鈍行


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▼秋桜



「滝、美味しい」
「ん」
 昼休みに中庭のベンチで弁当をつつく二人の女生徒――平 滝と綾部 喜代(きよ)。二人とも見目麗しく、明らかに人目を引く風貌である。しかしながら、本人たちは見られることにも慣れているのか、時折寄越される男子生徒の視線も全く気にせず、二人で寄り添って日向ぼっこをしながら昼食を楽しんでいた。
 お揃いのお弁当箱にお箸、お弁当袋まで色違いなだけの二人は容貌こそ違うもののまるで姉妹のように仲の良い様子で食事をしている。特に喜代がべったりと滝にくっつきながら食事をするものだから、二人の食事は中々進まなかった。
「喜代、いい加減に腕から離れろ。食べにくい」
「良いじゃない、普段は委員会だなんだってこうしてのんびり食事なんてできないんだから。一緒に居られる時間は大切にしないとね」
「お前は私の恋人か」
「なれるもんならなりたいけど。――滝がなあ」
「……私はノーマルだからな」
「私もだよ」
 噛み合わない会話に滝の箸が弁当箱の底に思い切り突き当てられた。幸いにも両方プラスチック製だったために折れたり、底に穴が空いたりすることはなかったが、どうにも腹立たしい。機嫌を損ねた滝がぐさりと行儀悪く肉団子に箸を突き刺して口に入れたところで、彼女たちの穏やかな昼食を邪魔する声が響き渡った。
「あっ! 美味しそう!」
「……また。この人は常に私と滝の邪魔をしたいみたいだね」
「――七松先輩、どうなさったんですか?」
 唐突に表れて自分たちの弁当を覗きこむ男――七松 小平太に、喜代は思いきり顔をしかめ、滝は困惑して顔を上げた。彼女たちを見下ろしている男は制服姿でありながら泥だらけで、明らかに何かをやって来た後である。更に後ろから困った顔で自分たちを見ている竹谷の存在に気付き、滝は今の状況ををすぐに理解し、溜め息を吐いた。
「制服で練習をするのは良くないと思いますよ、先輩」
「いやあ、着替えるのが面倒臭くってさー! で、ねえ、滝。俺さ、今お腹すいてるんだけど」
「先輩、何言ってるんですか! 大体、今メシ食いに行こうって話してたじゃないですか!」
「ん? うん。でもさ、教室までもたなさそうだから」
  ――何と理不尽な理由だろうか。しかし、彼はこういう人間なのである。しかも、誰にでもこういう態度を取るわけではなく、心を許した相手――要するに自分の行動を許してくれる相手にのみ、こういう子ども染みた態度を取る。それを知っている人間は多少腹が立っても不思議と最終的には彼を許してしまうので、その点においての小平太の嗅覚は素晴らしいものと言えよう。
「……で、何が欲しいんです? 言っておきますけど、全部は駄目ですよ。どれかひとつだけ」
「ぶー! でも良いや。えーと……んじゃーね、卵焼き」
「分かりました。はい、どうぞ」
「俺さ、まだ手を洗ってないんだよね」
 滝は小平太が指差す卵焼きを弁当箱ごと差し出した。しかし、小平太はにやりと笑って手を見せる。脇に挟んだボールは砂ぼこりにまみれて、明らかに汚い。更に彼の発言で滝は何を求められているかを正確に理解し、理解してしまった自分にうんざりした。
「……貴方という人は、どうしてそう……! ああ、もう、分かりましたってば! はい、どうぞ」
 小平太の望み通り、滝は自分の箸で御所望の卵焼きを摘み上げて彼の口許へと運んだ。その表情は苦々しく、明らかに恥ずかしがっている。対する小平太はすこぶる嬉しそうな顔でその卵焼きを一口で口に入れると、にっこりと笑って滝へと告げた。
「美味い! 滝、ご馳走様!」
「はい、どうも」
「滝のお弁当、今日は誰が作ったの?」
「…………お手伝いさんが」
 その発言に喜代が少しだけ目を見開き、竹谷が庶民的な驚きを表した。それに視線を逸らす滝に対し、小平太は笑顔のままだ。
「そっか、じゃ美味しかったって伝えておいて!」
「分かりました。……喜ぶと思います」
「うん。ご馳走様。じゃ、竹谷行こっか」
「へ? ああ、はいはい。――あー……邪魔して悪かったね」
 嵐のように去っていく男二人の背中を見送った後、喜代が滝の腕に自分の腕を絡め、体重をかけるようにして問いかけた。
「どうして嘘吐いたの?」
「……あの状況ではさすがに言い出しにくかったんだ!」
「別に自分で作ってても大丈夫なのに。むしろ、あの人なら小躍りして喜ぶでしょ」
「……喜ぶって分かってるから嫌なんだ」
「おやまあ、乙女心は複雑だねえ」
「お前だって女だろう」
 滝の言葉に喜代はにい、と猫のように笑った。その表情に全てを諦め、滝は再び弁当を片付けようと箸を握り直す。しかし、おかずを拾おうと思った瞬間に、少しだけ動きを止めた。食べようとしたおかずを取ろうとするのをためらい、けれど覚悟を決めて勢い良くそれを口に運ぶ。その様子を見ていた喜代は、少しだけつまらなさそうに溜め息を吐いた。
(――全く、私の滝がどんどん遠くに行ってしまうじゃないか。全部、全部、あの人の所為だ)
 そんな彼女の思惑など露知らず、滝は少しだけ頬を赤らめながら自棄っぱちで勢い良く弁当を口の中に掻き込んだのであった。



 一方、小平太は鼻歌でも歌いだしそうな様子で教室へと戻っていた。途中まで一緒の竹谷は機嫌がうなぎのぼりになった小平太を不審に思って声をかける。
「……先輩、やけにご機嫌ですね……平、可哀想に」
「そりゃご機嫌だよ。滝お手製の卵焼きだもん」
「? 平はお手伝いさんが作ったって言ってたじゃないですか」
 竹谷は小平太の発言に首を捻った。本人が違うと言っている上に、滝のあの性格を彼は知っている。もし本当に自分で作ったのなら、彼女は高笑いで恩着せがましく食べさせそうなものだが。しかし、小平太は確信を持って断言した。
「――滝の卵焼きで間違いないよ。お手伝いさんの卵焼きはもっと甘いもん」
「甘いって……そっちも食ったことあるんすか」
「あるよ。滝ん家のお手伝いさんの卵焼きは結構砂糖多めで、滝は入れても控え目。綾部が一番好きな卵焼きの味なんだよな」
 余りにも平家の内情に踏み込んだ発言に、竹谷は正直どうして良いか分からなくなる。しかし、そんな竹谷を尻目に小平太は続けた。
「綾部良いなあ。俺も卵焼き、作ってもらいたいな」
「頼んだら作ってもらえるんじゃないですか?」
「俺の好きな味に合わせてもらいたいんだもん。……好き嫌いないけど」
「美味けりゃ何でもいいと思いますけどねえ。大体、いくらべったりでも、幼馴染で親友の女の子に敵愾心燃やさなくても」
「竹谷は分かってないなー。俺にとって一番の障害は、誰であろう綾部なんだから。ま、良いけどね、もう俺のだし」
「あーあーあー惚気は余所でお願いしますわ」
 本格的に付き合い始めて――その前からもう似たような状態ではあったが――しばらく経つ割に、この二人は中々仲が進展しない、らしい。毎度毎度二人の熱い様子を見せつけられている竹谷としては「うそやでー」と言いたくなる気持ちになるが、そんなことをするのも馬鹿らしいことを知っているのでもう何もしない。しかしながら、竹谷の心の隙間では寒風が吹き荒んで、彼はふと二級下の後輩の顔が見たくなった。



秋桜の花言葉:乙女の真心、乙女の純潔、乙女の純真、乙女の愛情、調和、美麗など



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鈍行*2008.08.06〜 Written by 緋緒


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