしくて、女の子も忍の道を志す時代になったのだ、とかなんとかいう理由で作ろうとしてるみたい」
滝夜叉丸の驚きの声に雷蔵は笑って応えた。それには滝夜叉丸と喜八郎がそろって嫌な顔を見合わせる。例え一年間で、それも体格がほぼ変わらぬ時期とはいえ自分たちはそれなりに苦労してやってきた。それが二年後には女子として普通に入れるようになるとは、と二人揃って溜め息を吐く。それは雷蔵たちも同じようで、彼女たちも頬に手を当てて深く息を吐いた。
「確かに僕たちの苦労はなんだったの? って感じだよねえ。でも、くの一教室ができたら希望者は編入できるんじゃないかな。そう考えたらもうしばらくの辛抱だよね」
雷蔵の言葉に滝夜叉丸たちは遣る瀬無い笑みを浮かべた。伊作はそんな彼女たちを見て苦笑し、数日後の入学式に関して二、三連絡事項を述べると場を解散した。滝夜叉丸と喜八郎もその場を辞し、二人揃って長屋へと戻って行く。その小さな背中を眺めながら、雷蔵は伊作へと振り返った。
「……先輩はどうするおつもりです?」
「んー、どうしようかな、とは思ってる。くの一教室はやっぱり魅力だよね。それとも、僕らも強制的にくの一教室に配属されちゃうのかな」
「どうでしょう……でも、僕たちの歳になるともう今更って感じもしますよね。先輩は三年、僕も二年〈忍たま〉としてやって来てるわけですし。今更クラス替えって言われても、何かピンと来ないですよ」
「だよねえ」
穏やかに笑いながらも備品を再び片づけていく。伊作を手伝いながら雷蔵も同じく保健室の備品を片づけ、お互いに今後の進路を考えながらも別れた。
「――ふざけた話だ」
「そうだね」
一方、自室に戻った滝夜叉丸は吐き捨てるように呟いた。それに同意するように喜八郎も呟く。最初からくの一教室があればしなくて済んだ苦労もある。それを今更くの一教室が併設されると聞かされて、心中穏やかではいられなかった。
「でも、まだ確定じゃないんでしょ? 鉢屋 三郎先輩が噂に聞いたくらいの話で」
「あの鉢屋先輩が、不破先輩に不確定情報を渡すと思うか?」
滝夜叉丸の言葉に喜八郎は思わず沈黙した。雷蔵ほどに親しくはない彼女の同級生は、誰がどう見ても彼女にぞっこんなのだ。恋愛対象として惚れ抜いているのは勿論、人間としても惚れ抜いている。それゆえに他の誰に何をしかけようとも、鉢屋 三郎が不破 雷蔵にだけは決して悪意を引っかけることはない(もっとも、この中に細かい悪戯が含まれない辺りが三郎らしいと言えばらしいのだが)。
「どうなるんだろうね、私たちは」
「……なるようにしかならないだろう」
「そっか」
滝夜叉丸の苦々しい言葉に喜八郎は頷いた。彼女とてそれなりに不満はあるものの、滝夜叉丸と離れ離れにさえならなければそれで良い。滝夜叉丸は苛々と溜め息を吐いた後、考えても埒が明かない、と勉強すべく文机に向かおうとした。が、彼女が文机の前に座るが早いか、長屋の廊下からドタバタと大きな足音が近づいてくる。驚いた滝夜叉丸が振り返るよりも早く、彼女たちの部屋の障子が開けられた。
「滝夜叉丸ー! 居るかっ!?」
「な、七松先輩……!? ああ、しまった、忘れていたっ! すみません、今支度します!」
実に豪快な登場である。しかし、喜八郎が目を向くより早く、滝夜叉丸が大声を上げる。――どうやら、体育委員の活動があったらしい。慌てて苦無や戦輪などを懐に詰めた滝夜叉丸は、喜八郎に「行ってくる!」と言葉を残す。それを確認した小平太は登場時と同じく、慌ただしい様子で(しかも今度は滝夜叉丸を引き連れて)去って行った。残された喜八郎はと言えば、傍らに置いてあった鋤を手に取って彼女もまた部屋を出て行く。……溜まった鬱屈を穴掘りで発散するために。
「いけいけどんどーん!」
「せ、先輩、飛ばしすぎです! 他の委員がついて来てません!」
伊作と同じく進級が決まっている小平太は浮かれているのか、普段より三割増しのスピードで裏々山を踏破している。その後ろから必死についていく滝夜叉丸は、不運組の生徒たちだけでなく幹部連まで次々に脱落していく様を見た。彼女も既に小平太から大幅に遅れ、意地と気力だけでついて行っている状態だ。しかし、彼女もまた木の根に躓いて地面に転がり、遠ざかって行く小平太の背中を見送るしかなくなった。
疲れ過ぎて立ち上がることもできない。とりあえず転がって仰向けになり、滝夜叉丸は息を整えることに専念した。既に自慢の黒髪も制服も泥だらけ汗まみれで、優秀な滝夜叉丸の姿はどこにもない。この一年でかなり体力が――それこそ同学年どころか上級生よりも――付いたと思っていたのだが、まだまだ化け物並の七松 小平太には叶わないようだ。既に自分より遥か先、背中も見えなくなった二級上の先輩を思い出しながら、滝夜叉丸はゆっくりと身体を起こした。いつまでも馬鹿のように転がっているのは本意ではない。
さすがにまだ小平太を追えるほど回復はしていないので、彼女は道の端に寄って休むことにした。木の根ですっ転ぶなどというお間抜けなことをやった所為か、少しばかり恥ずかしい。誰にも見られていなかったことが彼女にとっての幸いだった。深く息を吸うことで呼吸を整え、持っていた水筒の水を口に含んで水分補給する。それだけでも随分ましになったようで、滝夜叉丸は再び小平太を追う覚悟を決めた。――のだが。
「滝夜叉丸、お前も潰れたのか」
「いえ、今からまた出発しますが」
珍しく不運組の先輩がひとり、彼女の許へとやって来る。滝夜叉丸は彼の言葉をさり気なく否定すると、再び走り出そうとした。が、その腕を先輩に取られ、たたらを踏む。不審げに振り返る彼女に、先輩はゆっくりと口を開いた。
「委員会の時のお前は大人しくて可愛いのになあ。――なあ、ずっと黙っていないか?」
「はあ? 何を仰っているのか意味が分かりません」
先輩の言葉に滝夜叉丸は内心慄然とした。元より顔立ちは整っている滝夜叉丸だ。それなりに粉をかけてくる人間も多い。それを全て撃退して来られたのは偏ひとえに滝夜叉丸の性格と体育委員会で培われた実力である。しかし、それでもなお滝夜叉丸に懸想する人間もまた多い。表立って想いを寄せれば滝夜叉丸本人は元より、同室の喜八郎や体育委員会の屈強な面々が彼女の守護に当たる。それゆえに滝夜叉丸はある意味において高嶺の花となっていたのだ。
「私、七松先輩を追わないといけないので、先に行っても宜しいですか?」
まさか委員会の中でもこういったことに巻き込まれるとは、と思いつつ、滝夜叉丸は気付かない振りを決め込んだ。しかし、腕を掴む腕がいつまでも離れない。さすがに同じ委員会の先輩の腕を振り払うのも気が引けて、滝夜叉丸は困ったように彼を見上げた。
「分かっているんだろう、滝夜叉丸。可愛がってやるから」
「お断りいたします、先輩」
ねっとりと絡みつくような声音に滝夜叉丸は思わず顔をしかめた。こういった展開に巻き込まれることはそう多くないが、不愉快なことに変わりはない。喜八郎はよく耐えられるな、などとどうでも良いことを考えつつ、滝夜叉丸は目の前の人物をいかに撒こうと考えていた。黙って聞けば聞くほど行動はエスカレートする。それならば最初に一発決め込んで、とっとと逃げ出した方が身のためなのだ。そう考えて、滝夜叉丸が思いきり金的蹴りをかまそうとしたその時。
「何やってんだ、滝夜叉丸ー! 遅いぞっ!」
木の上から降ってきた小平太に度肝を抜かれた。目を丸くしたのは先輩も同じで、二人の間に割って入るように降りてくる小平太に思わず滝夜叉丸を掴んでいた腕を放す。小平太はそんな二人にいつもの明るい笑みを向けると、滝夜叉丸の腕を取った。
「さ、行くぞ滝夜叉丸っ! いけいけどんどーん!」
「えっ、ちょ、七松先輩!? うわあああああ……!」
小平太は雄叫びと共に滝夜叉丸を引きずる形で再び走り出した。その速さたるや猪もかくやというもので、あっという間に二人の姿ははるか遠くへと消えて行く。ひとり残された上級生はいうと、滝夜叉丸との間に割って入った小平太に向けられた笑みとは裏腹の予想外に冷えた瞳に射竦められ、身動き一つできなかった。
「せ、せんぱ……っ! あし、あしが!」
引きずられているというよりも、吹流しの状態になっている滝夜叉丸は無茶苦茶な小平太に思わず悲鳴を上げた。そこで初めて小平太は自分が滝夜叉丸の腕を掴んでいたことに気付き、少しだけ止まって彼女を小脇に抱え直す。滝夜叉丸が下ろしてくれと叫ぶ前に、彼は再び猪顔負けのスピードで走り出した。
「あああああー!?」
「あっはっはっはっはっ……! いけいけどんどーん!」
滝夜叉丸の悲鳴もなんのその、小平太は再び大声を上げて走り出す。その足は裏々山頂上に至るまで結局止まることはなく、滝夜叉丸は小平太の小脇に抱えられたまま、がくがくと揺れる身体に必死に耐えなければならなかったのである。
頂上に着くと小平太は半分目を回しかけた滝夜叉丸を地面に下ろした。さすがの滝夜叉丸も今しがた受けた衝撃が未だ覚めやらず、へなへなと地面へとへたり込む。地に手をついて眩暈を堪える滝夜叉丸の傍らに立った小平太は、小さく呟いた。
「ごめんな、体育委員会は安全だって言ったのに」
「……あれは先輩の所為ではありません。ですから、貴方が謝る必要はどこにもありません。大丈夫です、あれくらい自分で何とかしてみせますから」
小平太の言葉に滝夜叉丸は一瞬にして気分が悪いのが治った気がした。同時にぐっと顔を上げて小平太を見上げる。夕日の逆光で表情こそ見えなかったが、彼から発せられる雰囲気は常の明るいものとは程遠かった。滝夜叉丸は一度息を吸ってから続ける。
「私は感謝しているのですよ、先輩。貴方の、そして他の体育委員の先輩方のお蔭で絡まれる機会がずっと減りました。喜八郎もそうです。我々は人に恵まれました。それゆえに学園ではずっと快適に過ごしています。――だから、私に何が起こっても、貴方が気に病む必要はどこにもありません」
「……滝夜叉丸は強いな」
「当たり前でしょう。私は学年一優秀な平 滝夜叉丸ですよ? 他の者より先んずるならば、それ相応の器が必要なのです」
小平太の言葉に滝夜叉丸は胸を張った。それは半分は本音で、半分は小平太のための言葉だった。乱れた髪を後ろに払い、強気な笑みを浮かべるその様は夕日に照らされてより一層美しく見える。小平太はそんな滝夜叉丸にドキリとし、そんな自分に動揺した。――これでは自分もあの上級生と何ら変わりはしないではないか。
しかし、滝夜叉丸はそんなことを小平太が考えているとはいざ知らず、しっかりと土を踏んで立ち上がると彼の隣へと歩み寄る。
「私は誰にも屈しません。――それが平 滝夜叉丸だからです」
「……それでも、お前の手に余ることがあるのなら、私がお前を守るよ。先輩だもの、後輩を助けるのは当たり前だ」
「お気遣い、有り難うございます。……そうですねえ、まあ、この優秀な滝夜叉丸にできないことはないとは思いますが、何か本当に手が必要になった時には是非お手をお借りします」
滝夜叉丸は横から伸びて来た腕に驚いたが、小平太のなすがままにしておく。彼の腕は自分のものよりもずっと太く大きく、自分を包み込んだ身体は広くて強かった。基本的に喜八郎以外に身体を触らせることのない滝夜叉丸であるが、小平太の場合は話が別だ。――まるで犬にじゃれつかれているような気分になるので。しかし、今の抱擁は普段の彼が行うものとは少し様子が違う。それに小平太が少し落ち込んでいることに気付いて、滝夜叉丸は彼の背中を宥めるように叩いた。
「先輩、私は大丈夫です。――だって、そうでしょう? こんなに頼れる先輩が付いているのですから」
そこまで言って、滝夜叉丸は初めてどうして自分はここまでこの人物に優しくしているのだろうかと我に返った。年長者が信用できないというのは幼いころから身に染みて思い知っているはずである。しかし、今自分はこうして年長者に抱き締められ、更に彼を慰めている。この理由を考えて、滝夜叉丸は顔を真っ赤に染め上げた。
――気付いていなかっただけで、本当はずっと前から気を許していたのだ。元気にまるで犬のように走り回るこの男性ひとに、まるで太陽に焦がれる花のような気持ちで本当は。
そう自覚した瞬間に滝夜叉丸は思いきり小平太を引きはがしていた。驚いた顔をする小平太を間近で見ながら、夕日が射していて良かったと心底思う。何かを言わねばならないと思って、滝夜叉丸は口を開く。しかし、彼女が何かを口に出す前に別の場所から音が鳴った。
『きゅー……』
腹の虫が鳴ったのだ、滝夜叉丸の。それに滝夜叉丸は夕日に染められても分かるほどに顔を赤くし、思わず大きく手を振った。
「ちがっ、これはそのっ、私はですね! べべべべつにお腹なんて空いてなくて! その、えっと」
「ぷっ……! あははははは! もうすぐ夕飯の時間だもんな、俺も腹減った! 学園に帰ろっか!」
「ええ、学園に戻ることには全くもって同意しますが、今の音は私の意思とは全く別の何かの陰謀がですね……!」
吹き出した後に大笑いした小平太は、何だかひどくすっきりした顔で滝夜叉丸に手を差し伸べた。滝夜叉丸はその手に無意識に手を重ねながらも、先程の腹の虫について弁解しようとする。それに小平太はカラカラと笑って、彼女の話を聞かずに再び走り出した。
滝夜叉丸は再び引きずられるように走り出さねばならなくなり、必死に前を走る小平太の背中を追う。自分や同学年のものよりずっと大きくて広いその背中を眺めながら、滝夜叉丸はふと胸に浮かんだ言葉を舌でなぞった。
(――ああ、あなたが好きです)
何の理屈もなく、ぽつりと心に浮かんだ言葉に滝夜叉丸は泣きたくなった。――どんなに想っても、この想いは叶わない。目の前を走る人が自分を振り返ることはあっても、それは飽くまで自分を後輩として見ているからで、決して愛しい者を思うからではない。それに自分もまた、男子として生活している。念此という関係もあるが、小平太がそのような関係を望むとは思えなかった。
(気付きたくはなかった)
こんな思いをするのなら。けれども、気付かなければいつかもっと哀しくなっただろう。滝夜叉丸は目に涙の膜が張るのを夕日が沁みるせいだと思いながら、置いて行かれないように小平太の後ろをついて行った。
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「最後の約束」より【遠いあの日に約束をした】――『あなたが好きです』
鈍行*2008.08.06〜 Written by 緋緒