鈍行


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▼はなす



「先輩、先輩、あのね、今日の授業でね……」
 一等下の二郭 伊久(いく)が今日あった出来事を楽しげに久々知 (へい)へと語りかける。その姿はまさに「先生、あのね」というフレーズを彷彿とさせ、斉藤 タカ丸は微笑ましそうにへにゃりと顔を崩した。二人の姿は形こそ違えど仲の良い姉妹のようで、タカ丸にとっては心安らぐもののひとつだ。更に普段はきりりと真面目な顔ばかりしている兵がこの時ばかりは穏やかな笑みを浮かべることもあって、タカ丸はいつの間にか幽霊部員どころか理科部に入り浸りとなっている。彼の横では水泳部が休みの池田 三郎次が呆れた顔でタカ丸に呟く。
「タカ丸さん、顔緩んでますよ」
「そりゃ緩むよー、可愛いじゃない。良いよねえ、俺はひとりっ子だから、ああいうの憧れるなあ。あ、そうだ、三郎次君! どう、お兄ちゃんに何か相談とか!」
「ありません」
「……そんな即答しなくったって……」
 期待に満ちた眼差しはすぐさまに弾き返される。めっそりと肩を落としたタカ丸に、今度は遠方から呆れた声が掛かった。
「斉藤、お前結構馬鹿だろう」
「う、先輩まで……伊久ちゃん、皆が苛めるよう!」
「あー……ははは」
 ひしっとタカ丸が彼女の肩に縋りつけば、伊久は幾分か呆れた調子で笑った。それに上級生二人は顔を見合せて溜め息を吐く。いつまでも伊久に泣きついたままのタカ丸を兵が引っぺがし、首根っこを捕まえたまま伊久を手で追いやった。彼女もこれ幸いとその場を逃げだし、三郎次の傍で安全を確保する。その息の合った行動にタカ丸は自分の居る前の理科部を思い、小さく溜め息を吐く。
「――で、お前はどうして欲しいんだ? 構って欲しかったんだろう?」
「! えっと、えっと、先輩、あのね! 今日ね……」
 タカ丸は呆れた顔で自分に問いかける兵へ笑顔で振り返る。その先には彼女のつむじがあって、呆れた顔で見上げられる。――首根っこを捕まえられているとはいえ、身長は彼の方がずっと高いのだ。ようやく彼の襟から手を離した兵に、タカ丸は嬉しそうに今日あった出来事を語り始める。その様子は一年生の伊久と全く変わりがなく、話しかけられている兵も傍から見ている三郎次も呆れ返った。それでも不思議と許せてしまうのは、言動が普段から幼い所為なのか、それとも人徳なのか。身振り手振りを交えて語るタカ丸の話を本腰入れて聞くために兵が腰を降ろすと、その隣にタカ丸はすぐに座った。
(……これは長くなるかもなあ)
 兵はさっと後輩二人に視線と手ぶりで解散を示した。こうなったら最後、多分まともな部活動は期待できない。彼らもそれはすぐに分かったのか、無言で頷いた。そろそろと荷物を片付けると、静かに部屋を抜け出していく。それを無言で見送りながら、兵はそれにも気付かないほど熱中して話をしているタカ丸に視線を戻す。聞いてもらえるのが嬉しいのか、タカ丸の話は尽きることがない。どうしてこんなに楽しそうに話すのか、と思いながら、兵は頬杖をついて彼の話を聞いていた。――同時に彼の居る学年を思う。
 自己主張の激しい平 (たき)に何を考えているか表面では読み取れない綾部 喜代(きよ)、更に滝に張り合うように派手なことをしでかす田村 三木ヱ門と個性的な面々ばかりだ。もしかしたら誰も皆自分のことばかり話していて、タカ丸は普段は聞き役に回っているのだろうか。それならば、このように「立て板に水」と言わんばかりの言葉も納得できないことはない。そんなことを考えながら、兵は彼の話に時折相槌を打ちながらも耳を傾けていた。



(……はあ、本当に睫毛が長いなあ……髪も綺麗)
 タカ丸はタカ丸で話をしながら、目の前で穏やかに相槌を打つ少女を観察していた。一見しただけでは地味な雰囲気でごまかされてしまうが、じっくりと眺めるとこの少女はとても美しい。長い睫毛につり上がり気味の大きな瞳、色は白く対照的に髪は黒い。化粧っ気がないために小奇麗にしている女子たちに紛れてしまうが、その造作は際立っている。頬杖をついて足を組む様子は落ち着いた雰囲気が漂い、スカートから伸びる足は細く長い。
(本当に整っているんだなあ)
 体格は細過ぎず、絶妙なバランスを保っている。男としてではなく美容師として見ても素晴らしいプロポーションだ。体育をしているところを見たことがあるが、やはり運動神経も良いようだった。頭も良く、運動神経も良く、美人でスタイルも良いなんて揃い過ぎだ。しかも、それを鼻にかけるどころかほとんど意識していない。人見知りするのか、タカ丸に慣れてくれるまでにも時間がかかった。緊張するとぶっきらぼうな調子になって、少しだけ近寄りがたい印象を受ける。――けれど、慣れた後に見せてくれる笑みは柔らかく可愛らしい。
(もっと笑えば良いのに)
 タカ丸は思う。彼女は真面目過ぎて、常に真っ直ぐ前を向いている。それゆえに表情もきりりと引き締まったものが多く、それが周囲を敬遠させる。もし今のような表情をずっと見せているのならば、きっと他の人間も――。
(……それも嫌だなあ)
 兵の周囲に人が集まりすぎると、今度は自分が近付けなくなる。それに理科部の人間ももっと増えて、今のように穏やかな雰囲気は望めなくなってしまうだろう。学園生活に不満はないけれど、やはり年下の間で生活するのは少し疲れる。そんなことを言えば兵だって年下なのだが、彼女は不思議と同年代のようなイメージが強かった。それだけ彼女が大人びているのだろうと思いながら、タカ丸はなおも話し続ける。少しでも彼女と一緒に居る時間を長くしたくて。
  ――本当は下級生二人がとっくの昔に帰っていることも気付いている。少しだけ申し訳ないな、と思いながらも、自分の中に溜まった何かをリセットしたくて今回は甘えさせてもらった。タカ丸は西日が入ってキラキラと赤く照らされる兵の毛先を眺めながら、もう少しだけ、もう少しだけと本当はもう閉じなければならないと分かっている口を動かし続けた。



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鈍行*2008.08.06〜 Written by 緋緒


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