鈍行


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▼ナチュラルハイ



「後、もう三往復! ね、まだ良いでしょ?」
「無茶言わないでください! ほら、下級生たちは皆もうバテバテで、誰も付いてこられませんよ!」
 裏山で大きく腕を振り上げた七松 小平太に、平 (たき)が後ろで屍累々とばかりに倒れている下級生たちを示した。現に体育委員会の活動から逸脱したこの強行軍に、脱落者も多数出ている。常にこの活動について来ているのは、根が真面目な一年生の皆本 (きん)と二年の時友 四郎兵衛、そして小平太と同じバレー部に所属している三年の次屋 三之助くらいだ。他の人間は端から逃げ出すか、途中でこっそり消えていく。滝はそれを咎めることはしない。――さすがに彼女も鬼ではない。しかしそれ以上に、やりたくない人間に強制させるだけの気力も体力も彼女に残っていないことが、何よりの理由だった。
「あはははは、だ、大丈夫ですよー!」
「金が大丈夫なら僕も大丈夫ですー」
「……もう帰りましょう」
 これは駄目だろう、と滝は素で思った。女子である金がここまで付いて来ていること自体がもう奇跡に近いのだ。その金も体力の限界で、既にナチュラルハイにになりかけている。これ以上走らせれば間違いなく何かが壊れる、そう確信した滝はいそいそと走りに行こうとする小平太のジャージをひっつかみ、自分がその前に回り込んだ。大きく手を広げて、自分より上にある瞳を睨み付けた。
「これ以上は許しませんよ、先輩! 金も四郎兵衛も限界です! もう帰りましょう!」
「えー!? だって、まだ全然足りないよ……!」
「では、三之助の腰に縄でも引っかけて、二人で走っていらっしゃい! 私はあの二人を連れて学園に戻りますから」
「えー!?」
「うげ、冗談」
 腰に手を当てて宣言する滝に、小平太は悲鳴を漏らし、三之助は心底嫌そうな声を上げた。しかし、彼女はそれ以上何も言わずに彼らに三之助捕獲用に持っていた縄を手渡すと、へばって動けなくなっている後輩たちを介抱に向かう。その背中は明らかに怒っていて、小平太は思わず三之助と視線を交わした。
「……謝った方が良いですよ、早く」
「でも、俺何にも悪いことしてないし」
「あんたの言動が怒らせてんですよ、あの人を。ほら、早くしないと……」
 肘でつつき合う二人に、大きな溜め息が届く。いつの間にか金を背負って、四郎兵衛の手を引いた滝が冷ややかな目で二人を見ていた。
「――じゃあ、私は戻りますから。後はお好きにどうぞ」
「あ、滝ちゃん……!」
「平先輩、俺も行きます。四郎兵衛、おんぶしてやろうか?」
「あっ、三之助! こういう時ばっかりちゃっかり……!」
 さっと手のひらを返して滝から四郎兵衛の手を取った三之助は、先輩の呟きを聞かなかったことにした。滝は三之助に対しても何も言わなかったが、四郎兵衛の反対の手を再び取って歩き出す。既に意識を落とした金はぐったりと滝の肩に頭を預けている。四郎兵衛はひとり残される形となる小平太を気にしているようだったが、露ほども振り返ろうとしない滝に恐れをなしたのか、何も言わずに足を進めた。
「あ、やだ、待って! 俺も帰る!」
「別におひとりでも運動なさったら宜しいではありませんか。下級生のことも気にせずに、存分にお走りになれますよ」
 慌てて彼らを追う小平太に、振り返りもせずに滝が告げた。その声の冷え冷えとした調子に三之助と四郎兵衛が青くなる。さすがの小平太もそれには堪えたのか、慌てて今度は彼が滝の前へと回り込む。正面から見た彼女の顔に表情はなく、久々に小平太は自分が何かの一線を越えたことに気付いた。
「――ごめんなさい」
「何に対して謝っていらっしゃるんです?」
 静かに問い返した滝に小平太は思わず詰まった。それに彼女は溜め息を吐き、ずり落ち掛ける金を背負い直す。
「男子ですら逃げ出すようなこの活動に、この子のように女の子でついてくる子はそう居ません。それをもう少し配慮していただきたいものです」
「だって、楽しくなって欲しかったから……」
「貴方の楽しいが、この子にとっての楽しいかどうか、もう少し考えてください。金は私じゃありませんよ」
「う……ごめんなさい」
「謝るのなら、私ではなく金に。……それから、褒めてあげてください」
 まるきり立場が逆転している二人に、傍らでそれを眺めていた後輩二人は顔を見合せて溜め息を吐いた。これではまるきり子どもの教育方針で喧嘩をする夫婦のようだ。その想像が余りにもしっくり来てしまった二人は、思わず空笑いを浮かべた。
「どうした、お前たち?」
「お前たちも疲れたんだろう? さ、早く学園に戻ろうな」
 二人が乾いた笑い声を吐き出し始めたのに危険を感じ、滝はそっと二人を促した。ずるりと滝の背中から落ちそうになる金の身体を受け取り、小平太がその後に続く。その姿はまさしく家族という感じで、二人は更に乾いた笑いが浮かんだ。――だから、「体育は家族」とか言われるんだ、と。別に嫌なわけではないが、何となく釈然としない二人である。
 しかし、結局いつの間にか仲直りをしている二人の背中を見ていたら、全てがどうでも良くなった。四郎兵衛は少しだけ早歩きで小平太たちの隣へ並び、三之助はそれに引きずられる形で彼らの隣へと並んだ。その様子こそまさしく〈家族〉そのものであったが、それを指摘する者は誰も存在しなかった。



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鈍行*2008.08.06〜 Written by 緋緒


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