鈍行


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▼sink, sink, rise.サンプル



「また?」
「……ああ」
 携帯の時計を眺める滝に、傍らに立っている幼馴染――綾部喜八郎が溜息をついた。喜八郎とは家が隣同士で、お互い我が強すぎるせいで友人がほとんどできなかったこともあり、男女という垣根はあれど、今でも部屋を行き来するような仲の友人であった。言うなれば兄弟のようなものである。ゆえに遠慮もなく、またお互いについて知らないこともそうなかった。
「今日は何時間待たせるつもりかね? どっか喫茶店でも入る?」
「いや、まだいい。ここも日陰だし……まあ、三十分過ぎたら考えよう」
「もうそろそろ、いろいろ考えたら?」
「……分かっている」
 喜八郎の言葉に滝は小さく呟いた。
 既に待ち合わせの時間から十五分は過ぎている。もちろん、待ち合わせの相手は喜八郎ではない。――恋人である小平太だ。
 いつからだろうか、約束をしても小平太が待ち合わせの時間通りに来ない日が増えた。はじめは五分、十分だった遅刻も、今では一時間以上がざらである。そして、遅れても滝への連絡はない。滝もまた、そのルーズさが今では当たり前となってしまった。それも、相手が自分のときだけに発生するのだから、なおさら。
 空を見上げれば太陽が眩しいくらいに照っている。その明るさに今待っている人間の顔を思い出して、滝はもう一度深い溜息をついた。
(どうして、こうなってしまったのだろう)
 きっかけは何だったのかと振り返ってみても、滝には何も分からない。ただずるずると、いつの間にかこうなってしまったのだとしか。もしかしたら自分が気づかない何かがあったのかもしれないが、それならば小平太はそうはっきりと口にするだろう。そういったことを口に出さずにはおれぬ性格なのだから。
 滝はもう一度携帯を取り出して、その時刻を確認した。待ち合わせからそろそろ三十分が経過しそうだ。もちろん、着信もメールもない。それに小さく溜息をつき、滝は顔を上げた。
「どこかの店に入ろう。悪いな、いつも付き合わせて」
「滝のおごりだから別に」
「はいはい」
 近くにあった喫茶店へ入り、小平太へメールを送る。喜八郎などは放っておけと吐き捨てたが、相手が不誠実だからと言って自分までそうするのは嫌で連絡はきちんとするようにしていた。――何より、その連絡で小平太が自分との約束を思い出すのではないか、とかすかな期待も込めて。
(……今日は、あとどれだけかかるだろう)
 一時間? それとも二時間? ぼんやりとそんなことを考えながら、滝は二人分の注文をウェイターに告げた。窓の外は雑踏が流れている。先程まで自分たちが居た場所には、同じく待ち合わせをしている人も多いようだ。けれど、滝のように待ちぼうけをしている人間はいなさそうだった。
 ――結局、それからさらに一時間後、滝夜叉丸の携帯にメールが入った。用事が入って行けない、とただそれだけ。元々がそう長いメールを打つ人間ではないけれども、詫びのひとつぐらいは入れても良いのではないか、と思うのは滝の我儘ではないはずだ。溜息ひとつでそんな考えを切り捨て、滝は前で面白くなさそうに三杯目のジュースをストローで掻き混ぜている喜八郎へ声をかけた。
「撤収だ」
「……阿呆らしい」
 もはや隠すことなく、喜八郎は小平太と――そして滝に向かって毒づいた。その気持ちは彼女も同じだったため、咎めることももはやしない。会計を済ませながら、滝はただ溜息をついた。



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鈍行*2008.08.06〜 Written by 緋緒


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