鈍行


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▼花嵐一夜



 学園の異変に一番初めに気付いたのは、学園長のお使いで外から戻って来た二年い組の能勢久作だった。
 町から学園へ戻る途中に、大勢の軍勢が駐屯しているのを見かけたのだ。それだけならばまだ「またどこかで戦でも起こるのだろう」と苦い気持ちになっただけだったろう。しかし、彼がそこで耳にしたのは、兵たちの口から洩れる「忍術学園」と「殲滅(せんめつ)」という単語。よくよく耳を澄ませば、彼らの目的地がどこかの城ではなく、彼の所属する〈忍術学園〉であることは容易に知れた。
 忍術学園の場所は秘されているとはいえ、人の口に戸は立てられない。彼らが既に忍術学園の大まかな位置を掴んでいることも久作には分かった。
(大変だ、急いで戻らなくちゃ!)
 久作は不自然にならぬよう、しかし急いで人ごみをすり抜ける。――あれだけの大軍勢を率いていれば少なくとも歩みは鈍いはず。忍術学園の場所を正確に把握し、尚且つ近道回り道全ての道を把握している久作なら彼らより先に学園に就くのは容易い。彼は怪しまれないように気をつけながら、急いで学園へと帰還してその急を報告した。



「何じゃとっ!?」
 普段は飄々としている学園長であるが、さすがに久作からもたらされたその事態には驚きを隠せなかったようである。声を張り上げて立ち上がると、彼はすぐさまに学園内に居る全ての教員を呼び出した。すぐさまに学園長の前へ侍る教師たちに彼は決然とした様子で告げた。
「諸君、二年の能勢久作が今、忍術学園が大軍勢に攻め込まれようとしているという情報をもたらした。先程厚着先生に真偽を確認してもらったが、真実のようじゃ。 ――しかも、我が学園に今、上級生である五・六年生が居ないと知っての所業であるらしい。どこから情報が漏れたのかは全く分からぬが、今はそんなことを探っている暇はない。それに事が進めば自ずと知れることになりそうじゃしの。
 そこで儂は今から学園と縁の深い城や武人、知人たちに援軍を要請しに行って来る。斜堂先生、一緒に来てくれ。他の先生方は学園に残っている生徒たちを集めて、すぐに防衛線を張ってくだされ。それから学園が囲まれぬうちに人を遣り、五年と六年を呼び戻すのじゃ。さあ、急ぐぞ!」
『はっ!』
 教師陣は手短に伝えられた指令に頭を下げて従った。斜堂は学園長と共にすぐに出立し、その他の先生方はそれぞれの仕事へと移る。今忍術学園に居る生徒たちは実習に出た六年、五年といつものトラブルで校外学習へと出ている一年は組を除く四年生、三年生、二年生、一年のい組ろ組の面々である。松千代はすぐに拡声器を使って生徒を校庭に集め、既に校庭へ出ていた教師たちが早くも久作から話が広まっているらしく騒がしい生徒たちを静まらせた。
「既に知っている人間も多いと思うが、今、忍術学園に大軍勢が押し寄せようとしている! 既に学園長先生が援軍や事態の収拾に向けて、斜堂先生と共に出立なさった! 我々は学園長先生が留守の間、この学園を守らねばならない! 五、六年生がそれぞれ校外実習で不在の今、最高学年となる四年生を中心に一丸となって学園を守るのだ!」
「先生、どうして突然学園に軍が押し寄せてきたんですか!?」
 手を上げて質問するのは、一年い組の黒門 伝七だ。それは他の生徒たちも疑問に思っているようで、生徒たちの前で話していた厚着に視線が集まる。彼はその質問に一度だけ頷くと、再び声を張り上げた。
「理由は分からん。だが、忍術学園には敵も多い。――我々は忍を育成している。忍とは城や地域の実情を知り、時には日向で人々と交じり情報を集め、時には闇に潜んで密書を盗み出したり暗殺をしたりもする。忍という存在は味方にすれば頼もしい存在だが、同時に敵に回せば恐ろしい存在となる。それゆえに敵になる前にその芽を摘んでしまおう、そう思う輩もいるということだ」
「じゃあ、僕たち……!」
 悲鳴じみた声を上げるのは一年い組の上ノ島 一平。どんぐり眼には既に大粒の涙が溜まっており、彼が怯えていることがすぐに分かった。しかし、怯えたところで何の解決にもならない。それゆえに厚着が彼に喝を入れようとした瞬間、別の場所から声が上がった。
「泣くんじゃない、一平! 泣いたところで助けは来ないぞ! ――先生、学園内の火薬と用具の無制限使用の許可をください。すぐに防衛線を張ります。後のことはこの学年一優秀な平 滝夜叉丸にお任せを。先生方は早く事態と戦況の把握、その後のご指示をお願いいたします」
 声を張り上げたのは四年い組の平 滝夜叉丸だ。彼――正確には彼女だが――は泣き出しそうな一平を一喝し、顔に掛かった横髪を払ってから胸を張って宣言した。厚着は一瞬だけ滝夜叉丸の悪い癖が出たのかと思案したが、今の彼女に普段の自惚れは一切見えない。実際、滝夜叉丸は状況が緊迫すればするほど研ぎ澄まされていく人間だ。厚着は彼女の言葉に頷いて、その場を彼女へ譲った。やらなければならないことは山ほどある。この学園を守るためにも迅速な行動が必要なのだ。厚着は皆の前に立つ滝夜叉丸を一瞥すると、後の場を松千代に任せて彼の為すべきことを行うために走り出した。







「どうするつもりだよ、滝夜叉丸! 第一、何でお前が指揮を取るんだ! ここは学年のアイドル、田村 三木ヱ門が……!」
「黙れ、三木ヱ門。第一、お前は遠距離攻撃の要だ。中央部から離れる人間に指揮を任せられるわけがないだろう」
 中央に立った滝夜叉丸に三木ヱ門がいつもの通りに絡む。しかし、普段ならばその喧嘩を買う滝夜叉丸も、今はただ正論を吐き捨てるのみ。常とは違うその態度に三木ヱ門が思わず怯むと、滝夜叉丸は鼻を鳴らして口を開いた。
「せめてくのいち教室の面々が残っていたら、もう少しマシだったんだろうがな」
「何でだよ。って言うか、くのいち教室どうしたんだ?」
「校外学習らしい。とは言え、どこぞの温泉地に行ったというから、多分骨休めに行ったんだろう。休めるほど骨折りしていないとは思うがな。……どこまで行ったかは知らないが、知らせが届き、こちらに戻るまでそれなりに時間も掛かろう。五、六年の先輩方へも知らせをやって、早く戻っていただかなければ……」
 そこまで言った滝夜叉丸は、そこで言葉を切ってぐるりと残った生徒を見回した。その中でひとりの生徒に目を留める。常にぼけらっとした表情をしている少年は、滝夜叉丸にとっても馴染み深い。更に目を進めてその傍に居たもうひとりを定めると、滝夜叉丸は口を開いた。
「四郎兵衛、久作!」
「はいっ!」
「へっ?」
 滝夜叉丸に呼ばれ慣れている四郎兵衛はすぐさまに姿勢を正して返事をし、久作は予想外の指名に思わず惚けた声を上げた。滝夜叉丸は二人を手招き、自分の前へと呼び寄せる。何故自分たちが呼ばれたのか理解できない二人は、そっと顔を見合わせた。そこに滝夜叉丸の朗々とした声が響く。
「お前たち二人には五、六年の実習地へ出向いてもらう。――この意味が理解できるな?」
「それって……つまり」
「伝令だ。忍術学園の現状を先輩方にお伝えし、至急お戻りいただくように」
 静かにそう告げる滝夜叉丸に彼ら二人だけでなく周囲の忍たまたちもざわめいた。当然であろう、今にも大軍勢が押し寄せようとしている中を外に出るという、危険な役目なのだから。指名された二人を庇うように、左近が飛び出して滝夜叉丸へ食ってかかった。
「どうしてこの二人なんですか!? それこそ、あんたが行けば……!」
「それでは、誰がこの学園を守るのだ。第一、いくら私の足でも実習地を往復して戻るのには時間がかかる。それに五年にも伝令を放つとなれば、もうひとり四年が消えることになるぞ。私と喜八郎がそれぞれ行ったとして、残るのは遠距離攻撃のみに特化した三木ヱ門と忍たまに成り立てのタカ丸さんだけ。その他に居るのは実戦経験の低い三年と二年で、学園を守るには余りにも手薄だ。それにお前たちが戦況を確認して他に指示を出せるのか? 先生方とて常に傍に居てくださるわけではないのだぞ」
 左近の問いに滝夜叉丸は畳み掛けるように返した。実際に畳み掛けるつもりで告げたのだから、その効果は推して知るべし。左近は普段ならば得意満面で自慢をする滝夜叉丸がひどく冷静に自分を見下ろしていることに気付き、思わず気圧されて一歩下がった。それを確認した滝夜叉丸は視線を外し、二人へと視線を戻す。滝夜叉丸と視線が合った久作と四郎兵衛はそれぞれに背筋を伸ばした。
「――私は理由もなくお前たちを選んだりしない。勿論、捨て駒とも思っていない。
 四郎兵衛は私と同じ体育委員だ。体力だけなら今の忍術学園でも五指に入ると思って良い。長い道を行く以上、足の速さよりもどれだけの道のりを走れるかに掛かっている。本来ならば三之助に行かせたいところだが……あいつには別の役割を当てるしかなかろう? 他の三年も考えたが、一番走り慣れているのはやはりお前だと思った。……それに、七松先輩ならば、お前の気配に必ず気付く。行けるな、四郎兵衛?」
「はいっ!」
 滝夜叉丸の言葉に四郎兵衛は大きな返事をする。普段はどちらかと言えば頼られるよりも頼る方だったため、こうして今〈自分にしかできないのだ〉と告げられることが心地良くもあった。彼は普段から大きな瞳を更に見張り、己を信じると言った滝夜叉丸の期待を裏切らないように、と胸を張った。それを見て滝夜叉丸はうっすらと笑い、彼の頭を撫でる。ついで、久作へと視線を移した。
「久作」
「は、はいっ!」
「何故自分が選ばれたのだろう、と思っているだろう。――実は消去法だ。
 三郎次は火薬委員だし、タカ丸さんよりも火薬庫のことはよく知っている。これから多くの火薬を扱う中、土井先生も久々知先輩も居ない状況で三郎次を外に出すわけにはいかない。左近も同じく。数馬と左近には後方で怪我人の手当てと、もっぱんなどの薬品兵器の取扱いをしてもらわなければならないのだ。いくら新野先生がいらっしゃるからとはいえ、医務室の勝手が分かる人間――それも応急処置の可能な――が居るのと居ないのでは全く効率が違う。故にこの二人も出すわけにはいかない。
 四年は先程も言った通りに全員で学園の防衛および敵との応戦に当たる。三年も考えたが……先程も言った通り、三之助と左門は言わずもがな。作兵衛は用具委員で用具の貸し出しおよび三之助、左門の手綱を引いてもらわにゃならん。孫兵には虫獣遁のための生物たちを扱ってもらう必要があるし、藤内には綾部の補佐をしてもらう予定だ。……あれは扱いが難しくて、普段から慣れている人間でなければ務まらん。本来ならば私がするところだが、四年が仲良くくっついていても意味はない。それに、まさかこれを一年に任せるわけにはいくまい?
 確かに選んだのは消去法だが、私はお前ができないと思うのならば選んでいない。お前はい組の優秀な生徒だ。それに、五年の雷蔵先輩とも関わりが深い。――まあ、どうしても無理だと言うのならば、藤内に行ってもらうしかなくなるが……」
「だ、大丈夫ですっ!」
 滝夜叉丸の言葉を久作が慌てて遮った。四郎兵衛と同じく胸を張って、彼もまた唇を横に引き締めて頷く。それに滝夜叉丸は少しだけ微笑んで、彼の頭を先程と同じく撫でた。
「お前たちならば、できると信じている。――同時に、この忍術学園が無事に明日を迎えられるかどうかもお前たちに掛かっているのだ。一刻も早く出立し、先輩方にこの現状をお伝えしてくれ。お前たちが戻るまで、この平 滝夜叉丸の名に懸けて、決して敵軍に門を破らせはすまい」
 常にない調子の滝夜叉丸に二年生二人は揃って首肯した。同時に他の忍たまたちをぐるりと見回し、それぞれの友人たちと視線を交わし合う。二人はそれに強がりの笑みを浮かべると、それぞれ支度をしに長屋の方へ駆け出した。滝夜叉丸はその小さな背中を見送りながら、再び他の忍たまたちへと身体を向け直した。
「――今の話の通りだ。四年と三年はそれぞれ表・裏の防衛戦へと当たる。残った二年はそれぞれ、医務室と火薬庫に。一年たちは二年と同じく、医務室や用具の持ち出し、火器の薬込役などへ分かれてくれ。また、手の空いている者は我々や先生方の指示に従い、仕事をこなすこと! 一年は食堂のおばちゃんの許へも少し回ってくれ。戦いが長引けば当然兵糧も必要になるからな」
 校庭に響く滝夜叉丸の声に下級生全体が大きく返事をした。普段ならばこのようなことはないのだが、今の滝夜叉丸に逆らおうとする人間は誰も居ない。同級生である三木ヱ門やタカ丸は、普段とは全く違う滝夜叉丸の姿に驚きを隠せないでいた。



「滝夜叉丸、僕は火薬庫には必要ないんじゃない? 三郎次君が居たら大丈夫だろうし……僕だって四年生だし、他に何かやることがあるならやるけど」
「馬鹿言わないでください。火薬壺の中には三郎次の手には余るものがたくさんあるでしょう。貴方は身体が大きいのだから、彼の助けになってあげてください。
 ――三木ヱ門。お前の火器はどれだけ今使える? 普段使っているユリコたちならともかく、他の火器は?」
「馬鹿にするな、全て常に使えるようにしてあるわ。私はどっちに行く? 表門で相手を狙い打つか、それとも……」
 一度生徒たちを散らばらせた滝夜叉丸に、四学年の面々が集まる。タカ丸の言葉を一刀両断しつつ、滝夜叉丸は三木ヱ門へと質問を飛ばした。それに彼はふんぞり返って返事をし、滝夜叉丸はそれに常のように鼻で笑った。しかし、すぐに真面目な表情へ戻り、彼の問いへと頭を巡らせる。
「それに関しては先生方からご指示があるだろう。私は飽くまで部隊長程度であって、総大将ではない。――それから、お前たちに言っておくが」
 そこで一度滝夜叉丸は言葉を切った。ぐるりと同級生の顔を見回す。相変わらずの無表情である喜八郎に頷いた後、彼女はタカ丸と三木ヱ門に向かって口を開いた。
「私たちは決して弱音を吐いてはいけない。泣いてもいけない。常に顔を上げて、できれば笑っていること。例えそれが自分の死の寸前であっても。――何があっても、決して不安を下に悟らせるな」
「士気に係るからね。……感情は伝染する」
 滝夜叉丸の言葉を補足するように喜八郎が言葉を継いだ。それに滝夜叉丸が頷く。
「上が不安になれば下が不安になる。それと同じく、上が常に心を折らなければ、下も同じく踏ん張るだろう。――タカ丸さん、貴方もどんなに不安になっても、決して不安そうにしてはいけません。難しいかと思いますが、情けない顔をしそうだったらいっそ表情など作らないで宜しい。……まあ、私がこんなことをくどくど言わなくても、その時になってみれば分かりますがね」
 それだけ言って、滝夜叉丸は肩を竦めた。その頃合いを見計らっていたのか、厚着と日向が彼らの傍へと現れる。すぐに表情を改めて膝をついた滝夜叉丸と喜八郎に、慌てて三木ヱ門とタカ丸が倣った。忍の顔となった四人に厚着が頷く。
「滝夜叉丸、お前は私と共に正面へ。喜八郎、お前は日向先生と裏へ。タカ丸は滝夜叉丸の言う通りに火薬庫へ。三木ヱ門は吉野先生が火器をありったけ貸し出してくださるそうだから、それを持って三年ろ組を連れて方々に回ってくれ」
「ろ組を、ですか……?」
「ああ。安心しろ、方向音痴が二人と言えど、三之助は火縄銃コンテストに参加するほどの腕前だし、左門は普段から会計でお前とよく馴染んでいる。作兵衛は用具委員で火縄や他の火器の扱いも慣れているだろうからな」
「はっ」
 厚着の言葉に三木ヱ門は深く頭を垂れた。他の四年生も同じく頭を垂れている。常とは違うその姿に上級生の気概を見た教師二人は、こんな事態でありながらも、彼らが成長していることに少しだけ頬を緩ませたのだった。



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鈍行*2008.08.06〜 Written by 緋緒


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