鈍行


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▼ペット



「……何とかならないかね、あれ」
「仕方ありませんよ、昔からですもの」
 蛇の飼育小屋で掃除をしていた竹谷は、遠くの小動物小屋で笑いさざめいている女子生徒たちを苦々しく見つめた。その傍らでアオダイショウのきみこを腕に巻き付かせている伊賀崎 真子(まこ)は小さく溜め息を吐く。
 彼女が一年生として生物委員に入った時から、生物委員の女子は皆一般的に可愛いと思われている生物しか可愛がらない。他にも虫や蝶、蛾、蜘蛛にサソリ、トカゲに家畜までありとあらゆる生き物が忍ヶ丘学園では飼育されているのだが、いわゆる「ゲテモノ」と呼ばれる類の生き物に関してはほとんど竹谷と真子、一部の男子と人手が足りないと無理やり引っ張り込まれた一年生たちで世話をしている。幸いにも今年の一年生は肝が太い子が多いのか、毒虫や蛇に対しても嫌がりはしても物怖じはしない。週一回行われる全体の掃除をよくやってくれている。
「伊賀崎先輩ー、竹谷先輩ー、じゅんいちたちの餌やり終わりましたー!」
「おお、三知(みち)に虎若、ご苦労さん。助かったぞ」
 溜息を吐き合う竹谷と真子だったが、パタパタと駆け寄って来る足音に笑顔で振り返った。キラキラと明るい笑顔で報告する一年は組の生物委員たちを竹谷はねぎらい、真子は優しい笑顔で迎える。特に三知は女の子でありながら、危険生物の世話を嫌がらない貴重な存在だったので、真子は彼女を特に可愛がっていた。
「二人とも有り難う、お疲れ様。後は私が引き受けるから、竹谷先輩と家畜小屋の方へ行ってくれない?」
「真子、でもひとりじゃ……」
「私なら大丈夫ですよ、ここはそんなに汚れていないし。それに……あんまり先輩がここに居ると、あちらで暴動が起こりそうなので」
 真子の視線を受けて、竹谷はぐっと詰まった。自惚れでなく、竹谷はもてる。基本的に彼がミーハーな女子生徒を相手にすることはないが、女子は集団になると恐ろしい生き物なのだ。それを身をもって知っている竹谷はがっくりと肩を落とし、目の前にある真子の細い肩を叩いた。
「……すまん、頼んだ。帰りに何かおごってやるからな」
「別に良いですよ、私は好きでやってるんですから。ねえ、きみこ」
 自分の腕に絡み付く蛇へ話しかける真子を見つめながら、竹谷はもう一度深い溜め息を吐いた。人付き合いは苦手ではないが、好きだというわけではない。どちらかと言えばキャアキャア騒がれるよりも、こうして一年生や真子とのんびりしている方が好きだった。特に真子との時間は彼にとっては貴重なもので、常にさり気なく彼女の隣を陣取っているのだ。――それを仕事も碌にしない女子生徒たちの変な意図で邪魔されるというのは、彼にとっては業腹だった。
 しかし、ここで変に薮を突けば蛇が出る。それも理解していた竹谷は渋々彼女を置いて蛇の飼育小屋を後にする。その両側にくっ付いてきた三知と虎若が同情したように彼を眺めた。
「でも、先輩たちはいつも一緒にお世話してるから良いじゃないですか。竹谷先輩もそうだけど、伊賀崎先輩もお当番じゃない日も小屋に来て、生物たちが元気かチェックしてるし、誰かが掃除や餌やりをさぼったら代わりにしてくれてるし」
「そうそう。竹谷先輩と伊賀崎先輩が飼育小屋の前で並んでるのって、もう当たり前みたいな感じですし」
「俺たちは他の委員と違って生物を相手にしてるんだから当たり前だろ。大切に扱わないと、あいつらの命に直結するんだ。だから、お前たちも何かと注意してやってくれよ? まあ、お前たちには言わなくても大丈夫だと思うけど」
 竹谷は一年生たちの言葉に笑って頭を撫でた。それに彼らは喜んでキャッキャッと笑う。中学一年生、という割には幼い二人に苦笑しつつ、竹谷はもう一度だけ蛇小屋の方へと振り返った。
 既に大分小さくなったその小屋に、細い人影がひとつ忙しなく動いている。しかし、その様子は嫌がるどころか楽しそうで、竹谷は少しだけ笑みを浮かべ直した。あの小さな身体のどこにそんなバイタリティが秘められているのか分からないほど、真子は生物に情熱を注いでいる。その様子が好ましく、竹谷は腹に溜まった怒りを少しだけ収めた。
「――じゃ、臭くなりに行くか!」
「はあい!」
「うええええ……」
 家畜小屋で飼われているのは牛や豚など、大学部で使う動物たちだ。隣接した別地区にある大学部とはほとんど関わりのない忍ヶ丘学園の中・高等部だが、生物委員だけは別だ。余りに膨大な生物を飼い過ぎて、人手が足りないのだ。それゆえに飼育委員だけは中等部から大学部まで全ての学年が協力して作業に当たっている。
 しかし、やはり臭い家畜を世話したがらないのは学年が上がっても一緒で、人手は決して足りていない。それゆえに竹谷や彼が一目置いている後輩たちがその世話もまた引き受けているのである。本来ならばここに真子も加わるはずなのだが、彼女はまだ蛇小屋で掃除の真っ最中だ。何だか物足りないような気持ちになりながらも、竹谷は目の前に立ちはだかる問題をまず解決するべく、後輩たちを引き連れて家畜小屋へと足を向けたのだった。



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鈍行*2008.08.06〜 Written by 緋緒


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