鈍行


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▼鉢雷一年次(室町連載前提)



「……っく」
 暗闇の中に喉が引き連れるような音が紛れた。何とか漏らさぬようにと蒲団にくるまって押さえこもうとするのだが、どうしても止んでくれない。自分の身体ながら思い通りにならない喉に、三郎は腹立たしくてならなかった。
 怖い夢を見た、と言うよりも、己にまとわりつく何かが恐ろしいのだ。まるで己を追い立てるように迫る何かに怯え、三郎は泣いていた。しかし、彼の子どもながら恐ろしく高い矜持はそれを彼に許さず、それ故に三郎は嗚咽を漏らすことも誰かにすがることもできぬままに蒲団にくるまっている。隣の雷蔵が既に深い眠りについていることがせめてもの幸いか。そう思った時に、彼の掛け布団を誰かが鷲掴んだ。
「!?」
 驚いて蒲団を押さえつける前に、掛け布団がめくられる。しかし、思わず身構えた三郎は続いて蒲団に入って来た温かいものに絶句する。
「ら、雷蔵……?」
「……また怖い夢でも見たの? まったく、お前は相変わらず怖がりなんだから……ほら、お姉ちゃんが一緒に寝てあげるから、もう寝な。明日も早いんだからね……」
 よしよし、と身体を固くする三郎を胸に抱き寄せて、彼女は三郎の頭や背を軽く撫ぜる。それはまるでぐずる幼子をあやすような仕草で、さすがの三郎も驚きで涙が止まった。それを己が来たが故に安堵したと勘違いしたのか、雷蔵は更に彼を抱き寄せ、よしよしと撫でる。
 初めこそ驚いて声も出なかった三郎だが、同い年の自分に対して余りの仕打ちである。彼は自分が泣いていたことこそがその原因だということを棚に上げ、彼女を怒鳴りつけようと口を開いた。――が、その目が堅く閉ざされていることに気付き、唖然とする。
 そう、雷蔵は寝ぼけていたのだ。己を引き寄せたのも、多分無意識だ。一番上だと聞いたことがあるから、実家に居た時はこうやって何度も弟や妹たちを慰めたのだろう。そして、闇夜の中でこっそりと嗚咽をこらえる三郎の声を聞いて、無意識に身体が動いたというところか。
 三郎はそこまで考えて、何だかひどくがっかりしたような気持ちに襲われた。しかし、その気持ちの理由も分からずに顔をしかめる。しかし、腹を立てても雷蔵は自分をしっかりと抱えたまま起きることもないし、三郎も何故かこの腕の中から逃れたいという気持ちが失せていた。
「雷蔵が先に来たんだからな」
 そう軽く自分に言い訳すると、三郎は彼女の腕の中にこっそりと入り直す。己とそう変わらぬ大きさの温かい身体にすり寄って、三郎はゆっくりと目を閉じた。不思議と面をかぶる気も、変装しなおす気にもならない。ただ、その温かい腕の中で深い眠りへと落ちていく。
 ――いつの間にか三郎は、己を脅かしていた得体の知れない恐怖から解放されていた。



「…………何で僕、三郎の布団で寝てるの?」
「昨日の夜、雷蔵が寝ぼけて入って来たんだよ」
 翌朝、三郎より少し遅れて目覚めた雷蔵は開口一番にそう尋ねた。その声音は「信じられない」と強く語っており、三郎は彼女が本当に寝ぼけていたらしい、と確信する。同時にそれにひどく安堵した。――あんなところを見られたとあれば、鉢屋 三郎一生の不覚である。
 それ故に三郎は己のことを棚に上げ、雷蔵には事実を一部だけ抜き出して話した。嘘は吐いていない。ただ、自分が泣いていたという事実を隠しただけである。しかし、そんなことを露知らぬ雷蔵は自分の頭を抱えて真っ青になっていた。
「う、うそ……何でだろう、もう寒くもないのに……。三郎、ごめんね、起こしちゃったんじゃない? 三郎、寝付き悪いし、ちゃんと眠れた? 寝ぼけてたんなら叩き起こしてくれて良かったのに」
「いや、大丈夫だ。――よく眠れたよ」
 これも事実だ。三郎は綺麗に変装し直した顔で雷蔵に笑みを向けながら告げる。その笑みは常の笑みより幾分も優しいもので、雷蔵は本来ならば不機嫌になっているはずの三郎がどうしてそんなに上機嫌なのだろうか、と首をかしげる羽目になるのだった。



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鈍行*2008.08.06〜 Written by 緋緒


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