鈍行


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▼ブランド



(――あ)
 久々知 (へい)は後輩の腰にぶら下がっているキーケースを見て瞬いた。そういった類には疎い彼女でも知っている、有名なブランドの代物だ。高校生がどうしてそんなものを持っているんだろうと思わずどうでも良いことを考えつつ、兵は動揺を抑えてその代物から視線を外した。――こういうことが最近よくある。その度に兵はこの年上の後輩に関して、疑問に思うことしきりだった。
 はじめは偶然見た財布。それも彼女が知っているほど著名なブランドの品物だった。それだけでも驚いたにも関わらず、ちょっとした小物小物が良い物なのだ。確かに年上ではあっても所詮はひとつだけ、どこにそんな資金があるのやら、と邪推すらしてしまう。良いものを持っていると言えば同級生の鉢屋 三郎もそうなのだが、あれは何となく良い物を持っていても資金源を勘ぐらせない何かを持っている。あれに気に入られた不破 (らい)は大変だ、と兵は再び思考を飛ばした。――その彼女を現実へ引き返したのは、下級生の高い声。
「あ、タカ丸さんフィトンだ! フィトンのキーケースだあ! 凄い、お金持ちー!」
「ええ!? 別にお金持ちじゃないよ!? これは親のお下がりだし」
「その割に財布も同じくブランド物で、明らかに金持ち臭漂わせてますけどねえ」
 部活中の二郭 伊久(いく)がタカ丸の腰にぶら下がっているものに気付いて大声を上げたのだ。ハッと顔を上げる兵を余所に、斉藤 タカ丸が困ったように彼女へと出所を伝えている。――そう言えば、カリスマ美容師の息子だったか、と兵は今まで忘れていた彼のプロフィールを思い出した。しかし、それでも細々と良い物を持っている理由にはならない。第一、お下がりにしたって下がって来たものが多過ぎやしないだろうか。彼女と同じ疑問を持っていたのだろう、池田 三郎次がしらっとした顔でタカ丸を刺した。
「ひどいな、三郎次ってば! あれは自分でお金貯めて買ったんだよー! 仕方ないでしょ、店出るのに変に安物持てないんだから」
「店出るって……仕事で財布出すことなんてないじゃないですか」
「これが偶にあるんだなー。人生何が起こるか分からないと言うか……やっぱりこっちも客商売でしょ、あんまり変なところ見せるとお客さん引いちゃうからさ。店が変に人気だとこういうとこ困るんだよね。俺はまだそんなにお金ないのに、あちこちで金使わされてさあ……」
 大げさに肩を落とすタカ丸に兵はそんなものかと思う。別に財布がへたれてようと美容師の腕さえ良ければ繁盛しそうなものだが、なかなかそうもいかない世の中なのだろうか。まあ、確かにキラキラしたお店の中で店員が小汚かったら嫌かな、とは思う。それにしても。
「……パトロンでも居るのかと思ってた」
 兵はそこまで考えて、下級生の視線が自分に集中していることに気付く。そこで初めて自分が思っていたことを口に出してしまっていたことに気付き、意味が分からずに首を傾げる伊久と、同じく思っていたらしい三郎次の同意の視線、更に悲壮なまで顔をこわばらせたタカ丸の視線に思わずたじろぐ。ちょっと身を引く兵に、勢い良くタカ丸が肩を掴んだ。
「ちょっと! 先輩、俺のことそんな風に思ってたの!? それどんな誤解!? 俺、そんなんじゃないよ! 本当だよ!」
「いやあ……確かに良いもの持ってるから、資金源はどこなのかなあとは思ってたんだが……」
「全部親のお下がりか自力で買ったもんです! これは本当、嘘じゃない! 神に誓って本当!」
「分かった、分かったから離れろ。落ち着け、斉藤」
「落ち着けません! 俺、先輩からそんな風に思われてたなんて……ショックすぎる」
 最終的には兵の肩にがっくりと頭を落とした斉藤をどうすべきか三郎次に視線を向けると、彼は彼で純真無垢な最下級生に「パトロンって何ですか?」と答えにくい質問を突き付けられていた。あれでは助けは求められない。原因を作ったことに内心謝りつつ、兵は自分にかじりついてぐしぐしと落ち込んでいるタカ丸の背中を軽く叩いた。
「分かった、分かった。変な誤解して悪かったよ。――お前が存外真面目なことは知ってるから」
「存外って何ですかあ……!」
「見た目が派手だからな、どうしても……」
「だって店出ると時に七三とかはできないじゃないですかああ! 俺もこの髪形は気に入ってるけど、お店の子にはお店の子の苦労があるんですからね!」
「あ、それは分かります」
「でしょ! 伊久ちゃんなら分かるでしょ!」
 再び愚痴モードに入ったタカ丸であるが、同じく家が店である伊久が反応したことで彼らは〈店の子だからこそある苦労〉を手を取り合って語り合い始めた。幸いにそれで災難から抜け出した一般家庭の子である三郎次と兵は、顔を見合せて溜め息を吐く。
「……迂闊なことは言うもんじゃないな」
「ですね……。ま、ああなったからには放っておきましょう。それが一番安全です」
「だな。――お前にもとばっちり食らわせて悪かったな、三郎次」
「良いですよ、別に。さ、今のうちに他のことやっちゃいましょう。あいつらが居ない今がチャンスです」
「そうだな。手伝ってくれ、三郎次」
 どうしても入学して間もない二人は部活動でまごつくことが多い。それを指導するのも先輩の役目だが、時折は面倒になることもある。特に煩雑な手順の実験をする時には。それゆえに二人が別のことに集中している今がチャンスとばかりに、二人はそそくさと途中の実験に手を出したのだった。



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鈍行*2008.08.06〜 Written by 緋緒


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