鈍行


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▼0001 登場が派手すぎます



「目元アップ! 口元アップ! 髷アップ! 今日も素敵な滝夜叉丸!」
 決まった、と滝夜叉丸は口の端を持ち上げた。美しく全てに才長けた己には、それに相応しい登場の仕方がある。赤い薔薇を手に屋根から降り立った滝夜叉丸は、その薔薇を天にかざしてもう一度ポーズをとった。
「……滝夜叉丸先輩……」
 本来ならばここで拍手喝采が起こるはずが、聞こえたのは同じ委員会の後輩が漏らしたうんざりとした調子の呟きのみ。不審に思って彼が視線を戻せば、そこに集まっていた後輩三人はそれぞれにげんなりとした表情で滝夜叉丸を見つめていた。
「ないわ……」
 ぼそりと呟いたのは一つ下の三之助だ。それに滝夜叉丸が鋭い視線を投げれば、彼は露骨に嫌な表情を作る。その生意気な態度に滝夜叉丸が物申そうとしたそのとき、傍の後輩がそれぞれ小さな悲鳴を上げた。驚いて振り返れば、地面に何やら盛り上がりが続いている。もぐらの通った跡のようなそれの原因に滝夜叉丸が気づくよりも早く、彼の目の前に大きな影と土砂が飛び込んできた。
「いけいけどんどーん!」
「ひっ……!」
 鼓膜を震わす大きな声に滝夜叉丸は思わず喉を引き攣らせた。彼がそれを目視するより早く、その影は滝夜叉丸の首をその腕に抱え込む。ぐ、と強く彼の喉元を絞め上げる腕に、滝夜叉丸は思わず声を張り上げた。
「七松先輩、変な登場の仕方をしないでくださいっ!」
「何おう!? お前だって随分変な現れ方をしたではないか! それに比べて私なんて地味なものだろう! それよりも、ほら全員で塹壕を掘るぞ! いけいけどんどーん!」
 滝夜叉丸の首を腕に入れたまま、小平太はさらに傍に居た金吾を片手で捕まえる。その横にいた四郎兵衛にも声をかけ、呆然とそれを見守っていた三之助にも視線を送る。それだけで彼らは今日の委員会もまた地獄であることを理解し、ただ委員長の告げる活動を遂行するために各々苦無を取り出したのだった。



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▼0002 やり直せ



「やり直し」
 はっきりと告げられた一言に、団蔵は目の前が真っ暗になるかと思った。いや、事実たたらを踏んだのだから、真っ暗になったのだろう。それは障子の外に広がる闇と同じ色をしていて、今にも団蔵を飲み込んでしまいそうだった。
「団蔵、突っ立っていても帳簿は合わんぞ」
「……はい……」
 胸に刺さる言葉だが、これはまだマシなほうだ。場合によっては、いや普段ならば「鍛練が足りん!」と怒鳴りつけられた挙句、委員全員を巻き込んで深夜であろうと構わずそろばん片手に外へ叩き出されるのだから。そうならないだけマシ。そのはずなのに、いつもよりずっと静かに告げられた一言が団蔵には堪えていた。
「団蔵」
 背後から静かな声がかかる。目の前の委員長よりも幾分も穏やかなその声は、委員長に次ぐ年長者、四年ろ組の田村三木ヱ門であろう。先程まで流れるように聞こえていた珠を弾く音が聞こえなくなったことから、団蔵は三木ヱ門が手を止めて己を見つめていることに気づいた。
 そうだ、早く自分の持ち場に戻って計算をやり直さなくては。そう思うものの、身体が動かない。まるで鉛を流し込まれたように全身が重く、だるかった。
「うっ……」
 どうして自分はこんなに悲しくて苦しいのだろう。計算のやり直しを突き付けられるのも、深夜まで委員会活動が続くのもいつものことだ。それなのに、今自分はひどく辛い。それがなぜだか分からないことが尚更団蔵の苛立ちと苦痛を増長させ、涙となって身体の外へと溢れていた。
 泣いているバヤイではない。早く自分の席に戻るんだ。――そう思うものの身体は動かず、団蔵は唯一ままになる指先で袴を握り締めた。
 そこに響き渡る溜息と、帳簿が閉じられる静かな音。珠を弾く音に満ちているはずの委員会室で、それはやけに大きく響いた。
「今日は終いだ。三木ヱ門、左門と佐吉の面倒を頼む」
「委員長」
「俺はこいつだ」
 急に立ち上がった文次郎に団蔵が身体を跳ねさせると、文次郎はもう一度、今度は露骨な溜息をついた。
「気づいてねえのか?」
 低い声とともに落ちてくる腕に団蔵は思わず目を閉じる。しかし、降ってくるはずの拳固は、額に添えられる温かい手のひらに変わっていた。
「結構高いな……馬鹿は風邪引かないというもんだが」
 話している内容は全くひどいものだが、今の団蔵にはただ額に当てられた手のひらの優しさだけしか分からなかった。ぼうっと腕を辿れば、濃い隈を目元に張りつかせた文次郎の顔に辿り着く。自分を見下ろす視線をじっと見返していると、呆れたような溜息と共に額を押された。
「三木ヱ門、後は頼んだ。――おら、行くぞ」
 文次郎は後輩たちにそれぞれ声をかけていた三木ヱ門に一声かけると、それなりに重たいはずの団蔵を軽々と持ち上げ、荷物のように肩へと担ぎ上げる。それに三木ヱ門はただ軽く頷くと、「僕は寝ていない……」と繰り返し寝ぼけて呟いている左門の頭を引っぱたいて起こした。佐吉はその傍らで今にもくっつきそうな瞼を必死で持ち上げるべく、目を何度もこすっている。そんな彼らを確認すると、文次郎はもう一度大きく溜息をつき、団蔵を抱えたまま委員会室を後にした。
 団蔵は熱でぼうっとする意識のなか、ゆらゆらと揺れる身体の心地よさに小さく息をついた。――身体が熱くてだるい。けれど、不思議と先程のような不安や苛立ちは感じなかった。睡眠不足も相俟って、眠気が全身に押し寄せてくる。身体の下にある温かさに目を閉じれば、すぐに眠りの波が団蔵を飲み込んでいった。そこにあるのはもはや大きな安心だけだ。吸い寄せられるように己に触れる温かさへしがみついた団蔵は、そのまま全てをその温かさに委ねて眠った。



「……寝やがったな」
 己にかかる重さでそれに気づいた文次郎が、小さく呟く。抱えた小さな身体は常よりもずっと熱い。体調の変化に気づかなかった自分の不明をこってりと養護教諭と保健委員長に絞られるのだろう、と想像して、少々気が滅入ったが、今回ばかりは仕方がない、ともう一度溜息をつくことで文次郎は全てを思い切った。



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▼0003 尻尾を巻いて逃げる



「忍術学園めぇ……!」
 ドクタケ忍者隊首領稗田八宝菜が忌ま忌ましげに呟いた。この度も彼らが考えに考え抜いた計画を、一年は組の良い子たちおよび忍術学園の面々に目茶苦茶にされたのだ。せっかく用意した高価な火器も、火薬も、これで全てがパアだ。その悔しさに歯ぎしりするも、今となっては後の祭り。さらに言えば、自分たちの身すら危うい状況である。
 それを見て取った八宝菜は、すぐさま傍の部下たちに声を張り上げた。
「ドクタケ忍者隊、全員退却! 今日のところは 退いてやるぞ、忍術学園の諸君!」
「退いてやるんじゃなくて、負けたんだろ?」
 一年は組のなかでもとりわけ口の悪いきり丸が憎まれ口を叩いたが、それは無視する。同時に懐から取り出した煙玉に火を点け、地面へと投げつけた。導火線が尽きたそれは八宝菜の望み通りにもくもくと周囲へ白い煙を立ち込めさせ、彼らの姿を隠してくれる。その混乱に乗じて、八宝菜は部下たちとともに一目散に駆け出した。
「お頭ぁ、おれたちまた負けたんですね」
「黙れ黙れぇ! 負けたのではない、状況を立て直すために一時退却するのだ!」
「それって結局負けたってことじゃ……」
「違ぁーう! 全然違う! しかし、今はとにかく退くのだあー!」
 実際の状況としては、まさしく「尻尾を巻いて逃げた」わけだが、ドクタケ忍者隊首領として、それを認めるわけにはいかない。そのため、八宝菜は泣き言を漏らす部下たちを叱咤することで、己の胸に生まれる忸怩たる気持ちに見ない振りをしたのであった。



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▼0004 イキが良すぎ



「まあ、大きなお魚!」
 カメ子は今し方釣り上げられた魚を見て目を丸くした。それに気を良くしたらしい青年が笑う。
「カメちゃん、触ってみる?」
 幾分砕けた物言いをされるようになったのは、こうして彼らと過ごす時間が増えたからだろうか。忙しい父の名代、とは名ばかりの幼い自分をこうして尊重し、また可愛がってくれる彼らをカメ子は大好きであった。
「よろしいのですか?」
「良いよ、はい」
 差し出された魚に恐る恐る手を伸ばす。濡れた身体はカメ子の指先が触れると同時にひどくばたついた。魚が跳ねるたびに残っていた水しぶきが彼女の顔に降りかかる。咄嗟に顔を背けたものの、降り注いだ水のつぶては容赦なくカメ子をなぶった。
「わわっ、大丈夫!?」
「こらっ、何しているんだ! カメ子さん、大丈夫ですか?」
 慌てて魚を引き寄せる青年の声にかぶさるように、聞き慣れた低い声が降ってくる。さらに温かく大きな手のひらが自分の身体を後ろへ引き寄せた。
「ああ、こんなに濡れてしまって……馬鹿野郎、カメ子さんに何てことをするんだ!」
 目の前の青年を怒鳴りつける男――鬼蜘蛛丸に、カメ子は慌ててかぶりを振った。己を守るように抱える腕に手を添え、そうではないのだと言い募る。
「鬼蜘蛛丸さま、お怒りにならないでください。わたくしが触りたかったのです」
 それは事実だ。――きらきらと日に輝く魚に、触れてみたかった。思った以上に活きが良くて驚いたが。
 鬼蜘蛛丸がカメ子の言葉をどう取ったのかは分からないが、彼は深い溜息をひとつついたあとに懐から手拭いを取り出した。少ししわくちゃのそれに鬼蜘蛛丸はバツの悪そうな顔をしたが、小さく「綺麗ですから」と呟いてそれでカメ子の顔を拭った。
「これで大丈夫だと思いますが……魚なんてそう珍しいものでもないでしょうに」
「ええ、そうですわね。ですが、こうして今釣れたばかりのお魚を間近に見るのは初めてだったものですから。普段目にするのはもう売られているものばかりですもの」
 カメ子のその言葉に鬼蜘蛛丸は少しだけ目を見張り、そのあとに表情を和らげた。少し考えたあとに口を開く。
「まだ、堺の港に着くまで少し時間があります。……もし宜しければ、カメ子さんも釣りをしてみますか? 私がお教えしましょう」
「まあ、本当ですの!? 嬉しい、わたくし是非やってみたいです! 鬼蜘蛛丸さま、ありがとうございます!」
 鬼蜘蛛丸の言葉にカメ子の表情がパッと明るくなる。それに鬼蜘蛛丸もまた常になく柔らかな笑みを浮かべ、彼女をその膝に招いた。――それを周囲の人間が呆れた顔で見ていることに気づかないまま。



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▼0005 このスケベ



 髪の手入れと称して、この男が自分を部屋に連れ込みはじめたのはいつだろうか、と兵助は髪をいじられながら考える。
(はじめは確か、勉強を教えてほしいと言われたのだったか)
 斉藤タカ丸という男は、この忍術学園において特異な経歴を持つ輩だった。十五の歳までカリスマ髪結いの息子として髪結いの修業をしておきながら、その途中で己の祖父が穴丑であったことを知り、それが縁でこの忍術学園という学び舎に入ったのだ。しかも、六年と同じ歳でありながら、二つ下の四年へと編入するというおまけつき。挙句、忍者を志しながらも髪結いとしての志も捨てぬという、尚更奇矯な男である。
 下級生などは六年と同い年でありながら一年よりも忍たまの経験がない、などとよくからかい混じりに言っているが、実際にそれがどんな意味を持つのか、彼らは全く理解していない。
 忍術学園には一流の忍者でありながらも二年生として編入した男がおり、風魔忍術学校には自分たちよりずっと歳かさでありながらも一年として学んでいる男もいる。その前例を塗り替えての、四年への編入。――それは恐るべきことだ、と兵助は思う。もっとも、彼を深く知るようになるまでは、そんなこと思いもしなかったのだけれど。
 はじめ、四年への転入生だと聞いたとき、兵助はどこかの忍術学校から編入してきたのだと思っていた。しかし、実際に委員会で活動をすれば火薬の扱いは不慣れ、足音をバタバタと立てる、など逆によくもまあ四年まで進級できたものだと感心したくらいである。しかし、忍術学園にタカ丸を狙った侵入者が入り込んだときに彼の事情を知って納得すると同時に戦慄した。忍たまどころか体術すらも訓練していないはずの人間が、一気に四年まで飛び級したのだ。それは、彼がそれだけの実力を持っているという事実を示している。けれど、それが目に見えて分からないことが、兵助には恐ろしかった。
「兵助くん」
 己の首元へ腕を絡めながらも気の抜けるような声と笑顔で己を呼ぶ男を見る限り、本当にそれだけの実力があるのかとついつい訝ってしまう。が、この現状を考えれば、確かにこの男は忍者に向いているのだと思った。
 たまごとはいえ忍の自分が、あっさりと間合いに入れてしまうだけの人懐こさ。間抜けにすら見える笑みは人の警戒心を弱くし、髪結いになるために学んできた技術――話術は相手の秘密を巧みに暴き出す。それを意図せずやってしまうのだから、恐ろしいにも程がある。
「何考えてたの、真剣な表情で」
「……さあ、な」
 お前のこと、とはさすがに言えず、兵助は後ろから己を抱きしめる男に視線を投げた。視線が合えば、己の顔に唇を寄せてくる。敢えてそのまま受け入れれば、タカ丸はくすりと笑って頬に口づけを落とした。
「珍し、兵助くんが大人しいなんて」
「そういうお前は全くもっていつもどおりだな。――いい加減にしろ、このスケベ」
 さり気なく己の懐に潜り込んだ手を掴み、兵助は小さく溜息をついた。――全く、何がどうなってこうなったのやら。警戒していたはずなのに、いつの間にか懐に取り込まれている。己を抱き寄せながら髪に指を通す男を眺めて、兵助はもう一度溜息をつく。
「そんなこと言って、兵助くんだって嫌じゃないんでしょ? じゃなきゃ、まず俺の部屋に来てくれないじゃない」
「髪の手入れがしたいって引っ張り込んだのはそっちだろ」
「だって最近は勉強見て、って言っても来てくれないから」
 再び己の懐へ手を入れてきた男に溜息をつきながら、兵助は首筋に寄せられた頭に手を伸ばす。兵助にしてみれば不可思議に伸ばされている髪をぐっと掴んで、タカ丸の頭を引き寄せた。
「ちょ、いたた……もう、相変わらず乱暴なんだから」
 不満げに唇を尖らせる男の唇を己から奪う。――本当に怖い男だ、と思う。色恋は三禁のひとつ。だから忍を志して研鑽していた己は、恋なんてしないと思っていた。それが今はこうだ。ここまで己を染め変えてしまった男に怒りすら覚えながらも、己の肌を辿る温かい指に全てを許す心地よさに兵助はただタカ丸に身を委ねた。



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鈍行*2008.08.06~ Written by 緋緒


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