鈍行


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▼鈍行再録Tサンプル



Prayer

「――ねえ、滝。セックスしよう」
「なっ……! 七松先輩、あなた何を言って……!」
 しかし、続いて小平太から発せられた言葉に滝は思わず目を剥いた。ようやく輪郭も捉えられるようになった小平太の身体を押しやろうと手を伸ばすものの、小平太は一向に滝の上から退かない。いくら何でもやりすぎだ、と滝が再び小平太を怒鳴りつけようとするも、闇に光る小平太の瞳を見た瞬間に声が喉の奥に張りついて出てこなくなった。
「だって、滝が止めたんだよ? 私、あのときすっごくしたかったのに。――だから、滝が責任取ってよ」
「何の話を……!」
「だから、セックス」
 いつの間にか伸ばした腕はマットへ押しつけられ、まさしく押し倒された状態になっている。滝は小平太の言葉を何とか笑い飛ばそうとしたが、それすらも許されない空気にどうして良いか分からなくなった。



あやめも知らぬ

「……どうしてこんな所にいらっしゃるんですか、七松子爵家ご令息小平太様」
「この間会っただけじゃ、全然お互いのこと分からないだろう? だから、ちゃんと会って話そうと思って。
 やっぱり知らない相手とは結婚できないし」
 嫌味と牽制も兼ねて、男――七松子爵家三男小平太の出自を口上に付け加えることで全て明らかにしたというのに、当の本人が全く滝夜叉の意図に気づいていない。
 それどころか、先程三木と喜八子に告げたとおり、滝夜叉が投げかけた言葉の八割は彼の頭に届いていないようである。誰かこの男をどうにかしてくれ、と滝夜叉が頭痛を覚えたとしても彼女に罪はないだろう。



終わる夏

「こんなの早すぎるって思う。でもさ、私は滝がそんな風に暗い顔をしているのは辛いよ。だって、お前は私の可愛い後輩だもの。……ねえ、滝。私じゃお前を支えられない?」
 それは甘い誘惑だった。滝には彼の申し出が純粋な好意から出たものではないことも分かっている。けれども縋りつきたくなるほどに、滝は弱っていたのだ。
 子どもたちは皆幼い。三之助は歳こそ近いけれども継子という立場を考えれば縋ることなどできなかった。その点、小平太はかつて憧れた先輩であり、次屋とは無関係で滝が甘えたところで何が変わるわけでもない。己もまた打算的だ、と滝は思いながら、ゆっくりと小平太に抱きついた。
「……先輩」
「うん、もう大丈夫だからな」
 愚かな行為だと分かっている。それでも滝は差し伸べられた手を取らずにはいられなかった。



平行線

「――うっ、く……」
 己を揺らす振動に平滝子は呻き声をあげた。初めてこういった事態に陥ったときからある程度時間が経ったとはいえ、身体を走る不快感を消すことはできない。回数だけは重ねているので慣れたと言えないこともないが、己の身体に異物が入りこみ、縦横無尽に揺さぶる感覚は未だ不快と言うより他はなかった。時折、勝手知ったる何とやら、とばかりに己の身体をまさぐる大きな手を睨みつけ、滝子は小さく息を吐いた。
 己の背後で動く男――七松小平太は、多分滝子が現在最も嫌いな人物と言って良いだろう。知り合って既に三年と少しになるが、未だに好意は湧いてこない。性格だけではなく、一挙手一投足すら気に障るのだからかなり重症である。何故ここまで気に障るのかも理解できないまま、滝子は己に押しこまれる楔に再び呻いた。



しあわせをかぞえて


『まさか。彼らもまた、七松小平太――いや、恨みを飲んで死んだ五人の因果に関わりのある存在だ。その彼らの命を救うことで、とくに強く七松小平太の玉の緒を切ろうとする奴らの手を引かせることができる。
 もちろん、悠長に人助けしている暇はない。――期限はたった一日。それも、七松小平太が死ぬ日の日の出から、彼が死ぬ刻限までだ。それまでに五人の命が救えなければ、七松小平太は死ぬ。――その宿命のとおりに、な』
「その言葉、二言はないな」
『ない。まあ、精々足掻くが良い』
 滝夜叉丸が低く問うた言葉に、声は一段と響く音で伝える。それに滝夜叉丸がふっと気を抜いた瞬間、再び目に刺すような眩さが辺りに立ちこめ、滝夜叉丸は意識を遠のかせたのであった。



10分間

 滝は目の前で停まったバスに乗りこみながら、定期券を運転手に見せた。続けて乗ってくると思っていた小平太を振り返れば、何故か彼は閉まるドアの向こう側で手を振っている。驚いてドアに駆け寄るが、バスは彼女の驚きを尻目に発車してしまった。
「え……!? ちょ、どういう……!」
 遠ざかるバス停の明かりで、鞄を持った小平太が再び歩き出すのが見えた。そこで初めて、滝は小平太がバスを待っていたのではなく、滝についていてくれたのだと気づく。見ず知らずの男性にそんなことをしてもらったのは初めてで、滝は困惑に唇を噛みしめた。



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鈍行*2008.08.06〜 Written by 緋緒


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